『だって俺ティーダのこと好きだし』
そんな、彼のあまりにあっさりとした告白から、二人はただの仲間同士ではなくなってしまった。
「ティー、ダっ」
「うおっ!! 脅かすなってバッツ!」
「んーいいじゃんいいじゃん」
突然抱きついてきて頬ずりしてくるバッツをあしらいながら体を離そうとする。これで成人しているというのだから恐れ入るとため息をついた。ティーダ自身よく年齢の割りに落ち着きがないと言われているので思えばお互い様であるのだが。
「ティーダは可愛いなー」
「可愛い言うな! ザナルカンドエイブスのエースっすよ! かっこいいって言え!」
「はは、可愛い可愛い」
完全に子ども扱いだ、と不満げに眉を寄せる。やはりアレは冗談だったのだ、とティーダが思った瞬間。
「んー、ティーダぁぁ、好きだー」
バッツは大型犬がじゃれつくよう寄りかかってくる。その毎度お馴染みとなってしまった告白を聞きながら、ティーダは小さく息をついた。
「オトモダチで」
「そりゃ残念」
バッツはちっとも残念がっているようには見えない。いつもの、どんな状況でも楽しむ姿勢、飄々としているバッツのことを、ティーダは好きだし尊敬している。好きというのはもちろん、仲間としてという意味だけれど。
恋愛感情として好きなのだとバッツは言った。数日前、いつものようにじゃれあっていただけなのに、いつのまにかそういう話になっていた。
その時にもティーダは丁重にお断りしたのだ。仲間としては好きだけど、男だしそういう風には見ることはできないと。
バッツもその場では引き下がったがそれ以降毎日のようにこうして告白される。その度に毎回お断りしているのだが諦める気配が微塵もなく、ティーダもどうしたものかと困り果てていた。
ティーダ自身、同性愛だとかそういうものには理解がある。ザナルカンドでもそういう人たちはいたし、身近な友人にもいた。告白されることもなかったわけではないけれど、その度にちゃんと断って上手くやってきていたというのに。
「なぁバッツ」
「んー?」
こちらに歩いてくるジタンとスコールに手を振るバッツの背中を見る。あまりにいつも通りな様子に、ティーダの方が戸惑うくらいで、やっぱり冗談なのかと思ってしまうのだ。
「なんつーか、えっと……」
諦めないのかとか、本当に冗談じゃないのかとか。
そんな疑問がずっとぐるぐると渦巻いているけれど、それを聞くのはバッツに対してあまりに失礼じゃないかと言葉に詰まる。口を開きかけたまま動けないでいるとバッツが振り返った。
「ティーダ」
―俺はいつだって、本気だよ―
――――――
(ああもう)
「どしたティーダ、腹減ったか?」
「大丈夫ッス」
何故こんな状況に陥っているのかとティーダは自問自答しながら膝を抱えなおした。
いや、この状況自体は問題ではないのだ。敵に追われて日がある内に本拠地へ帰れずに野宿をすることなんてよくあることだ。
だから、ただただひたすらに、ティーダが一方的に気まずさを感じているだけだ。
未だに告白攻撃をやめないバッツと二人だけで野宿、という状況はなんとも落ち着かない。
「あ、ひょっとして俺が襲うとか思ってる?」
「そ、そんなことっ」
ない、と言い切れない。例えば自分なら、好きな子がいて、その子と二人きりで……なんて状況になったらと考えてしまう。
もちろん嫌がるようなことはしないだろうが、健康な一般的男子故に何らかの接触やアクションを起こすくらいはしそうだから。
バッツだって男だ。恋愛感情で好きだというのなら、そういうことを望んでいてもおかしくないのだと、ついつい無意識にでも身構えてしまうのだ。
「大丈夫だって、俺何もしないし」
ひらひらと両手を振って笑うバッツについ「ごめん」と呟く。膝を抱えたまま焚き火の明かりを眺めていると、バッツが隣に座る。ぽんぽんと頭を撫でられて隣を見ると、やはりバッツはいつもの笑顔のままだった。
「ティーダは謝んなくていいんだぞ? 好きって言ってるのは俺だし……ま、でもちょーっと傷つくかなー」
「うぅー……」
冗談めかし、笑いながらそんなことを言うバッツだが、ティーダとしては心中複雑でもどかしい。バッツの気持ちに応えることができればそれが一番なのだろうけれど。
「つーわけでティーダ! 膝枕ー! はい足伸ばしてー」
「っええ!? うわ」
「はは、ちょっと硬い」
「そりゃー鍛えてるし! つか悪かったッスねー女の子みたいに柔らかくなくて」
こうして、告白されていても今まで通り、軽口を言い合う友達として接することができるのは幸いだ。
「安心しろってティーダ。もしお前が俺のこと好きになってくれて、付き合うってことになったとしても、お前がいいって言うまではちゅーだってしない男だぜ、俺は」
する、と頬をなで、親指で唇をなぞられて否応にもカァっと顔が熱くなった。そんな反応をしてしまったのが恥ずかしくて、バッツって意外と紳士なのかも、などと思考を誤魔化しながら少し体の力を抜いた。
なんとはなしに、栗色の髪の毛を撫でるとバッツは嬉しそうに目を細める。
「ティーダの手はあったかいなー。俺、ティーダの手好きなんだ」
「そ、ッスか……」
ティーダの事を好きだという人間は今までにもいたけれど、こんなにも何度もめげずに、真っ直ぐに伝えられるなんてことは初めてで、感情を揺り動かされる。
油断すれば流されてしまいそうな気がして、ティーダは少しだけ目をそらした。バッツは気にした風もなく鼻歌なんて歌い始める。
「なぁバッツ……ちょっと気になってたんだけどさ、オレのどこが……好き、なんスか?」
「どこが、ね」
うーん、と少し考える仕草をする。男が男を好きになるというのだから、それなりの理由があるのではないかと思ったのだ。
「……全部……って言ったら怒る?」
「別に怒ったりはしないけど……」
具体的な理由を聞きたいという意図は汲んでもらえたようで、バッツは空を見上げながらぽつぽつと話し始める。
「そーだなぁ。戦ってる時の、時々ふっと鋭くなる視線も好きだし、もちろん笑ってるティーダも大好きだし、一緒に馬鹿やってる時も、欲張りなところも泣き虫なところも痛っ」
「泣き虫は余計ッス!」
「ごめんごめん」
あまり心のこもっていない謝罪をした後にバッツはまた空を見た。
「でも一番って言われたら……」
「言われたら……?」
「…………」
「……バッツ?」
ふと黙り込んでしまったバッツを見る。
適切な言葉が見つからないのか、黙ったままゆっくりと瞬きをして、ティーダの顔をじっと見つめた。
「……やっぱ、内緒」
「ええー」
「ティーダが俺のこと好きになった時に教えてやるよ」
むむ、とティーダが眉を寄せる。相変わらずバッツは、こういう時ばかり妙に大人びて見えてずるいと思う。何度ティーダが断ろうが傍にいて笑ってくれる優しさは、時に泣きたくなるほどだ。
バッツの気持ちに応えられたら、と何度も考える。けれどティーダはまだ答えを出せていない。好きは好きでも、バッツに対するそれは恋愛感情で好きになれるのかどうか。
「ごめんなティーダ、困らせたいわけじゃ、ないんだけどな」
「なんでバッツが謝るんスか」
また、バッツがそんなことを言うからティーダは苦笑しつつもじわりとした熱を眼の奥に感じる。
「俺が諦めるか、ティーダが俺に惚れちゃえば解決するんだけどなー。俺諦める気全然ないし」
惚れちゃえよ、と軽く言うバッツにつられて笑った。
「しつこいと嫌われるかもしれないッスよ?」
「んん、そりゃ嫌だなー。たまには引いてみろって?」
「いきなりなくなると、寂しいかも」
「考えとく」
ひとしきり笑った後、いい加減重いと膝の上にあるバッツの頭を押しのけた。バッツからは非難の声があがるが、ティーダはさっさと横になる。
「バッツが先見張りっスよ! おやすみー」
「ちぇ、ティーダの膝枕で寝ようと思ったのにな」
バッツがいる方、焚き火の明かりがある方を背にして横になる。背後にバッツの気配を感じながらうとうとしているとバッツが声をかけてきた。
「なあティーダ、俺別にホモっつーか、同性愛者じゃないからな?」
え、と思わず意識が浮上する。男であるティーダを好きだというのだから、少なくとも男がそういう対象になりうる人間だと薄らと思っていたからだ。
「俺が好きなのは男じゃない。ティーダが好きなんだ」
女でも男でも。性別など関係なくティーダという人間を好きになったとバッツは言う。
きゅう、と胸が締め付けられるような、痺れを伴う胸の痛みにどうしたらいいか分からなくて、そっと手を握り締めた。
「俺が好きなのはティーダだけだ」
(わ……うわ、わ、)
バッツは今、どんな顔をしているのだろうか。いつもみたいに笑っているのか、はたまた珍しく真面目な顔でもしているのか。
けれど今のティーダには跳ね上がる鼓動と上がりっぱなしの体温をどうにかするほうが先だった。
(バッツって……ほんと……)
ティーダを好きだと言ってくる人間は沢山いた。何人かとは付き合ったこともある。けれど彼女らは付き合ううちに、ザナルカンドエイブスのエースであるティーダと、ジェクトの息子であるティーダと 付き合っていることをステータスのようにしていた。ティーダがちゃんと相手のことを想っていても、相手はアクセサリー感覚でしか見てくれなかった。
でもこの世界では、『ジェクトの息子』だなんてそのままの意味でしかないし、ブリッツのエースと言っても誰もブリッツを知らないから本当に意味のない肩書きだ。
その上で、ただの『ティーダ』という個人のことを好きだと、真っ直ぐで真摯な想いを向けられてティーダは戸惑うばかりだ。
(……どうしよ……)
ティーダはバッツのことが好きだ。仲間として、戦士として尊敬しているし友達としても好きだ。
では恋愛感情ではどうか、と訊かれると――
『俺が好きなのは男じゃない。ティーダが好きなんだ』
(……どうしよ)
それっきり黙ってしまったバッツの気配を背後に感じながら、ティーダはただ治まらない鼓動と戦っていた。
――――――
本当に好きに、なってしまいそうです。