“I want to stay by your side forever.”
メッセージを書いたカードを眺め、小さく息をついた。
我ながらもう少し気の利いた言葉を書けなかったのかと呆れるが、これ以外に思い浮かぶ言葉がなかった。
懇願にも似たそれは、しかしローチの本心だ。彼が見れば、ナンセンスだと笑うかもしれない。
友人達からもらったカードの山をそのままに、ローチは彼の部屋へと向かった。
「ハッピーバレンタイーン!」
「静かにしろアホ」
「痛っ! 仮にも恋人なんだから大事にしてくださいよ、しかもバレンタインなのに!」
「そういうので一々騒ぐお前が悪い」
つれない態度に文句を言いつつ、持ってきた酒を用意する。明日の訓練は昼からだから、量を控えれば問題ない。
なんだかんだ言いつつ、一応付き合ってくれるのがゴーストだ。
ささやかな乾杯。アルコールが喉を通って熱い。ふと視線を巡らせば、ゴーストの机の上にメッセージカードが置いてあるのに気付いた。
「さすがモテモテですね~」
「お前だって大量に持ってただろが」
「友達多いですからね」
軽く鼻で笑われる。実際ローチのもらったカードは友人からのものが多く、ゴーストのそれは……告白の類のものが多かった。
「妬けますね~。わあ、これなんか情熱的な告白……」
ぱらぱらとカードを見ながら、ローチは密かに自分のカードを紛れ込ませる。
気付かなくてもいい。このままその他大勢の中に埋もれてしまって、捨てられても別にいい。
けれどもし気付いてくれたら。自分の気持ちが伝わったら。少しだけ、嬉しい。
ゴーストはいつだって言葉をくれない。キスするし、セックスだってするけれど、明確な言葉をもらったことはない。
嫌われているわけではないし、二人でいる時は気を緩めたり笑ってくれる。だから、『その他大勢』とは違う。――そう思っている。
でも時々、少しだけ、不安になることがあるだけだ。
女々しいとはわかっていても、思わずにはいられない。
「でも本命から何も貰えてないんですよね~シャイみたいで」
「…………」
冗談めかして言ったのに、ゴーストが何も言わなくなって冷たい汗が流れる。
言い訳すればますますおかしい方向へ行ってしまいそうで、何とかこの空気を変えねばと頭の中で必死に辞書を捲る。言葉が出ない。
そんなローチの内心を知ってか知らずか、ゴーストはグラスを置いて徐に立ち上がるとローチのグラスを奪った。
声を発する暇もなくソファに押し倒される。あぁ、怒らせただろうか。そっと瞼を持ち上げれば、そこにはぞっとするほど美しい瞳がある。
「……なぁ」
ぼそぼそと喋るのは、少し酔っているからだろうか。
「俺が好きか」
そこにある表情から、彼が何を考えているのか読み取れなかった。でもあまりに、当たり前の問いかけにローチは少し笑ってしまう。
彼はずるい。いつも人には言わせて、自分は貝のように押し黙ってしまう。
でもいいのだ。折角のバレンタインを、余計なわがままで残念な思い出にしたくはない。
「やだな先輩、いつも言ってるじゃないですか。もう痴ほ……いひゃいです」
頬をつねられ抗議すればゴーストはフンと鼻を鳴らしてグラスから酒をあおり、口付けてきた。
あつい。
流し込まれるアルコールにおぼれそうになりながら、この想いが伝わればいいと、彼の体に縋るようにしがみついた。
夜が明けて自室へ戻る。少し気だるい体を叱咤して辿り着くと、ベッドへと倒れこむ。昼までまだ時間はあるから、もう少し休もうと思ったローチの体に、何かちくちくとした痛み。
そういえばカードをそのままにしていたのだったと思い出し、拾い集めていると、昨日はなかったはずのカードがあることに気付いた。
イギリス式で名前の書かれていないそれは、しかしローチがよく知る筆跡。
思わず零れそうになった声を堪え、転がるように部屋を飛び出た。同室者の安眠を邪魔することなど気にも留めずに。
思わず叫びだしたくなるような、大声で泣きたいような、笑いたいような、言葉にならないこの想いを、今すぐ彼に伝えたいのだ。
――――――
言葉にするのは難しい。
声にして伝えるのはもっと難しい。
彼のように素直にはなれなくて。
けれど、彼を苦しませていることは知っていて。
こんな、イベント毎に便乗して、気付くかどうかわからない、ずるい渡し方しかできない。
気付くだろうか。伝わるだろうか。――気付かなくてもいい。
次は、もっとちゃんと――。
ああくそ、やっぱり難しいなぁ…………。
“You’re my sunshine.”
Happy Valentine’s Day!!