誰も知らない顔

 かつて、世界に絶望し、世界を憎んだ男がいた。

「く、っそおお!!」
 ただでさえ長身なのに、その身長を優に越える長さを持った刀身を軽々と振り回す男の攻撃に、少年は軽く弾き飛ばされた。
 少し離れた所では、仲間である戦士二人が倒れている。そこまでの深手はないものの、気を失っており動けない。助けたくとも少年の力では到底この混沌の戦士にはかないそうもなく、状況は絶望的だった。
「…………」
 しかし、混沌の戦士……セフィロスは二人を倒した時点で既に戦意を無くしつつあった。自身の力量は分かっているが、いかに戦い甲斐のない相手だと思われているかが窺い知れて少年は――ティーダは悔しそうに歯噛みする。
 それでも怒りに飲まれるわけにはいかない。どうにか敵を追い払い、二人の手当てをと考えた矢先。
「あ」
 目にも止まらぬ速さ、というのはこういう事なのだと思い知る。それほどまでに男は早く、間合いに入られた少年は反射的に身を捩ると刀の切っ先が脇腹を掠めた。
「ぐっ!」
 避けられたと分かるや否や、男は即座に体勢の崩れた少年の腹を思い切り蹴り付けた。小さいという訳ではないが、男に比べれば小柄な体は簡単に吹き飛び、岩場に叩きつけられる。
「っあ゛……く、げほっ」
 苦しむ少年をよそに男はゆったりとした動作で歩くと義士の前に立ち、大切にしている一輪の花を奪い取った。
「! 何してんだアンタ! それはフリオニールの、うぐッ」
「貴様らの命にも、この花にも興味などない。全てはアレを誘い出すための餌だ」
「……ッ、そ……!」
 つまらなそうに花を眺める男は岩場に倒れた少年の胸に足を置き踏みつける。打ち付けられたダメージで体はまだ上手く動かず、何とか逃れようともがく姿を男は嘲笑った。
「哀れだな。何故そうまでして戦おうとする。貴様も、世界に絶望しているのだろう?」
「何言って……」
 傍に落ちていた少年の剣を取り、喉元に突きつけるとぴたりと動きを止め息を呑んだ。

 男にとって少年は、不可解なものであった。その生い立ちも、運命も、世界を憎んで然るべき存在だ。自分が絶望したように、彼もまたそれを感じたはずだと。
 ――であるのに、少年は笑う。その笑顔は仲間達に太陽のようだと比喩されるほどに眩しく、後ろ暗いことなど何もないかのように振舞う。
 英雄から―望んで英雄になったわけでもないが―身を堕とし、世界の敵となったセフィロスにとってティーダは、不思議で、不可解で、理解し難い存在だった。
「どれだけ綺麗事を並べた所で、お前の運命は変わらない」
 生まれる星や時代や親が選べないのと同じように、いつか必ず死が訪れるように、少年も男も、自分の存在も、細胞も、変えることはできない。
「憎いと思うのだろう?」
 こうなるように自分達を作った世界が、人の意思が、憎い。
「絶望したのだろう?」
 どうしようもなく抗えない事実に、怒りも悲しみも苦しみも何もかもぐちゃぐちゃにかき乱されて。
「世界に救う価値などない。ならば弄ばれた我々が全てを奪い、新たな世界を作ってもいいではないか」
 体を押さえつけていた足を退け、膝を突いて少年の頬に手を滑らせた。理不尽な世界に復讐し、新たな世界で頂点に立つ存在となる。
「私の元へ来い。自分を苦しめ殺してまで、笑顔で世界を救う必要などない」
 少年を誘うのは、事ある毎に邪魔をし、男を殺してきた人形への復讐でもあった。少年が裏切れば、コスモス達の中でも特にこの少年に入れ込んでいるらしい人形はさぞかし絶望するのだろうと思うと暗い悦びが湧き上がる。
 もしかすると、どう見ても無理をしているようにしか見えない少年の本当の姿を暴いてやりたかっただけなのかもしれない。

「…………かよ……」
 それまで黙っていた少年が擦れた声を絞り出す。前髪に隠れて見えなかった目が僅かに覗き、いつもの生気を宿した輝きとは裏腹の暗い光に驚いて思わず手を引いた。
 「ッ……、く……」
 唇を噛み締め、ぶわりと湧き上がる涙を拭いもせず、もう動けるだろうに逃げることも忘れて腹の底から叫んだ。
「……ッ……したよ! 絶望してるよ! 憎んでるよ! 悪ぃかよ……ッ!!」
 予想だにしなかった、大気を震わせるような声に僅かに気圧される。悲しみと怒りと憎しみが綯い交ぜになった表情から目が離せない。
「オレもあの街も全部夢だとか……ッ、オヤジがあんなバケモノになったとか! ほん……に、意味、わかんな……っ」
 嗚咽を漏らしながらも途切れ途切れに言葉を重ねる少年は、恐らくあの仲間に意識があったら絶対に何も言わなかっただろう。なぜか、そんな確信があった。
「憎かったよ! 自分達で作ったくせに、自分達でなんとかできない祈り子も! オレをあの世界に連れてってどうしようもない真実を突きつけたあいつも!  オレに、……自分を殺させようとするオヤジも……ッ平和の為にあの子を死なせようとする世界も全部憎かった!……でも」
 しゃくり上げながら涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を強すぎるくらいに擦り、赤くなった目元で、それでも少年は笑った。それは、太陽と比喩されたものではない、壊れた微笑みだった。
「でもオレはっ……オレには……できない。何もせずにあの子を死なせるのも……苦しんでるオヤジを、放っておくのも……ッ……」
「……その為に、自分が犠牲になっても?」
 ふるふると首を横に振る。涙は止まることなく、水溜りができてしまうのではないかと思うくらいに。
「嫌だよ……嫌に決まってんじゃん……消えるのは、嫌……、だ……嫌……、ぅ、あ」
 また溢れる涙を必死に拭う手を止め、その顔に触れた。思いがけず優しくなった手つきに、少年も、男自身も驚いた。
「だってしょうがなかったんだ……あの子を助けて、オヤジも助けて、シンを消して……オレが、皆が叶えたい事、全部やるにはああするしか……ッ」
 男は少年の運命を知っていた。少年も、男の瞳に同じ絶望と憎しみの色を見出していた。だからこそ互いに、互いが正反対の道へ進んでいることが、きっと悲しかった。

 こんなにも優しく誰かの涙を拭える手が、復讐の道を選んでしまったことが。
 こんなにも優しく誰かを思って流れる涙が、世界の犠牲になってしまうことが。

「……なあ……それだけ憎んでもオレ……切り捨てられないんだ……あの世界が、あの人たちが、好きなんだ……」
「…………そうか」

 男は、涙に濡れた微笑みを、美しいと思った。

 少年は、孤独と寂しさで乾いた瞳を、愛しいと思った。

――――――

「あ……」
「……」
 それは何の因果だったのか。
 コスモスが消滅し、世界が終わろうとしている中で少年と男は再び出会った。
 既に他のカオスの戦士が復活しているのを目の当たりにしているので、然程驚きはなかった。それにしたって敵であるのにお互い剣を構えないのは、なんだか可笑しくて少年は笑った。
「アレは来ているのか」
「クラウド? ううん、ちょっと一人になりたくってさ、他には誰もいないよ。……迎えに来るかもしれないけど」
 お互いに何かを感じあっていたのかもしれない。敵意も戦意もなく、ふらりと無用心に近づく姿は仲間がいたらさぞ大騒ぎになっていたことだろう。
「ちょっとだけ、いい?」
「好きにしろ。もう私にはアレを待つ以外、特に目的もない」
 以前は自身を追わせる為に花を奪ったりしたものだが、いずれ彼らは来る。それを待てばいいだけだ。
 隣に座った少年はくたりと体を預けてきた。いつもの笑顔はなく、無表情に近い顔でぼんやりと宙を眺めている。
 恐らくその表情は、この世界で男だけしか知らない。
「やはりあれは演技か」
「演技じゃないッスよー。あれもオレ。でも、今はちょっと疲れちゃったから……」
 疲れたような顔でくつりと笑う彼を見て、むしろ男は納得していた。やたらと明るく振舞うのは、仲間を思ってのことでもあるし、少年自身を鼓舞するためでもあるのだと、薄々勘付いていたからかもしれない。
 仲間にはいつも笑顔でいる分、こんな表情を見られでもしたら余計に心配されるのだろう。それほどまでに今の彼は、常と違う雰囲気だった。
 あの日本音を曝け出したからなのか、他に何か理由があるのかは分からないが、こんな表情をこんな近くで見せるとは随分信用されたものだと男は苦笑した。
「……ごめんなセフィロス」
「……何故謝る」
「…………オレは、アンタの仲間にはなれなかったから」
「謝罪などいらん。もともと仲間が欲しかったわけでもないからな」
 それを聞いて少年は、少し寂しそうに笑った。そこにどんな思いがあるのかは、男には分からなかった。
「でも、ありがと」
「謝罪の次は感謝か。忙しいやつだ」
「オレ、あの時泣いてなかったら、ダメになってたかもしれないから」
「……お前は、ならないだろう」
「買いかぶりッスよ」
 くすくすと笑うと一つ、大きくゆっくりと息を吐き出して少年は立ち上がった。
「もう行くのか」
「うん、もう行かなくちゃ」
 『もう』だなんて、まるで惜しんでいるようではないか。二人は同時に、小さく笑った。
「セフィロス」
 数歩歩いたところで振り返った少年は、『いつもの』笑顔と、先程までの静かな雰囲気をまとっていた。
「『人』じゃなくても、いいんだ」
「…………」
「『人』じゃなくてもさ、友達になれるし、仲間になれるし、誰かを好きになれるんだ」
「……そうかもしれないな」
 男の足は自然と少年に近づいた。少年も、逃げることなく臆することなく近づく。

 静かに触れ合った温もりは、永劫の別れの挨拶などではない。
「セフィロスとは、なんかまた会える気がするッス」
「奇遇だな。オレもそう思う」
「……え? あれ、今」
「さっさと行け」
 男が軽く額を小突けば、少年は笑った。屈託のない笑顔だった。
「「さようなら」」

 かつて、世界に絶望し、世界を憎んだ男がいた。
 互いに背を向け合って、正反対の道を行く二人がいた。
 交わることのない正反対の道でも、進み続ければまたいつか、真正面にぶつかる時がくるのだろう。

 その時はきっと、運命も世界も、もう少しだけ優しくなっている。

――――――

あとがき

『黒狸艇』の狸さんへ相互リンク記念として書かせていただきました!
 リク内容は「シリアス、013の二人で、お互いに好きになる瞬間の話」でしたが、自分の色出しすぎてド!シリアスになってしまいました/(^o^)\
 できればエロも……というのもありましたが、話の内容的に入れられず断念……申し訳ありません!いつかリベンジを……!
 同じような境遇にいつつも、全く違う道を進んだ二人。そんな二人がどこか共感しあい惹かれあう……みたいな私の中のセフィティダ基本理念のようなものが如実に現れた作品となりました。
 狸さん、相互リンクありがとうございました! よろしければ貰ってやってくださいませ~ヾ(´∀`)ノ

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