「ティーダ」
「うん? 何スかスコール……」
腕の中でうとうとと夢の世界へ入りかけていたティーダが、少し舌足らずなしゃべり方で返事をした。
同年代とは思えないくらい(単に自分が老けていると言われるだけかもしれないが)幼さを残す彼はコスモス達のムードメーカーであり。
「……明後日は非番だったな」
「そーっすよー……」
……そして、自分の恋人でもある。
ちなみに今は、明日見回りと素材集めの仕事がある彼に無理はさせられないとお預けを食らっているわけだ。
「明後日は俺も非番だ……だから……」
「…………すー……」
「……………………」
いい加減この生殺しにも慣れてしまった自分を褒めてやりたい。
――明後日は二人とも非番だから、二人きりで過ごしたいと、それだけ伝えるのになぜこうも時間がかかってしまうのか。自分の口下手加減にうんざりしながら、明日伝えればいいかと穏やかな寝息をたてるティーダを抱きしめて眠りについた。
――――――
次の日の朝、漸く二人で過ごしたいと伝えるとティーダは嬉しそうに飛びついてきた。自分も頬が緩むのを自覚していたから止めはしなかったけれど、早く行って来いと軽く頭を小突いた。
「じゃあ明日はデートっスね!」
笑顔でそう言いながら出て行ったティーダが仲間とともに慌てて帰ってくるのは数時間後のことだった――。
どうもティナの体調が優れなかったらしく、敵の攻撃を受けそうになった所をオニオンがかばって怪我をしたという。
「ごめんなさい……少しだけ熱っぽいくらいだったから平気だと思って……」
「ティナ、そういう時は遠慮なく言いなよ。誰かが動けなければ皆で補うんだから……ね?」
しゅんと落ち込んでいるティナにセシルが柔和に微笑む。ティナも小さく頷いて、オニオンに謝っていた。
ティナを守ると決めているオニオンは大丈夫だと笑っているが、少なくとも数日は休まなければいけないだろう。二人は明日も当番だったはずだから、非番である自分たちがそれを補うのは当然のことだった。
「……では明日は二人にも出てもらうことになるが、いいな」
「了解ッス!」
「了解した」
夕食の後、ライトから当番の変更を言い渡されてから自室に戻る。ばふりとベッドに倒れこんだティーダは少し疲れているらしく、投げ出している脚をマッサージしてやるとくすぐったそうに身をよじった。
「くっ、ぁ、あは……痛っ、スコールー! 痛気持ちいいけどくすぐったい~~!!」
「……どういう状況なんだそれは……こら暴れるな」
「ん、ん……ふ、ははっ……あ、明日……だめになっちゃったッス、ねー……ぅあっ」
ベッドにうつ伏せになったままティーダがもごもごと話した。先ほどから声がいやらしい感じに聞こえてしまうのを悶々とした気持ちで堪えながら手を動かす。
「残念ッスか?」
「いや……任務だからな。だが別行動でないだけマシだな」
「ッスよね~、スコールっていっつもバッツ達と同じチームだからなー……ッ……ぁ、そこ……っ、きもち、い……」
「……………………」
「……? どうしたッスか?」
「…………べつに」
「あ、またそうやって黙るだろー!」
言いたいことは言っちゃえよ! と少し不機嫌になってしまったティーダに、明日が当番でよかったな、と心の中でつぶやいた。
――――――
「ではここから各チーム別行動だ……くれぐれも無茶はしないよう」
ライトの指示で皆が動き出す。セシルとクラウドは館の守りとティナ達の世話を任されている。よって今日はライトとフリオニール、ジタンとバッツ、自分とティーダという組み合わせで行動することになった。
「さーって、今日も素材集めまくるッスよー!」
本来、今日は休みであったはずなのにティーダは元気だ。フリオニール達の話を聞く限り昨日もかなり暴れまくったそうだがそんな様子は微塵も感じさせない。
「あれくらいで疲れてらんないって! それにスコールがマッサージしてくれたからッスよ」
そう言って笑うティーダはさっそく幻光虫をひとつ手に入れたようだ。近くにイミテーションの気配もするし、気を引き締めなければならない。
……今は任務だから、いくら恋人と二人きりとは言え気を抜いてはいけないし残念がってもいけないのだ。あぁ誰が残念がっているものか。
「……スコールなんか機嫌悪いッスね」
「……べ「別に」」
沈黙がおりて、ティーダがくすくすと笑い始める。居たたまれなくなって目線をはずす。……情けない話だ。任務に忠実である自分が、約束ひとつ駄目になっただけでこんな有様だなんて。それに仲間が倒れているという状況でこんなことを思っている自分に腹が立つ。
「今日はいつもよりちょっと早めに切り上げようってライト言ってたし、帰ってから……っス!」
「…………あぁ」
俺の考えが分かったのか、悪戯っぽく笑うティーダにますます情けなくなる。というより自己嫌悪だ。自分にこんな女々しい部分があっただなんて知らなかった。
しかしいつも以上に元気なティーダが気になる。彼は残念だとは思っていないのだろうか。じっと見ていると視線に気づいたのかちらりとこちらを向いた時、イミテーションが数体飛び出してきた。
すぐに武器を顕現させて迎え撃つが、それより早くティーダは敵に突っ込んで言った。
「…………っ残念に決まってんだろスコールのバカーーー!!」
力任せに剣を振り下ろしてイミテーションを叩き切った彼の、髪の隙間から覗く耳が赤かったから。
ふ、と口元に笑みが浮かぶのを何とか堪えながら、自分の姿を模した敵に一撃をくれてやった。
――――――
ライトの言ったとおり、いつもより早めに館へと帰ったメンバーは少し遅めの昼食をとっている。ティナ達もだいぶ回復したようで、取りあえず起き上がれるくらいにはなったようだ。ティナはまだ寝ていたほうがいいだろうに仲間達の所へ行っては謝っている。それは自分も例外ではない。
「ごめんなさい、迷惑かけてしまって……」
「いいッスよ! でも今度からはちゃんと言わなきゃだめッス!」
「あぁ……最初から言っておけば今回のように心配をかけることもないからな」
「うん、本当にごめんね。今日デートだったんでしょう?」
飲んでいたコーヒーを噴きそうになった。すんでの所で堪えたがティーダは顔を赤くして慌てている。
「あれ……違うの?」
「や、いや、あってるけどさっ!」
自分達が付き合っていることが一応周知の事とはいえ、休みがかぶったからと言ってデートだとばれるとはどういうことだ。それともティナの勘に驚くべきなのか。
午後は二人でゆっくりするといいよ! と気遣いまでしてもらい、二人で苦笑しながら取りあえず外へ出てみた。
今日はよく晴れている。ティーダの名の由来でもある太陽が燦燦と輝き、雲は少なく吹き抜けるような青い空が広がっている。
隣にいるティーダも気持ちよさそうに伸びをした。ふわりと風がくすぐった金髪に触れようとしたところで後ろから明るい声がした。
「おー、スコールにティーダじゃん。さては二人で遊ぶ気だなー! うーし俺達も混ぜろー!」
「おーいバッツ、空気読めって」
近づいてきてひょいと肩を組んでくるバッツの腕をどけると後ろからジタンもやってくる。ジタンの言うとおりだ、と思うもバッツは納得していないらしく子供のように口を尖らせて今度はティーダの方へ行った。
「知ってるって、デートだろ? 知ってるけど俺だってお前らと遊びたいと思ったんだ!」
「でもバッツ達はいっつもスコールと同じチームじゃないッスか」
言おうと思った事をティーダに先に言われてしまった。少しだけ不機嫌そうに聞こえるのは自分の都合のいい解釈だろうか。
「ま、デートならしょうがねーってバッツ。お二人さん頑張ってなー」
「ちょ、ジタン俺はまだ納得してねー! くそーこうなったらスコールの秘密をひとつばらしてやる! そうあれは五日前の夜にー」
「バァァァッツ!!!」
バッツが何を言わんとしているか分かり、我を忘れてバッツに斬りかかる。この馬鹿あれほど言うなと……ッあぁくそ、今絶対自分の顔は赤い。
――叫びながらちょこまかと逃げ回るバッツをスコールが鬼のような形相で追い回している。その光景を、ティーダは少し面白くなさそうに見ていた。
――――――
ジタンに仲裁され、ようやく怒りも静まったとき恋人を待たせていたことを思い出して慌てて走りよると案の定不機嫌そうな顔だ。それに連動するかのように空の太陽も雲に光を遮られる。
「……ティーダ……」
「……なんか俺にカクシゴトあるんスか?」
「違う、あれは」
知らないッス! とすたすた歩き始めてしまった彼の後を追う。――と、その前に後で覚えていろとバッツを視線で脅しておく。眉をハの字にして両手を合わせている所を見ると悪気があったわけじゃないのだとは思うが。ひょっとすると自分があんなに反応するとは思わなかったのかもしれない。
ひとつため息をつくと再び前を行く背中を追い始めた。
「ティーダ……」
「………………」
「…………」
「…………あ」
何と言えばいいのか分からず沈黙している間にティーダが声を上げた。自分に文句を言うのだろうかと顔を上げるとティーダは前を向いたままだった。そして叫んだ。
「クソ親父ぃぃぃぶっ倒す!!!」
「はぁ!? うわ、おいクソガキいきなり何しやがる!」
「うっさい食らえぇぇ!!」
「………………」
父親を見つけるなり突っ込んでいってしまったティーダを呆然と見つめる。そんなにも機嫌が悪かったのか……。
「出会い頭に攻撃してくるたぁご挨拶じゃねぇかジェクトさんちの坊ちゃんよォ!」
口ではそう言いつつもジェクトも少し戸惑っているようでいつもより勢いがない。父親にいきなり攻撃するほど機嫌を損ねてしまったのかと驚いたが、取りあえず今は止めなくては。
自分にはジタンのように仲裁するなどきっと出来ない。だから実力行使だ。二人の動きを見ながら近づくと、ジェクトが察してくれたのかティーダがこちらに背を向けるよう誘導してくれた。
ティーダは頭に血が上っているせいかその事には気づいていない。
「っらぁ!!」
「ッ!!」
ジェクトが叩き込んだ攻撃が防ぎきれずによろめいた所をすかさず抱き上げる。突然のことで目を白黒させているティーダを抱えたままジェクトに小さく謝ると走り出す。
「っなにすんだよスコールの馬鹿! 離せー!! 降ろせー!!」
漸く事態に頭が追いつき暴れ始めたティーダの抵抗に堪えながら、『いつもの場所』へとひた走った。
――――――
――静かな湖の畔。時折鳥の鳴き声がするここは、この世界で数少ない憩いの場所であり、ティーダの好きな場所だ。
いつも二人でここへ来てはティーダが楽しそうに泳いでいるのを眺めたり、一緒に木陰で休んだり、時には自分まで湖の中に引きずり込まれたり。二人にとって特別な場所だった。
ここへ来た時にはティーダももう大人しくなっていて、そっと地面に降ろすとそのまま湖に向かって座る。膝を抱える彼の隣に自分も静かに座った。
「……悪かった」
「…………」
「俺もあの時は……カッとなって……お前があんなに怒るとは……ッ」
謝罪の言葉を述べる口が塞がれる。黙りこくったままのティーダの口で。
すぐに離れたそれを目で追うとまだ少し拗ねたような顔でうつむいたティーダがごめん、と謝った。
「ガキみたいに拗ねて…………嫉妬して……ごめん」
そう言ってもう一度触れるだけのキスをしたティーダは、物凄く、恥ずかしそうだった。
「……ティーダ」
「だって、バッツ達はいっつもスコールと同じ班なのに今日も一緒に遊ぶ気かよーとか! スコールは何か隠し事してバッツ怒って追っかけまわしてさぁ! 俺どうせガキだからそんなことでむかむかしてっ……馬鹿だって分かってるけど止めらんなくてそんな自分も嫌でっ!」
あぁもうっ! と自分でも何を言っているか分からなくなってきて顔を真っ赤にしてがしがしと頭をかくティーダが、無性に愛しくなった。
「だからッ……!」
今度はこちらからキスをした。触れるだけじゃなく、もっと深く。
「ん、んっ……ぁ……え……なんか……スコール……」
嬉しそう、という唇をもう一度塞いで口内を貪る。久々にするそれはなんとも甘美だった。
そう、同じ十七歳だった。性格は正反対でお互い老けてるだの幼いだの言われているがそれでも同い年だった。嫉妬もするし小さなことで拗ねることもある。そんな自分に自己嫌悪することもある。
変な所だけ年相応だと言うことなのか。とんとんと背を叩かれて名残惜しいが唇を離す。
「……すまない」
「……こっちこそ」
同時に噴出す。言いたいことも言ってすっきりしたのか、ティーダはいつもの笑顔を見せてくれた。空もいつのまにか雲が流れ、太陽が顔を出していた。
予定の変更でティーダと過ごせる時間が少なくなり、自分も拗ねた。ティーダも、自分がバッツを追いかけることで時間が減ってしまったことに拗ねた。それは多分。
「……今日、楽しみだったか?」
「……当たり前じゃないッスか!」
口を尖らせてそう言った彼の頭を撫でると、ガキ扱いすんなー! と怒られる。先ほど自分でガキと言っていたと思うんだが。
「自分で言うのと人にそうされるのは違うッス! てかじゃあスコールもガキだろ!」
「……減らず口は塞ぐぞ」
「ちょっ、ん……!」
まだ何か言おうとした口を言葉通り塞いでやる。先ほどまで喧嘩していたのが馬鹿らしくなる。
「今からでも遅くはない」
「ははっ、デート、する?」
デート、と言っても、この世界に遊べる場所なんてないけれど。
「あぁ……お前と一緒なら、どこでもいい」
――――――
「うあ、もうこんな時間ッスか」
気がつけば空は薄暗くなり始め、星がちらほらと出ていた。帰るか、とティーダの手を引いて立ち上がる。
ふわりとひとつ、幻光虫が夜空に舞ってなんとも幻想的だった。
「あ、そういえば隠し事って何だったんだ?」
「……大したことじゃない」
「……大したことじゃなきゃ教えられるッスよね?」
どうやら聞きだす気満々らしいティーダは逃がさないとでも言うように握る手の力を強くする。
さてどうしたものかと思考を巡らせるがいい考えも浮かばない。
「……とりあえず、俺が恥ずかしい事だ。お前には関係することじゃない」
「……何かますます気になるッス! 教えろって!」
火に油か、と頭を抱えたくなる。ふと、何かで読んだことのある気障ったらしい台詞を思いついて笑うと、ティーダの耳元で囁いた。
「……ベッドの中でなら教えてやらないこともない」
「…………は」
若干棒読みになった感は否めないが、固まった後にぼぼぼ、と赤くなるティーダを見ると効かなかったわけでもないらしい。
「だ……駄目駄目だめッスよ! お、俺明日も当番ッ」
「昨日暴れまわって今日の仕事も余裕だったんだろ……そんなに元気が有り余っているなら一晩中付き合ってもらう」
「わ゙ーーーーー!!」
今度はこちらが逃がさないと手を強く握って抱き寄せる。ぎゃーぎゃーと暴れる恋人に、さあどうしてやろうかと再び思考を巡らすのだった。
――――――
あとがき。
大変お待たせしてしまいましたが……EMPYREANS blueの玖珂麻希さまへ復帰祝いに捧げます~。
リク内容は『810の山あり谷ありなどたばたデート』でした。……が、微妙に沿えていない気が……あわわわ申し訳ありませんorz
デートというと学パロなんかは書きやすいですが異説の世界だといける場所も限られていますしなかなか難しかったです。
ちなみにスコールの秘密はこれといって正解を考えていません。スコールが恥ずかしがる秘密……皆様で想像してみてください(笑
子供っぽく嫉妬してしまったりそんな子供っぽい自分が嫌だったり恥ずかしかったり。
いろいろと難しいお年頃な二人に、お互いに悶々としてもらいつつ最後は何このバカップルみたいな展開になってますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
玖珂様、これからも頑張ってくださいませ~v