甘えてない

「ティーダ、今日は疲れただろう。もう休んでおけ」
 その声にはっとして顔を上げると、フリオニールが苦笑しながら頭を撫でてきた。どうやら焚き火を囲んで談笑している間にうとうとしてしまったようだ。
 なんだかかっこ悪いところを見られたみたいで恥ずかしい。戦いとは無縁の世界から召喚された身である為に何かと気を使われがちなのも本当は情けないし申し訳ないと思うのだけれど、今日は特に前衛で敵を撹乱する役割だったため本当に大変な道中だった。
 フリオニールもそれが分かっているからこう言ってくれているのだろうと、お言葉に甘えて先にテントに戻る。
 意地を張って休まずにいれば足を引っ張ることは明白だ。自分の体のことは自分が一番よく知っている。元の世界でプロのスポーツ選手をしている故に、体調管理に関する事は人一倍気をつけるのだ。

(さっきの……)
 ふと先ほど声をかけられた時のことを思い出す。

 呼びかけられた時、聞こえていたのは確かにフリオニールの声だったはずなのに。
 脳裏をよぎったのはまったく違う人物の姿。
 けれどそれが誰なのか、わからない。
(ねむい……)
 テントの中に入って横になると、睡魔はすぐにやってきた。

「……あれ」
 はたと気付くと、そこはどこかの部屋だった。
 ――否、この部屋は、よく知っている。自分にも部屋は与えられていたけれど、そちらへ行くことはあまりない。いつも入り浸っているのは彼の部屋だった。
 白いカーテンがふわりと風に揺れた。静かな部屋の中で、ソファに座る人を見つけると体は勝手に動いていた。
 あまりにも殺風景だった彼の部屋にあれを置こうこれをつけようとリクエストしたのは自分だった。
 毛足の長いラグは裸足で歩くと気持ちいい。柔らかい感触を踏みしめながらソファの前へ、その男の前へと立った。

「なーにしてるッスか」
 そうだ、さっきフリオニールに声をかけられた時に思い出したのは、彼のことだ。
 気心のしれた――それ以上の関係でもあるその男のことを何故ついさっきまで忘れていたのかは分からないけれど。

 美しい、触れれば絹のように滑らかな銀の髪をたらして俯く男はどうやら疲れているらしかった。
 声をかけるとぴくりと反応し、ゆっくりと顔を上げる。
 いつもの鋭さや冷たさは微塵もなく、少しぼんやりとして焦点の定まらない瞳をこちらに向けた。

(眠いんスかね?)
 少し幼ささえ感じる表情に頬を緩ませると、急に強い力で引っ張られた。
「うわっ……と……」
 座ったままの彼に抱き寄せられて、倒れこまないよう咄嗟に片膝をつき、ソファの背に手を置いて堪えたおかげでぶつかる事はなく、ほっと息を吐いた。
 何だか彼に迫っているような体勢になって少しだけ照れくさい。
「もー……いきなり何なんスか……っうわわ」
 照れ隠しにちょっと不満気な様子を装ってみるけれど、そんなものはお構いなしに彼の腕は体を抱き寄せてぽふりと顔を埋めてきた。
「ちょっ……くすぐった……っあはは」
 しょうがないなあと思いながら胸の辺りにあるその頭を抱きしめる。触れた銀髪は相変わらずさらさらとして触り心地がよくて、指に絡めてくるくると遊んだ。
 可愛いなんて、当に成人している男にはちょっと不似合いかもしれないけれど。でっかい図体をして時折子供のように甘える彼を抱きしめながらそう思って密かに笑う。
「甘えんぼさんッスねー」
「甘えてない」
 あまりにきっぱり言い切るものだから可笑しくて、今度こそ体の震えを押さえきれない。

 人に言われているほど、彼は冷酷な人間ではないし、ましてやモンスターでもない。
 むしろ普通で、時々どこか世間知らずな、寂しがりやの。

「そーいうことにしとくッス」
 するすると指で髪を梳きながら、穏やかな時間にほう、と息を吐いた。

「ん……あれ……」
 意識が覚醒する。まだふわふわした気分のまま周りを見ると、いつものテントの中だった。
 薄暗い中で、隣にクラウドが寝ていた。クリスタルを手に入れて再会した彼は、ちょっとすっきりした顔をしていたのを思いだす。

 まだ日は昇っていない。もう少し眠ろうかと目を閉じた時、誰かの気配を感じた気がして再び開いたけれど、そこはやっぱりテントの中だった。

――――――

 珍しく、疲れていた。
 というのも、あの宿敵と一戦交えた後だからだ。
 皇帝達はコスモスの連中にクリスタルを手に入れさせるために躍起になっているようだったが、自分はただあの宿敵と戦うのが目的だった。
 あれと戦うのはもはや宿命だ。幾度となく戦い、自分を打ち負かした男。自分を自分たらしめる、記憶の核となる男。あれが忘れない限り、何度でも。
 戦う過程でどうやらクリスタルを手に入れたようだが、そんなものに興味は無い。それによって彼に絶望を与えられるのなら、利用する価値はあるだろうけれど。

 カオスの城に用意されたそれぞれの部屋。歪の原理を用いて作られたそれは無駄に広く、各々好き勝手に弄っている。自分が帰るこの部屋は、必要最低限の家具しかない、なんとも殺風景な部屋。この世界で目覚め、この部屋を与えられた時から何も手を加えていないから当然と言えば当然なのだが。
 そこに置いてあるソファに体を沈み込ませて深く息を吐いた。回復魔法はもう使ったから、あとは放っておけば体力も魔力も回復するかと軽く目を閉じる。
 ふと、柔らかな風が頬を撫でて、窓をあけたままだったかと気付いた。

「…………」
 この窓も、風に揺れる白いカーテンも、このソファも。
 自分にはあまり似合わない気がする。
 誰かのために、用意したような気がする。
「…………」
 何故、だろう。

 この部屋は、もっと賑やかだったような気がする。
 この部屋は、もっと狭かった気がする。

 ぱたぱたと、所狭しと歩き回る音と、笑い声と。

「なーにしてるッスか」
 妙に聞き覚えのある懐かしい声が聞こえて、眠りに落ちかけていた頭をゆっくりと上げて瞼を開いた。
 ああそうだ、どうして忘れていたのだろうか?
 この部屋にはいつも彼がいた。自分に与えられた部屋があるというのに、好んでこの部屋に入り浸り、時には魔女に貰った菓子を持ってきて。
(……近くに)
 何かおかしかったのか、ふわりと頬を緩ませた彼にもっと近くに来てほしい、と手を伸ばす。掴んで引き寄せると間抜けな声を上げて倒れこんだ。

 「もー……いきなり何なんスか……っうわわ」
 完全には倒れず、ソファに肩膝をつき、こちらの肩に手を置いて不満気に唇を尖らせる彼の体に腕をまわす。そのまま抱きよせてぽふりと顔を埋めたらくすぐったそうに身を捩った。
 陽だまりの匂いがする体に頬を摺り寄せると、くすぐったそうにしながらも彼はこちらの頭にゆるく腕をまわして、指先で長い銀の髪を弄んだ。
「甘えんぼさんッスねー」
「甘えてない」
 きっぱりと言い切ると、彼が笑っているのが押し殺すような吐息と体の震えで伝わってきた。そうだ、甘えているのではない。彼がいるとよく眠れて回復も速いからだ。言うなれば安眠枕である。
 それ以上の関係も持っているけれど、今はこれがいい。自分は疲れているのだ。
「そーいうことにしとくッス」
 優しく髪を梳く手が心地よくて、一時の安らぎにそっと身を委ねた。

 意識が覚醒してゆっくりと瞼を開く。体はすっかり回復していた。
 コスモスの気配はまだあるが、消滅は時間の問題だろう。
 次はどんな風に宿敵に痛みを与えるかを考える。

 不意に誰かの気配を感じた気がして顔を上げたが、そこにはやはり殺風景な部屋があるだけだった。

――――――

■五万打企画リク■

「椅子に座っているセフィロスが、立っているティーダを抱きよせる」もしくは「立っているティーダが、椅子に座っているセフィロスの頭を抱きしめる」
透夜様、ありがとうございました!

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