10祭り2013

110

「女心と秋の空ってヤツっすね!」
「それはまじないか何かの言葉か」
 探索の途中に夕立に会い、手近にあった木の下に駆け込んで雨が通り過ぎるのを待っていた。
 たまたまティーダと同じ木の下で雨宿りすることとなったリーダー格の男は、聴きなれない言葉に疑問符を浮かべる。
「あはは、諺っスよ! えーっと秋は……あ、秋っていうのは季節のことで~……でもこの世界季節ないからなぁ。 とにかくそういう時期の天気は変わりやすくって、同じように女の子の機嫌も変わりやすい~みたいな……だっけ?」
 うんうんと唸りながら頭を捻るティーダに、男は僅かに目を細める。
 この世界に来てから経過した時間は然程長くはない。場所によって気候の変化はあるものの、彼らの言う『季節』の移り変わりを感じることはない。 そもそもこの世界に季節があるのかは分からないのだが、記憶のない男にとってはあまり考えたことのないことであった。
 暖かく、命の芽吹く春。
 日差しが照りつける夏。
 作物が実り木々が紅に色づく秋。
 雪が降り積もりシンと静まる冬。

 どれも、気候自体はこの世界にもあるし経験した。
 しかしこれらが時間とともに移りゆく景色は、それはまた別の物なのだろう。
 戦いが終われば。元の世界に戻れば、それらを見ることができるのだろうか。
「お、ちょっと弱まったッスね」
「ティーダ」
「お?」

 隣でしゃがんだまま空を見上げる彼は、何が? と首をかしげる。
「ありがとう」
 ますます疑問符を浮かべる彼に、男はふと口元を緩めた。
「私には記憶がない。戦い方は知っていても、他は、知らないことの方が多い。この世界では、戦い方さえ知っていればいいと思っていたこともあった」
「うん」
「だが、戦い以外の……知らない事を知る……新しい知識を得ることは存外、嬉しい」
 大地に水が沁みこむように、全てを吸収したい。常識だと言われることも、妙に専門的な知識でも、様々な事を知りたい。
 記憶がなくても。もしかしたら記憶がないからこそ、新しく知ることは大切で、嬉しいのだと思うのかもしれない。
「もっと沢山のことを、教えてほしい」
「……へへ、いいッスよ! オレだけじゃなくて皆にも色々教えてもらうッス!」
「無論そのつもりだ」

 気付けば雲は流れ、雨に濡れた大地の香りが風で運ばれる。

「……ティーダも、秋の空、なのかもしれないな」
「ん? 何スか?」
「いや、なんでもない」

――――――

 くるくる変わる表情。

お題:女心のように『絶対運命』


210

「そうだな……スポーツ」
「ああー!! オレが言おうと思ってたのに!」
「ははは、スマン。ティーダは絶対言うだろうなと思って、つい先回りしてみた」
「くっそー……んーじゃあ読書」
「あまり縁がなさそうだな」
「本くらい読むっつの! 雑誌とか漫画とか! つか縁がなさそうなのはフリオも同じだろ!」
 今日ののばらはいじわるだ! と憤慨するティーダに苦笑しながら火加減を調節した。
 肌寒い日が増えてきたとは言え、まだ暑さの残る十月二日。
 そんな日に男二人で鍋を囲んでいるのだから、既に体は汗ばんでいる。

 十月二日。所謂、豆腐の日。
 スーパーで買い物をしているとそんな広告が目に飛び込んできて、湯豆腐食いたいなんて言い出したのはいつも通りティーダ。
 湯豆腐だけではなんだからと結局鍋にしようと言い出したのはフリオニール。
 鍋にはまだ少し早いけれど、家にある食材と、スーパーでいくつか買い足した食材を鍋に放り込んで煮ている真っ最中。
 秋と言えば。そんな話題になって二人でいつものように駄弁っていた。――のだが。

「えーっと後何があったッスかね~実り?」
「芸術だろ!!」
「おれは旅だな! 旅の秋!」
「じゃあオレ空な」
「(そんな秋はない……)」
「うわっ! お前らいきなり……! ああこら狭いんだからそんな大勢で……! 騒ぐなよ!」

 さも俺たちがいないと始まらないだろとばかりに乱入してきたジタン、バッツ、ヴァン、スコール(は、強引につれてこられたのだろうが)が袋を携えながらぞろぞろと部屋へと上がる。
 ただでさえ狭いフリオニールの居室はさらに狭くなった。
「つーか何も言ってないのになんで来るんスか。揃いも揃って材料まで!」
「おっとジタンさんとバッツさんの情報網舐めたら駄目だぜー?」
「いい感じに煮えてるっぽいな~」
「ほら材料かせ。後で追加するから冷蔵庫に……」
「あ、手伝うッス」

 新しく取り皿……と言っても使い捨ての紙皿だが、それを出しながらティーダが少し口を尖らせた。
「予定狂ったッス」
「まあいいじゃないか。大勢の方が楽しいし」
「むー……しょうがないッスね……夜は寝かさないッス!」
「お前な……」

 僅かに赤くなる初心な男に笑いながら取り皿を配る。部屋は暑かったけれど、蓋を開け広がった熱気と匂いに皆おおっと声を上げた。
「ま、なんだかんだ言って秋はやっぱり」
「食欲の秋ッスね!!」

――――――

『いただきます!』

お題:秋、と言えば『絶対運命』


310

「もー……しょうがないなあ」
 消え逝くイミテーションの残骸から離れると、一つ大きく息を吐いた。

 一人で敵地の中にいる恐怖がないわけじゃない。
 気をつけていたつもりだったのに、罠にはまって別々に飛ばされてしまったのは運が悪かった。
 幸い回復魔法は使えるしポーションも予備がある。問題なのはどこか別の場所に飛ばされてしまった、ペアを組んでいた能天気な男の方だ。

「飛ばされて随分経ったけど……僕がいなくても大丈夫かなぁ」
 つい独り言が漏れるのは不安を紛らわせるためか。賑やかな彼と行動していたせいで、いつも以上に静かに感じてしまうのかもしれない。
 影に潜むイミテーションの気配に不意打ちで魔法を食らわせた。まったく、パンデモニウム城は隠れる場所が多いからこういう時に厄介だ。
「怪我とかしてなきゃいいんだけどっ」
 ただでさえ、魔法が使えないし手持ちのポーションも少なかったはずだ。とっくに使い切っているかもしれない。

 ――いつだったか、似たような状況があったような気がする。曖昧なそれは多分、輪廻の記憶の一端だ。
 その時一緒にいたのは彼ではなかった。けれど彼とちょっと似たところのある、能天気でマイペースな、自称兄貴分の男だった。
 年上なのに、どこか目を離せないような危なっかしさと話の聞かなさも共通している気がする。
「ほんとにさ、大変だよっ」
 イミテーションを打ち倒した時、高い、鳥が鳴くような音がパンデモニウム城に反響した。
 ため息を一つ吐くと音のした方向へ駆ける。そこには案の定探していた人物。
「いきなり何指笛吹いてるんだよ敵に場所知らせるようなもんじゃないか! ってああ怪我してるし! だから配分考えろっていつも言ってるじゃないかそもそもティーダが罠に」
「あーあーごーめーん! そんな怒るなって!」
 苦笑いしながら顔の前で手を合わせるティーダにふんと鼻を鳴らしつつも、残ったポーションで治療する。
「いでででっ! もっと優しくしてほしいッス!」
「このくらい我慢しなよ!」
 心配させた罰だと言わんばかりに、遠慮なしに傷口を拭った。
 最後に一つ吐いたのは、安堵のため息でもあった。

「まったくもー」

――――――

 手のかかる弟を持つと大変だよ。

お題:トラブル『絶対運命』


410

 ふわりと髪を梳く手の暖かさに誘われるように瞼が持ち上がる。
 まだ薄暗いテントの中でも僅かに浮かび上がるように見える、ゆるく波打つ銀の髪。
「セシル……?」
「ごめん、起しちゃったかな」
 寝ぼけたまま曖昧な返事をすれば、小さく笑う気配。
「なんスか……?」
「うぅん、ちょっとね。夢を見て、思い出したことがあるんだ」
「元の世界の?」

 外が僅かに明るいことから夜明けの時間だと気付いたのだろう。二度寝をやめて話を聞く体勢になったティーダの髪をまた梳いた。

「うん。でもちょっと可笑しいんだよね」
「可笑しい?」
「そう。僕には子供がいてね。その子の寝顔を見ながらこんな風に撫でてたなぁってさっき夢に見て思い出してたんだけど」
 その子供というのがいくつなのかは分からないが、少なくとも十七歳の男に対してではないだろう。なんだか子ども扱いされたような気がして、ティーダは少しだけ口を尖らせる。けれどセシルの手が心地いいのですぐ絆されてしまうのだが。
「でもね。僕は今二十歳……だと思うんだけどね、多分まだ結婚してないし子供もいないはずなんだ」
 恋人はいたけどね、と付け足すセシルにティーダは首をかしげる。記憶はあるのに、まだ子供はいない……それは。
「未来に起こることを覚えてるってコト?」
「そうなるかな、一応。別に僕は予知能力なんてないし、ひょっとしたら本当にただの夢を、思い出のように感じているだけなのかもしれないしね」
「んー……でもオレも覚えあるかも……」
 へぇ、と目を丸くするセシルにぽつぽつと語る。曖昧なそれをかき集めるように。
「オレ……まだ多分、旅をしてる途中……だったと思うんだけど。全部終わった後の記憶があってさ……オレの物語も終わる予定だったんだけど……なんか、よくわかんないけどザナルカンドに帰れて、そこでオレはオヤジ達と暮らしてるんだ」
 それは、きっと幸せな未来。普通の親子として暮らす、当たり前に享受できるはずだった未来。
 語るティーダは少し恥ずかしそうだが、満更でもなさそうで。
「楽しみだね」
「ただの夢かもしれないッスよ」
「ううん、きっと来るんだよ」
 だってこれは、確かに記憶としてあるのだから。

――――――

 いずれ至る場所。

お題:曖昧な記憶『絶対運命』


510

「でな、その時なんとチョコボの大群が!!」
「マジっすか!」
 大げさに身振り手振りを加えながら、話す声、表情にも強弱をつけながら繰り広げられるバッツの話にティーダはすっかり聴き入っていた。もちろん、寝ている皆を起さない程度に、ではあるが。

 今は退屈な見張りの時間。
 いや、退屈などと言ってはいけない。大事な仕事ではあるが、聖域に程近いこの場所でイミテーションの襲撃を受けることなど滅多にないからどうしても気が緩んでしまうのだ。
 そんな時はいつも、共に見張りをしている相手と話して過ごすことが殆どだ。
 ティーダは今日のペアがバッツで本当によかったと思っている。例えばスコールやクラウドが相手だと、もっぱら自分が喋る方で、それはそれで楽しい。
 けれどバッツの、世界中を旅した話は聴いているだけでわくわくする。多少誇張されていると分かっていても、面白くて堪らないのだ。
「そんでそんで? どうなったッスか?」
「んん? ティーダはどうなったと思う?」
 バッツも話しながら楽しくなる。ティーダはいつも目をきらきらさせながら、身を乗り出して聴いてくれる。話し甲斐もあるというものだ。
 大筋はあっているけれどいつも少し誇張する。より面白おかしく、エンターテインメントとして完成させる。
 時には全く本筋とは関係ない話を混ぜ込むこともあるけれど、ティーダは焚き火に照らされた表情をくるくると変えて聴き入り、時にはつっこみ時にはボケる。
 共に行動することの多いスコールやジタンと話すのも楽しいけれど、バッツはティーダと話すのも気に入っていた。
 今日は特に、ちょっとだけ落ち込んだ様子があったから、楽しい気分になってくれればと、いつも以上に話にも力が入る。
 ティーダが楽しんでくれるのなら、多少の嘘だって許されるだろう。

「はー面白かった! じゃあ今度は、オレの番ッス!」

――――――

 楽しんでもらえたなら。

お題:本当は、違うんだけど『絶対運命』


610

「ばああああっつ!! てめーまたオレの荷物にチョコボの羽いれやがったなー! チョコボ臭くなるからやめろつっただろ!」
「ええー入れた覚えないぜ? スコールだろ?」
「人のせいにするな」
「このカードをこっちに……いや……」
「フーリオー! そっち味見させて!」
「あっこらティーダ!」
「WOL、明日の予定だけど……」
「ああ、オニオンが調べてくれた情報と照らし合わせて……」
「資料持って来ました!」

 コスモスの戦士たちが拠点にする城は今日も賑やかで、お茶を淹れにキッチンについていたティナがくすりと笑いを零した。
「お、何か楽しいことでもあったッスか?」
 ぴょこりとティーダが隣に立ってティナの視線を追う。そこからはちょうど部屋の全体を見回せるのだ。
「ううん……なんだか賑やかで、いいなあって思ったの。毎日がお祭り騒ぎみたい」
「ちっちっち! 甘いッスよティナ! オレのいたザナルカンドはもっとすごいッス!」
 眠らない街、ザナルカンド。話に聞くそれは想像しかできないけれど、とてつもなく高い建物が犇き、人々は時間を忘れて夜の街を出歩くという。
 ティーダがやっていたブリッツボールの試合はいつもたくさんの人が押かけ、声を枯らして応援するのだ。
「ザナルカンド……きっと凄いんだろうなぁ。私、人混みは苦手だけど、皆と行けたら楽しく過ごせそう」
「来たらいいッス! そんで、オレが皆を案内する!」
 ふ、と目を細めるティナにティーダは首をかしげる。緩く頭を振るティナは驚きと嬉しさの入り混じる表情で。
「ううん、ティーダはすごいなって思ってたの。そんな簡単に、来たらいい、なんて」
「あはは、そんなことッスか! 今こうして皆別の世界から来てるんだから、来れるかもしれないじゃん!」
 なんでもないことのように言うティーダはやっぱりすごいと、ティナは表情を綻ばせる。
 きっと皆と、ティーダと一緒だったら、どこに行ってもお祭りのように賑やかで、楽しいのだ。

 ――――――

 たとえどんな世界でも。

お題:お祭り騒ぎ『絶対運命』


710

「ティーダ」
「…………」
「ティーダ、ちゃんとこっちを向け」
 腕に包帯を巻いてやりながらそう言えば、ようやくのろのろと顔をあげる。叱られた子犬のようにしょげた表情に、思わず絆されそうになるがそこはぐっと我慢だ。
「俺は、無茶をするなと言ったな」
「……うっす」
「レベルの高い敵と会った時は、無理せず逃げろと」
「…………っす……」
 再び俯き小さくなっていく背中にため息を吐くと。包帯を結び終えてぽんと叩いてやった。
「痛ぁーっ!」
「……まあ、その程度で済んだなら、よかった」
 くしゃ、と少し傷んだ金髪をかき混ぜてやれば、青い海の瞳がこちらを見た。
「ごめん……っす……」
「……ティーダはいつも無茶をするな」
「……でもオレ、ちゃんと自分なりに考えて……」
 ティーダの行動を全て批難するわけではない。けれどその戦いぶりはいつ見てもはらはらするもので。
「信用してないわけじゃない」
「うん……」
 本当は、ただの自分のわがままなのだろうとクラウドは思う。
 けれど、できるだけ、自分の目に届く、いつでも助けてやれる範囲にいて欲しい。
 これはただの過保護なのだろうか。それともまた別の感情があるのだろうか。

「……いや、悪かった。俺は、ついお前を心配しすぎる」
「そんなことないッス! オレまだ弱いししょうがないッス!」
 そうは言うものの落ち込んでいるのは明らかで、苦笑しながらおでこをこつりとあわせた。
「もっと自分を大事にしてくれ」
「……うん、ごめん」
 謝ってばかりだったけれど、クラウドが笑えばティーダもまた、笑い返した。
 ティーダは強い。けれど時には、普通の戦士では考え付かないような無茶な戦い方をする。
 だからまだまだ、目が離せそうにない。

 ――――――

 心臓が持たない。

お題:無茶『絶対運命』


810

「あれ、珍しいね。スコールが訪ねてくるなんて」
「……あいつはいるか」
「あいつ?」
(というか何であんたらがここにいるんだ……)

 ノックしたのは、フリオニールとティーダが使っている二人部屋であって、決して目の前にいる保護者組の部屋ではない。
 ちらりと部屋の位置を確認するが、やはり間違ったわけではない。

「あぁ、僕らは明日の予定を話し合うためにここに来たんだけどね。ティーダが怪我を隠してて、フリオニールもそれを知っててこっそり治療してたからちょっとお説教を」
「フリオニール、お前も年上なんだからしっかりティーダを」
「うう……すまない」
「何なんスかその扱いー! 一つしか違わねっつの!」
 セシルとクラウドの隙間から見えた二人は見事に正座をさせられていた。仮にも同い年と年上なのだがなんとも情けない姿である。

「あ、そういえばティーダに用事があるんだっけ? 邪魔しちゃ悪いから僕らは出て行こうか。おいでフリオニール」
「ああああなんでフリオだけ! ずるいッス!」
「おい待てセシル、俺は別に」
 何を勘違いしたのか爽やかな笑顔を向けて部屋を出て行くセシルと、よく分からないままついていくフリオニール。……と。
「………………」
 何やら値踏みするような目でじろじろと人を観察し、小さくため息をつくクラウド。なんだそのため息は。
「ティーダ、話が終わったらすぐに、すぐに向こうの部屋に来るんだぞ」
 それだけ言うと部屋を出て行く。すぐに、を二度言う必要はあったのか。いや、今はそれどころではない。これは重大な勘違いだ。
「おいティーダ」
「あ、スコールもう立ってもいいッスよね!? 二人いなくなったし!」
「あ……ああいいんじゃないか」
「うおおおお痺れたああああの二人容赦ないんスよー! 助かったッス!」
 ごろごろと転がりながら足を抱えるティーダに笑顔全開で礼を言われてたじろぐ。違うそうじゃない。用事があったのはフリオニールの方で、前に欲しがっていた素材が偶然手に入ったから交換しに来ただけなのだ。
 正直ティーダは同い年とは思えないくらい落ち着きがないし子供っぽいしやたらスキンシップは過剰だしであまり得意ではない。もちろん嫌いではないが、ちょっとだけ苦手だ。多分。
「で、用事って何スか? あ、ひょっとしてこの前のことまだ怒ってるんスか?」
「(この前……?)いや俺は」
「ていうかセシル達もわざわざ出て行かなくてもいいのになー。二人きりになんて気を使わなくても……はっ! まさかスコール……オレに告白……」
「するか!!」

 ああ、もう。だから本当にこいつらと来たら。

 ――――――

 俺の話を聞いてくれ。

お題:通じない思い『絶対運命』


910

「あれ、ティーダどこに行くんだ?」
「ジタンのとこー!」
 朝からぱたぱたと元気よく走る音がする。
 部屋に近づいてくる音を聞きながら、ジタンは鏡の前で身支度を整える。
「ジッターン! おはよーッス!」
「おう、おはよーティーダ! 今日も頼むぜー」
(朝からうるさい……)
 朝に弱いらしいスコールはやや不機嫌そうに元気いっぱいの挨拶を聞き流しながら服を着替える。バッツはまだ爆睡中だ。
 それは最近ではすっかり日常と化した光景だった。
「はーい今日はどうするッスか」
「男前な感じで頼む」
「いつも通りッスね!」
 からからと笑いながらティーダが椅子に座ったジタンの髪を手に取る。これが最近の日課だ。
「しっかしジタンはいつ来ても身支度きっちりしてるッスね~」
「そりゃ、朝からレディにだらしないカッコ見せるわけにはいかないからな」
「さすが!」
 他愛のない話をしながらもティーダの手は淀みなく髪を梳き、束ね纏めていく。
 ティーダのささやかな特技を知ったのは偶然だった。戦闘中に解けたリボンに気付いたティーダが、戦いが終わったあとで手早くなおしてくれたのがきっかけだ。
 大雑把そうな性格とは裏腹に、当たり前のように左右対称、綺麗に結びなおしてくれたのに酷く驚いたものだ。
 それ以来、ティーダに髪を結ってもらうのが気に入って、こうして毎朝来てもらっている。
「こういうのできると女の子に喜ばれるんスよ。それにエースは身だしなみだって気を使わないとな!」
 元の世界ではティーダもなんだかんだで女の子とよく遊んでいたらしい。とは言えこういう細かなことをやるのは基本的に好きなようで、よくフリオニールも遊ばれている。
「フリオとかオニオンにもリボン結んでやるっつーのに恥ずかしがってさーつまんねッスよ」
「ティナにはしてやらねぇの?」
「それはオニオンの役目ッス」
「しょーがないからオレで我慢しなさい」

 もそもそとバッツが起きだす横できゅ、とリボンを結ぶ音がする。
 鏡を持ち確認すれば、今日も綺麗に整えられた金糸の髪。
「どうだ? 今日もかっこいいだろ」
「完璧ッス!」
 二人で笑いながら、パチンと手を合わせた。

 ――――――

 モテる男。

お題:解けたリボン『絶対運命』


おやこ

「いい加減倒されろよっ!!」
「はっ、まだまだ甘ぇな!」
 金属のぶつかり合う鈍い音が響き渡る。負けじと張り上げる声はどこか楽しげだった。
 この親子にとっては最早日常茶飯事の光景。ティーダが蹴りつけたボールを軽々とキャッチしてみせると、ジェクトは器用に人差し指の先で回す。
「ひよっこめ。オラ」
「るせーオヤジがパワー馬鹿なだけだろ!」
「お、まだまだ元気みたいだな」
 投げ返されたボールを憎憎しげにキャッチすると、再び交差する剣と拳。と、時々ボール。
 そんな二人の壮絶な親子喧嘩の最中に、高く澄んだ音が響き渡った。その指笛の音に真っ先に反応したのはティーダで、剛速球を投げつけたあとに音のした方向に向かって手を振る。
「おーっすユウナー!」
「二人ともー! そろそろお昼だよー!」
 走ってきたのか、僅かに息をはずませながらも声を張り上げて呼ぶユウナの元に、少し名残惜しそうにしながらもティーダは走っていく。
 避けたボールを拾いながらジェクトもぽりぽりと頭をかく。やはりこちらも、名残惜しいらしい。
 しかし放っておいたらこの二人、朝から晩まで休むことなく戦うのだから目が離せない。
「二人とも、本当によく体力が続くよね」
 くすくすと笑うユウナにティーダも照れたようにつられて笑う。けれどすぐに少し後ろを歩く父を睨みながら。
「飯終わったら再戦だかんな! 逃げんなよ!」
「誰が逃げるってんだ。おめぇこそ体力続かなくてギブアップなんてすんなよ? スピードばっかでヒョロヒョロだからなおめぇは」
「パワー馬鹿のあんたに言われたくないっての! そっちこそ年のせいで体力落ちてんじゃねぇの!!」
 早く戦いの続きがしたくてうずうずしているのは誰の目にも明らかだ。
 この親子にとっては戦いもコミュニケーションの一つ。
 戦っていなくても口喧嘩が絶えることのない親子に、ユウナは一人こっそりと肩を震わせるのだった。

 ――――――

 十年分付き合ってもらわないと。

お題:体力自慢『絶対運命』


キマリ

 ふと、ガガゼト山から吹き降ろしてくる風の中に知った匂いを見つけて、キマリは顔を上げた。
 共に過ごした期間は短かったけれど、しっかりと鼻が覚えている、陽だまりと僅かな海の香り。

『キマリなら何も言わないと思ってさ。アーロンのことも最初から知ってたんだろ?』
 シンとの最終決戦も間近という頃にかわした会話を思い出す。
 最初の頃は頼りなかったが、旅をするうちに腕を上げ、精神的にも肉体的にも逞しくなった少年はユウナと心を通わせ、彼になら任せても大丈夫だと、思っていたのだが。

『上手く説明できないんだけどさ、シン倒したらオレ……スピラにはいられない。ユウナの傍にいて、守ってやれない。あ、アーロンはこのこと知ってるっつーか、いなくなるのはオレと一緒っていうか……うー』
『…………』
『だからえっと、オレがこんなこと言うのもなんかおかしいんだけどさ……オレがいなくなったら皆……ユウナもびっくりすると思うからさ、後のこと、キマリにお願いしときたくて……』
『…………』
『ほら! さっきも言ったけど、アーロンのこと知ってたのに何も言わなかったし動じなかったし、強いし信頼できるし……いや、他の人が信頼できないとかじゃなくって! えーと……』
『わかった』
 短い了承の言葉に少年は驚いたように目を見開いたまま固まった。ゆらり、とキマリの長い尻尾が揺れる。
『キマリはユウナのガードだ。ガードでなくとも、ユウナのことは守る』
『そ、だよな……あはは、オレが言うまでもなかったッスね。でも一応、伝えておきたくて。いきなりいなくなったら、さすがのキマリだってびっくりするだろ?』
『する。今もしている。キマリも、お前がいなくなるのは悲しい』
 いつにもましてストレートな物言いに、少年は小さく笑う。驚いたと言いつつもその表情にあまり違いは見られないだろうが、短い期間だったとしても共に過ごした少年にはその微妙な変化が読み取れたようだった。
『……でも何も聞かないんだな。どうしてとか、嘘だろ? とか思わない?』
『お前はキマリの友だ。友の言葉をキマリは信じる』

 目を丸くして、ふにゃと口元が歪んで、誤魔化すように笑いながら頭をかいた。彼の表情の豊かさは、キマリにとって眩しく、憧れるものであった。
『へへ、照れるッスねー。ありがとな、キマリ』

 すぐ近くに気配を感じて思い出から意識を引き戻す。
 シンを倒してしばらくは気丈に振舞うユウナを傍で守り続けた。
 今はロンゾの族長となって常に共にいることはできなくなったが、いつでも彼女の身を案じている。
「ユウナは、今でも時々お前を探している」
 傍にある気配が苦く笑ったような気がしたが、キマリは雪のなくなった霊峰を見上げながら確信を持って言う。
「だがユウナは強い。お前がいつでも傍にいることにも、すぐに気がつくだろう」

 何かが走り抜けたように、小さな風が通り過ぎる。
 風にのって、「ありがとう」と聞こえた気がした。

 ――――――

 親愛なる友へ。

お題:Dear『絶対運命』


おやじ2

「今日さあ」
「あ?」
 海に面した大きなガラス戸は開け放たれ、心地いい風が入ってくる。
 完全なオフの日。家でのんびり過ごすのは別段珍しいことではない。
 今日も軽くランニングして、シャワーを浴びてさっぱりした。なんとはなしにリビングの、別々のソファに身を預けながら、ティーダは雑誌、ジェクトは電子新聞をチェックしているところだった。
「夢みた」
「ふーん」
 お互い目の前の文章からは目を離さずに会話する。異界に来てからというもの、ぎこちないながらも親子という形を取り戻しつつあったが、やっぱりまだ気恥ずかしさも抜けていなかった。共に過ごせなかった十年、スピラであった事を思い出せば、それは無理もないことであったかもしれない。
「アンタがオレに『殺してくれ』っていう夢」
「…………」
 それは、本当に夢なのだろうか。とジェクトは目を伏せた。
 それは確かに、事実として起こった出来事だったからだ。

 大切な息子に、負いきれぬ咎を与えてしまった。だからとて、謝ってすむような問題ではないことなど分かりきっている。
 だからジェクトは、あえて憎まれ口をたたく。
「オレ様がおめぇみたいなひよっこにやられるワケねぇだろが」
「…………」

 今度はティーダが黙ってしまった。まずいか、とジェクトがそわそわと落ち着かなくなってきた頃にティーダは唐突に立ち上がる。そのままローテーブルを避けるように歩き、ジェクトの座るソファにやや乱暴に腰を下ろした。
「何だよ」
「うっさい馬鹿オヤジ」
 普通に座っているジェクトに背中を預け、横向きでソファに体を預けるティーダは、足を伸ばして肘掛の上に乗せるというなんとも行儀の悪い格好だ。そのままの姿勢で再び雑誌に目を落とす。
「馬鹿とはなんだ馬鹿息子」
「ばーかばーか」
 子供か。突っ込みかけたが彼は紛れもなく、まだ子供だ。少なくとも、ジェクトの中では、まだ。

「……わーったよ」
 少し身じろぎすると、ティーダの体が凭れている側の腕を持ち上げて、金に染めた髪をくしゃりと混ぜた。
「……ばか」
 そのまま、寝不足だったティーダが眠りに落ちるまでジェクトは頭を撫でるのをやめなかった。

 ――――――

 もう二度と。

お題:殺して欲しいと願われて『絶対運命』


ワッカ

「すまん!」
 唐突に謝られて面食らう。色々と考えることがあって、夜風に当たろうとふらふら外に出たらワッカもいたのだ。
 部屋に戻ろうかという選択肢もあったが、気付いたワッカに手招きされ、一緒に話をしながら歩いていたら突然頭を下げられたのだ。驚かないほうが難しいだろう。
「い、いきなり何だよワッカ。何かあったのか?」
「一度、ちゃんと言っておかなきゃと思ってよ」
 体を起したワッカはばつが悪そうに頭をかく。いつにもまして真面目な態度に、ティーダも自然と真剣に向き合う。
「今更、ではあるんだけどよ……俺はお前に弟を見てた。初めて会った時から……あれでも必死に抑えてたんだけどな」
 突然現れた少年は、ワッカの弟、チャップが死んだのと同じく、海からやってきた。年の頃も同じ程度、顔立ちもそっくりだった。遺体を見ることなくただ死んだという事実だけを突きつけられたワッカにとって、 ティーダの存在はあまりにも……重ねるのに適していた。
「あいつにやった剣を譲ったりして……あいつとお前を重ねて見ていた。お前に親切にしたのだって、きっとそういう気持ちから来てたんだと思う」
「ワッカ……」
「すまなかった! それに、ザナルカンドから来たって話もずっと疑って……」
 再びワッカの頭が下がると、はあ、と小さなため息が聞こえて、次いで頭をこつんと小突かれた。
「ほんっと今更ッスね! そんなこととっくに知ってるし今更謝ってもらうようなことでもないって!」
 そこにあるのは怒りではなく、少し呆れたような笑いだ。しょうがないなぁなんて、駄目な兄貴を見る弟のような目だ。
「……へへ、わりぃな。やっぱり、ちゃんと言ってすっきりしておきたくてよ」
「でもワッカ」
 くるりと背を向けて、ズボンのポケットに手を突っ込みながら手近にあった石を蹴る。
「オレにとってワッカに拾ってもらったのは、すげぇ幸運なことだったよ。弟のことがなきゃ、さすがのワッカでもあんなに親身になって面倒みてくれなかっただろ?」
 そうなのだろうかと、自問してみても答えはわからない。例え弟に重ねて見ていたことが罪だったとしても、それでティーダを救えたというのなら、それはワッカにとっても僅かな救いであった。
「それに、シドのおっさんに謝ってた時も思ったけどさ、ワッカはすげぇと思うッスよ。自分が間違ってたとか悪かったって受け入れて、面と向かって謝れるって、すごいと思う」
 星明りだけの夜道でも、ティーダが笑ったのがはっきりとわかった。ワッカにとっては、ティーダの青さと真直ぐさこそ、羨ましい。
「ま、不安だったってのもあるけどさ、オレ一人っ子だったから、兄貴できたみたいで嬉しかったッスよ」
 ありがとな、と言われて、なんだか体がぽかぽかしてくる。なんだかとても青いことをしているようで、気恥ずかしくも嬉しい。
「照れるからやめれ!」
 いつかの夜に言ったのと全く同じ台詞を言いながら、二人で笑いあった。

 ――――――

 青春。

お題:照れたように笑う顔『絶対運命』


アーロン

「おい」
 いつもそれは、ドア越しに聞こえていた。
 毎日のようにやってきては、お決まりの質問をしてくる。
 『食事はとったか』『風呂には入ったか』『勉強はしたか』『困ったことはないか』……そんなところだ。
 母親が病で倒れてしばらくしたころに彼はやってきた。
 ザナルカンドでは見慣れない変わった服を纏い、片目に傷を負った男は見るからに怪しかったし、大嫌いだった父の知り合いだなどと言うものだから、警戒するのは仕方のないことだった。
 今にして思えば、ああやって声をかけてくれる者がいなければ、己も遠からず母と同じく床に臥していたかもしれない。
 だから彼には感謝しているのだ。ただ、その言葉を素直に言えたことは殆どないのだけれど。

「おい、ちゃんと家事はできているのか? 埃がたまってるんじゃないか」
「姑みたいなこと言うなよなーアーロン」
 まったく貴様ら親子ときたらだのなんだのぶつくさ言いながら手伝ってくれるアーロンは昔から変わってない。
 ――否、正確には変わっている。
 昔は、子供だったころは、父に頼まれたからこそ、死んでもザナルカンドに来てくれて、面倒を見てくれたのだ。
 今やその枷はもうない。自分の好きなように暮らせばいいのに、彼はここへやってくる。長年の付き合いで多少の情もあるのだろうが、もう習慣づいてしまったのだろう。真面目な彼らしいことだと、つい口角が上がる。

「何を笑っている」
「べっつにー」
 肩をすくめて作業を再開する男を、邪魔するつもりはなかったけれど呼んでみた。
 あの頃、スクールに入るより前。一人でいた自分の名を呼んでくれたのはいつも彼の声だった。
「なんだ」
「あのさ……」
 いざとなるとやっぱり気恥ずかしくて、なんでもないとそっぽを向いてしまう。
 アーロンがいてくれたから、今の自分がこうしてある。
 だから、ありがとう、と。

 何も言わなかったのに、アーロンが小さく笑った気配がした。いつだって、何も言わなくたって、彼にはわかってしまうのだ。

 ――――――

 アンタがいてくれたから。

お題:呼び声『絶対運命』


おやじ3

「ちっちぇえなぁ……」
 目の前で懸命に小さな手足をばたつかせる、これまた小さな赤ん坊を眺めながら、ジェクトは頬が緩むのを自覚した。
 だって仕方がない。生まれて間もない、血を分けた息子。かわいくないわけがない。
 そっと手を伸ばしてみれば指先をくりくりとした目が追いかける。
 指の腹でおでこや頬を撫でる。すべすべとした子供特有の柔い肌を、傷つけてしまわないかと最初は随分恐れたものだ。
「あ」
 小さな、本当に小さな、紅葉のような手。
 それが、離れようとした指先を掴んだ。
 一般人よりも随分と太くごつい指は、その小さな手ではとてもじゃないが握れない。指先を包むくらいしかできなかったけれど、ぐっと握る力は確かにあり、なんだか嬉しくなった。
「なんだよ、まだ行くなってか?」
「あー、あ」
 まだ言葉を喋れないが、懸命に何かを伝えようとしているかのように声を発し、握った手をぱたぱたと動かす。
 抱っこしてあげたら、と言われたので、恐る恐る抱き上げてみる。何回やってもなかなか慣れないものだ。
 あまりに小さくて柔い体は、自分が持つと壊してしまうような気がして。
「ほんとちっちぇえなぁ。ブリッツボールより軽いんじゃねぇのか?」
 冗談めかしてそう言えば、意味は分からないだろうに息子も笑った。
 いつか、この紅葉のように小さな手も、ブリッツボールを掴めるくらい大きくなるのだろうか。
「楽しみだな」
 腕の中の温もりを抱きしめながら、幸福感に満たされていた。

「――って、昔はあんなに可愛かったのによぉ」
「あ? 何言ってんだよ。掃除の邪魔だからどけって」
 避けながらも実の父に対して随分な物言いじゃないかと不満気な視線を送ってみるが、本人はどこ吹く風と掃除に勤しむ。
 紅葉のようだった手も、体も、今ではすっかり大きくなった。
 当然、ブリッツもできるようになった。
 かつて夢見た光景を目の当たりにして、心を満たすのはやはり幸福感。
「何にやにやしてんだよ」
 生意気なことばかり言うようになった口も、ジェクトにとっては可愛いものなのだ。
「やっぱ、ジェクトさんちのおぼっちゃまは可愛いなと思ってよ」
「はぁ!? 意味わかんねっての!」
 ぷいとそっぽを向くティーダが本心から嫌がっていないことを知っているから、今度は声を上げて笑うのだった。

 ――――――

 親ばか。

お題:紅葉『絶対運命』


おやじ4

「何見てんだぁ」
「あっ! 返せよ!」
 ソファに転がりながらティーダが読んでいた雑誌をひょいと取り上げる。
 表紙には『はじめよう! 一人暮らし』や『ペット可物件豊富』などの売り文句が躍っている。賃貸物件の雑誌だった。
 思わず顔を顰める。そんな反応はティーダも予想していたのか気まずそうに眉根を寄せつつ雑誌を取り返そうと手を伸ばす。
「……あんだよ、一人暮らししてぇのか」
「見てただけだろ! 返せってば!」
 背の高い自分が立ち上がり手を上げてしまえば容易には届かない。その差に悔しがりながらもどこか後ろめたそうな空気を纏っているのはやはり一人暮らしをしたいと考えているからなのだろうか。
 それをすること自体に反対するつもりは、ない。一応。もうプロのブリッツ選手で稼ぎもある。一人暮らしは充分にできる生活能力もある。
 だが気持ちとしては、『冗談じゃない』といったところか。
 失った十年間をようやく、少しずつでも埋めてきたというのに。一人暮らしなどされては会える時間が極端に減ってしまうではないか。
「……ほんとだって。別に出てったりなんか……」
 今度は逆にティーダの方が拗ねたように俯いてしまった。いつもぎゃんぎゃん向かって来るくせに、こうして時折しゅんと引っ込んでしまう。 ティーダが子供の頃からそれは変わらず、どうすればいいものかと戸惑ってしまう。とりあえず根元が黒くなってきた旋毛にぽんと雑誌を乗せてやればものすごい勢いで引っ手繰られた。

「つーか! アンタみたいな家事能力0の奴一人にして家燃やされでもしたらかなわねぇし! しょうがねぇから面倒みてやってんだ感謝しろ!」
「……へーへー。ありがとうございますってな」
「精々オレに愛想尽かされて出て行かれないようにもうちょっと努力しろっての!」
 金の髪の隙間から覗く耳が赤い。息子の精一杯の照れ隠しで、自分の心配が杞憂に終わって安心していると、雑誌をテーブルに放り投げたティーダがぽつりと呟いた。

「……それに、一人暮らしなんてもう充分やったっての」

 ――――――

 十年分。

お題:LDK『絶対運命』


ユウナ

 夜中に吹くのは迷惑かなぁと思いながら、村から離れた海岸だしいいかと、指を口にあてる。
 凪いだ海に満月が映りこむ風景に、高く澄んだ音が鳴り響く。
 寝つきが悪くてちょっと散歩に出たのだけれど、こんなに綺麗な月夜なら出てきてよかったとも思う。
 浜辺に打ち寄せる波の音と、風が木々を揺らす音以外は何もない静かな空間で、指笛の音だけが少し異質だ。

 今でも時々指笛を吹いてしまうのは、未練がましいと言えばそうなのかもしれない。
 以前は会いたいという気持ちで吹いていたけれど、今は、定例報告とでも言うべきか。
 自分は今日も元気で過ごしたとか、こんなことがあったんだとか、そういうことを思い浮かべながら、吹く。

 きっとこれから、新しい出会いもあるんだろう。それでも、この指笛をやめることはないのだろうと思う。
 いつまでも褪せることのない、自分を形作る大切な思い出だから。

 風が少し冷えてきて、そろそろ戻ろうかと踵を返した時にそれは聞こえた。
 静寂に落ちる、一つの音。
「うん」
 誰に言うでもなく、自然と声が出ていた。
 止めていた足を再び前へと進める。なんだかいい『夢』が見られそうな気がした。

 そういえば、以前あの音を聞いた時に、傍にいたキマリも耳を欹てていたようだった。
 もしかしたら彼には、もっと前からあの音が聞こえていたのかもしれない。
 今度会ったら訊いてみようか。そう思いながら、村へと戻る道を歩いていった。

 ――――――

 大切な音。

お題:静寂の中の音『絶対運命』


リュック

「やっぱアルベド回復薬はよく効くッスね~」
「ふふーん。アルベド族の知恵が詰まってるからね!」
 得意げに語りながらリュックはてきぱきと怪我の治療を施していく。
 薬だけではなく、砂漠ならではの病気や予防策の知識についても教えてくれる。
 いつもの回復役であるユウナがいないため、またこの砂漠はリュックの故郷でもあるため、いつも以上に頼もしいリュック。
 道案内に不安は残るものの、このまま干からびることはなさそうだ。
「この薬って何で出来てるんだ?」
「うーんとサボテンとか……モノによってはモンスターの体液とかも使ったりするんだよ」
「うげ、モンスター!?」
 あからさまに顔を顰めたのを見咎めると、リュックはぴっと人差し指を立てる。
「そんな顔しない! それに砂漠に住んでる生き物は皆生きるのに必死だからね。薬も強力なのできちゃうよ!」
「なーるほど。だからリュックもしぶとそうなんだな!」
「どーいう意味!」
 うんうんと頷くと当然リュックは不満そうに眉を寄せながら、治療したばかりの腕をぺちんと叩いた。
 ぴりりと痛む傷に苦笑しながら風に舞う砂を見る。たしかにここは生きていくには厳しい土地だが、それでも、人も動物も植物も生きている。

「スピラはさ、どこに行っても元気ないっていうか、無理してるように感じること多くてさ。でもアルベドの人たちはなんか違うんだよな。不屈の精神っつーか……禁止されてる機械も使ったりしてるし」
 視線を戻すとリュックが目を丸くしている。変なことを言っただろうかと思っていると、小さく噴出して笑った。
「あはは、ありがと。ほんとにチイは、スピラの人じゃないんだねー」
「それ、ルールーにも言われた」
「そ? でも、本当だよ。スピラにはチイみたいな考え方する人全然いないもん。……だから最初疑って悪かったなぁって」
 砂漠の熱風は日陰にいても徐々に体力を奪っていくが、反面夜は冷え込む。あまり悠長にもしていられないと砂を払って立ち上がる。
 相変わらずワッカはリュックに対して微妙な視線を送っているものの、リュックは努めて明るく振舞った。
「よーし! チイには特別に疲れも吹っ飛ぶ薬を処方したげるよ~。それは~リュックちゃんの愛情!」
「あ、そういうネタいいッス」
「ひっど! そこはノってくとこでしょ~!?」
「あはは! ゴメンゴメン」
 無理してではなく、自然に笑い小突きあうのを見ながら、後方でルールーが苦笑して肩を竦めた。

 ――――――

 万能薬。

お題:どんな病も治せる薬『絶対運命』


フリオ2

 ふとした瞬間に、世界ががらりと変わることがある。
 フリオニールがそれを知ったのは、ごく最近のことだった。

「……リオー……」
(どうしたものか……)
「フッリオニール!」
「うわあああ!!」
「へっへー驚いた? フリオってば全然気付かねーんだもん」
「ティーダ! お、重いから早く降りろっ」

 いつものように花屋でバイトをしていたフリオニールはエプロンで手を拭きながら首に絡んだティーダの腕を押し退けた。
 声をかけられたことにも気付かないほどにぼんやりとしていたらしく、作業の手もすっかり止まっていた。
 ぶーぶーと口を尖らせるも、大人しく離れたティーダにほっと息を吐きつつ、こうなってしまったことの原因を思い出す。

 一ヶ月後には卒業する三年生、つまりフリオニール達。卒業式まではまだあるものの、全員が集まれるうちに遊ぼう! そんなノリで仲の良いいつものメンバーでめいっぱい楽しんだ。
 その時の、カラオケに行った時のことだ。確かバッツの発案で、王様ゲームをやろうということになった。
 そんな合コンみたいな……と思わなくもなかったが、皆盛り上がっていたし止める者はいなかった。
「やっりー王様オレ! ちゅーだちゅー! 王様ゲームと言ったらやっぱこれだろ。2番と10番がちゅー」
 当然酒は飲んでいないものの、雰囲気に酔っているのかテンションが上がっているだけなのか王様になったバッツがそんな命令を下した。
 レディだったらどうすんだよ! というジタンの鋭いツッコミは杞憂に終わり、(さらに「女じゃなければいいのか」というスコールの心のツッコミも無視され)指名された番号を引き当てたのはティーダとフリオニールであった。
「おっ、フリオが2番ッスかー。ふっふっふ、オレのテクはすごいッスよ?」
「えっ、あ、いやっバッツ! 冗談だよな!?」
「皆、王様の命令はー?」
『ぜったーい』
「つーことで大人しくするッスよフリオ!」
「ちょっ……」
 皆の囃し立てる声もどこか遠く聞こえ、フリオニールには自分の肩に手をかけて顔を近づけてくるティーダから目を離せない。
 馬鹿みたいに心臓が跳ね、耳まで赤くなっているのが自分でもわかるくらいに緊張していた。

 けれど、男同士で、なんて嫌悪感は微塵も湧かなかった。
「っ」
 いよいよティーダの唇が間近に迫ったことで耐え切れずに目を閉じた。
 かさり、と音がして、唇に乾いたビニールのような感触と、それ越しに柔らかいものが押し当てられるのを感じる。
 うおーだとかきゃーだとか歓声を上げる周りにつられて目を開けると、キャンディの包み紙を持ったティーダが笑った。
「初めては盗らないであげるッス」

 その後のことはもうあまり覚えていないけれど、あれ以来変わってしまった。
 あの瞬間から、友達、親友と言ってもいいほどに近かったティーダとの距離を、意識するようになってしまった。自覚がなかっただけで、今までがあまりにも近すぎたのだ。
 ティーダといるとどきどきする。楽しい。嬉しい。もっと傍にいたい。頭を撫でて、抱きしめて、もっと触れたい。
 あれ以来消えてくれない感触を思い出しながらそっと唇をなぞる。ティーダが傍にいれば必ず目が行く。唇だけじゃなく、首筋、耳、うなじ、背中……いろんな箇所を、その動きをつい眺めてしまう。
「フリオ?」
 きょとんとした顔で少し高い位置にあるフリオニールの目を見上げるティーダにごくりと喉が鳴りそうになる。
 正直、まだ戸惑いはあるものの、何のはずみでバレてしまうというのはフリオニールとしても避けたいところなのだ。
 ならいっそ、思い切って伝えてしまおうか。そう考える自分も確かに存在するのだ。
「あのな、ティーダ……」
 きっと遠からず、この想いは溢れてしまうだろうから。

 ――――――

 気付いたら止められない。

お題:この気持ち、隠しきれない『絶対運命』


親子5

 一人には慣れたはずだった。

「ただいまー」
 ブリッツの練習から帰ってくると部屋の中は真っ暗だった。誰もいないのだから当然だ。
 ぱちんと壁にあるスイッチを入れると、そこそこに片付いた、しかし所々雑誌やら部屋着が放り出された部屋が照らし出される。
 小さくため息をつくとそれらを拾ってもとの場所に、あるいは洗濯カゴに放り込む。
 ジェクトは今日試合だったはずだ。ティーダはスクールが終わった後そのまま自分のチームの練習に行ったから試合は見ていないが、今頃終わってインタビューでも受けているはずだ。
 はあ、と小さくため息をついた。……つもりが、随分と大きく感じたのは、部屋が静か過ぎるせいだ。

 十年。十年だ。

 両親を失って、時にアーロンが様子を見に来てくれることはあったけれど、あれからずっと一人でこの家に住んできた。
 誰もいない家に向かって「ただいま」だとか「いってきます」を言うことも、一人しかいないのに三人分の料理を作ってしまうことも、誰も使っていない部屋を掃除するのも、すっかり慣れたはずだった。

 けれど、全てが終わって、ジェクトと二人で暮らすようになって、実感した。正確には、思い出した。
「……はやく帰って来いよクソオヤジ……」

 この家は、一人で住むには広すぎる。

「っ!!」
 ポケットに入れていた携帯端末が震えだす。唐突に静寂を打ち破ったそれに驚かされた心臓をなだめつつ画面に出た名前を見た。
 一瞬驚いたが、慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『おう! おめぇもう帰ってるかぁ?』
「帰ってるけど……」
 電話の向こうはがやがやと喧しい。きっと打ち上げ会にでも行っているのだろう。随分と上機嫌なので、きっといい試合が出来たのだ。適当に返事をしてさっさと切ろうとしたら、心配するような声が聞こえた。
『……なんだぁ? 泣いてんのか?』
「はっ!? 泣いてねぇよ! なんだよいきなり』
『しょーがねーなー、泣き虫なおぼっちゃまのために今から帰るから酒のツマミでも用意しといてくれや』
「はあ!? だから泣いてねぇつってんだろ! 何でアンタはッ……ああくそっ!!」

 一方的に切られた電話に悪態をつくと、投げ捨てたい衝動を抑えながら心を落ち着ける。
「……なんだってんだよバカ。クソオヤジ」
 文句を言いながら、足は自然とキッチンへ向いてしまうのだった。

 ――――――

お題:淋しさを覚え『絶対運命』


親子6

「うーん……」
「お、どした。何か買うのか?」
 たまには手伝え! と買出しに連れ出されたジェクトは、息子の選んだ食材や日用品が入ったカートを気だるげに押している。
 ふと足を止めたティーダの視線を追いかけると、チョコやスナックといった菓子のある棚だった。
「ははーん、おこちゃまにはおやつが必要なのかねぇ」
「育ち盛りだから腹減るだけだっつの!」
 ふんと鼻を鳴らしてすたすたと歩いていくのを慌てて追いかける。特売の肉をぽいぽいと放り込むのを眺めながら肩を竦めた。
 年頃の息子はもう随分と昔からこんな風につっけんどんだ。母親を亡くして十年、父一人子一人で共に生きてきた。仲が悪いわけでは決してないし時に見せる甘えもかわいいものだが、もっと頼って欲しいというのが親心だ。
 ……と言っても、母の手伝いをしたり家事や食事には口うるさい友人の影響もあってか、家事はすっかりティーダの方が得意になってしまって、そういう面では大雑把な自分に頼れというのも難しい話であった。
「なんだよいいのか?」
「いらないって。最初から買わないつもりだったし」
 先ほど述べた友人の影響か、金に困っているわけでもないのにティーダは節約家であった。
 その理由を知ったのは、それから一ヶ月程後のことだった。

 やけに上機嫌で帰ってきたティーダの荷物が普段より多かった。ティーダの後ろに近寄ってひょいと鞄の中を覗くと、そこにあったのは明らかに有名なブリッツ専門店のシューズの箱だった。
「うわっ……!! 何勝手に!」
「なんだよ隠すもんでもねぇだろシューズなんて。にしてもえらくサイズが……」
ちらりと見えた箱に印字されたサイズはティーダのものより随分と大きいようだった。むしろそれはジェクトの足にぴったりのサイズで。
「……あーもう」
 乱暴に鞄を床に下ろすと、件の箱を取り出してずいと突き出した。
「今使ってるの、もう結構痛んできてただろ……だからいい加減変えろよ」
 ぽかんと呆気にとられて動けずにいるジェクトにしびれを切らしたのか、無理矢理箱を押し付けると鞄を持って部屋に行こうと背を向けた。
 慌ててその手を掴むけれど、普段から高い体温がもっと熱く感じられた。
 普段の態度とは裏腹に、随分と愛されていることを実感して自然と頬が緩んだ。
「なんだその……ありがとな。自分で買ったのか?」
「……だったらなんだよ」
 後で知ったことだが、ティーダは買い物をする時、きちんと家のものと自分の小遣いで買ったものとを分けて使っていたらしい。
 ブリッツのスター選手であるジェクトの稼ぎは相当なものでシューズなどすぐに買えたが、菓子や欲しいものを我慢したりと小遣いをやりくりしてティーダが買ってくれたものにどれだけの価値があるのか、考えるまでもない。
「オレだってさ……早く一人前になりたいんだって」
 だからオヤジには頼らない、と言うティーダを、随分と立派に成長したものだと感慨深く思う反面、子供が背伸びしているようにも見えてしまって苦笑した。きっと言えばまたへそを曲げてしまうだろうから、意地悪な言葉は飲み込んだけれど。
「ありがとな」

 ――――――

 甘えない。

お題:自己制約『絶対運命』


ルールー

 洗濯物を取り込み終わると、室内に戻って一息ついた。
 まだ臨月ではないとは言え、体には気を使う。ワッカなどは心配性で、すぐ「大人しくしてたほうがいいんじゃないか」などと言ってくるが、ずっと休んでいるわけにもいかないしまだまだ先は長いのだ。心配ばかりしていられない。

 ビサイドの特産品である色鮮やかな織物が所々に使われている室内をぼんやりと眺めていると、いつもそれに目が留まる。
 壁に飾られた一本の剣。
 水を切り取って作ったような美しい刀身は、泳ぐのを好んだ彼にぴったりだった。
 立ち上がってそっと触れれば、ひんやりとした感触。
 よく使い込まれているにも関わらずいつでも使えそうなほどに整えられているのは、ワッカが定期的に手入れをしているからだ。
 まるでいつ帰ってきてもいいかのように。

「ほんと……いきなり現れて、いきなりいなくなるんだから……」
 小さく、呆れたように苦笑すれば、記憶の中の彼が申し訳なさそうに頭を掻いて笑った気がした。
 あれからスピラは平和に……と言うにはまだ早いが、シンという死の恐怖に怯えることはもうなくなった。
 新しい時代に向けいざこざはあるものの、人々は笑顔を取り戻してきていた。
 最近では、シンの恐怖や、エボン教により真実が捻じ曲げられていたことを忘れぬよう、後世に伝えられるよう資料館を作ってはどうかという話も出ているらしい。
 もしそうなったら、シンを消滅させた伝説の召喚士……と、そのガードについても何か記述や肖像画などが残されてしまうのだろうかと思うと少々複雑な思いである。
 もしそうなったら、彼の名はそこにあるのだろうか。
「……私達は、忘れないわよ」
 この剣は、自由の象徴。
 スピラを、真の意味で死の螺旋から解放した英雄が残した、スピラが自由になった証。
 そのことを知っているのは、仲間たちと、ごく僅かな人だけであろうとも。

 初めて会った時のことを思い出す。死んだ恋人とよく似た顔立ちに酷く驚いたのは、ワッカだけではなかったというのに。
「……ま、アンタのことだからどうせ、また突然帰ってきたりするんでしょう?」

 と、その時外から騒々しい音が聞こえた。きっと少し前に飛び出していったユウナが乗っているアルベドの飛空艇だ。
 召喚士だった頃と比べて随分年相応に賑やかになったことを思いながら家を出ると、ちょうどユウナが走ってきたところだった。
 少し外に跳ねた髪。左右非対称のズボンに、彼が身につけるものによく見られたあのマーク。
 何だか本当に近いうち、彼が戻ってきそうな気がして思わず笑ってしまいそうだった。
「ルールー! 突然ごめんなさい! あのね……突然で悪いんだけど、よかったらあの剣……」
 とりあえずこの家出娘を軽く叱ってから、あの剣を取ってくるとしよう。
 飾るだけなんて意味がない。剣は、使われてこそ剣だ。

 ――――――

 自由になった世界で。

お題:自由の象徴『絶対運命』


英雄

「なーなーアンタって夢ある?」
 唐突な質問は刀の手入れをする動きを止めることなく聞き流す。
 そんな対応にすっかり慣れたのか尚もなぁなぁと呼びかける子供は、何故か自分に懐いている。と言うよりは、カオスの者達全員に気さくに話しかける変わり者だ。
 そもそもカオス陣営自体が変わり者の集まりであるから、大したことでもないのだが。
 ――ぱち、と目が合う。
 どんな返事を期待しているのかは知らないが、妙にきらきらとした目で見るのはやめて欲しい。
 しかし、夢。夢とはなんだろう。
 これから先やろうとしていること、その終着点を仮に夢であるとして、自分の考えを目の前の子供に分かりやすく噛み砕いて言うとすれば――。

「世界征服」
「えー。カオスの奴らってそんなんばっかッスね!」
 余計なお世話だ。
「ではお前は」
「オレ? うーんオレの場合夢っつうか目標みたいなもんだし……」
「……夢と目標は違うのか」
 僅かに首を傾ぐと、細い銀糸の髪がさらりと肩から滑り落ちた。何か可笑しかったのか、にこにこと笑う子供を訝しむと、なんでもないと首を振る。
「んー、目標は絶対やってやるー! ってさ、自分でなんとかする感じだけど、夢はもっと壮大? 可能性は低いけど叶うかもしれない……ほら、宝くじで一攫千金狙う~とかさ! 叶わないかもしれないけど希望は持てる! そういうのが夢じゃないッスか?」
「曖昧だな」
 で、あるとすれば、先ほど言った『世界征服』も夢ではなく目標であると言えるだろうか。この世界には興味がないが、元の世界ではそのためにあれこれと手を打ち計画を進めていたのだから。
 そもそも、夢などという、そんな曖昧で希望に満ち溢れたものになど縁はない。そう言ってやれば子供は「寂しい奴ッスね~」などと失礼極まりないことをのたまった。
「それで、お前は」
「何が?」
「目標」
「ああ!」
 忘れてたと言わんばかりにぽんと手を打つと、そのまま右の拳を前に突き出した。
「目標はもちろん、オヤジをぶっ倒す!!」
 やはりそれかと僅かに呆れたようなため息が出る。気付けば止まっていた手を再び動かし始めるが子供は続ける。
「ブリッツでエースになるってのはもうやっただろー。あとはー、あ、ブリッツでもオヤジ負かしてやんねぇとな! 負かすって言えばコスモス側にスコールっているじゃん? あいつにカードで負けたからリベンジしたいッス!  全部終わったら皆で夜のゲンコーガ見たいしー、ザナルカンドにも連れて行きたい。のばらの世界に行ってのばらの咲く世界が出来たかどうかも見たい!  ああそっか、皆の世界を見て回るってのもいいよな~」
 途中から目標ではなく夢に変わっているのはあえてスルーした。
「しかし、存在自体が夢幻の分際で夢を語るとはな」
「あ、ひっでー! 夢も希望もない奴に言われたくねーっての!」
「どれもこれも、叶いそうにない」
「でも、楽しそうだろ? あ、今目標一個できたッスよ。アンタの髪を三つ編みにしてやる!」
 にひひと笑いながら伸ばしてくる手を軽く払いながら、この子供をどうにかして大人しくさせようと目標を立てたのだった。

 ――――――

 逃げればすむ話なのに。

お題:私の夢・あなたの夢『絶対運命』


???

「まじッスか!」
 ティーダの元気な声が森の中に響く。
 ピンクのリボンが印象的な、優しい雰囲気を持つ女性はくすくすと笑った。
「本当だよ。クラウドちゃん、可愛かった」
「うあー見たいッス!」
「ふふっ。フリオニールなら誘惑されてしまうかもしれないな」
「あーゴクっ……の話だろ! また聞きたいッス!」
 白の魔装束を纏った白魔導士が柔和に微笑んだ。
 今日はこの二人だけだが、この世界には他にも何人もの話し相手がいる。
 彼らから聞く仲間の逸話はどれも興味深く、そして意外なものばかりだ。女装しかり、誘惑しかり……それらは共に旅をしてきた彼らだからこそ知りえることだ。
 そんな貴重な話を聞くことができるのは、自分が人ならざる身であることの証明でもあったが、それ以上に仲間の話を聞けるのが楽しくて、嬉しかった。
「今度クラウドに女装セット渡してみよっかな~」
「それ、賛成!」
「ティーダ? そこにいるのか?」
 がさりと茂みを揺らして出てきたのはクラウドとフリオニールだった。
 きょとんとした瞳はクールな彼にしては可愛らしい。フリオニールも不思議そうにあたりをきょろきょろと見回している。
「お前……誰かと話してなかったか?」
「いや、誰もいないッスよ。独り言聞こえちゃったッスか!」
 照れたように頭を掻くとそれで納得したのか肩を竦めるフリオニール。ぽんと軽く頭に手を置くと、行くぞと促すクラウドについて歩き出した。
「なあなあクラウド、女装したことある?」
「…………………………いきなりなんだ」
「いやークラウドって美形だから似合うと思ってさ! フリオなんか誘惑されちゃうんじゃないッスか? はやくきて……じらさないで……とか言って!」
「おおおおおお前なんでそれを……っ!」
「え、何が? まさかフリオ誘惑されたことあるんスかー?」
「ないっ! ないぞ!」
 慌てる二人が可笑しくてからからと笑いながら、そっと後ろを振り返ってウィンクした。
 後ろでは、女性と魔導士が笑いながら手を振っていた。

 ――――――

 ないしょの話。

お題:逸話『絶対運命』


イミテ

 運が悪いなぁ、と。
 相手の剣をすんでのところでかわしながらそう思った。
 すかさず地面を蹴って強烈な蹴りを食らわせる。冷たいガラスのような体は吹き飛び、岩場に激突した。
 自分と同じ姿をしたもの。イミテーションと呼ばれるそれは、よろめきながらもまた体を起す。
「――――」
 ガラスを摺り合わせたような無機質な声が何事かを呟くが、残念ながら聞き取ることはできなかった。
 再び向かってくるそれに剣を構えなおすと、一気に距離をつめた。

「オレさ、アンタらのこと好きじゃないけどでも、ちょっとは分かる気がするんだ」
 地に伏し崩れていく体を、少しだけ、寂しい気持ちで見送る。
「模造品(イミテーション)なんてさ。普通に生まれてきたんじゃなくて、人に創られたモノだっていうのは」
 イミテーションが偽物であるのなら、『夢』である自分もまた、本物ではない。
 自分を模したイミテーションは、真実ではない『夢』の存在の、さらに偽り。
 では真実とは、一体どこにあるのだろう。
「アンタが勝ったらオレになれたのかな」
 けれどそれもまた、偽り。
 どこまで行っても真実にはなれない彼らを、あるいは自分を、どこか憐れむようにため息をついた。
「……ううん、本当は関係ないんだ。偽物とか、本物とか」

 偽物でも、夢でもいい。
 ただ、一個の、自分という自我を、意思を持った存在でありたい。

 創られた人形、などではなく。

「さて、皆のとこ行かなきゃ」
 もう跡形もなく消えてしまった、イミテーションが倒れていた場所に背を向けると、自分を呼んでくれる人達の方へと走っていった。

 ――――――

 それは心というらしい。

お題:偽りの私『絶対運命』


英雄2

「お」
 ふわりと風に運ばれてきた香りに顔を上げる。
 ふんふんと鼻から息を吸い込み、僅かに甘いそれに目を細めた。
「……何をしている」
 何となく行動を共にしている……というよりは、少年が気まぐれについてまわっている男は、風に長い銀髪と黒い服を靡かせながら呆れたような視線を向けてきた。
「なんか良い匂いすんなーって。なんだろ?」
 ふいと前に視線を戻すとまた足を進め始める男。何だかんだで一緒に行動するのを拒否することもせず、あまつさえ今のように足を止めてくれさえすることもあるから、少年は随分とこの男に懐いてしまっていた。
「……金木犀、だな」
「ん?」
「……この香り」
「へえ! アンタでもそんなこと知ってるんスねー」
「どういう意味だ」
 なにやら馬鹿にされたような気がして、男はやや不愉快そうに眉をひそめた。少年はお構いなしにからからと笑うだけで、「そっかーキンモクセイかー」なんて言いながらその香りを覚えようとしているのか深呼吸した。
「うわっ寒っ!!」
 その時不意に強い風が吹いた。強く冷たいそれから逃れるように少年は男の背後に立つ。
「人を風除けに使うな」
「いいじゃん! アンタ無駄にでけーんだからさあ。つーか寒くないの?」
「……」
 もういいと言わんばかりにずんずんと歩き出す男に慌ててついていくが、ちらちらと舞うそれに気付いてまた声を上げた。

「っわ! なにこれ、雪!?」
 確かにこの世界には雪が積もっている寒い場所もある。だが今いる場所では降るはずがない。そもそも、雲ひとつない青空なのだから。
「……風花……」
「かざはな?」
 呟く男の隣に立つ。青空の下で舞う白の粒は、確かに『花』のようであった。
「山に積もった雪が強い風で吹き飛ばされて、花びらのように舞う、と」
「へえ……」
 日を受けて光るそれらは、おそらくすぐに消えてしまうのだろう。
「……私も見たのは初めてだ」
「…………へへ」
「?」
 急に笑う少年を訝ると、とんっと前に飛び出して雪と共に舞うように、くるりと振り返った。
「アンタ、いかにも戦うこと以外何も知りません、見たいなツラしてたからさ! 普通のことも知ってんじゃん!」
 何がそんなに嬉しいのか、飛び跳ねるように走る姿はまるで雪に喜ぶ犬のようだ。
 再び呆れたようなため息をつくと、その後姿を追うように歩き出した。残念ながら、まだ向かう方向は一緒のようだ。

 ――――――

 人間らしい一面。

お題:風が運ぶもの『絶対運命』


ヴァン

「なんだここ」
 なかなかに手ごわいイミテーション複数に追い回されてラグナ達とはぐれてしまった結果、カオスの領域ぎりぎりのあたりまで来てしまっていた。
 帰るための近道になりはしないかと、敵の気配が薄かった手近な歪に入ってうろうろしていたら全く知らない場所に出てしまった。

 白い砂浜。
 透き通った海の青。
 負けじと青い空と入道雲。
 真上からはじりじりと照りつける太陽。
「うわあ海だ……南国?」
 コスモスの領域にもカオスの領域にも……いや、カオスの領域はそこまで知らないのだが……どちらでも見たことのない美しい光景が広がっていた。
 ふと地図を取り出してみるが、やはりコスモス側の海岸沿いは大体歩いたことがあるし、カオス側にこんな場所があるとも思えない。偏見ではあるが、そもそもカオス側の領地には草木もろくに生えていないような場所ばかりなのでそう思うのも仕方のないことである。
「ぷはっ」
「うおっ!」
 穏やかな海面から突然水しぶきが上がったかと思うと、金の髪とよく日焼けした肌の少年が出てきた。
「ふうー……ん?」
 ぷるぷると犬みたいに頭を振って水滴を飛ばした少年がこちらに気付いた。酷く驚いた様子で「うおお! ひとーーーーー!!」なんて手を振っている。というか確か彼は、カオス側の人間だった気がするのだが。
「何やってんの。つかここどこ?」
「泳いでたんスよ。見て分かるだろー。で、ここはオレの秘密の場所。つかアンタ誰?」
「オレはヴァン。コスモスの戦士。秘密の場所だから地図にないのか?」
「オレはティーダ! 一応カオス側! うーん、なんつーか勝手に作っちゃったみたいな?」
「カオスって土地作れんの?」
 お互い敵であるということを全く気にも留めずのんきに会話を進める。ラグナならまだしもライトニングが一緒だったら即雷が飛んできたことだろう。
 ざぶざぶと浜辺に上がってきたティーダは砂が付くのも構わず腰を下ろしたのでそれに習う。
 どうやらカオスの戦士は一部の歪を改造し、自分専用の空間を作っているものが少なくないらしい。どこまで行ってもテントで野宿をしている自分たちにとっては羨ましい限りだ。
「でも普通は入ってこれないはずなんスけどねー。どうやって来たんだ?」
「なんか適当に歩いてたら。あんま覚えてないからもう来れないかもなー。つかオレ帰れるかな」
「なあヴァンって泳げる?」
「話聞けよ」
「まあまあ後で案内するからさ!」
 川で魚を捕ることもあったから泳ぐことはできる。そう言えば競争しようなんて無邪気に言われたものだから、つい釣られてしまった。
「やるからには本気でやるぞ。あ、オレが勝ったら何か貰うからな!」
「じょーとー! エースなめんなよ!」
 この世界にあるまじき平和で綺麗な場所に、テンションが上がってしまったのかもしれない。
 まるで旧知の仲のように、二人でたっぷりと、時間を忘れるほど遊んでしまったのだった。

「くっそーアイツ、プロの選手だなんて聞いてないぞー卑怯だ」
「……なんでお前はびしょびしょなんだ」
「あれ、ヴァン君そのリボンどした?」
「残念賞」

 あの後、何度か同じ歪を訪れることがあったけれど、あの場所へは一度も行くことはできなかった。

 ――――――

 まぼろしの海。

お題:地図にも載っていない『絶対運命』


フリオ3

「あ、おいティーダっ」
「ん?」
 フリオニールは首筋を掻いていたティーダの手を止めさせたが時既に遅く、血が滲み始めていた。
「あまり触るな、治りが遅くなるぞ」
「あー瘡蓋できてたんだ、どーりでかゆいと思った」
 普通の人間が見れば、なんでそんな所に傷ができているのだと思うような場所だが、それをつけたのは他ならぬフリオニール自身だった。
 申し訳なく思いつつも、できるだけ意識しないように首筋を拭い、消毒してやる。

 血には弱い。
 そんなことで戦えるのか? と思われるかもしれないが、そういうものとはまた別の話で、またそのことを知っているのは、今の所ティーダだけだ。
 ……言い換えれば、『ティーダの血に弱い』といったところか。
「……フリオー」
「なんだ?」
「ゴクって、鳴ってるッスよ」
「ぅっ」
 気をつけていたつもりが、どうやらダメだったらしい。
 悲しいかな、吸血鬼というものはなかなかに貪欲な生き物らしい。と言っても、他のものに言わせれば恐ろしいほどの忍耐であるらしいのだが。
「昨日丸一日吸ってないだろ? 倒れちゃうッスよ」
「ん……だがな……」
「遠慮すんなって! ほら」
 笑顔で両手を伸ばしてくるティーダの誘いに、結局はいつも甘えることになる。
 そっと首筋に顔を寄せると、ほのかに消毒のアルコールの匂いがした。
 軽く拭ったとは言え、瘡蓋が取れたところからまた滲んだ血を舌先でちろりと舐めると、それだけでぞくりとした興奮が全身に広がった。
 誘惑に負け牙を突き立てる。耳元をくすぐる苦しげな吐息に罪悪感を覚えながら、同時に熱く芳しい血にうっとりと目を細めた。

 ――――――

 いつまで経っても治らない。

お題:瘡蓋『絶対運命』


おやこ7

 試合に勝った後は気分がいい。
 もちろん、自分がいる限りこのチームに負けなどありはしないのだが。
 いつものように、試合後に仲間と夜の街へ繰り出す。サインを求める声に応えながら歩を進める。エイブスのファンはなかなかにマナーを遵守するのでしつこくもなく助かっている。
 酒を飲みながらする話は、今日の試合はやれ誰のパスがよかっただの、あそこはタイミングが悪かっただの、ちょっとした反省会や次の試合に向けての戦略会議といった意味合いもある。
 どこまでもブリッツ馬鹿な仲間達といるのを楽しく思いながらも、ふと思い出したように携帯を取り出して店の外に出た。かける相手は当然自分の息子だ。
 可愛い可愛いジェクト様のおぼっちゃまは別のチームに在籍している。今日は試合はなかったはずだからもう家にいるだろう。遅くなる時は連絡しなければうるさいのだ。
 ……なんて思いながらも、怒った顔も可愛いだなどと感じるのだから親馬鹿なのだということは重々承知しているのだが。

『もしもし?』
「おう! おめぇもう帰ってるかぁ?」
『帰ってるけど……』
 電話の向こうは息子の声以外何も聞こえない。何故か、誰もいない暗い部屋でぽつんと立っている姿を想像してしまう。
 幼い子供のころは、ザナルカンドの夜景を見ながら立っている背中にどうしたらいいか分からず、ぶっきらぼうな言葉しか投げかけられなかった。
 そう、いつも背中ばかり見ていた気がする。ちゃんと向き合って話していれば、少しは違ったのだろうか?

「……なんだぁ? 泣いてんのか?」
 そう言ったのは、覇気のない声があまつさえ震えているように聞こえたからだ。
 途端にむきになって言い返してきたのでその気配は消えてしまったけれど、今から家に帰るとだけ告げると仲間達に断って家路を急いだ。
 恐らく帰ったところでまたお怒りを買うだけなのだろうが、あんな声を聞かされては堪ったものではない。
 怒っていようが可愛い息子だが、泣かれるのはいつまで経っても弱いままだ。

 ――――――

 できれば、笑って欲しい。

お題:電話越しに聞いた声『絶対運命』


英雄3

「ぅおりゃ!」
「くっ」
 剣戟の音が軽快に響く中で、少年は楽しそうにコスモスの戦士と対峙した。
 対する銀髪の戦士は八種の武器を扱う器用な青年だったが、他のカオスの戦士と違って明るく邪気のない戦意を向けてくる少年に戸惑っているようだった。
 こちらはと言えば、三人ほど同時に相手をさせられている。本来戦うべき宿敵は、残念ながらいなかった。
 であれば戦う意味などないのだが、世界を救うのだか元の世界に帰るためなのだか、とにかくカオスを倒すという明確な目的を持つ彼らにとっては目の前のカオスの戦士が誰であろうと倒すことに変わりはないのだろう。

「あ、セフィロス……!!」
 三人も相手にしていれば当然隙をついて後ろから攻撃してくるものもいる訳で、それに気付いた少年が加勢に向かってくる。
 正直助けなどなくても充分対処できるのだが、まあいいと肩を竦めると他二人の戦士を弾き飛ばす。少年がこちらに来たことで自由になった銀髪の戦士に向けて剣圧を飛ばせば、放たれた矢が砕けて落ちた。
「余所見をするなと言っただろう」
「えっ? あ、あーごめん。でもセフィロスが」
「貴様の助けなど必要ない」
「ひっで、わっ! 危ないだろ!」
「邪魔なところにいるのが悪い」
「もー!!」

 コスモスの戦士たちが緊張感のない会話にイラついているのがよく分かる。つい口角が上がってしまうのを自覚しながら本気で相手をする。
 三人がかりとは言えまだ呼ばれて間もない彼らをねじ伏せるのは赤子の手を捻るよりも簡単だ。適度に痛めつけてやると実力の差を思い知ったか、じりじりと撤退していった。

「もう少しまともに立ち回れないのか貴様は」
「そんななっがい刀振り回してるせいだろー! そっちこそ気使えよ!」
 正直この少年を今ここで斬り捨てたって何も問題はないのだが、少年は相変わらず怯みもせずにずけずけと遠慮ない物言いをする。
 いい加減慣れたとは言え、少々馴れ馴れしすぎるのではないかとため息も出る。
「なんだよー、普通は一緒に助け合ったり競争したり遊んだりするもんだろー! ほんと友達甲斐ないやつッスね!」

 ――はて、今彼は何を言ったのだろうか。聞き間違いでなければそれはもう慣れあいの最たるものと言える関係だった気がするのだが。
「…………友……?」
「そうッス! だからたまにはちょっとくらいオレにも優しくさー」
「……誰が……」
「オレと、アンタ」
 己とこちら、交互に指差した少年に軽い眩暈すら覚える。いつの間にそんなことになったのだ。いやなった覚えなど全くない。
「勝手に貴様の同類扱いするな」
「ほんと酷いな! そんなにオレのこと嫌いッスか」
 嫌いか、と問われて何故か言葉に詰まってしまったのが腹立たしい。嫌いか、と問われれば、鬱陶しくはあるが嫌悪ではない、となるし、だからといって好きかと問われればそれも違う。
「……どうでもいい、貴様のことなど」
「ちぇー。そうッスか」
 拗ねたようにぷいとそっぽを向かれどうも腹立たしい。こちらが悪いことをしたわけでもないのに、何故そんな態度をされなければいけないのか理解不能だ。
「大体貴様はコスモス側の奴らの方が余程気が合うだろう。友情ごっこは向こうででも……」
「そりゃ気が合う奴もいたけど」
 いたのか。
「オレはアンタとも友達になりたいの!」

 これは、あれだ。何を言っても無駄というやつだ。
 彼に関しては色々と諦め気味ではあるが、ここまで来るといっそ潔い。
 彼の発言をスルーして次の場所へ向かおうと闇の回廊を開く。すると少年も気付いてのこのこと近寄ってくる。まだ懲りるつもりはないらしい。
 今まで通り放っておこう。友達だなんて言っているが、どうせ彼もいつかは離れていくのだから。
「なー次どこ行くんスか?」
「教えん」
「じゃ競走な! 先に出たほうが勝ち!」
「やらん」
「ちょっとは付き合えッス!」
 ぎゃんぎゃんと喚くのを聞き流しながら、そういえば友達というものはどうやってなるのだったか、ゆるりと思考を巡らせた。
 共に過ごす期間が長ければ自然とそうなるのか、あるいは互いがそうだと認めた時か。
 前者ではないことを祈る。

 ――――――

 手遅れ。

お題:友達甲斐のない『絶対運命』


おやこ8

「オヤジーそっちもはやくー」
「わーったわーった」
 顔が描かれた大きな南瓜を抱えながらさすがに少々疲れてきた腕をぐるりと肩から回した。

 もうすぐハロウィンだ。
 ジェクト自身そういったイベント毎にはあまり興味はなかったものの、幼い息子にせがまれて一度だけジャックオランタンを作ったことがあったのを思い出したのはつい先日だ。
 大きな南瓜を、それも一個ではなく四、五個持ってきた息子の笑顔はどこか悪戯をしかける子供のようでもあった。
「早くしないと間に合わんぞジェクト。お前のことだから力仕事の方が向いているだろうと思ったのに」
「あーうっせぇ! どーせオレ様は力仕事しかできねぇよ!」
 文句を言いつつも南瓜の底を切り中身をくりぬいていく。既に作業の終わったものもあり随分手馴れてきた。
 人に力仕事を押し付けたアーロンはと言うとティーダに頼まれて装飾を手伝っている。厳つい三十代の男がハロウィンの飾りつけをしている姿もなかなかシュールなものだと気付かれぬように喉の奥で笑った。

 ジェクトのいなかった十年の間に、この家ではいつからか毎年ハロウィンパーティーをするようになったらしい。
 ザナルカンドでもこの日は子供達がお菓子を求めて夜の街を走り回っている。こんな街外れまで来るものだろうかと思ったが、ジェクトの家というだけでなく、意外なことにアーロンの作る菓子の評判がよかったらしい。
 最初はティーダの友達を呼んだのだが、口コミで評判が広まりじわじわと来る人数も増えていったのだとか。
 とは言え、友達を呼んだことや、アーロン一人で出迎えては子供達が怯えて帰ってしまうのではないかという懸念もあったためティーダはいつも街を周ることはなかったと言う。
「仮装はしてたけどなー。アーロンって器用だしいつも作ってくれたっけ」
「簡単なものだけだったがな」
 そう話しながら笑うティーダも、強面なアーロンが表情を柔らかくしているのも、自分が過ごすことの出来なかった十年という時間を感じて、ほんの少し感傷的になってしまうこともあるけれど。
「でもよお、じゃあおめぇは菓子もらわなかったのかよ」
「うちに来た友達が自分ちのを分けてくれたりしたんだ。歩き回らなくてももらえるからある意味楽だったけどね」
 苦笑するティーダはオーブンの加熱終了を知らせる音を聞いてぱたぱたと走っていってしまった。
 止まっていた手を再び動かし始める。最後の南瓜もあとは顔の部分をくりぬくだけだというところで、ふんわりと甘い香りが漂ってきて顔を上げた。
 いつの間にか戻ってきていたティーダが手にしていたのはできたてのパンプキンパイだった。
「ほら、オヤジがくりぬいたやつ使って作ったんだぞ。あとプリンとー……あ、そのくりぬいたのスープに使うから!」
 ずいっと差し出された一切れのパイを受け取るとティーダは南瓜の中身を持ってさっさとキッチンへ消えてしまった。
「あれで今年は気合が入ってるぞ。パイ生地も自分で作っていたからな」
 料理のことなどこれっぽっちも知識がないので分からないが、それでも手の込んだものであることは分かった。
 早くしないと冷めるぞと、アーロンに言われるまでもなく熱々のそれを口に運んだ。
「あ゛ーーうめぇ……」
 労働したあとに食べる出来立てのパイは、十年分の想いすら込められて、この上なく絶品だった。

 ――――――

 ハッピーハロウィン!

お題:大きな南瓜『絶対運命』

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