オアイコ?

 ただ、つい、苛々してしまって。

 つい、言ってしまったんだ。

 その日の朝はいやな夢に起こされた。
 いやな夢と言っても内容は全く覚えていない。
 ただ、元の世界に関するもの……だった気がする。
 夢の内容はさておいても、不快感に包まれた目覚めは最悪だった。当然気分も下がるが、終わった夢のことで悩んでいてもしょうがないと身支度をする。
 朝のミーティングが開始されるのを待っていると、ニギヤカ担当を自称する同い年とは思えない男と、よく行動を共にする二人がやってきた。

 話の内容はよく聞いていなかった。三人が何かの話題について話し合っていて、あいつが話を振ってきたのは覚えている。

「なー、スコールもそう思うよな!」
「……」

 未だ夢の不快感を引きずっている時にやたら元気に話しかけられてため息をついた。 こんな時くらい空気を読んでくれと思っていると、彼は不思議そうな、否、心配そうな瞳を向けてきた。

「……スコール? どしたんスか、体調悪い?」
「……べつに」
「いや、べつにってことないッスよ。顔色悪いし……」
「ティーダ」

 流石に一緒に行動していた機関が長かったからか、ジタンが察したようでティーダに手を伸ばすがそれは空を切った。

「体調悪いならちゃんと言った方がいいッス。ただでさえスコールは口数少ないんだから、黙ってたら誰も気付いてくれないかもしれないし」
 お節介なやつ。そもそも体調が悪いわけではないし、話しかけられなければ再び苛立ちが刺激されることもなかったのに。

「あーティーダ、だから」
「ジタン達も! よく一緒にいるんだからそーいうとこは注意するッスよ!」
「いや俺達もよく言ってるんだけどな? ってそうじゃなくて」
「とーにーかーくー」
 止めようとするジタンを無視してこちらを向く。
 本当に空気の読めないやつだ。話せ話せと言っておきながら、そっちは人の話を遮るじゃないか。

「スコールももっと、言いたいことは言っちゃえって!」

 そう言って笑った彼が、この上なく鬱陶しく感じて。
 いつも抑える心の声が苛立ちに押し出された。

 ――ああ、お望みなら言ってやる。

「……煩い」

 彼にぶつける苛立ち。それはただの八つ当たりだ。

「…………」

 その時の顔は多分、忘れられない。
 くるくる変わる表情が、よく動く口が、ぴたりと止まった。
 驚きに見開かれた目は、確かにショックを受けていた。

「皆、揃っているか」
 僅かに訪れた静寂にリーダーの声がかかる。
 呆けたままのティーダと、二人の視線から逃げるようにふいと顔を背け、リーダーの元に歩き始めた。

(……くそ)

 ジタンとバッツの視線が痛い。あいつらがさっさと止めてくれれば言わずにすんだかもしれないのに、と責任転嫁する自分にますます苛立った。
 なんでこんな気分にならなくちゃいけない。それもこれも全て

 あの夢のせいだ。

――――――

 リーダーから言い渡されたチーム分けは最悪だった。バッツとジタンはまだいい。よりにもよってなんで、今日に限ってあいつが。

「よろしくなーティーダ!」
「うっす! なんか珍しいッスね、こっちのチームに入るのって」
「だなー。ま、スコールは機嫌悪いみたいだし~俺達と仲良くやろーぜ!」
 バッツを軽く睨めばその口は弧を描き、べ、と舌を出した。機嫌が悪い、とフォローしてくれたのはありがたいがなんだその挑戦的な目は。
 思わず顔を顰めているとティーダがちらりとこちらを向いたが、バッツに肩を組まれ話しかけられればその視線はすぐそちらへ移った。

(……何なんだ)
 時間が経てば戻るだろうと思っていた気分は、ますます落ちていくばかりだった。

 完全に自分のミスだった。
 道中出てきたイミテーションもパーティーを組んでいた。いつものようにバッツ達と連携を取って戦っていた。
 ……そう、バッツ達と。

 いつもの癖で、三人で戦っているつもりだった。彼の存在を失念していた。戦士としてあるまじき事だし、こんなミスをするなんてと舌打ちしたくもなる。
 敵の攻撃に備えようと後退した時、背中が何かにぶつかったのだ。背後にも敵がいたのかと僅かに振り向くとそこにいたのが、ティーダで。

 驚いて僅かな隙ができたところに敵の刃が迫ってきて。

 ああ、なんでこんな目立つ奴の存在を忘れていたのだろう。
 そう、今日の自分はおかしいのだ。気持ちが晴れないのも調子が悪いのも全てあの夢のせいで。

 ああでも、彼の事を失念していたのは、

「スコールっ!!!」

 いつもみたいに、バッツとジタンの話し声がしていたのに

 彼の声が聞こえなかったせいかもしれない。

――――――

「お、気がついた!」
「マジ? 心配したぜ~スコール」
「……っ……敵は」
「さっき全部倒した。お前が気絶してるのも数分だったよ」
「……悪い」
「いいって。ま、そこまで大きい怪我しなくてよかったな」

 体を起こすと脇腹に鈍痛。手当てはされていたが、情けないと心の中で悪態をつく。そう言えば、直前にぶつかった彼はどうなったのだろうか。
「バッツ、ティーダは……」
「ん? ティーダならあっちで見張りしてくれてるぞ」
「あっちもちょっと足斬られたくらいで大丈夫だってよ」
「……」

 静かに周りを見回している彼はこちらに背を向けていて表情を確認できない。それでも、纏う雰囲気がいつもと違うような気がして戸惑う。

「スコール、いけるか? 今日は調子悪そうだし、もう戻っとくか?」
「いや……大丈夫だ」

 立ち上がるとジタンもティーダに声をかけ、先へ進み始める。

(…………)
「はは、そしたらフリオニール真っ赤になってさ」
「相変わらず初心だなぁ。レディを口説くにはまだまだだな」

 それはまるでいつも通り、三人で旅をしているような感覚。
(…………)
「…………」
 バッツ達の会話に入るでもなく相槌を打つでもなく、無表情でティーダはただ歩いていた。普段の彼を知っている者から見たら、それは異様な光景だった。
 しかしバッツやジタンは特に気にするでもなく、いつも通りの馬鹿な話を続けている。

 それは、なんだか、気味の悪い光景。

「……おい」
「…………」

 おかしい。なにかがおかしい。堪り兼ねて彼に声をかけるがその反応は薄いもので、常ならば体ごとこちらに向けてくるだろうに、 視線を少しこちらへ向けただけだった。声すら発さない。
「……あ、……」
 が、声をかけたはいいものの、何をどう説明すればよいのか。いきなり「何かおかしい」などと言えるわけもなく。
 ああ面倒くさい。こんな時彼ならどういうか……と考えて、今朝の会話を思い出した。

「……体調……でも悪いのか」
「……? べつに」

 それだけ言うと彼は再び前を向いてしまった。自分も同じ返しをしたことを思い出して額を押さえる。こんななのか、俺は。
 さてその後はどうだったか、と記憶を辿れば一つの可能性を思いつく。

『煩い』

(……まさか)
 自分が煩いと言ったから、それで黙っているのだろうか。思えば彼の声を聞いていないのは、あの発言後からのような気がする。
 思わず苦笑いが零れた。なんだ、そんなの、煩いと言ったからそのあてつけのつもりなのか。一瞬でも動揺してしまった自分が馬鹿みたいではないか。

(なら……放っといてもいいか)
 どうせそのうち我慢できなくなって、いつものように煩くなるのだろうから。

 そう思ってはいたが、その後も彼はバッツ達の会話に混ざることもなく、ただ淡々と歩き、戦っていた。

 秩序の聖域に戻ってもその態度は元に戻らなかった。いい加減苛立ちを覚え始める。いつまでムキになっているつもりなのか。
 バッツ達がそんなティーダを放っているのも納得いかない。それとも協力しているのか。

「んあ? ティーダが変? どこが?」
「どこ……って……」
「いっつもあんな感じだろ? 何言ってんだスコール?」

(……何なんだ……)

 ここまできて、ようやく薄ら寒いものを感じる。こいつらが協力しているとしても、こんなに平然としているなんて。
 いや、協力しているのがこの二人だけならまだしも、他のメンバーまでティーダを気にしていないのだ。
 おかしい。

「ティーダ」
 何の偶然か、今日はテントまで彼と一緒だった。いい加減元に戻させようと話しかける。もしくはこれが夢ならばさっさと覚めて欲しい。

「いい加減にしろ」
「……なにが?」
「何がじゃない。今朝の事に対するあてつけならもうやめろ。鬱陶しい」
「朝?」

 僅かに首を傾げる以外ぴくりとも表情を変えない彼が気味悪い。声も小さくて平坦で、普段の彼とは似ても似つかない。
 胸の奥がちりちりする。

「俺何かした?」
「っ……いい加減に……」
「煩いほうがいい?」
 ガラスのような瞳。輝く海面を思わせるいつもの瞳ではない。凍りついた表情は彼のものではない。

 だれだ、こいつは。

『……煩い』

 あぁ、これは、そうだ。

 ただ一言、そう言ってしまった時の、彼の表情。

「なあ」
 どうしてこんなに、不安なんだ。
「いつもの俺ってどんな?」
 彼が何も話さないだけで。
「煩い? 鬱陶しい? うざい?」
 くるくる変わる表情が、眉一つ動かさない人形のようになるだけで。
「スコール」
 俺は、ただ苛ついていただけで。

「俺のこと、嫌いなの?」

 ――ちがう、俺は、
「煩いのも、静かなのも駄目なら」
「ティ、」
 俺、は

「俺、もう」
きえるよ。

――――――

「ッ……!!」
 テントの中、だった。玉のような汗が米神を伝い、荒い呼吸を繰り返していた。

「スコール……?」
 その声にびくりと肩が跳ねる。ゆっくりと声のした方を向けば、不安そうな顔をした彼が。

「スコール……っ! よかったぁー目が覚めた! 心配したッスよ! あ、覚えてる? あの後敵の攻撃と魔法と同時に食らって倒れちゃうしさ、まあ魔法って言ってもスリプルだったかコンフュだったかなんだけどさ、あ、バッツ達呼んで」
 いやいやちょっと待て!

「へ?」
「あ、……いや」
 思わず上半身を起こし、引き止めるように掴んでしまった彼の手を離す。いや、実際引き止めたかったのか。

(夢……?)
 どこからが夢なのか。まさかまだ夢の中にいるのか。でも彼は元に戻っている、いやそもそもあの状態になってすらいないのでは
「スコール? だいじょぶ?」

 きょとんとした顔で首を傾げる彼にどうしようもない安心感を覚えた。と同時に、夢の中で問い詰めてきた彼の言葉を思い出し、じくりじくりと胸を刺激する。
「さっきまでうなされてたし、まだ寝てた方が」
「ティーダ……」
「ん?」

 打てば響く。打たなくても勝手に響く。そんな彼でいい。

「…………悪かった」
「…………え、え、何が?」
「……今朝……」
「……………………………………あーーっ!! 『煩い』って言ったこと? 別にあんなの気にしてないって」

 からからと笑うティーダに、酷く拍子抜けした。だって馬鹿みたいじゃないか。
「俺の方こそごめんッス。今朝は機嫌悪かったんだろ」
「それは……」
「俺馬鹿だからさ、スコール元気なさそうだったからつい話しかけちゃって」
「違う……お前は悪くなかった……」
「んじゃ、オアイコっす」

 屈託のない笑顔。眩しい、太陽を思わせるようなそれに、全て許された気になる。今朝あんなに鬱陶しく感じたのが不思議なくらいに、彼の笑顔はほっとするものだった。

「……だが、あの後もあまり喋っていなかっただろ」
「あーそれはやっぱりさ、ちょっと静かにしたほうがいいかなーって」
 照れたように頬をかく。その答えで胸の痞えが取れたように軽く息を吐き出すと、ティーダがぎゅっと手を握ってきた。

「だいじょーぶッスよスコール。あんなこと言われたくらいじゃ、俺も皆もスコールのこと嫌いになったりしないッス。だって俺スコール好きだもん」

「あれ、ティーダ、スコール起きたのか?」
「うん、でも傷のせいで熱上がっちゃったみたいでさー、顔赤くなってて。とりあえず飲み物とか濡れタオルとか持っていくッス」
「ふーん?」
「何にやにやしてんスか?」

(ま、よくわかんねーけど結果オーライじゃね?)
(おにーさんは安心したぞスコール君!)
(煩い)
((酷っ!))

――――――

あとがき。
 茶番だぁぁぁ!!
 そんなわけでただのスコール君の夢オチでしたすみません(´д`;)
 ティーダに煩いって言っちゃった罪悪感が夢にまで持ち越されてますよスコールさん!
 ちなみにティーダは今のところ友情的な好きです。スコールさんはもう……撃ちぬかれてしまいましたよね、ハート(^ω^三^ω^)
 次の日からは常にティーダの傍にいるスコールが見られるようになります。
 もだもだする17歳は書いていて楽しいです。
 では最後まで読んでくださりありがとうございました!

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