こんなんじゃ足りない

 大舞台で一身に注目を浴び、大歓声に包まれる興奮は、一度その味を覚えてしまったら大抵の人間はやめられなくなるに違いない。
 期待に応える、あるいはそれ以上のパフォーマンスをしなければならないというプレッシャー、恐怖があっても、やはり何度でも舞台へと立ちたくなる。
 それは役者でもスポーツ選手でも、きっと同じだ。あの麻薬のような中毒性のある快楽を味わうために、自分の持てる全てをぶつける。
 だが、それらをより一層強めるのは、ライバルと呼べるような存在と、それと対峙する瞬間である。

――――――

『ああーっと! これは強烈なタックル! 奪ったボールが鮮やかにティーダへとパスされた!』
 プールの中では実況などの声は正確には聞き取れないけれど、湧き上がる大歓声とともにその地響きのような振動は届いていた。
 持ち前のスピードを活かして敵を引き離し、フェイントを交えたパス回しで撹乱する。
 しかし、当然それだけで勝てるほど相手も甘くはない。どころか、いつも苦渋を舐めさせられる因縁の相手。

『再びボールはティーダ選手に――! ここでやはりキング! ジェクトが立ちはだかる!』
 ジェクトとティーダ。この親子はそれぞれ別のチームに所属し、幾度となく激戦を繰り広げてきた。
 ドーム内がいつもより数倍の熱気と興奮で満たされているのは、今まで行われてきた試合の中でも五指に入るのではないかというくらい、白熱したものだからだ。
 選手達のぶつかり合い、戦略、陣形を崩すトリッキーな動き。
 水中という世界、声を出すことができない為、選手達は独自のサインやアイコンタクトでしか意思を伝えられない。そんな中で行われる駆け引きは見る者を否応なく惹きつけた。

 残り時間もあと僅か。一対一の同点。
 今日こそ息子が父を倒すのか、はたまたやはりキングが頂点へと立ち続けるのか。
 対峙する二人を大歓声が包み込む。どちらが勝ったとしてもこの試合は人々の心に残り続けることになるだろう。

 二人の赤と青の瞳がぶつかり合う。
 びりびりと全身に感じる闘志と歓声。
 互いににらみ合いながら、堪えきれないというように口端がつり上がる。ここが水中でなかったなら、大声で笑い出したいくらいに。

(最ッ……高!!)
(来いよクソガキ――!!)
 示し合わせたように二人は同時に動き出す。
 二人の対決に、場内の熱気は最高潮に達した。

――――――

「結局負けたしッ!! あ゛ーーーくっそ!」
「ははっ、でも今回は本当に惜しかったなー。次こそは勝てるんじゃないか?」
 どうどうとチームメイトに諌められながら傷の手当をする。本当に、ジェクトさえ突破できれば勝てそうだったのだ。
 無論他のチームメイトも見ているだけではないのだが、二人が対峙する時だけはそれを邪魔しない――できない雰囲気がある。本人達も観客も彼らの対決が一番の楽しみということもあり、手出ししないのは両チームの暗黙のルールとなっていた。
「でも俺、試合中なのに観客みたいにすっげー興奮しちまったよ」
「わかるわかる」
「今日のおれのすげぇタックルみて絶対ファン増えたな」
「チョーシ乗んなバカ。ありゃ俺がサポートしたからだろが」
「今度はもうちょっと攻撃的でもいいんじゃないか? いくらジェクトさんが圧倒的っつっても、俺達だって総合力じゃあっちのチームには負けてないんだぜ」
 着替えながらも未だ興奮冷めやらぬ様子で、チームメイト達は口々に今日の試合について話し合う。
 ティーダも帰り支度をしながら、気付かれないようにそっと熱い息を吐き出した。
「なぁティーダ、お前も来るだろ飲み会!」
 肩を叩かれただけなのにびくっと大げさに体が跳ねた。
 内心焦りつつも振り返る。今日は、無理だ。
「あの、今日は」
「おーいたいた。おら、帰んぞ」

 入り口から突然声がしたかと思うと、ずかずかと入ってきた巨体に軽々と担がれた。
「ちょ! いきなり何すんだよ馬鹿親父!」
「うるせーなぁ、ちったぁ大人しくしろや。おう、わりーな。この後予定があるんで飲み会は行けねぇんだ」
「ええ、そうなんですかジェクトさん! 主役二人がいないなんて盛り上がりに欠けちゃいますよ~」
「悪ぃ悪ぃ。代わりに今日の飲み会はオレ様のおごりだ」
「まじっすか!?」
 やったーと喜びの声を上げるメンバーに向かって手を振りながら、ジェクトは来た時と同じようにずんずんと歩いていく。
「おーやーじ! 勝手に決めんな! アンタも打ち上げあんだろ!」
「断ったんだよ、それくらい分かんだろ……それに」
 飲み会くらいじゃ治まんねぇだろ? と言われればティーダにはもう反論できなかった。
「……降ろせよ、自分で歩く」
 そう言うと、持ち上げられた時と同じように簡単にすとんと降ろされる。
 外の空気は少し涼しかったが、火照った体を冷ますには物足りない。
 特に会話もなく、無言のまま家路につく。話さずとも、互いの考えていることは分かっていた。
 二人の耳には未だあの大歓声がこびりついているし、会場の熱気も、互いに向き合った時の高揚感も未だ体に燻っている。

 家に辿り着き、中へ入って玄関の鍵を閉めた瞬間、鍛えられた腕に力強く引き寄せられ強引に口付けられた。
 とは言っても、その瞬間を待っていたのはティーダも同じで、自らジェクトの首に腕を回して貪るように口付けを深くする。
「ん、んッ……ふ……っ……」
「……ガキのくせにエロい顔しやがって」
「……人のこと言えんのかよ」
「上等だコラ」
 互いににやりと笑いながら再び口付ける。

 スピラでの旅が終わり、この異界に来てからも色々とあったものの、なんやかやで今はこういう関係になっている。
 男同士だとか親子だとかそんなことは百も承知で、それでも二人は互いを求め合った。
 最近は、二人のチームが闘う試合の後ではいつもこうだ。

 今日の試合は最高だった。そして完璧だった。満足のいく内容であったし、負けたことにティーダは悔しがっているが、次は負けないと更なる闘志を燃やしている。
 けれど、それだけ最高の試合をしても、二人の熱は治まらなかった。
 どころか、試合中のあの熱気、興奮、互いの好戦的な、獰猛な眼を思い出してぞくぞくと体が疼いてしまう。
「……っやじ……はッ……おやじ……っんん……」
「っ……ティーダ……」
 足りない。
 唇だけで足りるわけがない。この燻る熱をどうにかしたくて、もっと強くて確かな快楽が欲しくて、ティーダは更に体を摺り寄せた。
「……ったく、本当におめーはよぅ」
「お、やじ……足んないよ……こんなん、じゃ……」
「分かった、分かったからあんま物欲しそうに見んじゃねえ」
 この熱を一刻も早く吐き出してしまいたいのはジェクトも同じだ。
 焦る気持ちを押さえつけ、ティーダの手を引いて足早にバスルームへと向かう。
 服を脱がせる間さえ勿体無いというように口付けながらお互いに絡まる衣服を取り去った。
 雪崩れ込むように中へ入り、シャワーを出すと少し温めのお湯が二人の体を包んだ。
「おやじ……おやじ、……ッ」
「……おめぇのせいで手加減できねぇぞ」
「いつも……んッ……しないくせに……あ、」
「あ゛ーー……くそっ、もう本当に知らねぇからな」
 ゆらゆらと情欲の灯る瞳に見つめられ、もう限界だとその体に貪りついた。
(試合に勝ってこっちじゃ負けた気分だぜ……)
 そんなジェクトの心の呟きを、熱に浮かされたティーダは知らない。

 今はただ、本能のままにお互いを求めて熱をぶつけるだけ。

――――――

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ブリッツで興奮してお色気シーンになだれ込むジェクティ
くすりやさん、ありがとうございました!

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