寒い。
酷く寒かった。
「クソっ……!」
ざあざあと降る雨の音が耳鳴りのように煩いのに、自分の呼吸も、声も鼓動も嫌にはっきりと聞こえた。
対して担いだ体からは微弱な生の気配しか感じられず焦りが募る。こうしている間にもいつ追撃を受けるかわからない。砲撃音が鳴り止んで暫らく経った。味方は、救援はまだか。
「クソが……ッ」
漸く雨と敵の目を凌げそうな岩場を見つけて素早く入り込み、担いだ体をそうっと下ろした。
「……っ……」
「ローチっ……おい、しっかりしろ」
小さく呻いた部下の名を呼びながら、簡易医療キットで止血をする。雨で冷えたせいか、手が震えて上手くいかずにまた焦った。
「……、……ゴ……スト……」
何とか手当てを終えるとか細い声で呼ばれて顔をあげた。
いつものような活力に満ちた表情はなく、血を失って寒いのか小さく震える体を、傷に響かないように、温めるように抱きしめた。
「しっかりしろ。もう決着はついた。味方が残党を掃除しながらこっちに向かってるはずだ。だから、」
弱弱しい吐息が耳にかかる。ローチの手がゆるゆるとゴーストの背に伸びた。
「なぁ、聞いてるか。『ローチ』なんだろ。なんだよこんな傷くらいで情けねぇ、しぶとく生きて見せろよ、なぁ」
返事はない。けれど何とか意識は保っているようで、苦しげな吐息がゴーストの心臓まで締め付けてくる。
「ローチ」
「…………ん……」
でも多分、この息苦しさは、それだけではないんだろう。
「……何だよ……勝手に死にそうになってんじゃねぇよ……死んだらぶっ殺すからな……」
なぁ、お前が言いだしたんだろ。
『来年も一緒に』って、言ったじゃないか。
約束してやっただろ。生きる希望になるんだろ。勝手に死ぬな。
勝手に居場所作りやがって、ふざけんな。
――お前が。
「……お前が死んだら、どうすりゃいい……」
一人で二人分の、いないやつの誕生日祝うなんてごめんだからな。
「……なぁ……ローチ……」
俺の誕生日なんてどうでもいいよ。
そもそもその日じゃねぇし。
なぁ、お前、本当にこんなことでよかったのか。
俺の傍にいたってろくなことないだろ。
文句言って、泣いてばっかのくせに。
「……聞いてんのかクソローチ……」
来年はちゃんと準備するから。
お前の好きなもの何でも買ってやる。
行きたい所、どこでも連れてってやる。
だから、
(今更、何を)
誰かが嘲笑った気がした。
「…………らない……」
「っ……! ローチ……!」
顔を上げると、土で汚れた頬を微かに緩め、ローチが笑っていた。
「……いら、ない…………ご、すとは……にも…………し、なくていい……」
優しい拒絶に息が止まる。
けれど、それが当たり前だ。都合のいい時だけ求めるほうがどうかしている。
――そのはずなのに。
「……何も……いらない、から……」
だから、隣にいさせてくれ、と。
「らいねん、も……そのつぎも……ず、っと……」
ゴーストの隣にいられるのならそれで、いいと。
「……やっぱ、馬鹿、だろ……お前……」
「…………ご、め……」
「……んでお前が謝るんだ……馬鹿」
「…………ん……ごめ、ん……」
雨は、いつのまにか止んでいた。