水の記憶(110)
彼に好意を抱いているのかもしれないと、そう気づいてしまった時にはもう遅くて。
「それにしても珍しいっすねーリーダーと二人で組むって!」
「そうだな」
剣を消し、先を歩くティーダの、ぴょこぴょこと跳ねる髪を見ながら返事をする。
天然の金ではなく人工的に染めているのだそうだが、きらきらと光を反射する髪はとても綺麗で柔らかそうだ。実際触れてみたいと思ったことはあるが、きっかけがなく思いだけが燻り続けている。
あまり自分から話題を提供することがないのは自覚しているし、彼もそれを気遣ってかいつも以上によく喋った。
いや、もしかしたら普段からこうなのかもしれない。その程度にしか、彼と関わりを持っていない。にも拘らず、心は彼に惹かれていた。
「そういえばさ、リーダーはいつからリーダーなんスか?」
「いつから?」
「ほら、俺って一番最後にここに呼ばれただろ? その時からもう皆の中心はリーダーだったからさ。いつからそんな風になったのかなってちょっと気になっただけッス」
言われてみれば、いつからだっただろうかと首をかしげた。一番最初に目覚めたからかもしれないし、本当に自然に、いつの間にかそうなっていた気がする。
「強いしまっすぐだし、この世界のこと結構詳しかったし、いかにも勇者! って感じだから納得ではあるんスけどね!」
「そう、だろうか」
「おう! 俺リーダーのこと尊敬してるんスよ! もちろん他の皆もすっげぇ強いし……俺ももっと、役に立ちたいけど」
そう言ってティーダは少し肩を落とした。コスモスの戦士達の中で、否、この世界に召喚された者の中で最も戦闘経験が少なく、技術も未熟なのが彼だからだ。
未熟といっても、今となっては十分戦士と言える強さになっているし、足をひっぱるなんてこともない。それでも彼は、召喚されたばかりの頃のことを気にしているらしい。
そしてそれは、自分のせいでもあるのだ。未熟な彼をあまり前線に立たせぬよう、できるだけ戦闘経験の豊富な者達と組ませるようにした。それは被害が最小になるよう、そして少しずつ戦闘に慣れさせなければという意図からだったが、彼にしてみれば足手まといと言われているに等しかっただろう。
「……君は十分、コスモスの力になっている」
「そ、かなぁ」
尚も力なく笑うティーダに、そんな顔をさせてしまった自分がどうして好意を持っているなどと言えるだろうか。
リーダーなどと呼ばれていながら、仲間を励ますことすらままならない。
「……君は、」
それでも、ティーダには笑顔でいて欲しいと思うのは、随分と身勝手な話だと思うけれど。
「君は、私にできないことを、してくれる」
「リーダーに、できないこと?」
「仲間に笑顔を与える事、鼓舞すること……道を示すことはできても、そういうことはどうも、苦手らしい」
きょとんと目を丸くしたティーダの頭にそっと手を伸ばす。子ども扱いしている訳ではないが、その髪を触ってみたいという密かな願望もあった。意外に柔らかな髪を混ぜるように撫でた。
「君が、必要だ」
かぁ、と。頬を赤く染めたティーダがわたわたと慌てだす。
「あ、あはは、そっか、リーダーにそんな事言われたら、もっと頑張んないとなっ」
ふいっと前を向いて小走りで離れていくのを惜しいと思っていると、くるりと振り返ってはにかんだ。
「ありがと、WOL」
すぐにまた前を向いてしまった。おそらく自分の顔も髪の隙間から見えている彼の耳と同じようなっているだろうから、見られないでよかったのかもしれないが。
「あ」
ふと森を抜けると、広い湖へと出た。コスモスの戦士達の憩いの場でもある。歩いて彼の隣に立った。
「君の記憶は、大分戻ったのか」
「あー、うん、そこそこって感じっす。まだ全然曖昧だけど。リーダーは、まだ?」
「ああ」
水を見ると懐かしいと言っていたのを思い出して聞いてみる。一番最初に召喚されながら未だに何も思い出す記憶がないというのは、そもそもそんなものなかったということなのだろうか。では自分はどこから来たのだろう。
「じゃあさ、リーダーにとっては今のところこの世界の記憶が全部なんスね」
それがどうしたのだろうか、と思う前にティーダはしゃがんで湖に手を浸した。静まり返った水面に波紋が広がる。
「たいした事じゃないんスけどね、WOLの記憶の中に、結構な割合で俺がいるかなぁって思ったらちょっと嬉しかったんスよ」
『覚えていてほしい』と彼は言う。『時々でいいから思い出して欲しい』と彼は言う。
誰かの記憶に残ることにこだわるのは、彼の、元の世界での体験からきているのだろうか。
「そうだな……」
柔らかな風が吹く。水に映ったティーダの顔は波紋で邪魔されて見えないが、曇っていなければいいと思う。
「海を見る時、湖を見つけた時、川を渡る時、私はいつでも君を思い出すだろう」
それらは旅をする中でよく目にするものだ。水に関連していなくとも、きっといつだって思い出してしまうだろう。
「いつでも、我らは共にある」
「……うん! そッスね! 俺も、いつだって皆のこと思ってるッス!」
その笑顔を、いつだって思い出せる。
「……少し泳いで構わない。ついでに、水中の調査もしてくれると助かる」
「まじで! やるやる! すぐやるッス!」
正に水を得た魚。ぐいーと伸びをすると彼は勢い良く水中へ飛び込むのだった。
――――――
それが、精一杯の伝え方。
お題『さすらえば、海』:花はしどい
十人十色(210)
「赤ー青ーオレンジーっと」
「何してるんだ? ティーダ」
「おーっす、のばらー」
「だからその呼び方はやめろと……」
「冗談だって!」
けらけらと笑うティーダの横に座る。彼の手元には色取り取りの綺麗な石が置かれていた。石というよりはクリスタルに近い、透き通った結晶だった。
「この前リーダーと出かけた時に湖に行ったんだ。あそこ広いだろー? たまには調査してみようってんでいつも行かない所で潜ってみたら、すごい綺麗なところだったんスよ!」
今ここに置いてある石はそこから取ってきたのだろう。ティーダが言うにはまるで岩から生えているかのような形の大きな結晶もあったらしく、そんなものが大量にあるならさぞ美しいのだろうと、見たことのない水底の景色に思いを馳せた。
「皆も見にいったらいいのにさー」
「……お前が潜れる所は誰でも潜れる所じゃないからな」
ティーダの世界では幻光というエネルギーを利用することで、水中でも長く活動することができるのだという。バッツあたりならものまねで何とかなるのかもしれない。そう思うと、ちょっとうらやましい。
「お前は水中でも行動しやすい特別な服だからいいかもしれないが、俺達は……特に鎧着てるやつは泳げる機会なんて限られるからなぁ」
「じゃー俺が代わりに取ってきてあげるッス」
泳ぐ口実ができるからか、上機嫌なティーダに苦笑しながら石に視線を移す。
「ただの石にも見えないな。モーグリに渡せば何かと交換してくれるかもしれないぞ」
「あーそれもそうッスね」
他愛ない話をしながら石を手のひらで弄ぶ。ティーダが色の近い順番で並べると、そこに虹色が現れた。
「俺達みたいだな」
「うん?」
ついと指先で一つを取る。深い藍は水の底を思わせる色だ。ティーダの瞳と同じ色。
「一つ一つはてんでバラバラな色なのに、こうして皆を並べると一つにまとまる。どれか一つ欠けても違和感がある。……皆大切なんだってことだ」
「……フリオって時々聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと言うよな」
「笑うな! 他のやつだって言う事あるだろう! というかお前だって」
「あーあーあー聞ーこーえーなーいー」
確かに自分で言っていても少し恥ずかしくはあったが、手のひらで耳を押さえるティーダもなんだかんだ照れているのでまぁいいか、と軽く息をついた。
「皆、大切な仲間だ。お前もな」
「……オレ、フリオのそういうトコ好きッスよ!」
くすくすと笑うティーダの額をこつんと軽く拳で叩く。たった一つしか違わないのに、なぜこうも違うのか。なぜこうも。
(可愛い)
ふっと頬が緩むのを自覚している。いつからか自然と抱いていた気持ち。バッツ達からはよく奥手だなんだとからかわれるが、これでも立派な男だ。誰かを好きになるし、その相手に少しでも近づきたいと思っている。
「そういえばリーダーもさー、俺のこと必要って言ってくれたりして、嬉しかったッスよ。正直あんま好かれてないかなぁ~なんて思ってたからさ」
「よかったじゃないか」
だから、一丁前に嫉妬したりもする。
我らがリーダーがティーダのことを気にしているのは薄々感づいてはいたが、いよいよアプローチを始めたのだろうか。むしろライバルはリーダーだけでもないのでいつだって油断はできないのだが。
ここは一つ、自分も何かアピールをしておかなければいけない。いつもそばにいる、兄弟のように仲のよいポジションで満足できるほど、この想いは小さくないのだ。
「ティーダ、せっかくだからその石で何か作ってやろうか? こう見えても手先は器用だぞ」
「本当ッスか!? じゃあさじゃあさ」
途端に目を輝かせるティーダを、やっぱり可愛いし愛しいなぁなんて思いながらその希望を聞いた。あわよくば自分とティーダの瞳の色の石を使ったアクセサリーなんて、と思っていると。
「これ、全部の色使ってブレスレットとか作れないッスか? へへ、フリオの言うとおり、きっと皆違う色で、どれが欠けてもいけないって思ってさ。 そんなブレスレットあったら、いつでも皆と一緒にいられるような気がしてー……って流石に全部加工すんのは大変ッスよね……」
「いや、作るぞ。お前が欲しいなら」
「いいんスか?」
「まあ、時間はかかるだろうけどな」
「やった! フリオ大好きー!」
「おわっ」
抱きつかれた勢いを受け止めきれずに地面に倒れた。
自分の色だけにできないのはちょっとだけ残念だが、大好きだなんて言われたり抱きつかれたりと役得だったのでよしとしよう。ついでに、一緒にいる時間が増える口実もできた。
「ティーダが手伝ってくれれば、もっと早くに作れるぞ」
「手伝う手伝う! 何でもやるッスよ~」
全力で喜ぶティーダにこちらも顔が綻ぶというものだ。地面に倒れたままじゃれるティーダの頭を撫でているとふいに太陽が遮られた。
「……何してるんだ?」
「ふふ、二人とも仲がいいね」
「あー! セシルとクラウド! なあなあ二人も一緒にアクセサリー作らないッスか?」
「えっ」
「あ、それがティーダが拾ってきた石なんだね。WOLから聞いてるよ」
「アクセサリを作るのか。どうせなら全員分のを作ってもいいんじゃないか」
「うん、皆で手分けしてやったらきっとすぐできるッスね!」
トントン拍子で進んでいく話に割り込む気力もなく、相変わらず地面に倒れたまま空を眺めた。ちら、と視線を動かすとセシルとクラウドもこちらを見ていた。
(フリオも大分大胆になってきたね)
(だが抜け駆けは許さん)
そんな台詞が聞こえてきそうだ。うまくいかないなぁなんて思いながらも、ティーダの喜ぶ顔を見ていたらどうでもよくなってしまう。
「よーっしフリオ! 早速始めるッスよ!」
「え、今からか?」
「善は急げッス!」
思い立ったら即行動するティーダには相変わらず驚かされるけれど、ここで応えねば男が廃るというものだ。
「よし、やるか!」
必要な道具を考えながら立ち上がる。あわよくば、ティーダの分には自分の色の石を一粒多く入れてやれないかという願望ももちろん忘れずに。
――――――
ただ一人の色が欲しい。
お題『七色絵の具を混ぜてみりゃ』:花はしどい
前を歩く素人(310)
「おーっ、あっちの歪に何かありそうッスよ!」
「ちょっとティーダ! 勝手に行かないでよ危なっかしいんだから!」
「だーいじょぶだいじょ、ぶ?」
「あ」
見晴らしのいい丘の上で、少し先にある歪を指差していたティーダがふらりとバランスをくずした。
「おわーーーーーーっ!?」
「あーもう!」
ここが岩場じゃなくてよかったと思いながら、傾斜になった草原を転がり落ちていくティーダの後を追いかけた。
「だから言ったのにさ。しっかりしてよね!」
「あはは、ごめんごめん」
「大丈夫? ティーダ」
少し遅れてふよふよと浮遊したティナが地面に降り立った。今日はこの三人のパーティーだ。
同じコスモスの戦士として、戦場に立つものとして年齢や性別の違いをとやかく言うつもりは毛頭ないのだけれど、三人の中で一番力も体力もある人がこれでは先が思いやられるというものだ。
幸い草ばかり生えた土地だったのでたいした怪我もなく、ただ服が汚れたり小さな擦り傷ができた程度で済んだ。貴重なポーションや回復魔法をこんなことで消費していては持たない。
「僕が先頭歩くから、ティーダはうろちょろしないで殿。ちゃんとついてきてよ」
「うぅ……怒られたッス」
「自業自得でしょ」
そう言って先ほどティーダが指差した歪へ向けて歩き始める。
本当であれば、近・中距離戦闘が得意なティーダを前に、魔法を使える自分とティナが後方という形がいいのだろうが。
「まったくさ、ティーダってよくそれで今まで大丈夫だったよね。危なっかしくて前線に立たせられないよ」
「あはは、まあ元の世界じゃ危険なことなんてなかったし、剣なんて全然握ったことなかったッスからね。思い出せた記憶の範囲でも、剣握って旅初めて半年……いや数ヶ月もしてなかったと思うし」
「そうなんだ、ティーダの世界は平和だったのね」
「うん、住んでた街は魔物とか全然いなかったし」
ティナとティーダが朗らかに話すのを聞きながら、少しだけ口が過ぎたかと後悔した。
ティナを守る。それは自分が望んだことであり、自らに課した使命だ。小さくても騎士。大切なものを守りたい気持ちは大人にだって負けない。
けれどティナのことと同時に、このちょっと頼りない年上の男の面倒も自分が見てやらねばと思い、いつもより気負っていた。
そのせいか、あまりに能天気な様子のティーダに少しイラついて言葉がきつくなってしまったかもしれない。
剣を握って間もないというのは知っていたが、魔物がいないような世界で育った人間が短い期間で随分強くなったものだと関心すると共に、彼を過小評価しすぎたと反省した。
「その点、オニオンは頼りになるッスね。剣も魔法もばっちりだし、旅の知識も豊富だし!」
含みも嫌味も全くない笑顔でそう言われてますます気持ちが萎む。そんな様子に気づいたのか、ティナがくすりと笑った。
「でもティーダ、殿って大事なんだよ。後ろから来る敵も気をつけなきゃいけないし、逃げる時も皆を守って逃がしてあげる役目なの」
自分はただの最後尾という意味の殿という言葉を使ったつもりだったが、ティナがそう説明したためにティーダの表情も少し明るくなった。
「へぇーそうなんスか。頼りないって思われてるわけでもないんスね!」
いや、実際そう思っていたのだが……いや、今は考えを改めているが。
ぐるぐると一人頭の中で考え事をしていると、ぽんと肩を叩かれた。見ると、いつの間にか後ろにいたはずのティーダが隣に立っていた。
「でもそんな重要なポジションなら、やっぱり経験豊富なオニオンがやったほうがいいんじゃないスか?」
やっぱりそこには含みも嫌味もない笑顔。本当は、一度歪に入れば簡単に抜け出せるわけではないので、仲間を逃がすために戦う殿というのはあまり意味がないのだ。
「怪我しやすい前衛は、体力自慢の戦いのシロートにお任せッスよ!」
「……そんなこと言って、先頭歩きたいだけじゃない?」
「あ、ばれた?」
フリオニールやセシル達が彼に甘い理由が、分かってしまった気がする。
「……しょうがないなぁ。さっきみたいに転がり落ちたりしないでよ?」
「おう!」
やはり自分は、彼に対する評価を全面的に見直すべきだ。
――――――
さり気ない優しさ。
お題『いつも先を歩きたがった』:花はしどい
まずは基礎練(410)
「そこ、踏み込みが甘いっ」
「ッ!」
「相手の動きをよく見て、次にどう動くか、常に考える!」
「ぉわっ!」
紙一重で避けられたが、体勢を立て直すより早く剣を弾き飛ばした。
「――もちろん、今みたいな直感力もあれば尚いいけどね」
喉元に突き付けた剣先を降ろしながらにこりと笑う。緊張と集中が解けたのか、一気に息を吐き出すとティーダは地面に座り込んだ。
「ふはー……セシルって結構容赦ないッスね~」
「優しそうだと思ったかい?」
「ううん、セシルのことは優しいと思ってるけど、こういうのに優しさ求めてるわけじゃないし。むしろ厳しい方が練習になるッスよ!」
流石に、元の世界ではプロのスポーツ選手というだけあって特訓に対する姿勢はシビアだ。根性もある。この分ならきっとすぐに上達するだろう。
できるだけ隙を見せない動き、剣の受け方、受け流し方、足の捌き方。まだまだ自分が教えられることはある。
「そっか。じゃあ次はもうちょっと激しくいこうかな」
「うっ、本当に容赦ないッス」
苦笑しつつも立ち上がるティーダに手を貸すと、少し離れたキャンプ地からフリオニールが手を振っていた。
「おーい二人とも、そろそろ食事だぞ!」
「続きはまた後だね」
「うッス!」
ティーダは弾き飛ばされた愛剣を大事そうに拾う。まるで水でできているような不思議な剣は、戦闘経験が浅いというのが信じられないほどティーダの手にしっくりと馴染んでいる。
「でも、剣の稽古をしてくれだなんて、急にどうしたんだい?」
フリオニールとクラウドのいるキャンプに戻り、皆で食事をしている中でふと聞いてみた。
確かにティーダの戦い方は我流でまだまだ未熟だが、決して前線で戦えないレベルというわけではない。
とは言え、時々危険な目にもあうし、リーダーからはまだ前線に出すぎず支援に回れと言われているから、本人も力量不足を気にしているだろうことは明白なのだが。
それに剣の扱い方なら、自分以外にも教えてやれる人間は何人もいる。その中でどうして自分が選ばれたのか、少し興味もあった。
「うーんと……なんて言えばいいんスかね」
他の二人も食事をしつつティーダの答えを気にしているようだ。このメンバーの中では一番年下で、弟的存在であるティーダを皆可愛がっているからである。最も、そういう親愛以外の感情も時折見え隠れするのだけれど。
「まあ、もっと強くなりたいからっていうのが一番なんスけど……」
「じゃ、ちょっと質問を変えるよ。どうして僕なんだい? フリオもクラウドも剣の扱いには長けているし、ティーダが頼めば誰だって相手をしてくれるのに」
「そうだぞティーダ、なんなら剣以外の武器の扱い方だって教えてやる」
「俺は普通の剣とは違うから戦い方は参考にならないだろうが……魔法の扱いも教えてやれるぞ」
相変わらずティーダに甘いなぁなんて、自分も人のことを言える立場ではないがついつい苦笑してしまう。
「あ、ごめんッス二人とも。魔法とか他の武器にも興味あるけど、オレ、剣はどうしてもセシルがよかったんだ」
その言葉で一気に意気消沈する二人とは対照的に、自然と顔が綻んでしまう。可愛い弟分に、「どうしても」と言われる程頼りにされて嬉しくないわけがない。
「それは嬉しいな。何か理由があるのかい?」
ティーダは少し考える素振りをすると、考えがまとまったのかぽつぽつと語りだす。
「うーんと、コスモスの戦士は皆強い人ばっかなんスけど、皆それぞれ戦い方とかスタイルが違って、ずっと旅をする中でそれを極めていくだろ? オレにも回避と攻撃を混ぜた、自分なりのスタイルがあるから、他の人の戦い方はマネできないし参考にはならないと思ったんだ」
「それは……確かにそうだね。でも僕は……」
「うん、セシルにもセシル独特の戦い方があるッス。でもセシルならきっとオレに必要なこと教えてくれると思った」
一度言葉を区切ると、日向を思わせるような朗らかな笑顔を浮かべた。
「セシルは小さい頃から、セシルの国の剣術を習ってきたんだろ? そういうのって、長い間ずっと皆に使われ続けてる熟練した技術ってことッス。必要な動きは全部揃ってるし、 誰でも練習すればできるように改良されてたり、上手い教え方もあるんだろうって。ブリッツも同じなんだ。必要なこと、基本の動きができなきゃ、本人に才能があっても強くなれないッス。 セシルって真面目だからさ、きっと基礎もしっかりしてるし教え方も上手いと思って……」
「…………」
ティーダなりの考えがあるのだろうとは思っていたが、思っていたよりもしっかりと自分の力量と必要なものを見極めていることに感心した。そして、それを教えられる人物もしっかりと見ていたのだ。
「オレ、戦士の中じゃ一番弱いから。でもいきなり強くなるなんてできないから、ちゃんと基礎を教えてもらって、そこから自分の戦いに応用できればいいかなって……」
自分の未熟さを理解しているが故に、ティーダは早く強くなりたいと思っているのだろう。その逸る気持ちを抑えて、自分に稽古を頼んだのだ。
「……大丈夫だよ、ティーダ」
「ん?」
「ティーダは絶対に、今よりもっと強くなれる。この剣に誓ってもいい。僕の剣術が役に立つなら、いくらでも相手をするよ」
「……うん! ありがとな、セシル!」
「ティーダ、俺達だっていくらでも協力するからな!」
フリオニールがそう言い、クラウドも頷く。涙もろいティーダは皆の優しさにちょっとだけ涙ぐみそうになっていたけど、すぐに笑顔を見せてくれた。
長年鍛錬し、体に染み付いた剣術の基礎を思い出しながら、ティーダのための特訓プランを頭の中で練り始める。
ティーダは絶対に強くなる。彼はもうすでに、誰にも負けない強さを持っているのだから。
――――――
可愛い弟分のためならば。
世界の壁(510)
「お」
コスモスの戦士達が休息をとっている中、ふらふらと本拠地周辺を歩いていると、草原の中に見慣れた黄色い頭を見つけた。
「よーティーダ。何してんだ」
「おーっすバッツ。日向ぼっこッス。今日は最高に気持ちいいッスよー」
地面に寝そべり、大きく伸びをしながら本当に気持ちよさそうな、ふにゃりとした笑顔をするティーダ。邪魔な保護者組もいないことだし、ちょっとコミュニケーションをとっておこう。
「お隣よろしいですかな?」
「どーぞー」
ティーダの隣に寝転ぶ。――なるほど、これは最高に気持ちいい。ぽかぽかした陽気と優しく肌を撫でる風。さらさらと音を立てる木々の音も気分をリラックスさせた。
「いいなぁこれ。元の世界を思い出すな」
「バッツは、昔から世界中を旅して回ってたんスよね~。どんな街があったとか、色々聞きたいッス!」
「おーいいぞ。何から話すかなぁ」
元の世界の記憶。共に旅をした仲間達のことは、まだぼんやりとしか思い出せないけれど、それより前。父親のことや、一人旅をしていた頃の記憶は大分思い出せてきていた。話のネタには困らない。
「皆のいた世界も旅してみたいけどなぁ。ティーダのいた世界はどんな所だったんだ?」
一頻り話して一息ついた後、何とはなしに聞いてみる。この異世界に来られたのは神々の召喚の力によるものだが、人間にだって、もしかしたらできるかもしれない。可能性は0とは限らない。そう考えるとわくわくする。
「オレの世界かぁ。うーん」
「あ、ひょっとしてまだ思い出せてなかったか?」
「いや、そんなことはないんスけど」
目を閉じ、陽光を浴びながらティーダは思考を巡らせている。スコールやクラウドの世界もそうだったが、文明の発達が違うようだから説明に困るのかもしれない。
「……オレがいた、生まれて育った街は、機械仕掛けの、眠らない街。夜でも街中明かりでいっぱいで、大きなスタジアムがあって」
「お、ブリッツボールってのをやるところだな?」
「そうそう。そこでブリッツの試合をして、観客席はいつも満員で。試合が終わったら、皆で夜の街に繰り出す!」
想像してみる。何十階建てという、自分の世界では想像もつかないような大きな建物が所狭しと並ぶ。……うん、想像できない。それほどまでに別世界なのだ。ますます行ってみたくなるというものだ。
ティーダも、懐かしい光景を思い浮かべながら語っているのだろう。目を閉じ、表情は穏やかだ。
――けれど、何故だろう。そこに、ほんの少しの寂しさが混ざって見えるのは、気のせいなのだろうか。
「……でも、じゃあティーダが旅したのはどんな所なんだ? 聞く限りじゃ、ティーダの世界に魔物は出なさそうだけど」
「あー、うん。出ないッスよ。たまにでたりしたら大騒ぎッス。だからオレ、この年になるまで魔物なんて見たことなかったし剣も握ったことなかった」
「え、じゃあ」
「バッツ」
むくりと上半身を起したティーダは、ぼんやりと遠くを見た。目の前の景色を見ているのか、故郷に思いを馳せているのかはわからなかったけど、その表情は今降り注ぐこの陽気のように暖かくて穏やかだ。
「バッツにだけ、オレの秘密を教えてあげるッス」
「秘密……」
「うん、だから内緒な? オレはさ、平和ーで優しいぬるま湯みたいな街で育って、いきなり全然知らない世界に飛ばされた。それこそ、バッツ達の世界みたいな、機械とかが全然普及してない世界。魔物も出るし、文化も生活も全然違う、オレにとっては異世界だった」
立ち上がり、くるりと振り返ったティーダの表情は、逆行でよく見えない。
「でも、その世界のほうが、本物だったんだ」
「ティー、」
「オレはね」
「おーいティーダ! バッツもいるのか? リーダーが集合しろだってさ!」
丘の上からジタンの声がした。声をかけるよりも早くティーダは駆け出してしまう。
「なーんて。ほらバッツ、早くしないと怒られるッスよ!」
「ティーダ」
「うん?」
「オレは……いつか、お前の世界にも行ってみたい」
「うん」
「そこで旅をしてみたい。お前と一緒に」
「うん、オレも、来てほしいッスよ!」
それだけ言うとまた軽やかに走り出してしまった。
ティーダが何を言おうとしたのかは分からない。きっと今後話してくれることもないだろう。
それでも、前向きなのは自分の取り柄の一つだ。
「……その気になれば、別世界なんて余裕だろ!」
きっと何とかしてみせる。でも、未来に思いを馳せる前に、まずは目の前に迫ったピンチを何とかしよう。リーダーにお説教されるのはもうこりごりなのだ。
――――――
いつか、次元の狭間を飛び越えて。
お題『世界について語ったこと』:花はしどい
優しい力(610)
「食料と水とー」
「でもいいの? ティーダは前衛で動き回るんだし、荷物は私達が……」
「いーんス! 今日行くトコはそんな強い敵いないはずだし、ちょっと重りがあった方が鍛えられるッスよ!」
今日は自分とオニオン、ティーダの三人での散策をする。近くに新しい歪ができたと言う話があったので、やはりコスモスの力が少しずつ弱まっているのかもしれない。
鼻歌を歌いながら荷物をつめるティーダ。オニオンなんかは「にぎやかになりそうだね」なんて拗ねた(いつも二人だけだから、ちょっと妬いているみたい)様子で言っていたけれど、自分もそう思っている。 ティーダが加われば、自然とにぎやかに、楽しくなる。
それは多分、ティーダの性格や、あの明るい笑顔の力もあるのだろう。
けれど、それだけじゃない。なぜかティーダと一緒にいると、落ち着くのだ。以前、知らずに魔力の濃い場所に近づいてしまった時に自身の魔力も釣られるように増幅し、暴走しかかったことがある。そしてそれはティーダ達が駆けつけてきてくれた途端に自然と落ち着いていった。
ティーダといると、落ち着く。心が凪いで穏やかになる。その感覚は何かに似ている気がした。
「ねぇティーダ。私ね、なんだかティーダと一緒だと落ち着くの。どうしてかな?」
「落ち着くッスか? うーん、オニオンにはうるさいって言われちゃうけどな~」
「ふふふ……そうだね。何て言ったらいいのか……」
その時、ティーダが深紅の石を手に取り、吟味しているのを見て「あ」と声を漏らした。そう、これだ。
「ティナは召喚石どれ持って……ん?」
「そう、わかった。ティーダの、ティーダの纏っている雰囲気が、この子達に似ているのね。だから落ち着くのかな」
小さな石に宿る、人ならざる聖なる獣達の力。それと同じ波動を、なぜかティーダから感じるのだ。
「……そうなんスか。ティナって、幻獣と人のハーフなんだっけ?」
「うん。小さい頃の記憶はあまりないけれど、体が覚えてたのかな。懐かしい感じもするの」
目を閉じれば、本当にそこに幻獣がいるような気配がする。それほどまでにティーダの気配は彼らとよく似ていた。
「そっかぁ……うん、似てるかもしれないッスね。オレも、元の世界では召喚獣とは深い関わりがあったし、そのせいかも」
「そうなんだ。それって……」
さらに質問を重ねようとして、ふとティーダの雰囲気が少し変わっている事に気づく。それは本当に些細な、見逃してしまいそうな変化だったけれど、この話題はあまり好ましくないと思わせるには十分だった。
「あっと、ポーション! 一番肝心なもの忘れるところだったッス!」
ばたばたとポーションを保管してある箱に走る。全員共通の持ち物であるため、何本持っていくかをメモに書き込んでいる。
「……? ティーダ、ちょっと多くない?」
かちゃかちゃと両腕にポーションのビンを抱えてティーダが戻ってくる。皆が持ち出す平均本数よりも多いようだ。
「心持ち多めッス! 弱いだなんて勿論思ってないんスけど、やっぱりティナ達は他のメンバーよりは体力低いからさ」
オレもよく怪我するし、と付け加えてにぱっと笑ったティーダは、自分のためにポーションを使うことは殆どない。
戦闘経験は浅くとも、回避能力の高い彼はなんとか敵の攻撃をやりすごし、数は多いが軽傷で戦いを終わらせる。回復力もいいため、ポーションは本当に困った時にしか使わない。
だからこれらは全部、自分やオニオン思ってのものだ。ティーダはいつだって誰かのことを考えて行動する。それがいつか、ティーダ自身を苦しめることにならないか、心配なのだけれど。
「ありがとうティーダ。今日もがんばろうね」
「おう!」
そんなことにならないために、自分も彼を守ろう。守られてばかりじゃない。この力は、大切な人たちを守るためにあるのだから。
――――――
破壊するだけの力じゃない。
お題『「こころもち多めで」』:花はしどい
異国の唄(710)
『ティーダ、ちょっと変じゃなかったか?』
コスモスの戦士が全員集まって間もない頃。正確に言えば、最後の戦士、ティーダがやってきて一週間程経った頃。
持ち前の明るさであっという間に仲間達と馴染んだティーダ。気づけば共に行動をすることも多かった。
その中で、同じく一緒に行動することが多いフリオニールがそう言った。年が近いからかティーダもよく懐いていて、傍から見れば兄弟のようだった。
フリオニールに言わせれば、自分やセシルも兄のように慕われているというが……まあ今はそういう話ではない。
ティーダの様子が変だというのは自分もセシルも薄々感じていたことだ。変、というのは正しくないだろうか。少し、考え事をしている事が多くなった、とでも言うべきか。
それに心当たりがないわけではない。
ティーダは、この世界に呼ばれた時、戦士としてあまりに未熟であった。
曖昧な記憶の中でも、剣を取って戦い始めたのもここ最近だと言うし、その剣術も闇雲に振り回すような稚拙なものだ。
ただ、天性のスピードと反射神経、周囲の様子を把握して動く能力が高いお陰でなんとか戦いになっているという状態だった。
一番長くこの戦いに身を置き、責任感も強いリーダー格の男は、彼を戦場に立たせるのをあまり好ましく思ってはいないようだった。
同い年だが、幼いころから兵士としての訓練を受け、性格もティーダと正反対な顔に傷のある男も、口には出さないが同じように思っている様子。
――セシルやフリオニール、自分はむしろ、皆に笑顔を与える彼の前向きな思考と笑顔を好み、できる限り手助けをしてやりたいのだが。
自分が仲間の足を引っ張っていることを、ティーダは誰より理解しているし強くなりたがっている。傍から見ていてもティーダは着実に強くなっているし、あまり思いつめすぎないで欲しいけれど。
「……まだ戻っていないのか」
「クラウド……うん、もうすぐだとは思うんだけどね」
本拠地の談話室に行くと、フリオニールとセシルがいた。他の部屋も見て回ったが、ティーダがいる様子はなかった。
「ジタンが言うには、十五分くらい前にこのあたりを散策してくるって出て行ったらしいんだけどね」
「この周辺ならコスモスの力が働いているから、大丈夫だとは思うんだが……」
そわそわと落ち着かない二人。かく言う自分も同じなので人のことは笑えないが、そろそろ日も落ちてきている。探しに行くと言えば、俺も僕もと立ち上がる二人。
たった十五分程度でこんなに心配されているなんて知ったら、ティーダはちょっと拗ねるだろうか?
手分けして探すことになり、見つかった時に連絡できるよう全員ひそひ草を持って周辺を探し始めた。
――ティーダはすぐに見つかった。自分が一番に見つけられたのは嬉しかったが、意外でもあった。
ティーダは、泳ぐのが好きだ。泳がずとも、水の傍にいるのを好んだ。だから、湖の周辺を探しに行ったフリオニールが見つけると思ったのだ。
けれどティーダは、ここにいた。さほど高くない崖の端に腰掛けて、沈む日を眺めていた。
「……~~♪……~~~~♪」
声をかけようとして、微かに聞こえる鼻歌に足が止まった。
不思議な、民族的なメロディ。優しいのにどこか哀愁を漂わせるそれを聴いていると、なんだか無償に不安になった。
「ティーダ」
「! ……あ、クラウドか。びっくりしたッス」
突然声をかけたからか、肩を震わせて振り向いたティーダはいつも通りに見えた。
「そろそろ帰るぞ。日も落ちてきた……コスモスの力は夜だと弱まるから、聖域の傍でも危ない」
「あ、そっか。ごめん……」
しゅんと項垂れたティーダの頭をくしゃくしゃと撫でる。隣に座ると、ひそひ草で二人に連絡した。
「二人も探してくれてたんスか?」
「ああ」
「そっか……」
やっぱりか、と予想通りの反応に小さく苦笑した。ティーダはもっと、自分が周りから愛されていることを知るべきだと思う。
「……頼りないと思っているわけじゃない。皆お前が好きだから、心配なんだ」
「…………クラウド」
安心するよう肩を抱き寄せてそう言うと、なぜかティーダは腕を突っぱねて体を離してしまった。ちょっとショックだ。
「ティーダ?」
「――ッ! クラウド! イケメンがそういうこと言うのずるいッス!」
がばりと顔を上げたティーダはほんのり赤くなっていて、恥ずかしかっただけかと安心した。うう、と唸りつつティーダはもう立ち上がっていて、惜しいと思いながらも自分も立ち上がる。
「……そう言えばティーダ、さっきの歌はお前の世界のものか」
「うっわ聴いてたんスか!? うーわーーー恥ずかしいッス!」
頭を抱えてわーわー叫ぶティーダはすっかりいつもの調子を取り戻したようだが、まだそこはかとなく危うさが漂う。何が、と言われても具体的には答えられない。ただ漠然と、不安を感じるのだ。
「お前の世界の……ということは、少しは記憶が戻ったのか」
「あー、うん、思い出したッスよ。ちょっとずつだけど」
やや歯切れの悪い返し方。ひょっとすると、戦い云々ではなくこちらが考え事が多い理由なのだろうか。
元の世界のことについて根掘り葉掘り聞く気はないが、ティーダが悩むようなことがあるのならば力になりたい。
「……あまりいい思い出じゃないのか?」
「……ううん、そんなことないッス。凄い大事なことなんだ、オレにとって」
その言葉に嘘はなく、静かに笑う表情はいつもの彼よりも随分と大人びて見えた。
「まぁ、ちょっと色々考えちゃうこともあるんスけどね。でも今は、そっちより戦いのことのほうが悩みの種ッスよ」
ティーダが話題を逸らした。もちろん、戦いについて悩んでいるというのは本当だろう。けれど話題を変えたと言うことは、あまり触れて欲しくないということだ。
それは少し、寂しいことではあるけれど。
「そうか……あまり悩みすぎるな。お前はちゃんと戦えているんだからな。模擬戦や特訓をしたいなら、いつだって相手になる」
他の二人もきっと同じことを言う。――願わくば、自分を頼って欲しいと思う。
「特訓……そっか……そうだよな」
なにやら目を輝かせ始めたティーダが急に手を握ってくる。グローブ越しにも分かる温かさが、離れなければいいのに。
「ありがとクラウド! オレがんばるッス!!」
「っ」
それは、本当に。息が詰まりそうな程に眩しくて、暖かい。
「わ、もう暗いッスね。早く帰ろ、クラウド!」
ティーダに手を引かれて走り出す。ああ、本当に、いつまでだってこうしていたい。本拠地なんて、着かなければいいのに。
――――――
君の笑顔に弱すぎる。
お題『流れた音符は知らぬと言った』:花はしどい
無自覚な(810)
初めて見た時は、絶対に反りが合わないと思った。
まぁその初めて、というのも高々一、二週間ほど前のことなのだが。
「でさー同い年って知った時はオレもびっくりしちゃって!」
(よく喋るな……)
それはもう、よく喋る。口から生まれてきたと比喩するほどではないが、こちらが何も言わなくても勝手に喋り続ける。
自分に絡んでくるのはバッツやジタンもそうだが、彼らは大抵セットでやってくるし、自分を交える必要があるのかよくわからないくらい二人で会話を進めるので気にはならない。しかしティーダは一人でやってくるし一方的に話しかけてくるので気になる。
「しかもめちゃくちゃ強いしさ。オレの戦えなさがよく分かっちゃうッスよね」
(お前だって、大分強くなってきただろう)
そう、フォローというかなんというか……言ってやりたいのだが、躊躇っているうちに話が流れてしまう。
最初は確かにそうだった。ろくに戦えないし旅についての知識も乏しい。他の者にフォローされつつなんとかやっていたが、いつもへらへら笑っていて戦場にいるという緊張感がまるで感じられない、と少し疎ましく思っていたくらいだ。
幼い頃から傭兵となるために訓練を重ねてきた自分とは相容れない、甘いやつだと。
クラウドやセシル達からは弟のように可愛がられていて、それも理解できなかった。けれど、今は違う。
「昨日はクラウドとフリオにもちょっと特訓に付き合ってもらってさー」
(……オレだって、言えば付き合ってやる)
弱い弱いと思っていたティーダが、ここ最近急に強くなった。正確には少しずつ強くなってはいたが、自分がそれを気にしていなかっただけだ。
特訓でもしているのだろうか、と思い少しだけ様子を見ていた。そうしたら、どうだ。
『今のは上手かったね。もう一度やろうか』
先ほどティーダが言った通り、彼は『特訓』をしていた。セシルに稽古をつけてもらい、延々と、何時間と、休憩もろくに挟まずに。それこそ朝早いうちから、フリオニールに食事だと呼ばれるまでずっとだ。
付き合っているセシルもだが、それについて行く体力と根性があるだなんて知らなかった。グローブを外したところを遠目に見ても、剣だこやマメがいくつもできているのがはっきり分かった。
ずっと見ていたわけじゃない。少し離れた所でジタン達と模擬戦をやっていたのだ。……その日の結果は散々であいつらにからかわれたが。
とにかく、自分の知らぬ間にそんな鍛錬を積んでいたことを知って、弱いやつだと思いこんで見くびっていた自分を内心恥じた。
そんなことは露知らず、ティーダは同い年ということに親近感を覚えて話しかけてきてくれる。今でこそ相槌を打つ程度はできるが、最初のうちは冷たくあしらっていたことを思い出すといたたまれないし勿体無いことをしたと思う。もっと、ちゃんと話しておけばよかった。
「オレ、もっとがんばって強くなるッス!」
(……オレ達のせいで、無理をさせているのか)
戦闘経験の浅いティーダのことは、リーダー格である男も気にしていたし、きっと自分だって態度に出ていた。そのせいで、ティーダが自分の事を責めていたら、と思うと過去の自分を殴りたくなる。
小さくため息をつくとティーダがぽつりとつぶやいた。
「……スコール、それってやっぱりクセなんスね」
(? なんのことだ。ため息のことか?)
疑問符を浮かべているとティーダはじぃ、とこちらを見つめた。
「それ」
ティーダが指差したのは顔……いや、唇だ。なにかしていた、だろうか。
「初めて話した時から思ってたんだけど、スコールってなーんか言いたそうな時に、ちょっとだけ口開けてすぐ閉じるんスよね。空気食んでるみたいな」
はむはむとティーダが唇を動かした。
(そんなことして……)
意識してはっとする。確かにしている。今小さく口を開いて、そのことに驚いてすぐ閉じてしまったけれど。それを見てティーダがくすくすと笑った。
「言いたい事は言ったほうがいいッスよ。聞いてくれるのも嬉しいけど、オレもっとスコールとお喋りしたいッス」
かぁ、と顔が熱くなった。同時に、また自分を強く恥じる。
ティーダの戦い方を少しだけ見て、その締まりのない笑顔だけを見て、ろくに戦えない弱い奴だと決め付け、思い込んだ。
なのにティーダは、ただ一度自分と話しただけでも、自分ですら知らなかった癖を見抜いてしまったのだ。
(こいつの事……何も見てないじゃないか、オレは)
「あ、もちろん嫌だったらいいんスけど……」
「っ……嫌じゃない」
反射的に答えていた。急に声を上げたことにティーダは目を丸くしていたけど、何が嬉しいのかふわりと笑顔になった。
「へへ、よかった。あ、オレそろそろ行くな! クラウド達と約束してるんだ」
「ティーダ、」
立ち上がってしまったティーダに、また反射的に声をかけていた。「ん?」と小首をかしげるティーダを、男を可愛いと思うなんてどうかしてると思うけど。
「……」
どうしよう、何を言うかなんて考えてなかったのに。それでもティーダは、言葉を待ってくれている。なんでもない、で終わらせたくない。
「……っ、今度……一緒に」
声が掠れそうになるのを耐える。断られたら、拒絶されたらなんて考えるのはもうやめよう。
「一緒に、歪の調査に……」
行かないか、という語尾はやっぱり消え入りそうだったけど、ティーダの笑顔で不安なんて吹き飛んでしまうのだった。
――――――
もっと知りたいんだ。
お題『空を食む癖』:花はしどい
雨の日は皆と(910)
ぱたぱた。
テントをたたく雨の音で目が覚める。
歪の中に入ってしまえば天候は関係なくなるとは言え、行動や視界を制限されるし、冷えると体調を崩すことだってあるので厄介だ。
「くしゅっ」
小さなくしゃみが聞こえた方へ視線を移す。隣に寝ていたティーダも覚醒してしまったようで、掛け布を肩まで引き上げた。
動いたり声をかけたりはしないが、おそらくティーダの向こう側に寝ているスコールも起きているのだろう。
雨雲はあるが、外はもう明るみはじめている。そろそろ起きてもいい時間だが、もう少しだけごろごろしていたかった。
「ティーダ、寒いのか?」
「あ、起きてたんスねジタン」
ふわ、と笑ったティーダはちょっとだけ、と言う。そう言う割には寒そうに身を縮こませている。ティーダの手はいつも温かいから、きっと体温も高めなのだろうと思っていたのだが。
「寒いっつーか……雨ってあんま好きじゃないんスよ」
「そうなのか? まあオレも好きってほどじゃないけど」
さて、名前の由来が『激しい雨』というような意味であるスコールはどうだろう。雨は好きじゃないなんて言われて拗ねていたら面白……いや、ちょっと考えすぎだと諭してやりたい。
ティーダが何か思い出したように小さく声を上げたから、何だと首をかしげると苦笑いをしていた。
「いや、ちょっと思い出してさ。オレのいた所、こういう静かな雨は少なくて、結構よく降るとこだったんだ。雨の日は友達もうちに来ないし、オレも外に出られなかったから、いつも一人で寂しかったのかなって。だから苦手なのかも」
聞けば、ティーダの家は船を改造して作った、海の上にある家だと言う。なるほど、海側となると風も強くなるだろうし、子供が外をうろうろするのは危ないかもしれない。
皆と一緒にいるのが好きなティーダが、たった一人で過ごしていたのかと思うと、それは確かにとても寂しかっただろう。
今こうして身を縮こませているのは、寂しさを感じないようにベッドの上で丸まって眠っていたからとか、となんとなく推測してみるが、真相はわからない。
「ま、今はオレ達がいるからいいだろ! ティーダ、寒いなら温めてやろうか~?」
「へ? わ、うわっジタンくすぐったいッス!」
掛け布の下で、こそりと自慢の尻尾をティーダの素足に絡ませればけらけらとくすぐったそうに笑いながら身をよじる。
「あは、ははっ、わ、スコールまでっ」
ティーダの向こう側にいるスコールの動きは見えないが、ティーダが嬉しそうに、ちょっと照れたように顔を赤くした。ので、ははーんスコールもさり気なく体を寄せたり手を握ったりしてるな? と予想する。ムッツリめ。
「へへ、やっぱり皆がいると楽しいッスね!」
笑うティーダにつられてこっちも笑顔になる。
自分はレディが好きだし大切にするけれど、ティーダのことも大好きだ。それが恋愛感情であるのかはさておき、その笑顔が続いてくれたら、と思う。
三人でほのぼのしているが、はて、何か忘れているような。
その時ばさりとテントの入り口が開いたかと思うと、わずかに体や服を濡らした男が飛び込んできた。
「うおおやっぱ小雨でも寒い!! つーか皆起きてたよな! 起きてたよな! もう入れてくれよー見張りは終わりだ終わりっ!」
「だーっ! 冷てぇよ馬鹿バッツ! せめて体拭いてからダイブしろ!」
「ぎゃーー濡れてるーじめっとしてるー!!」
「ひどいぞティーダ! おにーさんは悲しい!」
「……」
無言でタオルを投げつけるスコールと、それを顔面に食らうバッツ。それを見て笑い転げるティーダ。
ああもう本当、皆でいるっていいことだなチクショウ!
――――――
寂しくなんてさせない。
お題『雨音目覚まし時計』:花はしどい