(おお)
その人はいつも凛として、真っ直ぐに前を見据えていた。
誰よりも早く起き、見張りをする時でなくとも人より遅く寝る。
隙というのか、気を抜いた姿、というものを見たことがなかった。
だから、この状況に遭遇したのはとても運がいいのだろう。
(リーダーがお昼寝……レアすぎッス)
本拠地から少し離れた泉の畔。大きな木の根元に腰を下ろして、幹に寄りかかっているその人。
あるいは目を閉じて休んでいるだけかとも思ったが、そろりと足音を忍ばせて近寄っても気付く気配はなかった。いや、元々は少し休憩するだけのつもりだったのかもしれない。
とにかくその珍しい光景に引き寄せられ、眠る彼の前にしゃがみ込んだ。
今日は日差しも暖かく、風も心地いい。彼がついうたた寝してしまうのも頷ける気候だった。
(きれーな顔……)
この世界に召喚された者達は揃いも揃って憎たらしいくらいに顔が整っているが、彼もまた例に漏れず美しい顔をしていた。
中でも少年は、彼の瞳が好きだった。ただ真っ直ぐに前を向く、灰がかった青色はどこまでも澄んでいて、それを見るのが好きだった。
こうして非常に珍しい状況に遭遇しながらも、その瞳を見ることができないことを残念に思ってしまう程に。
(もっと普段から、こんな風に力抜いてもいいと思うんだけど)
それでも、それが彼の性なのだろうと思うとくすりと笑みが零れた。
存在自体が光のように、眩しくて真っ直ぐで、仲間達を導いていく我らがリーダー。
彼の貴重な安らぎを邪魔してはいけないと、できるだけ物音をたてないように少し離れたところに腰掛けた。
水浴びをするつもりでやってきたのだけれど、たまにはこういう時間もいい。
さらりと頬を撫でる風に誘われるように、ティーダもまた目を閉じた。
――――――
「…………」
ぱち、と目を開ける。どうやらうたた寝していたようで、気を抜きすぎたかと己を叱責する。
本拠地周辺はコスモスの力が働いているため敵は近づけないが、念のためにと定期的に見回りをしている。
そこで少し休憩をしようと木陰に入って目を閉じて……そこから眠ってしまったらしい。
木々の隙間に見える太陽の位置を確認すると、ここに来た時からあまり変わっておらず長い間寝てしまったわけではないと少し安堵した。
こうしている間にも戦いに出ている者達がいるのだ、そうのんびり寝ているわけにはいかない。
心地よい日差しと風を少し名残惜しく思いつつも立ち上がる。――と、マントが引っ張られて体が止まる。
「……?」
中途半端に立ち上がったまま横を見ると、戦士というにはあまりに軽装な、ここに来たばかりのころは戦い方すらまともに知らなかった金髪の少年がそこにいた。というか寝ていた。
(何故彼が……)
しゃがんでみると、マントの端を彼が踏んでいることがわかる。寝ている場合ではないとは思うのだが、あどけない顔で寝ている彼を起こすのも忍びなく、できるだけ静かにマントを引き抜いた。
初めの頃は、彼の事をあまり好ましく思ってはいなかった。何故彼を、戦いを知らぬような者を召喚したのかとコスモスに問うた事すらあった。
それでも、今はわかる。彼がここに呼ばれた理由。
どんな状況でも、絶望に飲まれない心。皆を奮い立たせ、誰も思いつかないような方法で希望への道を模索する姿勢。
リーダーとして冷静に状況を見極め皆を導く男は、このように味方を鼓舞してモチベーションをあげるという方法を知らなかった。
だからこそ男は、きっと誰よりも彼を高く評価していた。
(……気持ち良さそうに寝るのだな)
風で揺れ、目元にかかった髪を指先でさらりと払う。
男は彼の瞳が好きだった。深い海のような藍。泳いだような記憶はないはずなのだが、母なる海に抱かれながら、キラキラと輝く太陽を見上げているような、そんな感覚を抱く瞳を見るのが好きだった。
実の所彼と話をしたことはあまりない。時に目が合うことはあるが、じっくりと見ていられたこともない。今もこうして近くにいるのに、その瞳を見ることができないのを残念に思った。
「ん……」
先ほどマントを抜いたせいなのか、じぃと見つめていたせいなのか、彼は薄らと目を開けた。
視点は定まらずぼんやりとしたままで、やがて目が合うとふにゃりと笑った。
「っ」
ふらふらと持ち上がった手が頬に触れ、指先が目元を撫でる。目を細めて、嬉しそうに。
「……みえた」
「……?」
「きれーな……色」
むにゃむにゃと何事か呟きながら、触れた手は力を失い下がっていく。
再び眠りに落ちてしまった彼の前にしゃがんだまま、男は暫くその寝顔を見つめるのだった。
――――――
(もっと、力抜いていいと思うッス)