「ローチ!!」
「はいっ!」
装備を外しながら談笑していたローチはゴーストのその一声でパブロフの犬よろしく反応して背筋をピンと伸ばした。
「後でオレの部屋に来い」
「お、ローチ説教行きかー?」
オゾン達にからかわれつつもローチは何かに気付いたように僅かに目を見開いた。
そしてそのことを確認するように訊ねる。
「あの、シャワーを……汗を落としてからでも構いませんか?」
「ああそうしろ。オレも汗臭い奴を部屋に入れたかねぇからな」
肩を竦めてそう言うとゴーストは先に出て行った。 途端に他のメンバーが一斉にローチを弄りだす。
「おいおいローチくーん。シャワー浴びてから行くなんて大胆だねぇ」
「何がだよっ」
スケアクロウの手を叩き落としながらむすっとした表情を隠そうともしない。それを気にするでもなく今度はオゾンが肩に手を乗せてきた。
「なぁ実際のとこどーなんだよ? この前朝帰りしたんだろー?」
「えっ何それ聞いてねぇ」
「もー!! あの時は説教されただけだって! それに朝帰りじゃないから! 変な尾ひれつけて噂広めるなよ、なあアーチャー!」
「そーだな」
ローチと同室のアーチャーが興味なさげに返事をし、尚もからかおうと食い下がるオゾン達は共同のシャワールームに行くローチの後を追いかける。
他にも何人か人はいるが、騒がしい者達がいなくなり急に静かになる。
ささやかな雑談が聞こえる中でアーチャーは小さくため息をつきながら呟いた。
「……確かに役者向きだよ、お前」
――――――
「先輩」
「入れ」
ノックの音と自分を呼ぶ声に返事をした。
間もなくドアが開き、来訪者が一歩足を踏み入れたのを確認して腕を掴むと一気に引きずり込んだ。
扉はすぐに閉じ鍵をかける。彼の足の間に膝を割り込ませながら、反射的に逃げようとした体を扉に軽く押さえつけた。
「……せ……っんぱ……」
答える代わりに無防備な喉へと歯を立てればびくっと体が強張る。生物にとっては重要な急所である場所に食らいつかれ、本能的な恐怖を感じているのかもしれない。
ぬるりと舌を這わせると息が弾んだ。
「せんぱい……っ」
「何で呼ばれたか分かってて来たんだろ」
きちんと体を綺麗にしてきたのだろう、微かにボディソープの香りがすることに喉の奥で笑う。
「それはそう……ですけど……」
初めての時にあの対応をしておいて、その上自分から呼んでいいと言っておきながら今更恥ずかしがることもないだろう。ローチの態度を少し疑問に思ったが、それはすぐに解消した。
「ああ……今日はお前も、か」
「…………」
みるみる赤くなる顔にまた笑った。
極限状態に晒され興奮状態になるのは誰にでも起こり得ることだ。そして今日はそれがローチにも起きたというだけのこと。
前回は半ば強引にゴーストの相手をさせられたローチだが、今回は自分も行為を望んでいるようで恥ずかしいのだろうか。
すでに勃ちあがりかけているローチの股間を膝で刺激してやれば、顔を背けて唇を噛んだ。
「ベッドまで歩けるか? それともこのままするか?」
「……歩けます」
「何なら横抱きで運んでやってもいいぞ」
「歩けますっ」
からかえば怒ったようにゴーストの体を突っぱねてベッドへの短い距離を歩き出す。その後ろにつきながら、ゴーストはベッドにつくなりローチの体を組み伏せるのだった。
――――――
「先輩って男が好きなんですか?」
「あぁ?」
事が終わった後、ベッドにうつ伏せてまだ痛むらしい腰辺りを擦りながらローチはそんなことを訊いてきた。
「んなわけあるかクソローチ。大体お前が呼んでもいいって言ったんだろうが」
ですよね、と笑うローチは痛みのためか少しだけ顔を顰めた。
「あの時部屋にいたお前が悪い」
「じゃあオレじゃなくてオゾンとかスケアクロウがいても同じようにしたってことですか?」
「あいつらは……つーか普通は逃げるだろ、あんなことされたら」
「あー……」
「まあお前そんなに顔も悪くねぇし……」
体の具合もいいし、と言いかけてやめた。
ゴーストは『体の相性』なんてものはあまり信じてはいなかったのだが、どうもローチとのセックスはなかなかに具合が良いらしく、まだ二回目だというのに得られる快楽は大きい。或いはローチが所謂『名器』である可能性もないではなかったが、それは彼の男としてのプライドを傷つけるだろうから口にすることはない。
下手に女を探し回るより、近くにいるローチを呼んだほうが余程楽だと思うほどには、彼とのセックスはよかった。
「それは、どうも」
一応褒め言葉と受け取ったのか、苦笑いでそういうローチに肩を竦めながら水を飲む。少しぬるいが喉を潤す役目は充分に果たしてくれる。
「ほら」
「ども」
ボトルをローチに渡す。体を起してそれに口をつけるローチの、上下する喉を何気なく眺めた。
「……そういうお前はどうなんだよ」
「んっ……ケホっ……オレだってゲイじゃないです」
気道に入ったのか軽く咳き込む。少し潤んだ目元がやけに気になった。
「それに何で今更そんなこと訊くんだ。二回もやっといて、今更嫌になってきたか?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
蓋を閉じたボトルを両手で弄びながら、ローチは視線を彷徨わせた。
まるで悪戯して叱られている犬のように、耳と尻尾を垂れ下げているように見える。
「その……オレなんかでいいのかなって、思って……」
「あ?」
「ほら、先輩ってかっこいいじゃないですか」
「まあな」
「…………」
「冗談だ続けろ」
「……だから、相手なんてすぐに見つけられるだろうから……女の人の方が柔らかいしいい匂いだし……やっぱり女性相手のほうがいいんじゃないかと思って……」
煮え切らない言い方に少しイラつく。つまりそれは、自分でなく女を選べということだろうか。
「やっぱ嫌になってんじゃねぇか」
「いえっ違います! 嫌じゃないんです……あ、嫌じゃないってこういうのが好きってことじゃなくてあの」
わたわたと慌てたり赤くなったりと忙しない。普段からそうだが、彼のこういうところは見ていて飽きない。
「……笑いませんか?」
「内容によるな」
「…………」
「何だよ」
膝を抱えて小さくなったローチはぽつぽつと語る。
「オレ、任務とか訓練でもいつも迷惑かけてますし……あの、内容がこんなことではあるんですけど、先輩の役に立てるというか……頼りにされるのはちょっとだけ……嬉しい、というか……」
言いながら赤みを増す肌に、また熱が灯りそうになるのを耐えた。
「あの時の先輩、本当に辛そうだったんで……オレで力になれるならって……」
だから、受け入れたというのだろうか。そんな事で、体を許したというのだろうか。
「…………」
「あっ笑わないでくださいよ!」
「内容によるつったろ」
肩を揺らしながら煙草に火をつけた。とんだお人よしもいたものだ。
なかなかゴーストが笑いをおさめないものだから、ローチは恥ずかしそうに膝に顔を伏せた。
「……やっぱ……変ですか」
「あぁ、変わってるよお前」
ローチの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら紫煙を吐き出した。
どうも、互いの利害は一致しているらしい。
「……ま、お前がそう言うなら、次からは遠慮なく呼ばせてもらうかな。なぁローチ」
「……先輩がオレでいいなら」
すっかり拗ねてしまった部下を宥めようと、ゴーストは服を身につけながら、紅茶を淹れるために簡易キッチンへと向かった。