「おはよう諸君! よく眠れたか? 今日も一日民と友を守るイイ騎士としてその肉体を鍛え、雪原に汗を煌めかせるのだ! そのためにはまず! 食事はしっかり摂るのだぞ!」
「あはは、朝から元気だね」
「当然だ、今日からお前がここで共に暮らすのだからなっ!」
朝方、朝食を摂る為に見張りや見回りを務める一部の兵士以外が食堂に集まった。ハルドメル達も食事を共にさせてもらえることになったため、いつもより手狭なようだ。
「はーい今日はイシュガルドマフィンとドードーオムレツ、エメラルドスープですよ! イシュガルドティーもありますからね!」
キャンプ・ドラゴンヘッドの料理長メドグイスティルがテキパキと料理を並べていく。ハルドメルは特に深く考えることなく、メドグイスティルを手伝いエメラルドスープを皿に注ぎはじめた。
「あら、お客様は座ってていいのに!」
「早く食べたいからね! お腹空いてるんだ」
メドグイスティルに負けず劣らず手早く配膳し、あっという間に準備が終わった。
「フフフ……緻密な動きで料理を取り分け、素早く配膳するお前もまたイイ……!」
「大仰だなあ。というか皆はいつもやらないの?」
「う、うむ、何度かやろうとしたのだがな……」
「ここの人達豪快すぎて均等に配るってことができないのよ。だからメグが『手伝いはいいから大人しく座っててください!』って」
「あー、わかるかも。ふふふ」
皆で一緒に食前の祈りをする。宗教国家であるイシュガルドでは当たり前の光景だが、いただきますとは言っても祈りの習慣がないハルドメルにとって、新鮮な経験だ。ほんの僅かな静寂の後、またわいわいと賑やかになる。
ドードーオムレツは他の国でも一般的な料理だが、つつけば割れてふわりと中身が溢れる絶妙な焼き加減は、メドグイスティルの料理の腕を表している。焼きたてのイシュガルドマフィンを半分に割って、掬ったオムレツと添えられたベーコンを挟んで食べる者も多い。せっかくだからとハルドメルもそれに倣い、マフィンを半分に割る。少しだけ不格好に割れたそれにふわふわのオムレツとベーコンを挟んで齧り付いた。
「美味しい!」
「ふふっ、ありがとうございます! お客様が三人もいらっしゃるから、いつもよりちょっとだけ豪華です!」
「だからカリカリベーコンがついてるんですかメグさん !?」
こんなにも大勢の人と一堂に会して同じ食事を取る。宴会であれば経験はあるものの、朝食という日常でそれをするのは、もしかしたら初めてかもしれない。
暁の血盟でも最近であればフ・ラミンやヒギリが食事を用意してくれていたが、皆任務もあり食べるタイミングはばらばらだった。そんな初めての経験が、なんだか嬉しい。ウルダハでの出来事はつい昨日のことなのに、こうやって当たり前に受け入れてくれる彼らの温かさにほっとする。
「アルフィノ、おいしい?」
「あ、あぁ……いただいているよ……」
そう、つい昨日のことだ。まだ砂蠍衆の動きも、クリスタルブレイブのことも、何もわからない。ハルドメルでもこの先どうなるか不安だが、アルフィノも同じか、それ以上のものを抱えているだろう。それでも、少し俯きがちなアルフィノが僅かに肩を震わせたのは、キャンプ・ドラゴンヘッドの人々の温かさを感じているからか。
あまりアルフィノに構いすぎることなく、ハルドメルは出された料理をぺろりと平らげる。ミルクで煮出す食後のイシュガルドティーは程よい甘さで、口当たりもまろやかだ。スパイスと調合して作るザナラーン茶葉のマルドティーとは全く違い、こちらのほうがハルドメルの舌好みである。
「追っ手がいるだろうし……この辺りは強い魔物も……あと異端者もいるみたいだから、落ち着くまではちょっとだけ、ここでゆっくりさせてもらおうね」
「あぁ……」
「はいでっす! ユウギリさん達も助けてくれまっすし、英気を養うのでっす!」
なんだかんだと立ち直りの早いタタルは、さすが暁の受付と言ったところだろうか。落ち着いたとは言えまだ少し落ち込み気味のアルフィノも、タタルの明るさには救われているようだった。
食堂のドアが開けられ僅かに雪が入り込む。見張りの一人であろう兵士がオルシュファンに耳打ちすると、彼は少し微笑んで頷き、コランティオを伴って外へ出た。
「皆さん、ちょっとこちらへ」
ヤエルに促され、ハルドメルはイシュガルドティーの入ったカップを手にしたまま食堂の奥へ入る。ちら、と窓へ目を向けると、青い制服が見えてついつい苦い顔になった。
「本当はこんな風に隠れる必要なんてないんだけどね……念のため」
「ううん、ありがとうヤエルさん」
相変わらずがやがやと――もしかしたら敢えていつもより賑やかにしてくれているのかもしれない――している食堂の兵士達の声で様子はわからないが、手にしたカップの残りを飲みながら、ハルドメルは大きな体を隠すようにしゃがみこんだ。
「これはこれは! 栄えあるクリスタルブレイブの方々、この豪雪の地にまで足を運んでいただけるとは。我が国は軍事同盟からは外れてしまっているが、同じエオルゼアの民……もしや我らにもそのお力を貸していただけるのだろうか?」
「どうもオルシュファン卿。残念ながらそういうお話ではありませんが……この地に英雄殿が訪れていないだろうか? ウルダハでちょっとした事件があってね……英雄殿にお話を伺い、是非とも『協力』していただきたいのだが、何分あの方は方々で活躍しておられる。なかなか捕まらないのは貴公もご存じでしょう?」
「あぁ、それはもちろん! 英雄は一所には留まらない……その肉体を躍動させ、あらゆる困難を解決する猛者ですからな! 私も常々酌を交わそうと言っているのですが、これがなかなかに難しい」
「……ふむ、最近はこちらにも顔を出していないですか」
「えぇ、残念ながら……顔を見せてくれたのはドラゴン族から皇都を防衛してくれた時でしょうか。あの時も少し立ち寄っただけでしたが」
「なるほど、承知しました……もし英雄殿がこちらを訪ねることがあれば、是非とも我々にご一報いただけますかな? 急ぎの用でして……」
「お任せください、すぐさま伝令を寄越すことを約束しましょう」
「ありがとうございます。では……」
クリスタルブレイブの隊員は、ちら、と食堂を一瞥する。だがそれ以上は何も言うことなく、他の隊員を連れてモードゥナ方面へと去っていった。
「……いいんですかオルシュファン様。あのような返事を……」
「フフ、何を言うコランティオ。何も問題はないだろう」
オルシュファンは笑う。少し悪戯めいた表情で、豆粒のように小さくなったクリスタルブレイブの背を見ながら。
「『我が友』なら滞在しているが、今ここに『英雄殿』はいないからな!」
ゆっくりさせてもらおうね。そう言ったのは確かにハルドメルだ。そんな彼女は――。
「あら、薪の在庫が不安ね……誰か薪割りを――」
「あ、私がやるよ!」
ゆっくりと――。
「ワイルドダイルの数が増えてるみたいだ……討伐しないとなぁ」
「私に任せて!」
休息を――。
「近くで荷車が横転してる! 手伝ってくれ!」
「行きますー!」
――とっていなかった。
「ハルドメルさん、全然休んでないでっす……」
「げ、元気だね……さすが光の戦士ということか……?」
与えられた部屋の中から窓の外を見てそう話す二人は、イシュガルドの地理や歴史の本を読ませてもらっており、肉体労働という点では何もしていない。というより、タタルは小さなララフェル族、アルフィノもさして筋力があるわけでもない小さな体躯。力の面で役立てることはほぼないに等しい。適材適所という言葉はあるが、それにしても今のハルドメルは妙に活動的だった。さしものオルシュファンでも苦笑いをする程度には。
「ハル、思うさま自分の力を発揮し働くお前もまたイイが……休憩をとれ休憩を。よもや私の淹れたイイ! ジンジャーティーを飲まないというのか?」
「う……の、飲むよ! ありがとう……」
ようやっと手を止めたハルドメルは、オルシュファンに招かれて執務室の椅子に腰を下ろす。暖炉とジンジャーティーの温かさが冷えた身体に染み渡るようだ。
「ふー……おいしい」
「うむ、ゆっくり温まるとイイ」
二人でジンジャーティーを飲む。外からは訓練している兵士達の声が聞こえている。ヤエルとコランティオは主人に代わって書類の整理や訓練指導をしているようだった。静かすぎるのも落ち着かなく、ハルドメルはカップの淵を親指でなぞりながら口を開く。
「……なんだかね、じっとしてると落ち着かなくて。お世話になってるのに何もしないのは……両親といた時も日中はずっと仕事の用をしてたし」
「我々としては助かるが……ここは他の四大名家と違って冒険者の手も借りているからな。極端に人手不足ということはないのだぞ。昨日の今日だ、もう少しゆっくりするほうがいいと思うが」
「うん、わかってるんだけど」
ハルドメルは眉尻を下げる。だが悲しみのそれではなく、照れたような笑みを湛えて。
「昨日言ってたでしょ。信頼に応えたいと思ったって」
しんと冷えた夜の会話を思い出す。英雄と呼ばれることを素直に受け入れられないハルドメルを、オルシュファンは理解してくれた。騎士という称号を得た時、改めて周りの信頼に恥じない存在になりたいと思ったことを話してくれた。
「英雄なんて言われるのは慣れないけど……でも、助けてくれた人達もここの皆も、すごく良くしてくれるから。ちょっとでも役に立ちたいって思ってる」
『善い人』になりたいから、好かれたいからではない。大丈夫だ、堂々としていてと言ってくれた人達に喜んでほしい。彼らの助けになりたい。そう、心から思っている。
元より自分にできることなら些細なことでもやろう、という信条がある。自分を助けてくれた銀色の人のように、誰かを助けられる人になりたい。それを改めて思い出す。汚名を着せられても、英雄と呼ばれたとしても、自分のやることに変わりはない。今はきっと、それでいい。
「多分ね、自信がないだけなんだなって、ちょっとわかったから」
「……フフ、そうだな。『友』を作るのも難しかったくらいだからな?」
「うぐ……オルシュファンが意地悪だ……」
「……お前がそうやって誰かのために動けること、友として誇りに思う。お前もそうであって欲しい」
「……うん」
助けられてばっかりだ、と思う。オルシュファンの仕事は代われるようなものでもなく、手伝えるようなこともあまりないが、少しでも彼が喜ぶようなことをしたいとハルドメルは考えを巡らせて。
「……シュファン!」
がたりと立ち上がる。突然のことに驚いたオルシュファンは目を丸くして友を見上げた。
彼女はいかにも名案を思い付いたと顔を輝かせた。――否、これはオルシュファンだけではなく、彼女にとっても心躍る提案だったからだ。
なかなかお互いに時間が取れずゆっくりできなかった。今、している。ならば、お茶を飲んでいる場合ではないのではないか。ハルドメルはバンと机に手をついて身を乗り出した。
「しよう!」
後の方でまたヤエルが書類をばさばさと取り落としたことにも気付かず。
「手合わせ、しよう !!」
――数分後、キャンプ・ドラゴンヘッドの広場はちょっとした騒ぎになっていた。
「すげえ、隊長とハルドメルさんが手合わせするのか」
「どっちに賭ける?」
「そりゃハルドメルさんでしょ!」
「俺は隊長!」
以前オルシュファンに頼まれて手合わせしたこともあり、ここの兵士達はハルドメルの強さを骨身にしみてわかっている。その彼女が隊長たるオルシュファンと手合わせしようというのだ。盛り上がらないわけがない。雇われ冒険者達も二人の強さは知っていて、この賭けにも当然のように参戦した。
「な、なんかすごい集まってる……」
「お前達……観戦するのはいいが見張りの者はさぼるんじゃないぞ?」
「「俺達も見たいです隊長ー !!」」
視線を向けたい気持ちを必死で堪える見張りの兵士達の嘆きを他所に、二人は装備を調え、訓練用の木剣を手にする。
「フフフフフ……! 待っていたぞこの時を! 手加減などしてくれるなよ、ハル!」
「手加減なんてする余裕ないよ! 全力でやるから!」
お互いにプレゼントを前にした子供のように目を輝かせる。前々からやりたいとお互いに思い、約束していたことだ。心躍らないわけがない。
コランティオの合図とともに二人の剣がぶつかり合う。びり、と痺れるのは何もぶつかり合う衝撃のせいだけではない。気迫。互いに強いと認め合う人と戦える喜びと高揚。負けたくないという気持ち。それらが綯い交ぜになって、剣技にも熱が入る。
(――綺麗だ)
オルシュファンの剣技は、イシュガルドの技。ドラゴン族と千年の戦いを続ける中で磨かれ、培われ、伝えられてきた技だ。元冒険者の両親に教わったものとも、ウルダハの剣術士ギルドで教わったものともまた違う、力強くも流麗な、洗練された動きだった。その手にする剣が木剣でなくいつもの銀剣であったなら、つい見惚れてしまうかもしれないと思う程に。
(あぁ、綺麗だな)
ハルドメルの剣技は、冒険者のそれだ。殆どが我流のそれを、野蛮だと嫌うイシュガルドの民もいる。だが教えを受けるだけでなく、実戦を積み重ねて培われたそれは純粋に強い。さらに言えば彼女は『護る』戦いに特化していた。堅牢なその戦い方は、ドラゴン族を殲滅せしめんとするイシュガルドの剣技の勇ましさとも違う輝きを魅せた。
穏やかな表情をしている印象の強い人が、鋭く食らいつくような眼差しをしている。その視線を受け、ぞくりと背筋を這い上がるものがある。自然と、口角が上がった。
「……ははっ!」
「……っふ……イイ……ッ!」
夢中で剣を振るう。この時間が永遠に続けばいいのにとすら思った。
けれどそんな時間はあまりに。
「あ」
「あ」
「「「あ」」」
あまりにあっけなく。
(雪が……っ)
ステップで後退したハルドメルの足が踏み固められた雪を捉えられず滑り、僅かに体勢が崩れた。その隙をオルシュファンが見逃すはずもなく。
乾いた音が響いた。弾き飛ばされたハルドメルの木剣が宙を舞って、地面に落ちる。オルシュファンの剣の切っ先が、膝をついたハルドメルの首筋に向けられた。
「ハッ……ハァ……私の、勝ちか? ハル」
「はぁッ……はぁ……うぅぅう」
悔しいー! とハルドメルが地面に転がるのと同時に、観客の兵士達がわっと声を上げた。もちろん、賭け事の結果への悲喜こもごもが含まれている。
「俺の三千ギルがー!」
「今のは見てたオレも悔しい! 隊長もう一回 !!」
「すげえ! かっこよかったっす! 二人とも!」
終わりはあっけなかったものの、その戦いぶりは見ていたものを熱くさせた。賞賛の声の中で、ハルドメルはゆっくりと体を起こす。
「大丈夫? ハルさん」
「ヤエルさぁん……」
余程悔しいのか、膝をついて声をかけたヤエルにハルドメルはひしとしがみつく。あらあらと笑うヤエルとは裏腹に、オルシュファンはむむ、と眉根を寄せた。悔しいのはもちろんわかるのだが、彼自身も今の勝利に納得が行っていないのも事実だ。こちらとて少しくらい嘆きたい気持ちもあるのに――とは思うものの。
「……また次も、手合わせしてくれるか?」
「うぅ……する……次は絶対勝つ……!」
差し出されたオルシュファンの手を、ハルドメルはしっかりと握り返して、立ちあがった。
その日の夜、ハルドメルはまたしてもなかなか寝付けなかった。体の奥で、まだ小さな火が燻っている。むずむずとした何かに苛まれている。
なんとか静まらないかと、昨日と同じように砦の上まで足を向ける。ひやりとした外気に晒されてみるものの、外側が冷えるばかりで、内に燻る熱は消えそうもない。
背後に気配。先客がいることに気付いたオルシュファンが声を上げ、ハルドメルもまた振り返る。お互い、理由は同じなのではないかと何とはなしに思った。
「今日も眠れないのか?」
「そっちこそ」
オルシュファンが隣に立つ。手元の石壁に肘をつき、上半身を寄りかからせる。ハルドメルもなんとなくそれに倣った。
「……雪に慣れたら負けないよ」
「フフ、そうでなくては困る。消化不良なのは私も同じだぞ」
あの情けない終わりがあまりにも悔しくて、次の手合わせに向けて雪に慣れておこうとハルドメルは決意する。もちろん、滑りやすそうな場所を把握しながら戦うこともだ。飛空艇を探しに来た時やシヴァとの戦いで慣れたと思っていたが、やはり長年ここで戦っているオルシュファンにはまだ及ばない。
「それにしても……はぁッ……本当にイイ戦いだったな……!」
「ほんとにね」
「あの熱気、ぶつかり合う剣技、闘志に満ちた熱い眼差しっ……どこを取ってもイイ……その一言に尽きる!」
「……私ね、戦うことに好きも嫌いもないって思ってたけど……強い人と戦うのはすごくどきどきして……『楽しい』って思っちゃうなって、最近気付いたたんだ」
蛮神との戦い、そして帝国との戦いの中で、薄々感じていたそれ。ホーリーボルダーとの手合わせの時に自覚し、そしてオルシュファンとの手合わせをして、それは確信になってしまった。正直、自分でどうかと思う。手合わせならまだしも、蛮神や帝国との戦いの時は命がかかっていたというのに。あぁ、だから余計に後ろめたかったのかもしれないとも思う。戦いを楽しむ人間が、英雄と呼ばれることに。
「……それは私とて同じだぞ、ハル。だが『殺し合い』を楽しんでいるわけではない。お前もそうだろう?」
「それはもちろん」
「戦うことが好き……結構ではないか! お前とはまたじっくりと剣技で語らいたい……。ハァッ……次の戦いを思うだけで身体が熱くなってしまうぞ……!」
「……もう」
こんなことでも理解を示してくれる友人がありがたいやら照れ臭いやらだ。
そして結局、スイッチの入ったオルシュファンと互いの剣技について語り合い、揃って寝不足になってしまったのだった。
「寝不足……? オルシュファン様、ハルさんに変なことしてませんよね?」
「妙な疑いを持つな!」