そして今夜もまた、彼の元へと。
「また来たのか」
「…………っ」
「随分と消耗しているようだな。あるいは仲間を見て衝動が抑えられなくなったか……」
「……るさ……い」
「言葉を選べ。私が手を貸さなければあと一時間も持たない存在が」
「わかっ、たから……はやく……」
堪え性のない子供だ、と笑いながら近くの岩陰に身を隠すように座った。
「っ」
途端に少年は覆いかぶさるように倒れこみ、肩を掴むと首筋へ唇を寄せた。
「……っ……ん……」
「クク……まるで吸血鬼だな……いや、お前程度の存在では乳飲み子がいい所か」
「ふ……っ、ぅ」
聞こえていないのか、無心で首筋に吸い付く彼に嘲りと、ある種の同情の目を向けた。
初めて少年に出会ったのは、戦いが始まって間もない頃だった。
宿敵であるあの人形と行動を共にする、騒がしくて、嫌悪すら抱くほどの笑顔と前向きな性格。
その程度だった。
次に会ったのは、満月の夜だった。
一日の終わり、常人離れした体力を持つ彼らでも疲れている。だが寝首をかくのもつまらない。
明日はどう甚振ってやろうかと彼らを遠くから眺めながら思考を巡らせていると、あの忌々しい子供がテントから飛び出したのだ。
あれが何事か叫んで追いかけようとしていたが、あのメンバーの中で、否、この世界の中でも抜きん出て俊足なあの子供に追いつけるわけもなく。
「…………」
偶然か意図的か、子供の気配は近づいてきているようだった。逃げる必要は別になく、かといって今日はもう戦う気はない。さてどうするかと逡巡しているうちにそれはすぐ傍まで来ていた。
「っ……は……」
消耗しきった様子でがくりと膝をついた子供はこちらに気付くと虚ろな瞳を向けた。
その、普段の明るい様子からは想像できない表情。そんな顔もできたのか、と僅かに瞠目する。
「――――」
何事か呟いたのか唇が僅かに動いたが、それは音にならず伝わらなかった。
ただ、その虚ろな瞳をもっとよく見たいと近づいて膝をつくと、顎に手をかけ上を向かせた。
深い海の底のような青は澱んでいる。そうさせたのが自分だったなら、と思うとなるほど、これはいい獲物かもしれない。
果たして何があったのかと無抵抗な彼を見ながら考えていると、その手が伸び、肩に置かれる。ぐい、と彼が身をよせ、互いの息が触れ合う距離まで近づく。
「おい…………、っ……?」
彼は、首筋にかぷりと噛み付いた。まるで御伽噺の吸血鬼のようにちゅう、と吸い上げている。
何をしているのか、何をしたいのか理解できなかった。けれど彼が首筋に吸い付くたびに僅かに体の力がなくなるのと、その流れで薄っすらと察する。
「……飢えているのだな」
彼が吸い上げたのは、ライフストリーム。否、彼の世界では幻光虫と呼ぶらしい。
この二つはほぼ同義のものだ。生命の源であり、記憶と知識の泉でもある。それは全ての生命が持っている生命エネルギー。
嗚呼、哀れな子供だ。これの体は正にそれだけで出来ている。他の「人間」達とは違い、確たる肉体も持たない曖昧な存在。
人はそのエネルギーを自ら生み出すことができるのに、これにはそれができない。元々の性質もあるのか、はたまたこの世界に呼び出された時に欠陥ができたのかは知らないが。
つまり、消耗し続ければ、神がいようといまいと消滅する。
「…………」
普通の人間の生命エネルギーを吸い出すのは簡単なことではないだろう。だが、一度肉体を失ったこの体は彼と同じような生命エネルギーの塊である。
それを奪われたとしても、自分の世界にあった「星の体内」を模した空間にいけば自分でライフストリームを吸収できる。
嗚呼、哀れな子供だ。自分で生み出せないだけでなく、吸収することすらままならない。こうして私が一度取り込み、人の体に馴染ませたものでなければ駄目なのだ。
だから、これ以来彼は数日置きに、私の元へくるようになった。
「ん、く……」
首筋のこそばゆい感触を感じながら空の星に視線を彷徨わせる。
そう、同情、しているのだ。この私が。
――可笑しなことだ。
「はぁ……」
「終わったか」
「…………」
無言でいる彼を、今度はこちらが掴む。服に手をかければ大人しく従った。
彼が存在するために力を分ける。その対価。慈善でこんなことをやっているわけではない。
……性欲が溜まっているわけでもないが、他に何も思いつかなかった。
だが、この顔を曇らせるにはこういう屈辱を与えるのがいい。あの忌々しい笑顔よりも、澱んだ瞳の方が余程似合う。
「っ……ぅ……!」
ぼろぼろと涙を流す様は見ていて心地いい。
けれど、明日になれば何事もなかったかのように彼は笑うのだ。この行為が、夢か何かであるかのように、自然に。
気に入らなかった。だからいつも手酷く抱いた。それでも彼はやってくる。存在を保つ為に。
敵である自分に縋らなければいけないその姿が、滑稽で、哀れで、だから私は拒まないのかもしれない。
哀れな、子供だ。
誰よりも存在することに執着しているのに
その存在は、誰よりも儚い。
そして、消えないように手を貸している自分もどうかしている。
どうか、しているのだ。彼も自分も。
「……セフィ……ロ、ス……」
きっとこれからもずるずると、あれが気付くまで続けられるだろうこの行為。
続けるのは、こうして敵に縋ってでも世界に留まり戦おうとする彼の、
その行く末を見たいから、なのかもしれない。
――――――
あとがき。
なんだかよく分からない話に……(´・ω・`)色々と独自設定で申し訳ないです!
雰囲気でしか書けない私です。ハイ。
ただティーダにちゅうちゅうさせたかっただけです……
本当は最初普通に吸血鬼的な感じにしようかと思ってたんですけどね(^ω^三^ω^)
吸血鬼パロ……今度書いてみたいッス……
それでは、最後まで読んで下さってありがとうございました!