ハルドメルが目覚め、薬の効果も精神的にもある程度落ち着いた頃合いに、オルシュファンはまず最初に言った。
「自分を責めないでくれ、ハル」
竜詩戦争を終え、人と竜が再び融和の契りを交わす――その式典の時にも、ハルドメルは反対派に薬を飲まされて昏倒した。そんな経験があるにも関わらず今回の事件だ。自分が甘かったからだと――もっと警戒すべきだったと自身の不甲斐なさを責めるのはわかりきっていた。だからこそオルシュファンは最初に伝える。『貴女のせいではない』のだと。悪いのは――。
「……でも」
「でもも何もあるものか。悪いのは全てあいつらだ。だからハルは安心して回復に……」
「……でもっ……シュファンは、自分を責めてるよね……?」
その言葉に、オルシュファンは思わず息を詰める。――その通りだったからだ。
自分が最初から共にいられたら。あるいはもっと早くに合流できていたら。そんなことばかり、今でもまだぐるぐると頭を占めている。こんな時にまた自分より他人のことを心配しているハルドメルに、オルシュファンも困るやら苦笑してしまうやらだ。
「シュファンだって、何も悪くない……私も、自分のせいって思わないようにするから……シュファンもそうしてほしい」
「……そうだな。わかった……よし、この話はこれで終わりだっ」
暗い雰囲気を吹き飛ばすように、少し声を張って両手を優しく握る。そうすれば、ハルドメルもいつものように微笑んだ。
タタルには事情を伝えてあり、モードゥナに戻るまでの間は依頼を控えてもらうようにした。好きなだけ過ごしていきなさいと言うエドモンやアルトアレールの言葉にも甘え、しばらくはここで療養させてもらうことにしている。
食事を運んだり世話をしてくれるのは女性の使用人だけであったし、皆最大限に気を使ってくれていてありがたいことこの上ない。
「失礼、部屋に入っても?」
「兄上!」
アルトアレールは控えめにノックをして声をかけてきた。家督を継いだこの家の主は、自身にとっても良き友人であり、弟の恋人でもあるハルドメルの心身を心から案じてくれている。オルシュファンはハルドメルに視線を投げかけ、頷いたのを確認してから兄を迎えた。
「ハルドメル、具合はどうだ?」
「お陰様で、もう大丈夫です。ありがとうございます!」
いつの頃からか――否、オルシュファンと交際を始めてからだろうか。アルトアレールはハルドメルに敬称を付けなくなった。ハルドメル自身がそうしていいと言っていたからというのもあるが……身内に迎える準備はいつでもできているとでも言うのだろうかと、オルシュファンとしても少々照れくさい変化である。なおこの変化はエドモン・ド・フォルタン――父についてもそうであった。
「今日の朝食は一緒にどうかと思ってな。昨日は一日部屋で休んでいただろう。よければ旅の話でも聞かせて欲しい」
「はい、是非!」
ハルドメルは嬉しそうに答える。その様子に、オルシュファンも少し胸を撫で下ろした。
『薬でぼんやりしてたからね、はっきり覚えてるわけじゃないんだ』
部屋で過ごす間に、ぽつぽつと語ってくれた言葉。だからそんなに心配しなくても大丈夫と、そう言う彼女は確かに見た目はいつも通りに見えていた。
だが心に負う傷は見えるわけではない。自分といる間は安心してくれていたようだが、他の男性はどうだろうかと懸念していた。アルトアレールと話す様子や朝食で皆と一緒に団欒する間もオルシュファンは注意深く見ていたが、落ち着いて話している様子を見て漸く安堵する。
「今日は外を歩きたいな。昨日はずっと寝てたし……」
「うむ、籠もりきりなのも良くないからな。気分転換にもイイだろう」
家令に一言伝えてから家を出る。少し行けば宝杖通りだ。いつかのようにホットココアでもいただこうと並んで歩き出す。
「……?」
最初こそ調子よく歩いていたものの、人通りが増えるにつれ、ハルドメルは困惑した表情になり胸元を押さえた。
「……ん……」
重苦しい。息苦しい。そんな感覚があった。それは貴族の出で立ちをした男性の側を通る時に顕著で、オルシュファンもまた表情が強張っているのに気付く。
「ハル」
「……だ、大丈夫だよ」
努めて平静を装おうとするハルドメルがオルシュファンの胸を痛ませる。彼女を傷付けた貴族達への静かな怒りを抑えながらその手を握った。
「あ……」
「……そうだ、大丈夫だ」
温かな手のひらに包まれて、ふと呼吸が軽くなる。周りにいるのはあの貴族達ではないし、この手を握るのは、愛しいひとだ。繋いだ手からそれが伝わってくるようで、ハルドメルは表情を緩める。
「……やっぱり、シュファンはすごいね」
薄らと汗が滲みながらもはにかんだ彼女に、オルシュファンもまた救われるのだ。手を握る、それだけでハルドメルを安心させることができるならあまりに安い。
「……マーケットに行くか?」
「うん、行きたい」
互いにしっかりと指を絡めて握り合って、もう一度歩き出した。
すっかり回復したハルドメルと石の家に戻った日、タタルは新しい素材の買い付けのためにリムサ・ロミンサへ赴いていた。石の家はしんと静かではあったが、セブンスヘブンの喧噪の中を通る時も調子を崩すこと無く、二人揃って安堵の息を吐いた。
「こういうことは、いつまた再発するかわからないものだ。何かあればすぐに言うのだぞ!」
その言葉にハルドメルは素直に頷いた。誰よりも心を痛め、案じてくれているのはオルシュファンだ。心配性だなどと笑えるわけもない。
だがハルドメルはどうしても、オルシュファンに伝えたいことがあった。
食事とシャワーをすませて早々にハルドメルを寝かしつけようとするオルシュファンに、ハルドメルは珍しく駄々をこねて困らせる。このまま一緒にいたい、と。
「ここ、座って」
ぎゅ、と手を握ったまま、ベッドの縁に腰掛けて左隣をぽんぽんと叩いた。オルシュファンは戸惑いながらも、そっとその場所に腰を下ろす。
僅かに距離を空けたオルシュファンを気にせず、ハルドメルはそっと、甘えるように身を寄りかからせた。オルシュファンが僅かに身を強張らせたが、手を握ったまま離さない。
「……私、大丈夫だよ」
オルシュファンの肩が揺れる。彼が、心から大切に想ってくれることを知っている。傷ついたハルドメルを労り、護ってくれていることを分かっている。
けれど腫れ物を扱うような、あまりにも慎重なその距離を、寂しく想うのも確かで。
あの日から、手を繋ぐくらいのことしかしていない。口付けも、抱擁すらもなく。
「……大丈夫、だよ」
――我儘だと分かっていても、その優しすぎる温かさに、寂しくなる。
「……私は」
オルシュファンが、躊躇いがちに口を開いた。頬が赤いのは同じ気持ちがあるからだろうか。
「……お前を怖がらせないか……傷付けはしないかと、不安なんだ」
首を横に振る。そんなわけがない。彼が自分を傷付けるなどと。オルシュファンを信頼する以上に、ハルドメル自身がそうして欲しいのだと、重ねて伝える。
「……ハグしてもいい……?」
「……お前が、したいなら」
そんな消極的な返事をもどかしく思いながら、ハルドメルは我慢していた分の気持ちも込めて、オルシュファンを抱きしめる。オルシュファンもまた、そろそろと腕を回してくれた。久方ぶりに身体に感じる体温に、ほっと息を漏らす。
「……キスしていい……?」
「……お前が望んでくれるなら」
返事を聞くが早いか、ハルドメルは唇を押しつけた。はむ、と何度も啄むように触れる。息が弾んで、オルシュファンの喉が鳴った。
「シュファン、は……?」
口付けの合間に問いかければ、堪らないと言うように角度を深め、舌を絡められる。ん、ん、と声が漏れ、ぞくぞくとした感覚が背筋を這う。ちゅ、と音を立てて離れると、オルシュファンの手が持ち上がり、ふと止まる。
いつもならきっと滲んだ涙を拭ってくれるはずの指先が、躊躇うように宙を彷徨ったことが堪らなくて、ハルドメルはその手を掴んで頬に擦り寄せた。
「わ、たしが……触って、て……言ったら……してくれる……?」
「…………あぁ……っ」
耐えきれず落ちた涙の跡を、ようやくその指が拭ってくれる。
「……教えてくれ……どうしたら、お前を傷付けないか……どう触れたら、いいか……っ」
どう触ればいいか、なんて。
(あなたになら、何されてもいいのに)
そう思いながらも、宝物のように大切にしてくれるその想いに、望みを口にすることで応える。
「……もっと、触って」
頬ずりするように温かな手のひらに触れ、口付ける。ベッドの縁にお互い座ったまま身体を寄せ合う。オルシュファンが両手で頬を包み込んで、優しく撫でて。
「シュファンの、手……違う、よ……」
「違、う……?」
戸惑うような蒼の視線。頬を包む手に手を重ね、導くように首筋へ。
「ぁ……っ、あの人、達と……全然、違う……っ」
モノのように扱い、力でねじ伏せ、辱めるようなあの手とは違う。
「優しくて、あったかくて……だいすきな、手」
首筋から肩へ、鎖骨へ。嫌な感触を塗り替えるように。
「ね……」
胸へと導いた手に、とくとくと跳ねる鼓動が伝わる。いつもオルシュファンに導かれるばかりのハルドメルのリードに、年若い青年のように心臓が高鳴った。
「だ、から……あ……触って……もっと……っ」
二つの膨らみに導かれ、その手がそっと服の上から柔肉に触れる。
「んっ」
右手で腰を抱き寄せ、左手はそっと、壊れ物を扱うかのように膨らみを撫で、揉むように刺激していく。
「ぁ、ぁっ」
爪の先で布越しに突起を弄られ、びくんと身体が震えるのが恥ずかしい。けれどもっと、もっと、と身体は無意識に押しつけられていく。
「……こっち、も……っ」
ちゅ、ちゅ、と頬にキスを繰り返しながら、ハルドメルの手が再びオルシュファンを導く。ルームウェアのボトムは紐を解くだけで容易く侵入できるようになった。
下着の上から触れてもはっきり分かるほど、そこはしとどに濡れている。導かれるままそこに手を添え、軽く何度か撫でるだけで、ぎゅうっと脚が閉じられ腕の中の身体が震えた。達したのだ。
「――あッ……ぁ、は……はぁっ……」
息づくようにひくひくと戦慄いているのが指先に伝わり、オルシュファンは自分の中で荒れ狂う欲望を抑えつける。
――今すぐ押し倒して、めちゃくちゃにしてしまいたい。汚らわしい男達の手など忘れるように、自分だけで満たしてしまいたい。
そんな狂暴な欲が自分の中にあることを知っている。だからこそ何より、誰より慎重でありたいし、ハルドメルを大切にしたいと、そう想う。
「シュ、ファ……っと……もっと……して……さわ、……て……っ!」
「あぁ……っ」
下着の中へ、蜜が溢れるその場所へ、求められるまま指でかき回す。敏感な身体は一つ一つの動きにさえ反応して、滴る程の蜜を零した。
「ひ、ぅ……ッ……ぁ」
二度、三度、小さな絶頂に至った身体はとろとろに蕩けきっている。くたりとオルシュファンの腕に身体を預けながらも、ハルドメルは怒張したものにそっと手を伸ばす。
「シュファン……」
熱に浮かされたように何度も口付ける。本当に大丈夫か、と問うような視線を投げかければ、切なげに眉根が寄せられた。
「シュファンじゃなきゃ、嫌……シュファンがいい……シュファン、だけが、いい……っ」
ギッ、とベッドが軋んだ。ベッドに座るオルシュファンに向かい合うようにハルドメルが脚を跨ぐ。
「きてっ……きて……シュファン……っ……」
「ッ……!」
露わになった雄を中へ迎え入れようと焦るハルドメルを一度制し、オルシュファンは完全にベッドの上に乗るように導いた。オルシュファンを跨いで膝立ちになった彼女の、震える秘部に凶器を突き立てて。
「ぁ、あ……っ」
「……ゆっくりで、大丈夫だ……ハル……っ」
片手で身体を支え、不安そうな左手に指を絡めて握りしめる。焦れるほどゆっくりと腰が落とされていき、息も絶え絶えになりながら、やがて全てが収まった。
「ッ……、ぁ……あ」
「……く……」
久方ぶりに感じる締め付けにすぐにも達しそうになるのを堪える。やがてハルドメルの呼吸が落ち着き、少しずつ腰が揺れ始めた。
「あッ、あ……ぅっ……ぁ……ふ、か……深、い……あ、あッ」
「ハル……ッ……ハル……!」
無理をさせてはいけないと。自分の欲望のまま無体を強いてはならないとわかっているのに。
「――ッあ、ああぁ……!」
「く……ッ、……」
戦慄き、精を絞り尽くそうとするような締め付けに歯を食いしばり、絶頂に震える中を更にかき回す。繋いだ手がぎゅうぎゅうと握られて、決して離すまいと握り返した。
「あ――ッ、あ……すき……っ……だいすきッ……しゅふぁ……」
もっとして。めちゃくちゃにして。
過ぎた快楽にしゃくり上げながら哀願する恋人に、どうやって異を唱えればいいのかオルシュファンにはわからない。
あなただけだと。あなた以外にこんなことを赦したりしないのだと。
だから、
「ッ――好きだ……大好きだ、ハル……っ……愛してる……!」
「あ……っ……!!」
何度も何度も、互いに求めるまま抱き合った。ずっと、温かな温度を手に感じながら。