一:喪失

 謝罪だとか、償うだとか、そんなもので済むような話では、当然ない。
 どれほどの責を、罪を負わせてしまったか、誰よりも理解している。
 だからこそ、もしも残された時間があるのなら、愛する息子に全てを捧げたかった。彼の代わりにどんな苦痛を受けたってよかった。

 この魂はもう、全部あの子のものだから。

――――――

 遠くの街明かりが僅かに窓から射し込んでいても、尚暗闇に閉ざされた部屋で、深くソファに体を沈ませる。
 自然とため息が漏れ、きっと今、この世の終わりのような顔をしているのだろうと思えばクッと自嘲気味に頬が引き攣った。
 『シン』となっていた、あの地獄のような時でさえ、こんなに絶望したことはなかったのに。

「――明かりくらいつけたらどうだ」

 いつの間に入ってきたのか、赤い着物を纏う隻眼の男が立っていた。
 年齢の割に随分と老け込んで見えるのはスピラから夢のザナルカンドへ渡り、慣れない文化や環境の中で、男手一つ、しかも他人の子供の面倒を見てきた苦労からだろうか。
 そしてそれは自分が頼んだことだ。一体どれだけの人間の人生を振り回してきたのかと思うと体が重くなったような気がした。

 呼びかけに答えずにいると、小さなため息と共に動く気配がした。
 こういう時、お節介に明かりをつけたり、無理に聞きだそうとしない友人にそっと感謝した。昔に比べて随分落ち着いたものだと、十年の時を感じる。
 闇に慣れてきた目でその影を追うと、窓を開けて風を通したようだ。夏の猛暑で夜でも気温はなかなか下がらない。明かりも冷房もつけていない部屋に侵入した風は、緩く空気をかき混ぜただけだった。
 その風に乗ってスタジアムの歓声が聞こえてくる。

 いつだって参戦できる状態ではあるが、英雄の帰還だと沸く民衆にはリハビリのためにまだ試合には出ないと宣言した。今は、それどころではないのだ。
 ――本当は、できる事なら出たいに決まっている。輝くスタジアムの中心で、大歓声に包まれながら。そしてそこで、同じ道を目指してくれた息子と共に戦えたなら、どんなに……。

「ッ……」
 砕けそうな程に奥歯を噛み締める。
 隻眼の男――アーロンはその殺気に近い苛立ちに気付いたのだろう。ゆったりとした足取りで近づいてくる。

「……そう焦るな。……まだ、二週間だ」
「っもう二週間だ!!」

 怒鳴るつもりなどなかったのに、身の内にあるどす黒い感情が御しきれずにごぽりと溢れる。
 声を荒げたのにアーロンは動じることなく「――ああ」と短く返事をしただけだった。
 自分の感情で手一杯だったせいで、やけに落ち着き払ったように見える男の拳が僅かに震えているのだと今更のように気付いた。

 それを見て急速に熱が落ち着いていく。
 変わりに心を占めたのは大きな喪失感だった。

「……何でだ」
「…………」

 半ば独り言のように呟くそれは、闇に呑まれるように消えていく。

「……英雄なんだ……あいつは……召喚士を救った。スピラを救った。祈り子を……エボン=ジュを」
 例え、世界中の殆どの人々がそれを知らなくても。

「オレを、救ってくれた」

 震える手で、泣きそうな顔で、全てを終わらせてくれた。

「おめぇがいて、ブラスカがいて、ザナルカンドの連中も、オレだって、ここにいるのに……」
 胸に触れ、大きな傷痕を指先で辿る。愛する息子がつけた、終わりの証。

「――ッ……なのに……んで、あいつがいねぇんだ……!!」

 全てが終わり、異界へ来て二週間。

 ティーダは、未だ姿を現さなかった。

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