それでも、俺は

「ごめん」

 それは、何に対しての謝罪だったのか。
 今にもくしゃりと歪んでしまいそうな顔で笑うティーダの傷を魔法で癒しながら、スコールは奥歯を噛み締めた。

――――――

「憐れな子……還る場所もないのに、大切なものを持っても辛くなるだけでしょう?」
「っ……アンタに何がわかるってんだ!!」
 挑発し笑う魔女の言葉にティーダは激昂し斬りかかった。傷はその時に受けたものだ。
 他にも魔女は何か言っていたけれど、魔女が去った後に起こった出来事で全てが頭から吹き飛んでしまった。

「……大丈夫か? あの魔女の言葉に耳を傾けるな。こちらを動揺させるためのまやかしだ」
「うん……ごめん……ありがとスコール」
 地面に座り込んだティーダを立たせようと手を伸ばし、ティーダも申し訳なさそうに笑って手を伸ばした。

 何が起こったのか、最初分からなかった。

「…………、?」
 掴んだと思った手は、感触がなかった。距離を誤ってすれ違ったのか。しっかりと手元を見ていたわけではなかったからそう思って再度手を伸ばした。
「ティー、」
「わああああああッ!!」
 突然叫び声を上げたティーダは手を隠すように身を引いて、可哀相なほどに真っ青になっていた。
「っ、おいティーダ!」
 急に立ち上がって走りだしたティーダを追いかける。そのスピードが持ち味のティーダに本気で走られたら追いつけないが、怪我をし疲れている今は何とか追いつける速さだった。
「ティーダ!」
 その手をしっかりと見据え、手を伸ばした。けれど。
「っ」
 ざわり、と悪寒が走る。思わず止まりそうになる足を必死に動かしながらもう一度。
(今度、こそ)
 掴んだ感触を確かめて足を止め、勢い余ってよろめくティーダの体を引き寄せた。
 二人分の荒い呼吸だけが響く。ぎゅう、と強く手を握り締める。確かに掴めるのだと確認し、安堵する。
「……傷……手当てするから、見せろ」
「…………」
 はあ、と呼吸を落ち着けると、観念したようにティーダはゆっくりと振り返った。

――――――

 木の幹に背を預けて座るティーダはもう随分と落ち着いていて、一頻り話し終えると静かになった。隣でティーダの腕の治癒を続けるスコールは一言も喋らなかった。

 ティーダの体が透けた。
 掴みそこなったのではない。掴めなかった。そこに確かに見えていたのに、触れることができなかった。
 コスモスの力が弱っている今、皆の存在が危うくなるような、体から光の粒子が飛ぶ現象は度々起きていた。けれど、体が透けたことなど一度も無い。
 それに加え魔女のあの言葉はスコールに不安を抱かせるには十分で。

 秘密があるのなら話せと、強要したのはスコールだ。話さないのなら、今あったことを皆に話すと。そう言った時のティーダの泣きそうな顔には胸が痛んだけれど。
 同い年なのに性格は正反対で、にも拘らず何となく惹かれあって。
 ティーダとは親友と呼べる、あるいはそれ以上の信頼関係を築けたと思っている。だからこそ、隠し事をされるのが嫌で半ば強引に聞き出した。
「、……」
 聞き出したのは自分なのに、それを言葉にするのが恐ろしくて口を噤む。けれど、この世界に来てからの短い付き合いにも関わらずティーダはそれを察したようで、小さく笑って答えた。

「だから、消えるんだ、オレは」
「ッ」
 無意識に手を握る力が強くなる。「痛い」と苦笑されて慌てて緩めるが、離すことはできなかった。離せばまた、さっきのように触れられなくなるのではないかと。
「……んで……黙ってた」
 やっと出てきた言葉があまりに陳腐で自分に呆れる。そんなの分かりきっているじゃないか。
「……ごめん」
 ティーダもきっと、分かっているから、それだけしか言ってくれなかった。

 あの現象を見なければ、問い詰めなければ、きっと誰にも知られないまま彼はひっそりと消えたのだろう。そう考えると、悲しいのか怒りたいのかよくわからない感情が湧き上がる。
 確かに今ここにいるのに。その手を掴んでいるのに。『存在しない』だなんてふざけた事を。
 もう一度、確かめるようにティーダの手を握る力を少し強くする。この手が、存在が消えてしまうなんて、考えたく、ない。

「……えるな……」
「スコール?」
「……頼む……消えるな……」
 握った手を見つめたままでそう言えば、ティーダが苦笑いした気がした。手を握り返されて、しかし返された言葉はあくまで現実的で。
「それは……無理な相談ッスよ」
 分かっている。ティーダに聞いた話だけでも、それを叶えるのは恐らく無理なのだと理解できた。

 でも。
 それでも。

「……それでも、俺はあんたに消えて欲しくない!」
 元の世界の記憶を全て取り戻したわけではないけれど、大切な人との別れがどんなに辛いものなのか、スコールは覚えている。心が裂かれ、泣こうが喚こうが戻ることはなく、そしていつしか過去になっていく。
 失う痛みはスコールが何よりも恐れるものだ。だからこそ他者との関わりを無意識に避けていたけれど、その考えは次第に変わってきていた。
 ――変わってきたとしても、やはり誰かがいなくなるのは嫌なのだ。ただ自分が、傷つきたくないだけなのかもしれないけれど。

「スコール」
 手を握る力が強くなる。顔を上げるとやっぱりティーダは困ったように笑っていて。
「オレさ、諦めたわけじゃないんスよ。そりゃ消えるのは嫌だけどさ……でもオレ、どうしても死なせたくない子がいて……そんでオヤジのことも助けたくって」
 両方叶える手段と、その代償がたまたまたそれだったと彼は言った。
「怖いけど、でもどうしてもそれを叶えたくて……オレは、覚悟したんだ」
 覚悟や決心というものは、スコールにも理解できた。コスモスが消えた今、ただ消える運命を待つのではなく、カオスを倒すために進んでいる自分達も同じように覚悟を決めたのだ。でも、だからといって やはり彼の運命を受け入れるには、スコールはあまりにもティーダに近づきすぎていた。
「でも、さ」
 不意に手が震えた気がして顔を上げると、今度はティーダが俯いていた。
「なあスコール……オレ、覚悟したんだよ……決めたんだよ……のに……なのにさ……」
 ぽた、と重なる手に落ちる雫。そこでスコールは、やはりこの問題に踏み入るべきではなかったのかもしれないと、後悔した。
「……んなこと、言われたら、さ……揺らいじゃったんだ……決めたの、に……どうしよ……オレ」
 やがて落ちる雫は間隔を短くし、雨のように降り注いだ。
「ッ……ひど、いよ……すこ、る……っ」
 ティーダは言っていた。話すのはスコールが初めてだ、と。
 仲間に心配させたくない。負担をかけたくないというのも彼の本心だ。そして彼が恐れたのは、こういうことになるかもしれないという予感だ。
 だからこそ、誰にも話さずにいようとした。スコールは聞き出すべきではなかったし、ティーダも、意地でも口を割らないべきだった。
 後悔の念に駆られながら、スコールは震えるティーダの身体を抱きしめた。ティーダも、小さく嗚咽を漏らしながらスコールに身体を預けた。

 触れた身体は温かくて、失いたくないと強く思った。
「……なんとかする」
 どうすればいいかなんて検討もつかないけれど、そう言わずにはいられなかった。
 無責任だと罵られてもいい。この世界から無事に自分達の世界に帰れたとして、手がかり一つなかったとしても。
「……っ……オレと、おなじっすね」
 鼻をすすりながらも、ティーダが少しだけ笑った。
「オレも……なんとかしようって言ってさ。なんとかしたんだ。だからさ……」
 身体を離して、涙を拭って不恰好な笑顔を見せた。
「なんとかしたら、こうなっちゃったから……スコールがそう言ってくれるのは嬉しいけど……もしかしたら今度はスコールがさ、……かもしれないだろ」
 そうしてティーダはまた他人の心配をする。自分は自分の身を省みないくせに、他人のそれを許そうとしない。
「……もし、スコールがオレの代わりになっちゃったら、やだな」
「だから、お前を諦めろと言うのか」
 そんなこと許さないともう一度体を引き寄せた。これはティーダのためになんて綺麗事じゃない。ただティーダに消えて欲しくないという、スコールのわがまま。
「俺がなんとかする。誰も不幸にならない方法で、あんたを助ける。文句あるか」

 ややあって、おずおずと服を掴んだ手に内心ほっとしたのは秘密だ。
「ひとつ、約束してほしいんだけど、さ……」
 肩に顔を埋めたティーダの高い体温を感じながら何だ、と問う。視界に入る彼の背中はいつもより小さく見えた。
「もし……方法が見つからなかったとしてもさ……自分を責めないで欲しいんだ」
「……わかった」
 それは実際には、難しいだろうとスコールは思う。絶対に方法を見つけるつもりではあるが、もし見つからなかったその時はティーダの望みを叶えるために最大限に努力するだろうけれど。
 返事を聞いたティーダは小さく肩を揺らして笑った。
「期待しないで待ってるッス」
 その少し寂しそうな表情は、抱きしめるスコールには見えなかった。

――――――

■五万打企画リク■

ティーダが消滅してしまうことを知った友達以上恋人未満な8と10の会話
8「頼む…消えるな。」
10「それは、無理な相談っスよ。」
8「それでも、俺はあんたに消えて欲しくない!」
10「…スコール。そんなこと言われたら、諦め、きれなくなっちゃうじゃ…ないっスか」
※一部変更して使用させていただきました。

 みなも様、ありがとうございました!

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