12.それは、紙一重の

「オルシュファン卿が大いに心配していてね」
 シヴァを退けた後、アイメリクからそう言われて、ついつい頬が緩んだ。いつの間にか、最前線に出るのが当たり前になっていた最近。そうやって身を案じてくれる良き友がいることが、心の底から幸せだと思った。ああ、次はきっと誰かの頼まれ物ではなく、自分であのワインのような、贈り物を用意して行こう――。


「ウリエンジェとは幼馴染みなんだ」
「家が近所だったのでっす?」
「ああ、親同士も仲がよかったしね」
 夜の石の家で賑やかな声がする。ムーンブリダの見立て通りの方法でエーテライトの再起動に成功した暁は、蛮神の召喚こそ防げなかったものの、ハルドメルの力で退けることには成功した。今夜は蛮神シヴァを退け、イシュガルドからの協力も得られるようになったことからささやかな祝いの席が設けられた。と言っても、いつもより少しだけ良い食事と酒を用意しただけではあるのだが。
 各自が思い思いに話し、料理に舌鼓を打つ中で女性陣はいつのまにか集まり、女子会の様相を見せていた。周りには男性陣もいたが、この女性の圧の中入っていく勇気あるものは当然おらず。せいぜいムーンブリダ相手に勝負を仕掛け酔い潰されたサンクレッドを回収しにいく程度だった。
「ふふ、でもびっくりしちゃった。『お前の全てが欲しい』なんて、本の中でしか見たことないよ」
「ほんとほんと! ウリエンジェも照れなくてもいいのにね〜」
「……語弊があるとは言え、貴女の知識に全幅の信頼を寄せているのは事実ね」
 今はウリエンジェとムーンブリダの話題に花を咲かせていた。所謂『恋バナ』のようなものだ。年頃の時分にこういう話題に触れられなかった――そもそも話せる友達もいなかった――ハルドメルにとっては初めての経験で、少しドキドキしている。
「子供の頃はどんな感じだったんでしょうか?」
「正直今とあんまり変わってないね! ウリエンジェの野郎は本ばっかり読んで、小難しい言い回ししてたから周りからちょっと浮いててさ」
「ウリエンジェの言うことよくわからないもんね。アタシいつもチンプンカンプンだよ!」
 大げさに肩を竦めるイダに皆が笑う。事実、ハルドメルも彼の言葉は難解すぎて、何を伝えたいのかわからないこともよくあった。ただムーンブリダが来てからというもの、度々彼女の言動に動揺する彼の言葉はいつもよりわかりやすくて、少し微笑ましい。
「でもあたしはあいつと仲良くなりたいと思ってさ、あんたが動かないならあたしが合わせてやる! って、あいつと一緒に本を読むようになったんだ。じっとしてるよりは動く方が好きだったけど、やってみたら案外楽しくて……それがいつのまにか長じて、こうして賢人にまでなっちまったんだけどね」
「す、すごいでっす……!」
「愛だよね~愛!」
 ムーンブリダの積極性は、怖がられ、近寄ることすら難しかったハルドメルにとってかなり衝撃的な話だ。その積極性が自分にもあれば……と思わずにはいられない。
 酒に強い者が多いルガディン族の例に漏れず、ムーンブリダも大層酒豪だった。話しながらもするすると喉を通っていく量はかなりのものだ。同じく酒には強いハルドメルもそのペースに付き合っていたが、さすがにこれ以上はちょっと不味そうだと思うくらいには程よく酔いが回ってきていた。
「そういえばムーンブリダさんが斧を使うのも、ウリエンジェさんに合わせて……?」
「あたしは身体動かすほうが好きだし、ウリエンジェは近接戦闘なんてとんでもないだろ? 戦闘についてはたまたま相性が合ったところも大きいけど……ま、合わせてるね!」
 あれやこれや質問されても気を悪くせず、どこか楽しそうに答えるムーンブリダ。髪型は似ているけれど、石膏のように美しい白い肌や強気で豪快な性格はハルドメルとは似ても似つかない。
 戦闘の腕も知識の深さもあり、自分が相手に合わせていく愛情深い一面も、同じ種族として、一人の女性として尊敬していた。
「ムーンブリダさんはウリエンジェさんのこと、す、好きなんだよね?」
 初めての『恋バナ』でまだ少しどぎまぎしているハルドメルの質問に、一瞬だけ場が沈黙する。それを明るく破ってくれたのはイダの笑い声だ。
「やだもーハルったら! そういう話でしょ!」
「なんていうか……二人は幼馴染みで、親友でもあるんだよね? すごく仲が良くて、昔から一緒でいいなぁって思うんだけど、……それと、その『好き』は、どう違うのかなって」
 こんな話をする機会が今までなかったから、それは純粋な興味だった。そんなことも分からないのかと、笑われても仕方のないことかもしれないけれど。
 『友達』のことすら分かっていなかったハルドメルにとって、その差がどこにあるのかというのは、それはそれは興味深い話題である。
「……ふふ、随分難しいことを考えてるのね」
「でも……実際上手く言葉に表すのって、難しいことだと思うわ」
「そう? ……でも考えを巡らせるのは大事なことだし、私の答えは秘密にしておくわね」
「えー! シュトラってすぐ秘密にしたがるよねー」
「そういう貴女は答えがあるのかしら?」
「アタシにあるわけないじゃん!」
 大仰に肩を竦めるイダに皆が笑う。
「違いか……改めて聞かれると、不思議な感じだね。最初からそうだったような気もするし、大人になってから気づいたような気もするし」
 ムーンブリダは頬杖をついて、少し恥ずかしそうにしているハルドメルを優しい眼差しで見つめた。
「あんたはいないのか? 好きな人、気になる人、大事な人」
「私?」
 逆に聞き返すと、ハルドメルはきょとんとした後からからと笑う。まさかそんな、とんでもないという顔をするものだから、フ・ラミンやヤ・シュトラはあらあらと尻尾を揺らした。
「大事な人は沢山いるよ! でも私、ついこの前まで『友達』のこともわからなかったから……それに、皆と違って美人でもないし、目つき悪いし、顔に傷あるし……」
 つらつらと上げるポイントを、彼女は気にしている様子はない。女性として興味を抱かれなくて当然だ、と本気で思っている。
「いやいやハルドメル、女性というのは須く魅力的な存在だ……君だって地神ノフィカの如き豊かさを持っている……なぁアレンヴァルド、ウ・ザル」
 いつの間にか千鳥足のサンクレッドが近くに立っていた。少し離れたところで食事をしていた二人は話を振られて盛大に噎せている。
「サンクレッド? 配慮の足りない男性は嫌われるわよ?」
「何、配慮? 俺はいつだって女性には優しく……」
「はーいはいはい酔っ払いおじさんはこっちで寝ましょうね !?」
「失礼しました……」
 突然の闖入者は若者二人に引きずられていった。豪快に笑う者、くつくつと肩を揺らす者、首を傾げる者、反応は様々だ。
 気づけば夜も更けてきた。蛮神シヴァのことは一旦は片付いたとは言え、他にも問題は山積みだ。明日に備えてお開きに、とミンフィリアの一言で、皆はぱらぱらと片づけを始める。
「な、ハル。さっきの続きだけど」
 ムーンブリダがこそりと耳打ちしてくる。
「あたしがあいつに抱いてるのは、幼馴染みとして、友人として、人として……全部だ。全部あって、でも全部、他の人とは違う『特別』なんだ」
「……特別?」
 うん、と頷くムーンブリダは、大事な、不器用な人を想って微笑んだ。その表情は確かに、他の人のことを話す時のそれとは違う。
「『特別』……って言うのは簡単なんだけどな。あたしの答えは、あんたの答えにはならないから。ちゃんと自分で見つけるんだ」
 自分より少し背の高いハルドメルを、彼女はぎゅうと抱きしめた。
「もしこれがそうなのかなって思った時は、手を離さないで、ちゃんと答えを出すんだよ」
 賢く、強く、かっこよくて、きれいで、本当に素敵な人だった。
 姉のように尊敬していた。
 満ち足りた優しい光で世界を照らす、満月みたいな人、だった。


 サリャクの秘石の前から暁のメンバーが一人、また一人と立ち去ってからも、ハルドメルはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。まるで実感がわかなかった。目の前で、その最後を見たというのに。
 彼女は自身の作った魔器を残して。否、それ以外には痕跡一つ残さずこの世界から消え去った。嘆く間も、惜しむ間もなかった。ただ彼女のすべてを無駄にすまいと、必死の想いでエーテルの刃を振るうしかなかったのだ。
 ほんの少し前の、あの宴の席で話したことが、酷く遠い日のことのようにも感じて。
『我を恨むか? ハイデリンの使徒よ』
 幻龍ミドガルズオルムの声がする。たしかに彼の龍が光の加護を封じなければ、アシエンが入り込むことはなかった。だがその加護のことすら、ハルドメル達は知らなかったのだ。
 封じられるのが先だったか、ハイデリンの力が弱まるのが先だったか。いずれにしても、結果は変わらなかったのかもしれない。
「……わかりません」
『……ヒトというのは不可思議なものよな。争いに身を投じ、幾度もその手を血に染めながら、ひとつの死にそこまで心囚われるとは』
「……」
『我が子がイシュガルドという愚かな国に報復を続けることも、汝らがエオルゼアのためにと命を奪い、また命を失うのも、因果応報とは思わぬか』
「……だとしても」
 命を奪うことを是としたことなど、一度もない。今でもまだ。やらなければいけないとわかっていてもまだ。骨を砕き、肉を裂き、死に至らしめる行為に、手は震える。
 それでも、と思う。止めなければ、終わらない。敵であれ味方であれ、犠牲はもう終わりにしたい。
『止めてみよ。ハイデリンに選ばれし者』

 幻龍の声が遠ざかる。
 砂の家襲撃から、失うことが増えるばかり。そういう場所に立ってしまったのだと、何度でも言い聞かせる。そうでないと、耐えられない。
 殺すことに、慣れたくない。
 別れることにも、慣れたくない。
 耐えられたとて、慣れたくはなかった。慣れるというのは、それだけ経験を積むということだから。
 ――あぁ、それでもやっぱり、いつか慣れてしまうのだろうか。
(それは……嫌だなぁ)
 ハルドメルはそっと膝をつき、もう一度、彼女のために祈った。

タイトルとURLをコピーしました