男は皆狼だから

 過保護とは少々行き過ぎた愛情表現である。

「うーん……」
 ティーダは悩んでいた。コスモスの戦士達の居住区となっている館の中。その談話室の机に突っ伏すようにして考えていた。
「ん? 何やってんだティーダ」
「悩み事ならおにーさんに相談しろー!」
「うわっ! もーバッツ、苦しいって!」
 隣にどっかりと腰を下ろして首に腕を回してくるバッツと、少し肩を竦めて笑うジタン。
 少しだけ苦しくてもがくとバッツも腕の力を緩めた。体を起して一つため息を吐くと背もたれに身を沈めながらぽつりと言った。
「……相談」
「へ?」
「相談! あるッス!」
 半ば自棄気味に叫んだティーダに目を丸くする二人だが、すぐに笑ってぽんと頭を撫でる。
 普段は一緒になってふざけあったり悪戯をしたりするけれど、こういう時はちゃんと話を聞いてくれる二人。優しい手つきにティーダも幾分か落ち着いた。
「俺らでいいなら。なぁジタン」
「おう、何でも言ってみなって」
「うん……あのな……」
 仲間の優しさに触れつつ、ティーダはぽつぽつと語りだした。それは彼とよく行動を共にする三人の話。

――――――

「ティーダ」
「あ、クラウドー」
 夕飯の片付けをしていたクラウドがテントへと戻ってきてティーダは笑顔で迎える。普段はあまり表情を崩さないクラウドも、一日の疲れが溜まった体を漸く休めることが出来る安堵と、その笑顔に頬を緩ませる。
 普段のクラウドもクールで格好いいが、いつもその柔らかな雰囲気でいればさぞモテるだろうにとティーダは少し惜しく感じた。
 同時に、その貴重な表情を見られるのを嬉しくも思うのだけれど。

「疲れてるだろう。早く休め」
「へーい。クラウドも早く休むッスよ! 明日も頑張らなきゃなっ」
「分かってる」

 狭いテントに寝転がるとクラウドもそれに習い隣に体を横たえる。
 ティーダと違い天然ものの金髪は透けるようにきらきらとして、いつもそれに見惚れてしまう。
 ぼーっと見ていると仰向けになっていたクラウドがティーダの方へと向きを変えた。
 不思議な魔晄色の瞳に見つめられて少しどきりとする。そこにはいつもの冷静さや鋭さはなく、リラックスした優しげな色があった。任務で女装したこともあるなんて言うだけあって、整った顔立ちは男のティーダであっても真正面から見るのは少し緊張してしまう。
 上手く言葉が出てこず、かといって視線を逸らすこともできずにクラウドを見つめ返していると、巨大な剣を扱う手が頬を包むようにして触れてきた。

「く、らうど?」
「ん?」
 親指の腹で優しく撫でられ、与えられる慣れない感触に頬が熱くなった。
 その上この整った顔立ちで、愛しむような視線を向けられるとティーダはいつも身動きができなくなってしまう。

 ――そう、いつも、だ。
 頻度は然程多くないかもしれないが、こうして二人きりになると、時々クラウドはこんな風にティーダに優しくする。
 否、彼が優しいのはいつものことなのだが、その中でも特に、だ。

 いつも一緒に行動するクラウド、フリオニール、セシル。皆年上で、この三人に囲まれるとティーダは弟分のような扱いをされる。
 勿論それが嫌なわけではないし、むしろ兄弟というものに少し憧れのあったティーダにとっては嬉しいことであった。
 けれど、慣れない。親に愛されていなかったわけではないが、共に過ごす時間も与えられる愛情も少なかったティーダにとって、三人との触れ合いはあまりに優しくて甘やかで、くすぐったい。

「……へへ、くすぐったいッス」
 こんなに甘やかされていいのかとも思うが、その優しさにひそりと寄りかかる心地よさは、一度知ってしまうと拒否なんかできなくて、ティーダははにかみながらそう言った。
「…………」
 その笑顔にクラウドの表情はまた緩みつつ、しかし内心穏やかではなかった。
「明日の探索も、よろしく頼む」
「うッス!」
「それと」

 頬を撫でていた指がするりと輪郭を辿り、僅かに顎を持ち上げる。
 されるがままになるティーダに苦笑すると、クラウドはティーダの前髪を優しく梳いた。
「……そういう顔は、簡単に見せるんじゃないぞ」
「へ?」
「男は皆、狼だからな」
 何のことかと聞くよりも早く、ティーダの額に柔らかな唇が押し当てられる。
「……ぁ、」
 再び唇が近づいてきそうな雰囲気で我に返ると、ぼぼっと全身が熱くなった。
 慌てて「おやすみっ!」と言ってクラウドに背を向ける。怒るかと思ったが、「おやすみ」と声が返ってきただけだった。

――――――

「ごめんティーダ、僕がもっと早く気付いていれば……」
「セシルのせいじゃないって! それにこんなんかすり傷……あでででっ」
「ほら、腕動かさないで……」

 歪の探索途中、運悪く複数のイミテーションと遭遇した。それ自体は珍しいことではないが、レア型のイミテーションが多かったため手こずり、最後の最後でティーダが傷を負ってしまったのだ。
 一番傍にいたセシルは責任を感じているようで、ティーダの怪我の手当てを買って出た。当然ティーダに傷を負わせたイミテーションは三人の攻撃により即座に破壊された。

「本当に、ごめん」
「いいって! オレが怪我するなんていつものことだし、オレが弱いのもいけないんだし……」
「そんなことないよ」
 包帯を巻き終わったセシルが柔和に微笑みながらティーダの頭を撫でる。
 暖かい手のひらの感触が心地よくてされるがままになっていると、セシルが僅かに声を上げた。
 首を傾げていると右手をつかまれてグローブを取られる。
「ティーダ、指も切ってるじゃないか」
「うわっ本当だ。気付かなかったッス。……あーグローブ切られちゃってるし血まみれだし!」
 怪我自体は大きくないが、今まで気付かなかったため随分とグローブは汚れてしまっていた。
 今更ながらにじくりと痛みだして、怪我というのは気付かなければあまり痛くないのだなぁとぼんやり思っていると、まだ血が止まらない指先を生暖かい感触に包まれてぞわりと鳥肌がたった。
「せ、セシルっ!? っ!」
「駄目だよティーダ、傷口から雑菌が入ってるかもしれないし、もしかしたらさっきの敵の武器に毒が仕込まれてたかもしれない。じっとして……」
「せ……ッ……ぅ」
 ぬるりとした暖かい口内の感触にざわざわと言い様のない感覚が湧き上がる。
 ――と思えば、少し強めに吸われて小さな痛みが走る。吸い出した血を地面に吐くと指を綺麗な布で拭きながらセシルが笑う。
「はい、もう大丈夫だよ。あとは少し消毒して、布を巻いておこうね」
「う、うん……ありがとッス……」
 手早く行われる治療をぼんやりと眺めながら、ふと先ほどの感覚を思い出してティーダはぶるりと身震いした。

 ――血を吸い出すにしては少々余計に口に含まれていたりするのだが、ティーダが気付くことはない。
 傷口を消毒してもらいながらどこかそわそわと落ち着かないティーダに微笑むと、額にキスを一つ。

 この世界に呼ばれたものは揃いも揃って整った顔をしているが、中でもセシルは中性的な美しさを持っている。
 世の女性が見れば一発で惚れてしまうだろうその笑顔を向けられてティーダも少しどぎまぎしてしまう。
「子供じゃないッスよ……」
「知ってるよ」
 額を指でなぞりながら照れ隠しにそんなことを言ってみるけれど、セシルは相変わらず微笑むだけで。
「……怪我をしたときは僕に言ってね。一応魔法も使えるし、それに……」
「ん?」
 頭を撫でていた手が下りて頬を撫でる。つられるように少し上にあるセシルの顔を見上げると、先程の柔和な笑顔ではなく、どこか鋭さが垣間見えるものになっていて。
「男は皆狼だからね。弱ってる所を見せたらぺろっと食べられちゃうよ」
「お、オレそんな弱くないッス!」
「うん、知ってるけど、ね」
 先程とは逆の発言をするティーダに笑いながら、セシルは少しはねた金髪を指で弄ぶ。
 同じようなことをクラウドにも言われたなぁなんて思い出したが、治療が終わりクラウド達が戻ってきたことで、その言葉もセシルに舐められた指の感覚も頭の隅に追いやってしまった。

――――――

 水中から顔を出すと、水滴が弾けきらきらと光を受けながら泉へと戻っていく。
 顔を拭うこともせずそのまま仰向けに体を浮かせると、岸の方からフリオニールが呼ぶ声がする。水に体を預けたまま足を動かして岸に近寄ると太陽の光を遮ってフリオニールが顔を覗き込んできた。
「ほら、そろそろ昼飯だぞ。上がれ」
「うーッス」
 向きを変えて岸にあがる。ぷるぷると頭を振って水気を飛ばすと、「お前は犬か」と笑いながら突っ込まれた。そこにはすでに大きな布を持って待ち構えているフリオニールがいる。
「ほら、しっかり拭け」
「んーごわごわッス……」
「文句言うな! まったく……」
 わしわしと髪や体を拭く姿はまるで大型犬と飼い主だ。
 気持ちよさそうに目を閉じているティーダは、こういう時だけ大人しい。フリオニール自身、自分や他の二人はティーダに対して甘いという自覚は持っているが、仕方がないとも思っている。そこにあるのがただの親愛だけではないことも。

「ははっ、くすぐってー」
「……また、傷増えたな」
 日焼けした肌に走る新しい切り傷を指先でなぞるとティーダが小さく肩を揺らす。
「わ、やめろって」
 うひゃひゃと笑うティーダの濡れた肌に妙な気分になりかけたのをゆるく頭を振って誤魔化す。
 ティーダはフリオニールを、仲間を信頼しているからこそこうして大人しくされるがままになっているのだ。
 いつまでも良い兄貴分のままで満足するつもりもないが、無防備な彼を前に悶々とした日々を送っている。
 そんなフリオニールの葛藤を知る由もなく、ティーダは無邪気に笑いながら布に頭を擦りつけた。
「しっかり拭けよーフリオ!」
「まったくお前は……」
 それでも耐え切れなくて、濡れてしっとりとした額にキスを落とすと、見る見るうちに肌に赤みがさす。
「な、にすんだよ! どーてーのくせに! 子供扱いすんな!」
「どっ……!? 童貞は余計だ! それに無防備すぎるお前が悪い」
 水気を吸って少し重くなった布を置き、手早く上着を着せてしまうと、未だ不満そうに唇を尖らせたままのティーダの頭をぽんと撫でた。
「男は狼なんだからな」

――――――

「でー……って聞いてるッスか二人とも!」
「アーハイハイ聞いてマス」
 最初こそ親身になって聞いてくれていた気がするのだが、今や二人ともやる気のない顔だ。やる気がないというより呆れているようなそれにティーダは一人憤慨する。
 対するバッツとジタンはただのノロケを聞かされているような気分だ。
「オレほんとに困ってんだって! いや、困るっつーか皆が優しいのは嬉しいんだけどさ……なんかこう! 何かがおかしい! そう! 甘やかされてる! ッス!」
「別にいいんじゃね? 悪い気はしないんだろ?」
「そうだけど……う゛ー……」

(つーかさ、スキンシップ過剰だったり、おでこつってもそんなチュッチュされたらいくらなんでも気付くだろ)
(いやー、ティーダはああ見えてピュアだし鈍感だからな!)
 唸るティーダの横でこそこそと話していると、急にひやりと周りの空気が冷えた気がした。と同時に背後から感じる威圧感に二人は冷や汗を流しながらそっと振り返ると、 そこには案の定三人の保護者の姿。見た目こそいつも通りだが醸し出すオーラはカオス軍と間違えそうなほどに重い。

「何、してるんだ」
「や、何って言われてもティーダの相談を……」
「相談? 悩みなら俺が……ってバッツ、ちょっと近すぎるんじゃないか……?」
「いや普通だろ」
「そういえば二人とも、スコールが探してたよ」
「はは、あいつがオレたちを探すなんてそんな可愛いことするわけが」
「行ったほうがいいんじゃないかな」
「「はい喜んでーー!」」

 目には見えない何か恐ろしい気配を感じ取った二人は即座に立ち上がって脱兎の如くその場を走り去る。ああ、ただ話していただけなのになぜこんな目に、と薄ら涙を浮かべながら。

「……あれ? バッツ達は? っつーか皆いつの間に!」
「バッツ達はスコールの所に行ったよ。それにしてもティーダ……急にいなくなるなんて心配するじゃないか」
「そうだぞ、一人になるなんて危険だ」
「いや、聖域内は安全だってリーダーが」
「聖域内だからといって油断はよくない。俺たちの誰かでいいから言付けて……」
「…………っだああああ! もー何なんだよ皆してさぁ!」

 とうとう我慢できなくなったティーダが不満を漏らす。優しくされるのは悪くないが、過保護にも限度というものがある。
「皆がかまってくれるのは嬉しいッスけど、もうちょっとオレのこと信用してくれたっていいじゃないッスか……! オレだって強くなったし!」
 未だに認められていないのか、と歯噛みするティーダ。聖域内ですら常に誰かに話してから行動しろなどと、本当に子ども扱いではないか。
「つーか皆『男は狼』なんて言ってるけどさあ! だったらオレも男じゃん! 狼じゃん! 大体そういう注意は女の子にするもんだろ!」
 うがーと一気にまくし立てるとぎゅうっと拳を握り肩で息をする。そんなティーダに三人は苦笑し近づいた。ついでにお互いを牽制しあいながら。
「ごめんねティーダ、そんなに困らせてるなんて……」
「悪かったな……もうしない」
「え……あ、あの、絶対嫌ってわけじゃないッス! ただちょっと不便っつーか……」
「そうか! 嫌われたんじゃないかと思って冷や冷やしたぞ」
 ほっと胸を撫で下ろすフリオニール。他の二人も同様に頷くとティーダはうんうんと首を振った。
「皆のことは、大好きッス! だけどもうちょっと自由にさせて欲しいっつーか子供扱いしないで欲しいっつーか……」

 自分の気持ちが分かってもらえたかと安堵するティーダだが、皆が愛してやまない眩しい笑顔で「大好き!」なんて言われれば三人が内心平静でいられるわけがなかった。……が、誰一人として表情に出さないためやはりティーダが気付くことはない。
「ティーダ……前にも言ったが、あまりそういう顔は簡単に見せるんじゃないぞ」
「ん? どんな顔?」
「そうだな、やっぱり無防備すぎるぞ」
「狼の前じゃ特にね」
「だーかーらー! 狼ってなんスか! オレも男だ、し……?」

 ティーダが顔を上げると、フリオニールは妙に困ったような顔で、セシルは笑っているけれど目は真剣で、クラウドはあまりいつもと変わらなくて。
「ティーダは狼というより……」
「子犬って感じかな?」
「んなっ!」
 がんっ、とショックを受けるティーダの頬にふわりとフリオニールの指が触れる。その目は真剣そのもので、ティーダは思わずたじろいだ。
「だから、気をつけろと言ってるんだぞ?」
「狼なんて、どこにいるかわからないからな」
「えと、あの」
「そうそう、いい人の皮を被って近づいたりするだから。ね、ティーダ」
 距離を詰められているわけでもないのに、三人の雰囲気に気圧され後ずさる。

 彼らの過保護は、少々行き過ぎた愛情表現だ。
 そう思っていたティーダが、狼の存在に気付くまではもう少し。

――――――

■五万打企画リク■

247→10で「男は皆狼なんだから…」と言って10に迫る247
花月様、ありがとうございました!

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