「食らえクソオヤジっ!」
「甘ぇ、よ!!」
攻撃をガードされてカウンターを食らった。ぎりぎりガードしたが、やはり向こうの方が腕力は上で腕が痺れる。
お互い魔法についてはからっきしダメだから、必然的に近距離戦がメインになる。
といってもそれだけでは腕力の劣る自分が押し負けてしまう。だから自分の持ち味であるスピードを活かして相手を翻弄する。
コスモス側でもカオス側でも、自分のスピードには誰も追いつけない。
「ちょこまかよく動くなぁジェクトさんちのおぼっちゃんは!」
「そっちがトロいんだ、ろっ!」
でも、今日はあまり動けない。なんだか体がいつもより重いし熱いし、ひょっとして風邪かなんかかなぁと思ったけどオヤジと約束してたから。
(……つか、酷くなってる気ぃする……)
時折かくんと膝から力が抜けそうになる。こんな状態でオヤジに勝てるなんて思ってないが、それでも止めたくはなかった。
体調不良を負けの言い訳にするつもりもさらさらない。ただ、一時だって無駄にしたくなくて。
それに――
(……心配なんかされたくない)
――ただの反抗心かもしれない。そもそも、このオヤジが心配などしてくれるのかどうかも謎だ。どうせいつもみたいにからかって――
「……おい」
「あ? …………っえ、うあっ?」
不意に間合いを詰められて腕を掴まれた。体勢が崩れてそのまま抱きしめられるみたいな形で受け止められて恥ずかしくなる。
戦いの最中で何だよ! というよりも、恥ずかしい気持ちが勝って離れようとしたら力が入らなかった。
「…………チッ……やっぱりかよ。オラ、帰るぞ」
「はっ? え、あ、ちょっ……お、おろせよっ」
「うるせぇ」
本気の怒りを感じて体が震えた。所謂お姫様抱っこをされた状態で運ばれる。オヤジは何も言わないけれど怒っているのは物凄く伝わってくる。
(……気づかれた……のかな……こんな状態で戦って、呆れた……?)
そりゃそうだ。俺だって、オヤジが体調悪いときに勝ったって嬉しくはないし、そもそも手を抜かれたみたいに感じるかもしれない。
……というか。
(オヤジが病気になってるトコなんて……想像……でき、ない…………)
次第に熱が高まって、ぞくぞくと寒気がして、頭も、ぼーっとしてきて。
(……っそ…………)
小さく震える体がしっかりと抱えなおされて、ゆらゆらと揺れる感覚と、オヤジの体の温かさが、何だか酷く懐かしい気がした。
ぼんやりと滲む視界の中で、ふと漏れた言葉は何だったのだろうか。
オヤジが何か言い返したけれど、それを理解できるほど俺の思考はクリアじゃなかった。
――――――
気が付けばコスモス陣の使う館の、自分の部屋だった。
あの後オヤジがここまで運んだのだろうかと少し驚く。一応とはいえ敵同士だから。
額にある濡れたタオルが少し温い。
熱は少し引いたような気がするが、体は相変わらず気だるくて、ゆっくりと視線を彷徨わせた。ちょうどその時ドアが開いて。
「おう、起きたか」
湯気の立ち上る皿を手に入ってきたオヤジが、ベッドの脇に置いてある椅子にどっかりと腰を下ろす。
一旦皿を置くと、思いがけず優しい手つきで体を起されて背中にクッションを置かれた。
その上先ほどの皿から掬ったお粥を「ほらよ」とか差し出された日にはもう。
「っ……じ、自分で食えるって」
「うるせぇ。熱があるくせに黙ってた罰だガキ」
「……つーか大げさだっつーの」
「…………いい加減にしねぇと鼻つまんで口移しすっぞコラ」
渋々と口を開けると一口運ばれる。多分フリオあたりが作ったのだろうが、鼻が詰まっていて味がよく分からなかった。
「……とりあえず熱は引いたみてぇだな」
もごもごと咀嚼している間にオヤジが額に手を当ててきた。こんなことされるの何年ぶりだろうって考えたら、また眼の奥が熱くなってきたので考えるのをやめた。
――先ほどのような怒りは感じられなかった。代わりに、こんな接し方されて正直どうすればいいかよく分からない。
思い出の中のオヤジはいつも意地悪で自分は特別なんだってえらそーで……。
「お前はよぅ、何で熱があるのにいっつもいわねぇんだ」
「……こんくらい大したことないって。それに俺が戦いたかっただけだ」
「おーおー良く言うぜ、途中から足元覚束なかったくせによ」
……やっぱり意地が悪い。
(…………あれ……?)
そう言えば、先ほどオヤジは妙なことを言っていなかったか。
『何で熱があるのにいっつもいわねぇんだ』
「……俺、熱なんて出したことあったっけ」
「あ? ……まさか覚えてねぇのか?」
「……、何を」
否、正確には、熱を出したことはあるが、それはオヤジや母さんがいなくなった後だ。運悪くアーロンがいなくて、一人で苦しさに耐えなくちゃいけなくて。
嫌なことを思い出して緩く頭を振ると、オヤジは少し乱雑に濡れタオルで汗を拭ってくれた。乱雑なのに、どこか優しくてくすぐったい。
「……ありゃあお前が五歳の時だったか」
「ん……?」
「今日みたいになーんか様子がおかしかったからよ、風邪でもひいたんじゃねぇかって言ったんだ。なのにオメェは『なんでもない、あっちいけバカジェクト』だとよ。さすがの俺様も傷つくぜぇ」
「………………」
我ながら、随分とひどい言葉をぶつけていたものだと思う。本当はどれも本心じゃなくって、でも子供の俺はオヤジの嫌な面しか見られなかったから……。
「だけどなぁ、やっぱ気になってな。アイツにも一応言っといたんだがな。お前が意地はったんだか上手い事誤魔化したのか知らねぇが、ぶっ倒れるまで病院にいかなかったらしくてな」
「……知らない……覚えてない……」
「ま、無理もねぇ。まだこーんなチビの時だからな」
そう言ってオヤジは親指と人差し指で一ミリくらいの隙間を作った。いや、いくらなんでもそれはない。
……でも、本当に覚えてなかった。五歳くらいの時なら、所々記憶に残っているのだが、と。そこまで考えて、その思いではオヤジに関する嫌なことばかりで自分に呆れた。
「あぁ、んでよ。俺様試合があったんだが電話でそのこと聞いて大急ぎで家に帰ってよぅ」
「……は?」
「いやだから大会をキャンセルして家に帰っ「何やってんだアンタはー!!……っぅあ」」
大声出したら頭くらくらしてそのままベッドに倒れこんだ。だってそうだろ! 大事な大会の試合すっぽかすか普通!?
「俺が抜けたくらいで負けるようなチームじゃねぇよ」
こんなこと言ってるし……チームだけじゃなくってお客さんとかスポンサーとかにも迷惑がさぁ、と思うものの、過ぎたことはもうどうにもならないと小さくため息をついた。
――と、同時に。大事な試合をすっぽかしてまで自分のもとに来てくれた、なんて。
「そんで着いてみたら真っ赤な顔でぜぇぜぇ言ってんだろ。早く言えばあそこまで酷くはならなかったってのによ」
「…………」
同じ状況だから何もいえない。きっとその時も、今みたいに意地を張っていたんだろう。オヤジに心配されたり、またからかわれたりするのが嫌だったんだろう。本当に、いつまでたっても子供のままだ。
「ま、薬は飲ませたから熱が引けばもう大丈夫ってな感じだったけどな。俺が体拭いてやろうとしたら涙目でしがみついてきて『おやじぃ……くるしい』って「うわぁぁぁぁ知らない知らない覚えてないッ!!」」
また熱が上がりそうになるのも構わずにオヤジの口を塞いだ。頭がくらくらするし、心臓はもう死んじゃうんじゃないかってくらいばくばくしてる。
そんなことしたのか俺……覚えてない。全然覚えてない。実に覚えがない。
「あん時ゃ可愛かったよなぁ~。ま、今も変わってねぇけどな」
……今も……変わって、ない?
「な、なぁまさか俺……」
「おう、可愛かったぞ『おやじ……くるし「わぁぁぁ忘れろバカオヤジーーー!!!!」」
あぁ……もう。
また熱ぶり返してきてる気がするし、ちょっと頭も痛いし何か汗だくだし。
それよりなにより、照れくさくて、恥ずかしくて。
「いいから大人しくしとけ。俺様が甲斐甲斐しく世話してやっからよ」
何だかやけに楽しそうなオヤジを軽く睨みつつも、心はどこかふわふわしている。
「………………おやじ」
「あ?」
『世話してくれてありがとう』とか、『心配かけてごめん』とか。
言いたいのに、照れくさくて、恥ずかしくて、何か上手くいえなくて、結局。
「………………ばか」
そんなことしか言えなくって。
でもオヤジは嬉しそうに笑って俺のおでこにキスしてきたから、照れ隠しに頭叩いた。
はやくげんきになーれ!
――――――
あとがき
ジェクティ二作目です!ジェクティというよりも普通にジェク+ティな感じですが!
ネタの泉より『幼少期ティーダとジェクトの話。子ティが高熱を出して親父が慌てる。ティーダは覚えてない』というのを書かせていただきました!匿名の方、ありがとうございました!!
カプでも普通の親子話でもいいとの事でしたので好きに書かせていただきましたv
ティーダ、覚えてないといいつつも実は断片的には覚えてたりします……自覚はないんですけど、『こんなことされるの何年ぶりだろう』って言ってるあたり(笑
でもラストで本編の名台詞を使ってしまってちょっと石投げられないかどきどきしてます……
BL的な親子も好きですが、普通に仲良しだったり喧嘩したりしてる親子も大好きだー!
最後まで読んで下さってありがとうございましたv