「お前は放っておくとすぐあれやこれややりはじめるからな! いいかお前達、絶対ハルに手伝わせるんじゃないぞ! 特に肉体を激しく躍動させるような戦闘行為はな!」
そんなオルシュファンの指示の元、キャンプ・ドラゴンヘッドに来てから何かと皆の手助けをしていたハルドメルの行動は制限された。なお、過剰な看護は過剰すぎるとして部下からも止められたのでオルシュファンもそこは大人しくすることにしたようだ。
脳震盪を起こしたのは昨日の今日。経過要観察としてオルシュファンがそう言うのは当然のことだと皆納得するところだが――。
「……うーん」
何もさせてもらえないので、今日できることと言えば皆の訓練や仕事ぶりを眺めたり、武器の手入れをしてみたり、部屋で本を読むくらいだ。ハルドメルは大人しくそうして過ごしていたのだが、昼食の後しばらくしてからベッドの上に転がって唸りはじめた。
「うーん」
「ワーカーホリック……というやつだろうか」
「いつも走り回ってたからやむなしでっす……イシュガルドの本はわりと楽しんで読んでまっしたが……」
彼女の気が紛れればと話をしたりと一緒に過ごしていた二人も少々お手上げ気味の様子だ。
アルフィノとタタルにしてもここしばらくは同じような過ごし方をしているのでハルドメルの気持ちもわかる。タタルに関して言えば、『タタル式交渉術』と称して行商人との値引き交渉なんかもやっていたようだが――とは言えハルドメルがやらせてもらえそうな書類整理の類いは先日に殆ど終わっている。あれから特にドラゴン族の襲撃もなく、平和なのはもちろんいいことではあるのだが。
「……ん?」
何やら外からざわついている気配がして窓の外を見下ろした。砦の外、イシュガルドに向かう方向へ何人かが駆けていく。切羽詰まったような雰囲気ではないにしろ、人手はいりそうな状況のようだった。
「……ハルさん、やるなら軽い作業だけにするでっすよ? 私達もオルシュファン様に怒られるでっす!」
「うっ……わ、わかってるよ」
じっとしているのは落ち着かないんだと、そわそわした様子で階段を下りる。他の二人も気になるのか、なんだかんだと後ろからついてきていた。
人だかりができている場所へ向かえば、地に伏したグゥーブーの身体と、横転した荷車、その中から飛び出た荷物が散乱していた。その中の多くは雪の上でも目立つ赤、りんごだ。雪の上に落ちたものはまだしも、地面が露出するような通りの多い場所のものは傷つき、グゥーブーに踏まれたのか潰れているものも多い。
あれでは商品にならないだろう、と行商人の娘らしくハルドメルは眉根を寄せた。
オルシュファンが周りの兵士達に指示をして救助に当たっている。こういう時は物凄く真面目に――否、普段が不真面目というわけでは断じてないのだが――見えるなと考えていると、ハルドメルに気付いた彼は少々呆れた様子で腕を組んだ。
「ハル……一日くらい大人しくしていられないのか?」
「うーん……無理?」
軽くおどけてそう言うと、オルシュファンも「だろうな!」と笑ってみせた。だからといって手伝わせてくれるわけでもないのだが。
「ありがとうございます騎士様……」
「うむ、最近は凶暴化している魔物も多い……護衛が少ない時は我々に声をかけてくれても構わないからな。この辺りならイシュガルド、ホワイトブリム、モードゥナ……そのくらいであれば手を貸せる」
何度もお礼を言っていた荷運び人はその後、無事な荷物の確認をしてため息をついていた。その気持ちは、行商人を親に持つハルドメルは痛いほどわかる。なんとかできないだろうか。傷ついたものや潰れてしまったりんごを見て、ハルドメルはハッと閃く。
「タタル、アルフィノ、ちょっと」
執務室へと戻っていくオルシュファンの背を見届ける。手招きし、怪訝な顔をする二人にごにょごにょと耳打ちすると、笑って頷いてくれた。
「そのくらい、お安い御用でっす!」
「書類仕事なら任せてくれていいが……あの量、どうするつもりだい?」
「ふふふ、いいものを作ります! 各自作戦開始!」
ぱん、と手を叩くと、アルフィノは一度部屋へ。タタルは商人の元へ。ハルドメルはメドグイスティルの元へ向かった。
「メグさーん」
「あらハルさん、歩き回ってオルシュファン様に怒られてない?」
「怒られたよ」
二人して笑う。メドグイスティルは昼食の片付け後の休憩だったようで、これはちょうどいい、と彼女に訊ねる。
「あのねメグさん」
「何々、どうしたの?」
悪だくみをするように声を潜めると、メドグイスティルは興味津々と目を光らせた。
「厨房、借りてもいい?」
「む?」
オルシュファンが窓の外を見ると、先ほどの荷車がイシュガルド方面から敷地に入ってきたところだった。ダメになった荷物はあるものの、一度あちらにいる取引先の元へ行くと言っていたのだが、と首を傾げた。
仕事の手を止め、外に出る。と、何やら荷物を厨房へ運び込んでいるようだった。砦内の食糧の仕入れはオルシュファンも把握しているが、これは予定にないものだ。
「失礼、食糧の納入ならまだのはずだが……」
「ああ騎士様、先ほどは本当にありがとうございました……いえ、こちらは先ほどご注文いただいたもので……売り物にならなくなったりんごまで引き取っていただいて……その上書状まで……なんとお礼をして良いやら……」
「りんご……? 書状……?」
オルシュファンが首を傾げると、鼻孔を擽る甘い香りが厨房から漂ってきた。
「んん……?」
「なんだぁ?」
休憩していた兵士達もその香りに気付く。なんだなんだと何人かが厨房の傍へ寄ってきた。
厨房を預かるメドグイスティルは勝手に食材を注文したりはしない。そしてこの甘い香りも、彼女が余った材料で時たま作るようなものとも違っている。普段と違う状況――それを作り出すとしたら――。
「ハル!」
「うわっびっくりしたぁ」
オルシュファンの予想通り、彼女はそこにいた。メドグイスティルに借りたのかエプロンをつけ、鍋で何かをかき混ぜているところだった。香りは、そこから漂ってきていたようだ。
「ううむ……お前の辞書に安静という言葉はないようだ……」
「は、激しく躍動するようなことはしてないよっ」
そんな子供じみた言い訳をする彼女に、オルシュファンは肩を竦めて苦笑した。何を作っているのかと問えば、まだ秘密だとメドグイスティルと二人がかりで外に押し出される。
「隊長、何なんです?」
「わからん。だが甘いものには違いあるまい」
「菓子かぁ。最近じゃ滅多に食べられないもんな」
兵士達はわくわくとした様子を隠さずに話し合う。ドラゴン族の活動が活発になってきた昨今では、ニーズヘッグだけではなく眷属に当たる小型ドラゴンとの小競り合いも増えている。治療にしても食糧にしても度々手薄になりがちで、菓子などは平民には贅沢品になりつつあるのだ。ましてや少し前に竜の咆哮が響き、イシュガルドが襲撃されたばかり。当分は食べられないもののはずだった。
「あ、オルシュファン様!」
タタルがアルフィノと共に歩いてくる。そこで漸く、事の顛末を聞いた。
まずタタルがあの荷運び人と話し、商品の行き先を確認した。りんごはイシュガルドの問屋に引き渡す予定だったようだが、あの状態では処分するしかなく途方に暮れていた。そこをタタルが交渉して買い取れるようにした。
一方でアルフィノはグゥーブーに襲われて一部の商品が駄目になったこと、それを一冒険者が買い取らせてほしいと申し出たこと、さらには小麦粉やバターなど国の特産品をその問屋に注文したいなど、一連の事象と希望を書状にしたため、荷運び人に持たせた。
それを受け取ったイシュガルドの問屋は、手元に届かない商品があったことは遺憾ではあるものの、イシュガルドに出入りできる貴重な荷運び人が――問屋である彼らが何かしら支援をする必要もなく――赤字を免れたことを喜び、注文したものも色を付けて送ってくれたという。お金はすべて、ハルドメルのポケットマネーだ。
「私はハルドメルに指示された通りにやっただけだが、こう上手くいくと嬉しいものだね」
「アルフィノ様の字はとっても綺麗なので、きっと信頼度上がったに違いないでっす!」
「やれやれ、知らぬ間にそんなことになっていたとは……」
話している間に、今度は濃密なバターの香りがやってきた。砦内にいる兵士達は、興味深げに厨房の方を見る者や、その香りにうっとりと目を細める者、お腹を鳴らす者など多種多様だ。
「皆、できたよ~!」
ハルドメルのその声が砦に響いた時は、小さく歓声が上がった。メドグイスティルと共に銀色のキッチンカートを押し、作り上げたものを披露する。
「アップルタルトだ!」
「うまそう!」
「全員分あるはずですけど、一人一つでお願いしますね!」
「崩れやすいから気を付けてね!」
喜びに沸く兵士達が、次々と手に取っていく。うまいうまいと口々に言う彼らに、オルシュファンも顔が綻ぶ。味ももちろんだが、大勢で食べるのは楽しいことだ。
「あれ、シュファンは?」
「私は最後でいい。どうせフランセルのところにも行くつもりだろう?」
行動を見透かされてハルドメルはぎくりとする。そう、この後チョコボを借りてひとっ走り、アートボルグ砦群の人達にも渡そうと思っていたのだ。
「すぐそこだと言っても魔物に襲われでもしたらいかんからな。私も同行するぞ!」
「心配性だなぁ」
「フフ、私の友は実に活動的だからな。暴れチョコボの如く放っておけば何をしでかすかわからんのだ」
「人を暴れん坊みたいに……」
「む? 事実のはずだが?」
「……」
二人して同時に噴き出した。
アップルタルトをいくつか、丁寧に包んで鞄に入れる。二人乗り用の大型チョコボは、ルガディン向けに改良されたデストリア種よりもさらに大きく、視点が高くて新鮮だ。
「おお、大きい!」
「ちゃんと捕まっているんだぞ」
「はーい」
オルシュファンが手綱を取り、チョコボは一定のリズムで歩き出した。
「って歩き?」
「ハル……今は元気とは言え脳震盪になったのだぞ? それにそう急ぐこともないだろう」
ゆったりとした足取り。曇り空ではあるが、雪は降っていなかった。空気は寒々としていても、ずっと暖かな暖炉の部屋に籠もっていたため、心地よいくらいの寒さだった。
「確かに。うーんやっぱり外のほうが気持ちいいね」
「フフフ、傷が癒えたら早駆けでも手合わせでも、いくらでも付き合ってほしいのだがな」
他愛のない話をしていればあっという間にフランセルのいる家屋へたどり着く。突然の訪問者に驚いたようだが、顔を綻ばせてお茶の準備をしてくれた。
「すごい、ハルが作ったの? 皆の分まで……ありがとう、皆喜ぶよ」
「メグさんにも手伝ってもらったけどね」
「料理の才能もあるとは……我が友はどこを取っても優秀だな!」
早速持ってきたアップルタルトを見せると、周りにいた兵士達もおお、と目を見張った。ハルドメルもオルシュファンもさして気にしないのだが、お客人の前で従者が食べるなど、と遠慮されたため、彼らの分はフランセルに任せることにする。
「狭いところだけど、ゆっくりしていって」
「んーいい香り……」
出された紅茶はクルザス茶葉だが、ミルクを使わずお湯で煮出したものだ。アップルタルトの甘みを引き立てるようなほのかな渋みがたまらない。フランセルとオルシュファンも、久々の甘味に舌鼓を打った。
「美味しい……!」
「ふふ、これを作れるようになりたくて調理師ギルドに入ったようなものだから」
「成る程、元々好きなのだな」
「うん。一番好き! 調理師ギルドはね、レシピや技術だけじゃなくて、旅先でも作れるようなやり方も教えてくれるんだけど……やっぱり本物の石窯で焼くと全然違うね!」
三切れのアップルタルトはあっという間になくなった。紅茶の香りと、ほのかなりんごの香りが部屋を満たす。
「そういえばあのりんごは全部使ったのか? かなり量がありそうだったが」
「傷ついてたけど形のいいものはタルトにして……潰れたやつとかはジャムにしたんだ。明日から朝ごはんにつけます! ってメグさんが言ってたから、楽しみにしてて!」
そう言うとハルドメルは思い出したように鞄を漁り、二つの瓶を取り出した。中は淡い白黄色で満たされている。
「残りは全部メグさんにお任せしたけど、二瓶だけ貰ってきたんだ」
二人の友にそれぞれ渡す。初めての、自分からの、友への贈り物だ。
内緒話をするようにハルドメルは人差し指を唇の前に立て、笑った。
「二人にだけ、特別、ね」