境界線にある答え【R18】

「では改めて、我が友の無事の帰還に!」
「我が友と、その大事な人達の無事に!」
 互いに杯を交わす。『聖ダナフェンの落涙』から作られたワインは、とこしえの絆を意味する一品だ。親友との酒の席にこれほどぴったりなものはないと、オルシュファンが取り寄せたものだった。
「んん、やっぱり美味しい」
「フフフ、今日という日に相応しい酒だな」
 終末の災厄を退け、ぼろぼろになって帰ってきたハルドメルも今ではすっかり全快している。そうは言っても帰還と重篤の報を同時に受けたオルシュファンは気が気ではなかったらしく、仕事をこなしつつもかなり憔悴していたのだと、フランセル達から聞かされていた。
 今回ばかりはハルドメル自身ももう駄目かと思いかけた瞬間もあったがーー多くの人の想いが、傷に受けた友の祈りが、この身を守ってくれたのだろうと思っている。
 今日は旅の話をしにオルシュファンの元に訪れていた。旅に区切りがつくと、必ずこの地を訪れて、見て、聞いて、感じて、考えてきたことを友に伝えているのだ。その身を案じながらも、オルシュファンはいつも旅の話を楽しみに待ってくれている。
 キャンプ・ドラゴンヘッドの、ハルドメル達が寝泊まりさせてもらっていた建物の奥には、オルシュファンの私室がある。片付いてはいるものの所々雑然としている箇所があるのがオルシュファンらしい。その部屋で、仕事を終わらせたオルシュファンと酒を酌み交わすのが今ではお決まりになっていた。
 お互いにラフな格好で、イシュガルド産の美酒とメドグイスティルお手製のつまみに舌鼓を打っている。
「フランセルも忙しそうだね」
「うむ、なんと言っても蒼天街復興の総監を任されているからな! 今度二人で労いの品でも贈ろうではないか!」
 フランセルは先ほどまでここにいた。が、体調を崩した父の代わりに貴族院と庶民院の夜会に出なければいけないのだと、話もそこそこに行ってしまったのだ。終末騒ぎで工事が遅れ気味だったイシュガルドの復興事業も力を取り戻し、ますます忙しくなりそうだった。
「甲冑師と調理師の資格は持ってるし、私も何か手伝えるかな」
「戦闘だけではなく職人としても腕が立つ……実にイイ! 流石だなハル! 手を貸してくれるならあいつも喜ぶだろう」
「ふふ、友の為ならいくらでも頑張れるよ」
 今日もまた、語り合っては夜が更けていく。終末の災厄にガレマルドへの遠征、さらには遠い古代の世界、月、宇宙、天の果てーーまるで本の世界のような壮大な話に、オルシュファンは聴き入った。
「ーー本当に、お前は……私達の想像もできないようなところへ行き、誰にもできないことを成し遂げてしまうのだな……」
「えへへ、褒めても何も出ないよ」
 つまみもそこそこに飲んでいるハルドメルは、気付けば随分と機嫌良く酔いが回っているようだった。オルシュファンが用意したワインの他にも、ハルドメルが持ってきたサベネア産の酒も出している。酒に強く混ぜ飲んでも平気な顔をする彼女がーー知らない者からは素面に見えるかもしれないがーーここまで酩酊するのは珍しい。
「ハル、少し飲み過ぎではないか?」
「そう……? ふふ、ずっと治療院に閉じ込められてたし、シュファンとも会えたし、気が緩んでるかもね」
 へらりと笑ってまたグラスに口をつけるのをオルシュファンが取り上げた。不満げに唇を尖らせた彼女へ、代わりに水が入ったグラスを渡せば渋々と受け取る。
「我が友は過保護だなぁ」
「……お前が安心して、楽しく飲めるのはいいのだがな」
 オルシュファンは苦笑して、取り上げたグラスを傾けた。自身も酔いが回ってきたのか、ワインを口内で転がせばアルコールで感覚の鈍った舌がじんと痺れるようだ。
 奪われたグラスを楽しんでいるのがますます気に入らないのか、取り返そうと伸ばしてくる手を軽くいなす。
「まだ飲みたい……」
「仮にも病み上がりだろう。今日はこのくらいにしておけ。いつもの部屋は掃除してあるから泊まっていくといい」
「平気なのに……」
「ハル」
 拗ねてしまったハルドメルがふとグラスからオルシュファンに視線を移せば、随分と困ったような表情をしていた。どうしたのかと首を傾げれば、彼は逆に少し目を逸らした。長い指が、グラスの縁をそっとなぞる。
「そうやって人を心から信頼できるのはお前の美徳だが……私も男だぞ? 男と二人きりの時にあまり無防備な姿を見せるものではない」
 きょとん。そんな表現がよく似合う顔で、ハルドメルはオルシュファンを見た。いくつかの瞬きの後、理解したのかくすくすと肩を揺らし始める。
「ほんとに心配性だね……私こんなだし……何かあっても自分で逃げられるよ」
「こんなとはなんだ。笑い事ではないぞ……お前は立場も立場だ。前みたいに薬でも盛られてみろ。あの時は運が良かったが……何をされるかわかったものではない」
「……それは、そうだけど……でも酔ってるのはシュファンと一緒だからだよ。シュファンはそんなことしないし」
 竜と人との交流再開を宣言するーーその式典準備の最中で、薬を盛られたことがもう大昔のようにも感じられる。
 オルシュファンはこう言うが、これでも出されるものには随分と警戒するようになったのだ。そして今し方言った通り、親友の前だからこそ、こうも安心していられる。
「ーー本当に?」
「シュファン……?」
 ちびちびとつまらなく飲んでいた水にも飽きてグラスをテーブルに置いたところで、オルシュファンがソファから立ち上がる。そしてテーブルを挟んだ向こう側にいたハルドメルの隣へ来た。
 彼の手は徐に両肩に置かれる。僅かな驚きのまま固まっていると、空と同じ蒼の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「……私も『男』だぞ? 酔ったお前に何もしないと、本気でそう思うのか?」
 その手が思いの他力強くて驚いたものの、ハルドメルはくすりと微笑んだ。当たり前だと言うように。
「思うよ。シュファンは私の嫌がるようなこと絶対にしない」
「…………」
 さしたる抵抗もせず、迷いなく言い切られてしまってはオルシュファンも固まる他ない。彼女の言う通り、例えどんな状況であろうとも、大切な親友に手を出そうなどとは思っていない。酔いの勢いであったとしても、その信頼に付け込んで手籠にするなど絶対にありえない。それを理解して信頼しているからこそ、彼女はこうも気を抜いていられるのだろう。だがーー
「……それでも、人を信じすぎだ」
 オルシュファンは、少しだけ苦々しい顔をした。しかしそれはすぐ苦笑いに変わって、バツが悪そうにその手を離すと降参のポーズをした。この親友には、どうにも敵わない。
「ふふ、ほらね」
「わかった、わかった。お前が信頼してくれているのはよくわかったぞ友よ……しかし飲み過ぎなのは本当だからな? これを最後の一杯にしよう」
「しょうがないなぁ」
 口ではそう言いつつも渡されたグラスに顔を綻ばせた。それを見てオルシュファンもまた笑む。そのまま左隣に腰掛けて、二人でグラスを合わせたらキン、と高い音が鳴った。
 とこしえの絆を意味するワインは、その名にふさわしく芳醇な香りと長く続く余韻が特徴だった。今夜の最後の一杯を楽しみながら、オルシュファンは隣に座る人の左手をそっと握り、祈るように額につけた。
「……お前はいつも困難に立ち向かい、乗り越える……信じてはいるが、たまには案じる方のことも考えてほしいものだ」
「……いつもそうやって、祈ってくれる友がいるから乗り越えられるんだよ。ありがとう、オルシュファン」
「今度こそ、失うんじゃないかと……心臓が潰れそうだったぞ」
「……心配かけて、ごめんね。でもちゃんと帰ってきたよ。だから、安心して」
「……ちなみに」
「わっ」
 唐突にそこから肩に腕を回して抱き寄せられ、額がぶつかりそうなほど近くなる。ハルドメルは驚いて反射的にグラスをテーブルに置いた。
 ぶつかることも、落としたり零したりすることもなくほっとしつつ、じとりと目の前の男を見れば、相変わらず苦笑いだ。
「……隣に座って飲むほど気を許していても、突然こうすることもあるのだぞ? 男というものは」
「もう……まだその話? シュファンだからいいの。そもそも他の人とはそんなに飲まないし二人きりにもそうならないし……」
「フフ、そう言うな、用心しろというだけの話だ」
 オルシュファンはぱっと手を離した。その表情は笑っているのに、離れていく距離が寂しくて。どこか、見えない壁を作られているような気すらして、ハルドメルはオルシュファンに引き寄せられた体勢を戻すのもそこそこに僅かに俯いた。酒を取り上げられるより、やたらと身の心配をされて驚かされるより、どこかーー拒絶めいた離れ方が、彼女にとっては余程堪える。
「……ねぇ……楽しいよ、好きだよ、シュファンといるの……私が嫌がるようなことしないなんてわかってるのに……シュファンに何されたって嫌じゃないのに、なんでそんな話ばっかりするの……」

 ーー最近のオルシュファンは少し変だった。気をつけろだとか、用心しろという話をよくしてきた。その話をする時は決まって、いつも通りのはずなのに、何かに阻まれているような感覚をハルドメルは覚えていた。その違和感がずっと嫌で、兎にも角にもオルシュファンという人といるのが楽しくて、心地良いと伝えたかった。オルシュファンが妙な気を起こさないことくらい、ハルドメルはわかっている。信じている。
 言いかけた言葉を、寸でのところで飲み込んだ。否、怖くて言えなかったのだ。――『会いに来ないほうがいいのか』と。

 オルシュファンは、黙りこくってしまった。僅かに俯いた顔は前髪で隠され、表情を窺い知ることはできない。
 一緒にいるのに離れてしまう。そんな不安が押し寄せて、何か言わなければと酔いの回った頭で思考を巡らせるが、ハルドメルははたと気付く。
(……私、今……)
 何を、

「ーーッ」
 瞬間、全身が沸騰したように熱を帯びる。
 何をされても嫌ではない。違う。いや違わないが、そういう意味、ではーー。
「……っ……ち、違…………い、今の、は…………」
 目に見えて狼狽える彼女を前に、オルシュファンは相変わらず沈黙を保ったまま。
 怒らせた、と思った。ただでさえ身を案じてくれている友の前で、男を誘っていると思われても仕方のない台詞を吐いたのだ。恥ずかしくて、居た堪れなくて、ハルドメルは立ち上がった。
「……っご、ごめん……シュファンの言う通り、酔ってる、みたい……あはは」
「……ハル」
 小さく名前を呼ばれて肩が跳ねた。
 ーー怖い。怒られるのなら、まだいい。もし、嫌われたら。はしたない女だと思われたら。
 平素であればオルシュファンがそんなことを思うことはないと信じられたかもしれないが、失言に動揺した酔った思考では思い至るはずもなく。
 オルシュファンが立ちあがる気配がして、ますます追い詰められる。
「ごめん……も、部屋戻るから……」
「ハル」
「……ッ……ごめん……!」
 逃げるように、足速に扉に向かう。それを遮るかのように部屋に響いた鋭い声が、足を一瞬止めさせた。
「ハル……!」
「ッ」
 悲鳴を上げそうになるのを耐え、代わりにひゅ、と息を飲んだ。手を掴まれて引き止められる。速すぎる脈は、きっと相手にも伝わっている。後ろへ振り返らないまま、ハルドメルは今はただここから去りたいとだけ思った。
「違……違う、の……ごめん……なさ」
「……何が、違う」
「そ……んな、つもり、じゃ」
「ならどういうつもりで……ッ!」
 責めるようなオルシュファンの声に身体が震える。
 思考は回らず、ただそこにある感情に翻弄される。友を失うことを恐れたかつての少女は、ただ一つの願いを、泣きそうな声で呟いた。
「き……きらわ、ないで」
 彼が自分の傍からいなくなるのは、耐えられない。

 震えるような呼吸と、暖炉の木が爆ぜる音だけが室内を満たしている。
 一番大切な親友に嫌われてしまうのではと恐怖で動けなくなってしまったハルドメルの手を掴んだまま、オルシュファンは堪えるように一度目を閉じて、深く息を吐き出した。その音にすら肩を震わせる彼女に、できる限り冷静に言葉を紡ぐ。
「……私は……お前が信じてくれる程、清廉な人間ではない」
「……シュ、ファン……?」
 ハルドメルが恐る恐る振り返る。相変わらずオルシュファンの目元は前髪で隠され、その表情を窺い知ることができない。
「ハル……愛してやまない、私の親友。過ごした時間は短くとも、お前も同じように……フランセルに負けないほど、私を大切な友だと想ってくれている……それでよかったんだ」
 そこで一度言葉は途切れた。ゆっくりと顔をあげる。ようやく見えた空の瞳が、今にも泣いてしまいそうなくらい苦しげで、熱を帯びている事にハルドメルは瞠目した。
「お前が笑って、幸せでいるなら……それでいい……どこを旅していても、どんな強敵と戦っても…………隣にいるのが、私でなくとも」
 掴まれた部分から、熱が移ってくるようで。
「いつだって、いの一番に私に話を聴かせに来てくれる。誰よりも一番信頼してくれる親友でいられたら……それでよかった……はずなんだ……」
「……っ」
 それらの言葉が、その眼差しが何を意味するのか、全くわからないとは、流石に言えなかった。だがハルドメルの頭は『まさか』『そんなことあるはずない』と、否定的な言葉で溢れている。
「……私は卑怯な男だ。お前の気持ちを探るようなことばかりして……あまつさえこうしていれば、『その気』になりはしないかと、心のどこかで期待して……」
 口にするのも憚られる浅ましい妄想で親友を穢したこともあるのだと、彼は唇を戦慄かせて。
「なのにお前は、こんな私を本気で信じているときた」
「オルシュ、ファン」
「ーー堪らないんだ……その純粋すぎる、無防備な心が」
 オルシュファンの両の手が、掴んだ手を包み込んだ。恭しく、祈るように。壊れ物を扱うように、その手を自身の額につけた。
「身勝手なことはわかっている……だが……違うというなら……親友として、お願いだ。どうかこの手を振り払ってくれ。私は今、自分の意思でこの手を離せない……離したくない」
「な、ん……」
「お前の嫌がることを、してしまいそうなんだ」

 そこで、再び沈黙が降りる。時間にすればほんの一分も経っていないのに、オルシュファンにとっては永遠に続く拷問のようだった。
 今ならば、まだ。この手を振り払ってくれたのならまだ、耐えられると思っている。その無防備な信頼を手ずから壊してしまう前に。誰にでも向けられるその純粋な信頼と好意で、嫉妬に狂ってしまう前に。自分で藪を突いたくせに、全部酒のせいなんだと、何もなかったことにしてしまいたいとすら思って。

「…………わ、からない」
 ーーけれど彼の親友はそんな願いを聞き入れてくれない。
「っ……ハル……!」
「わ、わからないの……!! ほんと、に……わからない……」
 震える声に、オルシュファンは顔を上げた。泣き出しそうな海の瞳。暖炉の火で照らされた肌は、炎とは別の色もあるような気がした。それは、酒が回っているせいなのだろうか。
「世界で一番……大切で、大好きだよ……親友だって……特別なんだって……そう思ってた……ううん、今も思ってる……でもそれは、間違いなの……?」
「……ハル」
「私のこの気持ちは……親友だからじゃ、ないの……?」
 その眼にあるのは戸惑い。
 大切な親友だ。大好きな親友だ。それは絶対間違いじゃないと、ハルドメルは思っている。けれどオルシュファンの言葉を受けて。その眼差しに刺し貫かれて、それだけではないのかと、揺らいでしまう。
 何をされても嫌じゃない。本当に? 本当、だ。――でもそれは、『彼がそんなことをするはずがない』という信頼からくるものだった。もし、オルシュファンが。その手が、考えもしなかったような触れ方をしてきたら。彼の言う『お前の嫌がること』をされた時、それを嫌じゃないと思ったら、それは――それは、親友と呼ぶには、些か行き過ぎているのか。
 酔いと戸惑いの入り混じる思考で、泥の中をまさぐるようにもがく。そうではないーーそうでは、ないのか。尊敬。思慕。憧憬。友愛。信頼。そのどれもが正しくて、そのどれもが正解ではないようでーー。
 オルシュファンは揺れる瞳を見て、その戸惑いに付け込んで自分の望むような答えを植えつけてはいけないと思った。
「……私の言葉は、信じられないか……?」
「……だって、私……」
 ハルドメルは俯いて、わずかに目を伏せる。思わず手を伸ばしてしまいそうになるのを耐えて、オルシュファンはその言葉を待った。
「……美人じゃない、し……目付き悪くて、怖い顔、だし」
 だから友達ができなかったのだと、いつか彼女は言っていた。
「たくさん、傷あるし……背高すぎて可愛げない……筋肉ばかりで……女らしさなんてない……」
 そんな言葉を、いつも誰かに言われてきたのだろうか。
「私……なんにもないのに……そんなの……へん、だよ……」
 ーー自分を求めるような人がいると、ハルドメルは思ったことがなかった。いたとしてもそれは、両親との旅で積荷を奪おうとした野盗が、『女』としての役割を期待して下卑た眼を向けてくる時。あるいは各国の有力者達が『英雄の伴侶とその縁者』の地位を得るために持ちかけてくる縁談話。誰も、ハルドメル・バルドバルウィンのことなど見ていない。他に魅力がないのだから当たり前だと、ごく普通に受け入れていた、のに。
「……私が、容姿や立場だけでこう言っているとでも?」
「っ……」
 今度こそ間違いようがないくらい、ハルドメルの顔が真っ赤になる。初めてオルシュファンに『友』と呼ばれた時のように。初めて、誰かから与えられるそれに触れて、戸惑う。――戸惑う、のだ。オルシュファンは、嘘をつかないからこそ。
「っ……わ、たし……どうしたら、いいの……」
 想いの強さを、信頼の深さを。それが、どこから生まれ出るのか、どこを向いているのかを。――その境界を、それを知る術を。
「……親友、で、いられなくなるの……?」
「……ハルは、どうしたい……?」
 ハルドメルは俯いた。その拍子に、一粒雫が転がり落ちる。一粒落ちたら、堰を切ったようにほろほろと落ちてくる。
「……シュファンは……親友は、嫌……?」
「…………」
「……私が、親友がいいって言ったら……あなたを苦しめるの……? 今まで……苦しめてたの……?」
 オルシュファンは、ゆっくりと首を横に振る。零れる涙に、胸が痛む。
「虫が良すぎると、呆れてもいい…………だがもし、お前が赦してくれるなら……私はお前の傍にいたい。それで苦しんでも構わない。お前の、一番傍にいることは……誰にも譲りたくない……」
 両手で包んだままの彼女の手を握り直す。少し、痛いくらいに強く。
「叶うなら……『親友』以上の想いを、向けられたい」
 握った手を引き寄せて、唇を押し当てる。祈るように。赦しを乞うように。
 自分がこんなにもーーこんなにも欲深く、嫉妬深い人間なのだと、オルシュファンは知らなかった。本当は何一つ、ちっともよくない。傍にいられたとして、自分が『親友』というレッテルのまま、彼女が他の誰かの手を取ったら。その笑顔も抱擁も、言葉も心すらも、その誰かに向けられてしまったら。ーー今度こそおかしくなってしまうかもしれない。それなのに。そうだとしても。
 彼女の傍にいられなくなるのは、耐えられない。

「私……答えたい、よ……」
 ハルドメルの声に、オルシュファンは顔を上げた。まだ揺れる瞳はだが、何かを決めているようにも見えて。
「シュファン……答えたい、けど……まだ……わからないの……」
「ハル……」
 ハルドメル・バルドバルウィンは、聞き分けのいい子供だった。自分を守りながら旅をする、仕事で忙しい両親をよく理解し、二人を困らせるようなことは言わなかった。わがままなんて、彼女が覚えていないくらい、本当に幼い頃に言ったきり。だから自分の望みを口にするのはとても、とても勇気がいることだった。
「ちゃんと知りたい……答えたい……だから……ゆるして、シュファン……っ」
「ッ……、ハ……」
 ずっと逃げ腰だったハルドメルが、オルシュファンの身体を抱きしめた。お互いのシャツ越しに伝わる体温も鼓動も、平時とは比べ物にならないほど昂っている。
「……嫌じゃない……シュファンなら……その意味を、知りたい……ッ」
 ぎゅう、と苦しいくらいに抱きしめられて、オルシュファンが狼狽える番だった。
「私の、この気持ちが……親友だから、なのか…………それ以上、なのか……」
 腕の力を弱めて、空と海の瞳が見つめ合う。
「……知りたいよ……赦して、シュファン……きらいに、ならないで……確かめさせて……私きっと、あなたになら何されても、嫌じゃないから……」
 いくつもの雫を零した海が、瞼に隠された。鈍化の魔法がかかったみたいに、オルシュファンにはやけにゆっくりと時が進むように感じられる。
 漏れ出た吐息はどちらのものだったのか。
「ん……」
 友の幸せを願った唇が、友の無事を祈った唇に触れた。触れるだけの、子供みたいな、幼稚な口付け。然程長くなかったそれはしかし、オルシュファンに火をつけるのに、あまりに十分すぎた。
「ん……ッ……!」
 柔らかくて、温かい。
 何度も何度も、啄むように、唇を食む。そして緩く開いたそこに、そっと舌を割り込ませた。
 夢の中で。あるいは抑えきれなかった劣情の、妄想の中で。罪の意識に苛まれながら抱いたその人が腕の中にいて、今更。
 ーー今更、この手を離せるものか。
「んんっ」
 逃げそうになるハルドメルの後頭部に手を添えて、オルシュファンはざらつく粘膜を擦り合わせた。
「ん、んッ」
 ーー言葉にしなくてもはっきりと感じ取れる程に、彼女の反応は初心で、たどたどしい。
 一度離れ、深く息を吸ったところでまた口付ける。縋るようにシャツを掴む手も、震える瞼も、未だ残るワインの香りも何もかも。愛おしい人の存在を腕の中に感じながら、この上ない幸福感と、未だ男との交わりを知らぬ大切な親友を穢す、罪悪感に板挟みにされる。
(……まずい)
 オルシュファンは心の中で独りごちる。まずいというのはもちろん、今まさに味わっている想い人との口付けのことではない。燻り続け、ようやく手を伸ばすことができた感情がもたらす、自身の身体の変化について。
(まだ、キスだけ、なのに)
 自分でも驚くほどに、痛いほどに張り詰めている熱は当然、抱き合うハルドメルも気がついている。布越しにもわかってしまう硬さと熱に、かと言ってキスで手一杯な彼女が何かをできるわけでもなく、ただばくばくと暴れる心臓の速さが上がるだけだ。
「っ……は、ぁ……シュ、ファン……あっ……」
 息を乱したハルドメルの手を引いて、衝立の向こうにあるベッドまでの短いようで長い、もどかしい距離を歩く。
 成人のルガディン女性とエレゼン男性が二人で寝るには少々手狭なベッドの縁にハルドメルを座らせて、その左にオルシュファンも腰掛けた。
「シュ……ん、んん……」
 肩を抱き、再びキスをしながら左手でそっと身体のラインをなぞるように触れる。それだけでもびくっ、と震える身体を宥めようと、何度も優しく口付ける。唇に、頬に、耳に、首筋に。慈しむように触れていく。
「ハル……」
 耳元に吹き込まれる、情欲の滲んだ『男』の声。初めて聴く親友のそれに、ぞくぞくとしたものが背筋を走るのを感じてハルドメルは狼狽える。
(知ら、ない……こんなの……)
 暖炉の火で暖められていると言ってもやはり底冷えするクルザスの夜の空気は、脱いだ直後はひやりと感じる。気付けばシャツのボタンは全て外されて、ハルドメルは身を震わせた。
「わ、っ」
 温めるようにオルシュファンが抱きしめたかと思えば、そのまま体重をかけられ二人の身体がベッドに沈む。両脚もベッドに上げられてオルシュファンが馬乗りになれば、いよいよハルドメルの逃げ場はなくなった。ーーその想いに答えるために、逃げるつもりも、なかったのだが。
 至極真剣な、しかしどこか余裕のない表情。もどかしそうに自分のシャツのボタンを片手で外しながら、オルシュファンは再三のキスをする。いつの間にか、などとハルドメルは思っていたが、彼女のボタンを外す時も本当は緊張と興奮とで何度も失敗している。キスに翻弄されて気付いていないのは、オルシュファンにとっての、男としてのささやかな幸運だったかもしれない。
 オルシュファンがシャツを脱ぎ捨てる。他人の肉体をやたらと褒める彼は、自身も負けないくらいの身体をしている。均整のとれた、一流の職人が仕上げた彫像のように美しい筋肉。衝立越しの灯りは頼りないけれど、その美しさは確かにハルドメルの眼に映る。そしてその胸には、かつてハルドメルを救うために穿たれた痛々しい傷痕が残っていた。
 思わず手を伸ばす。大切な親友を、目の前で、自分のせいで失ってしまうーーその恐怖は今でも鮮明に思い出せて、ハルドメルは身震いした。今にも泣きそうな顔で傷痕に触れる彼女の手に、オルシュファンの手が重なる。そこから伝わる心音は、力強く、そして速い。
 ハル、と名前を呼ばれ、口付けをしながらシャツを引かれる。ハルドメルは恥じらいながら既にボタンの外されたシャツから腕を抜いた。下着も取り払われ、豊かな二つの膨らみが曝される。
「っシュファン……あ、あのね」
 久方ぶりに言葉を発したハルドメルに、オルシュファンはぴたりと手を止めた。まさかここまで来て止めたいと言うのか、などという嫌な予感は当たらず、代わりに出てきたのは。
「は……初めてっ……だから……ちょっとだけ……、……こわい、から」
 ゆっくりやってーーそんな可愛らしい懇願をされ、オルシュファンは奥歯を食いしばって、騎士の意地で理性を繋ぎ止めるので精一杯だった。
「…………善処、する」

 女性にとっての初めては、男性のそれよりももっと強く、記憶に残るという。
 それはそうだろう、と男であるオルシュファンでも思う。何せ自分の内側に他人を受け入れるのだ。身体の負担という部分でも男とは差がありすぎる。何よりーー黙っていればわからない男と違って、受け入れる前と後とでは決定的な身体の変化が生じる。だからこそ女性にとって、そして男にとっても、ましてや宗教的な面でも、処女性というのは特別視されがちだ。
「んっ、ん」
 口付けを繰り返しながら、その身体に手を滑らせ、下肢の衣服も取り去ってしまう。オルシュファンも自らのものを脱ぎ捨てれば、もうすっかり怒張したものが姿を露わにした。
 平時ではなく、こうして勃ちあがったものを見るのは初めてだろうか。ハルドメルと同族であるルガディンの男性と比べれば一回りサイズが違うのかもしれないが、彼女は目の当たりにした男の象徴に頬を赤らめながらも、不安そうな顔をした。ーー本当に入るのだろうか、という思いが伝わってくる。その不安を出来る限り和らげようと、お互いに生まれたままの姿で肌を重ねる。ハルドメルが寒くないよう毛布を被りながら、オルシュファンは羽根が触れるような軽さで愛撫を繰り返した。
「く、くすぐった、い……あっ」
「……くすぐったい、だけか?」
「ん、ぅ……っ」
 心臓は休むことなく、忙しない鼓動を肌越しに伝える。仰向けのハルドメルの左に横になり、抱きしめて身体を密着させる。触れるだけのキスを繰り返し、オルシュファンの手はやがて繋がる場所には伸びず、背を、肩を、脇腹を。そして二つの豊満な膨らみを撫でていく。熱塊がゆるゆると肌に擦りつけられ、その熱に釣られるようにハルドメルの体温が上がった。
「……こういうことに、興味はあったのか?」
「…………な、ないわけじゃ……んっ……ない……」
 緊張したままの心を、そして自分自身の焦りを少しでも和らげたいと、オルシュファンは言葉をかける。その手の動きばかりを意識していたハルドメルも、ようやく少しだけ、気を緩める。
「自分で、触れたことは?」
 あくまでも直接は触れず、脚の付け根から太腿の内側を辿る。びく、と反応した、よく鍛えられた脚の感触が心地良い。
「……あ、る……けど……よく、わからなくて……っ……すぐやめ、ちゃった……」
 恥じらいながら、それでも訊かれたことに素直に答える。そのいじらしさが愛おしい。そのまま核心に触れることなく、その周辺を柔く刺激し続ける。つんと尖った胸の果実を食んだら、一際恥ずかしそうな甘い吐息が零れた。自分ですら聞いたことのない声を次々と引き出されて――恥ずかしくてたまらないのに、身体は際限なく昂っていく。
「ゃ……、……ん、んん……っ!」
 硬くなった尖りを舌で転がされ、唇で食まれ、吸われる。背の下からまわされたオルシュファンの右手が、彼の手のひらでも余るほどの大きさの柔肉を包み込み、もう一つの尖りを爪の先でそっと辿る。左手は腹筋から太腿までをゆったりと行き来し、時折悪戯に柔らかな茂みを掠めていく。今まで感じたことのない、身体の奥がきゅう、と切なくなるような感覚にハルドメルは身を捩った。むず痒いような、じっとしていられなくなるような刺激で、脚の間にある秘められた場所が熱を帯びていく。その場所に触れたら、どうなってしまうのか――不意に想像してしまい、無意識に膝を擦り合わせた。太腿にあったオルシュファンの手を挟むような形になり、顔から火が出そうに熱くなる。
「ご、ごめん……」
「……」
 力を緩めるとその手は解放されるが、するすると上へと滑り、とうとうその場所へ触れた。
「あ、」
 触れた方も、触れられた方もはっきりとわかるくらい、そこは温かな湿り気を帯びていて。
「っ……ぅ」
 下生えごとその恥丘を覆うように手を乗せて割れ目に指を添えれば、滑りを得たそこはいとも容易く指が沈み込む。
「あ、あ……っ」
 まだ、触れただけ。その入り口を指先がぬるりと撫でただけなのに、震えてまた蜜が滲む。堪らずオルシュファンの左腕を止めるように掴むが、彼は黙ったままゆったりと手を動かす。
「ま、っ……待って、あ……っ」
 割れ目に侵入した指はそのままに、恥丘を覆い包む手が敏感な粘膜ごと揺するように動いた。優しい圧と緩やかな摩擦で快楽を知らぬ身体が高みへと導かれる。
「ん、んっ……! あ……あっ……!?」
 ふるる、と身体が震えた。息を乱して、初めて果てた感覚に戸惑う表情が愛おしくて、オルシュファンは何度も口付ける。――堪らない。
「ん、ふ……」
「気持ちいいか……?」
 じん、と痺れるような甘い疼きがじわじわと全身に広がっていく。初めて味わうそれを表現するとしたらそうなのだろうと、ハルドメルは余韻に身を委ねて小さく頷いた。
 少し落ち着くまで抱き合ってから、オルシュファンの左手が再び秘部にそろそろと伸ばされる。時間を置いても敏感なそこは相変わらずしとどに濡れていて、いよいよオルシュファンの指が押し当てられると、滑りの助けを借りて容易く侵入した。
「ひゃ、っ」
 頬や首筋に口付けを繰り返しながら、ゆっくりと奥まで埋めていく。腕を掴むハルドメルの力が強くなるが、オルシュファンは大丈夫だと囁きながらやがて根元まで納めてしまった。初めて他者を受け入れる場所はきつく、硬く閉じられている。解すようにゆっくりと、指が、手のひらが動く。一度果てた身体は小さな刺激にもびくびくと反応を返した。
「は、ぁ……ぁ、あ……あっ……んんっ」
 徐々に下に降りる唇が、再び胸の突起を食む。不意の刺激に中の指が締め付けられてオルシュファンを煽った。早くこの人と一つになりたい、その欲望を捻じ伏せながら二本目の指をそろりと侵入させる。痛がりはしなかったが、相変わらず狭いその中を広げるようにぐるりと指を回した。
「あぁッ」
 ハルドメルが顕著な反応を示した場所や動きを中心に、じっくりと愛撫を施していく。逃げようとするかのようにシーツを蹴る足に自身の脚を絡めて、昂った雄を太腿に擦り付けた。悪戯な右手が胸の突起を摘み上げたら、背を反らしてまた啼いた。
 しっとりと汗ばむ肌。シーツを濡らす程に滴った蜜。入れた時と同じようにそうっと指を引き抜いて、オルシュファンは身を起こした。
「ハル」
 顔の両脇に手をついて、正面から向き合う。本人は気にしているようだが、暗闇に紛れてしまいそうなその鍛え上げられた身体は美しく、いくら傷があろうともその魅力を損なうことはない。頬を撫で、口付ける。舌を絡めると、たどたどしくても応えようとする動きが愛おしい。抱きあって互いの熱を感じる。
 濡れそぼった秘部へ、怒張した雄の先走りを塗りつけるように触れさせた。初めての挿入を前に不安な様子を隠さないハルドメルの瞳を見つめて、触れるだけの口付けを交わす。
「力を抜けるか……?」
「……ん」
 一つ、深く息を吐いたのを見て、オルシュファンはぐっと腰を押し進める。
「ッーー!」
 十分に濡れていても、入念に解しても、初めてのそこはきつい。浅いところで挿入を止め、痛みに強張った身体を宥めるように抱きしめ、撫で擦る。
「あ、ぁっ……い、た……ぁ」
 痛みで零れ落ちた涙を唇で拾う。やはり初めての身体には負担が大きいかと一旦腰を引こうとしたが、しがみつくハルドメルの力が強くなり、震える声で言った。
「だ、め」
「ハル……?」
「……つづ、けて……このまま……っ」
 どくり、と脈動する力が強まる。逸る気持ちを抑えながら何度も口付けし、奥を目指した。
「あ、あっ、あっ」
 鮮やかな赤がシーツに痕を残す。愛する人と深く繋がって抱き合えば、得も言われぬ充足感に満たされていく。
「――しゅ、ふぁ……」
「……痛いのか? ハル、大丈夫か……」
 はらはらと涙を落とす目元に何度も唇で触れる。ハルドメルは痛みを感じながらも、どこか陶然とした瞳でオルシュファンを見て。その言葉が自然と口をついて出た。

「――す、き」
 音にした途端。言葉にした途端、それは明確な熱を持って、胸の内から溢れ出す。きゅう、と奥が疼いて、中のものを締め付けた。
「……すき、すき……っ……シュファン……すき……だいすき……っ」
「っ……」
「あなた、の、『一番』に、なりたい……っ」
 あの日、本当は言いたかった言葉。無意識に、自覚のないまま押し殺してしまった気持ち。『自分は一番にはなれない』のだと、そう思い込んでいたものを押しのけて、その願いを口にした。
「ッーー言ったはずだ、ハル……!」
 お互いにめいっぱい、抱擁する。しゃくりあげるように肩を震わせて泣くハルドメルに、オルシュファンはほんの少しだけ、怒ったように、拗ねたように。
「お前は私にとって……かけがえのない……唯一無二の、大事なひとだ……!」
 深く、何度も口付ける。ぐ、と中にある雄が最奥を押し上げて、くぐもった悲鳴が零れた。
 『一番』なんて、とうの昔に貴女だ。
「ハル、愛しているっ……ハルっ……」
「シュファ、あっ、あッ、んん……!」
 温かな内壁がぴとりと吸い付くようにオルシュファンを包み込む。突き上げたい気持ちを抑えながら、腰を押し付けて揺さぶる。秘部の敏感な粘膜も、つんと勃ちあがった快楽の芽にも圧をかけながら動けば、念入りに準備をした身体は、痛みよりも快楽が勝っているようだった。
「っ……!」
 何度も込み上げる射精感をやり過ごす。誰かと肌を重ねる経験は然程多いわけではなかったが、こんなにもーー愛する人との行為とは違うものかと、内心驚く程だった。
「んんんッ……あ……は、ぁ……ッ……あ、あ」
「……いたく、ない、か……ハル……っ」
「あ……あっ……シュファ、ン……あっ……い……きもち、い……ッ……」
 熱に浮かされたような眼からまた涙が溢れる。円を描くような腰使いも、ぐりぐりと押し付けて揺さぶる動きも、素直に感じて快楽に身を任せる姿が堪らなく愛おしい。
「あッ――!」
 一瞬息を止め、その背が綺麗に反り返る。きゅうきゅうと切なげに締め付ける内壁につられて達しそうになるのを歯を食いしばって耐えた。戦慄く身体に追い打ちをかけるように、とん、とん、と小さく前後して最奥を小突く。
「や、あっ! だ、め、だめっ……! ぁあッ!」
 がり、と背に立てられた爪すらも、甘い快楽となって全身を走る。獣のように荒い呼吸を隠しもせず、抱きしめて深く深く繋がった。ぎゅう、と快楽に耐えるように両脚に力が篭り、オルシュファンの腰を挟み込む。与えられる初めての悦楽に翻弄され、たすけて、とうわ言のように零れた言葉は、雄の本能をこの上なく刺激した。
「ハルーー!」
 一際強く、最奥を穿った。
「あ、ああぁッーー!!」
「っぐ、うう……ッ!!」
 強烈な締め付けに、唸り声が漏れる。腰が痙攣し、目が眩むほどの快楽。それはオルシュファンにとっても、今までに感じたことのない激しいものだった。
「く、ぅ、ぁ……ッ」
 身体を震わせ、奥深くに自分の欲の証が注ぎ込まれる。初めてを奪い、己の証を刻み付けたのだという事実が、薄暗い征服欲をも満たしていく。だがそれ以上に、愛する人と心を通わせ一つになった、言葉にできないほどの幸福感でいっぱいになる。
「ハル……」
 抱き合ったまま呼吸を整える。萎えたものが抜けていく感覚に、くたりと力を失った身体が震えた。
「シュ、ファ……ン……」
 ぼんやりとした視線がオルシュファンを捉える。口付ければ、ハルドメルは甘い吐息を零しながらその身を委ねた。頭を、身体を撫でる手が心地いい。甘い余韻と触れ合う肌の温かさ。この上ない幸福感に満たされながら、ハルドメルはふっと意識を手放した。

ーーーーー

 心地よい微睡み。誰かの気配と、ローズマリーと紅茶の香り。ゆっくりと意識が引き上げられて、もぞりと動いた。
「……?」
 その動きと合わせて、毛布とシーツが肌を撫でる感触。それは全身にで、まるで一糸纏わぬまま布団に潜っているような……。
「……」
 ぼっと火がついたように熱くなる。身体に不快感はなかったが、少しの気怠さとその場所に走るぴりりとした痛みで、昨晩の記憶が鮮明に蘇った。
「ハル……? 起きたのか?」
 その声に答えることができないまま毛布に包まっていると、足音が近づいてくる。サイドテーブルに紅茶を置いたのだろう、かちゃ、と食器の擦れる音がした。それに続くように、ハルドメルの背中側が僅かに沈んで軋む。
「ハル?」
 昨晩のような、情欲に濡れた声ではない、いつもの通りの優しい声。それなのに、昨日までとは全く別の感情を乗せた声にも聞こえて。
「……ハール」
「お、起きた……起きたよ……っ」
 覆いかぶさるように顔の脇に手をつかれては、ハルドメルも降参するほかない。オルシュファンは笑いながら、再びベッドの縁に腰を下ろした。もぞもぞと毛布に包まったまま寝返りをうつと、愛おしそうに細められた目が、頭を撫でる手が堪らなく恥ずかしい。
「身体は、辛くないか」
「……うん」
「起きられるか?」
 持ってきていたらしい温かそうなガウンを見せられ、ハルドメルは毛布を掴んだままゆっくりと上半身を起こした。オルシュファンがそっとガウンを被せてくれて、それに袖を通して前を合わせる。
 オルシュファンの長い指が、頬をするりと撫でる。くすぐったそうにハルドメルが目を細めると、ゆっくりと顔が近付いた。
「……キスを、してもいいか」
「……ん」
 瞼を閉じる。心臓がうさぎのように弾んだ。柔らかな感触を楽しむように、何度も触れては啄んだ。離れると、どちらともなく微笑んで、温かな気持ちに満たされる。
「シュファン」
 ハルドメルの手が、頬に触れたオルシュファンの手に重なる。彼女は一度目を閉じた。
「……あなたは世界で一番、最高に、イイ騎士で」
 目を向けてこなかった、形のなかったその想いを、もう一度ちゃんと伝えるために。
「世界で一番、大好きな、私の親友で……」
 自分から、唇に触れる。可愛らしいリップ音と共に離れたら、僅かに驚いたオルシュファンの表情が、堪らなく愛おしい。
「……世界で一番、大事なひと」
 はにかんだ。その一歩は、思いの外勇気が必要だったけれど。
「……私の答え。変じゃ、ない……?」
 でも、やっぱり少し、自信がなさそうに眉根を寄せて微笑んだその人を引き寄せて、オルシュファンは万感の想いを込めて抱きしめた。
「――最高に、イイ答えだっ」

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