「おやじ! 早く起きろってば! 今日は朝から練習って言ってたじゃん!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ声に急かされてジェクトはぼんやりと目を開ける。
最近ではティーダもジェクトも生活に慣れたとあって、アーロンも自分の家に帰ることも多く、ほぼ親子二人での生活になっていた。
すっかり馴染んできたティーダはこうして朝食を作る合間にジェクトを起こしにくる。
アーロンも時には余り物を持ってきたりジェクトのだらしなさに文句を言ったりと、相変わらずではあるが。
「ほら、早くしないとおれまで遅刻しちゃうじゃんか」
ふんと鼻を鳴らしながら階段を下りていくティーダは、最初の頃のしおらしさなどどこ吹く風と言うように遠慮がなくなっている。
家事の殆どを担当しているだけあって当然ジェクトも頭が上がらない。
「へーへー……今行きますよっと……」
寝ぼけ眼でがりがりと頭をかきながら後に続く。
洗顔などを適当に済ませてから席に着くともう朝食が並んでいた。
パンにハムエッグ、サラダ、今日はヨーグルトまでついている。
朝からよくこれだけ色々準備するものだと感心すれば、簡単なのばっかだよ、と笑っていた。
「別に待たなくても、先食っちまっていいんだぞ」
食事をしながらちらりと時計を見る。食べ終わればスクールへ行くギリギリの時間だ。ジェクトに合わさずとも、作り置いて自分だけ食べてしまえば余裕もできるだろう。
「……作りたてのがおいしいだろ。片付けも一緒にできるし……それに」
「それに?」
問えば、しばらく口を閉ざした後黙々と食事を続けるので、ははあ、と何かを察してにやりと笑った。
「なんだぁ? ジェクト様のおぼっちゃまはお父様と食べねぇと寂しいってか?」
ついからかってしまうのは性分だから仕方ないとジェクトは思っている。例え怒っても拗ねても可愛くて、ついつい構いたくなるのが息子というものだ。
こういう態度のせいで昔は嫌われたと言うのに、懲りない男である。
「……ん」
それは小さな小さな声だったが、ジェクトの耳に届いた。
不意をつかれて目を丸くしていると、ティーダは勢いよく立ち上がる。
「ごちそうさまっ」
いつの間にか食べ終わったらしく、さっさと食器を流し台に持っていく。その後姿の、髪の隙間から覗いた耳は赤くて、ジェクトの胸に喜びと愛しさを生み出す。
「おれ行くからな、ちゃんと皿洗いしとけよ! 行ってきます!」
皿洗いはジェクトの役目と決まっているが、その不精さを知っているから念を押すように言い捨ててティーダは家を飛び出していった。
一人になったジェクトは、えも言われぬ幸福を噛み締めながら残った朝食を全て平らげた。
その気持ちは日ごとに増し、ジェクトの中で膨れ上がっていく。
最近では記憶のことも、あまり気にならなくなっていた。
――全く気にならない、と言えば嘘になるが、以前のようにもどかしい想いに身を捩ることは少なくなった。
今はティーダとの、息子との暮らしが何より幸福であった。
共に過ごすうちに、ふと気付くことも多い。
考え事をする時に手元でブリッツボールを弄ぶ癖は、幼い頃でもそうだった。
あの頃は手で、というよりは腕に抱えなければいけないくらいの大きさだったが、それでもブリッツボールと戯れるのは変わらないらしい。
料理の味付けもどことなく妻に似ている。記憶にしかないだろうそれを再現しようと試行錯誤したのだろうかと思うと、少し胸が締め付けられた。
他にも、ふとした瞬間に十年前の生活を思い出させる仕草や言動は、度々ジェクトの胸を疼かせた。
懐かしくて、切なくて、けれど嬉しい。例え記憶を失っても、ティーダはティーダであるのだと思えた。
当初不安に思っていたよりもずっと物事はいい方向に向かっている。そんな気がして、上機嫌に鼻歌混じりで皿を洗いながら、ジェクトは先ほどのやりとりを思い出した。
以前、最初にスクールへ行った日に無意識に涙を流したティーダは、部屋に戻らず一緒にいたいと言った。それには一人になるのが怖い、或いは寂しいという感情が見て取れた。 そして先ほども。
もしかしたらそれは、幼い頃両親がいなくなったという事に対するトラウマによるものかもしれない。
何も知らなかったとは言え、家族を残してスピラへ渡ってしまったことは今でもジェクトの中に後悔の念を残している。
だからこそ今はめいっぱいティーダを愛してやりたい。ジェクトの望みを叶えてくれた、世界で一番大切な息子。
出かける時間が迫っていたから出来なかったが、先ほども寂しいのだと素直に肯定した時、本当は触れたくてたまらなかった。
抱きしめてやりたい。ティーダは恥ずかしがるかもしれないが、頭を撫でて、額や頬にキスして、それから――。
「……ん」
それから、なんだろう。
ジェクトの愛はいつも不器用で、なかなか面と向かって言葉で伝えられない。
だから行動で表現する。手で触れたいし、頭も撫でてやりたいし、全身で抱きしめたいし、キスだってしてやりたい。
――でも、きっと足りない。そんな予感があった。この溢れる気持ちを伝えるには、それらでは足りない。
けれどジェクトが考えられる息子への愛情表現はそこまでで、それ以上となると、恋人にするような行為しか思い浮かばない。
息子に対してそんな事ができるかと問われれば、不思議とジェクトはイエスと答えられるだろうと思った。それほどまでに、ジェクトの内ではティーダへの想いで溢れている。
まあ、考えるまでもなくそれは倫理に反していることで、何よりティーダ自身拒否するだろう。
だからジェクトは、帰ってきたティーダにどんな言葉をかけ、どんな風に触れようかと考えながら、皿洗いを続けた。
――――――
ジェクトのトレーニングが終わる頃、スクールを終えたティーダがやってきた。
試合には出ていないものの、二軍ではあるがこうして練習に参加するようになってチームメンバーも喜んだ。
以前体調を崩した時のこともあり皆最初は心配したが、あれ以来何らかの症状がでたことはなく練習に励んでいる。
「しかし時期が悪かったよなあ。ジェクトさんもお前ももうリーグ戦終わるって頃に戻ってきたんだから」
「でも決勝直前でキングが戻ってきたってファンは滅茶苦茶盛り上がってるぜ!」
「いよいよ明後日決勝かあ」
和気藹々と話し合う二軍の選手達に混じっているティーダに近づく。お疲れ様です! と声をそろえる若い選手達に片手を挙げて返すとティーダが首を傾げた。
「もう終わり?」
「ああ、休憩はたっぷりあったけど朝からやってたからな。ま、お前が終わるまで待っててやるよ」
ぐしゃぐしゃと髪をかき回せば恥ずかしそうに睨みつけてくるがやめさせようとはしない所がジェクトの心をくすぐる。
周りからも「仲いいな」なんて言葉が聞こえてきて、練習が終わったと言うのにまたうずうずと体を動かしたくなるような気分になった。
それを抑えながら、邪魔にならないよう練習場の外へと向かうとティーダが声をかけてきた。
「なあ、別に待たなくてもいいよ。一人で帰れる」
そのセリフは朝食の時のやりとりを逆にしたようで、ジェクトは表情を緩ませた。
「いーや駄目だ。この前みたいに変な奴らに絡まれたらどうすんだ」
ぐ、と言葉に詰り、不満そうに唇を尖らせながら渋々頷いてティーダは練習へ戻っていく。その背を見送りながら、ジェクトはシャワールームへと向かった。
それは数日前のことだ。
練習が同じタイミングで終わり、共に街中を歩きながらどこかで食事でもしようという時だった。
少し目を離した間にティーダの姿が見えなくなっていた。平日でも人通りの多いそこはジェクトというスター選手がいることもあって足を止めている者も多く、いつも以上に混雑して見えた。
途中でファンにでも捕まったのだろうかと辺りを見回し、近くにいた者にティーダのことを訊ねながら歩いてきた道を戻り始める。
ふと途中で、目の端に見知った金が映った気がしてそちらを見た。
人通りの多い街中とは言え、少し横道に逸れれば薄暗く人通りの少ない道に出る。
まさかと思いその金が見えた暗がりの道を進めば、嫌な予感が当たってしまった。
服を少し着崩したような若者が二、三人。一人がティーダの腕を掴んで引っ張っていた。何かを話していたようだが、その光景を見てかっと頭に血が上ったジェクトは内容まで聞き取れなかった。
「ティーダ!」
「あ……」
困惑した表情のティーダがジェクトにすがるような視線を向けた。掴まれていない方の手を取り引っ張ると、あっさりと男は手を離した。
「何やってんだ、行くぞ」
返事を待たずにぐいぐいと腕を引っ張って暗がりから元の明るい大通りへと出る。
背後からせせら笑うような声が聞こえた気がした。
何をしようとしていたのかは知らない。が、暗がりに連れ込むなどどうせ碌な連中ではない。その手でティーダに触れた奴は殴り飛ばしてやりたい程の怒りを抱えていたが、ぎりぎりの所で踏みとどまる。
「……いッ……痛いっ……おやじ……」
「ッ……あ、ああ……悪ぃ……」
その声に慌てて手を離すと少し赤くなっていた。慈しむようにそこを撫でるとティーダは眉尻を下げて俯いた。
「ごめん……」
「何で抵抗しなかったんだよ。声でも上げればよかっただろ……」
つい責める様に問いただしてしまうのは、まだ怒りが静まりきっていないからだ。優しくしてやりたいのに、どうにも制御が難しい。
忙しなく視線を彷徨わせる姿に、微かな怯えと戸惑いが見て取れた。
「……あいつらが、さ……何か……話しかけてきて……遊び行こうって……友達だろ、って……」
ジェクトはハッとした。
ティーダには記憶がない。親のことも、ましてや自分のことすら分からなかったティーダに、近づいてきた人間が友人であるかどうかなど分かるはずもない。
生活する上で関わってくるスクールの一部の人間とエイブスのメンバーには、記憶を失った、ではなく、こちらに来たばかりで幻光の影響を受けており曖昧なのだと説明しており、混乱を避けるため一般には公表していない。
彼らにも口止めをしてあるが、もしもどこかから情報が漏れていたら。
もしそれを知った悪意ある人間が、友人を装ってティーダに近づいたら。
「ご、め……おれ……」
ぎゅう、と服の胸元を掴んだ手は微かに震えていた。
その姿に罪悪感が募る。ティーダとて知らない人間にそんな風に近づかれたら困惑するだろうし、きっと恐ろしかっただろう。だというのに、怒りに任せて、さらに傷つけてしまった。
「……今日は帰るぞ……悪かった」
俯いたままの頭を撫で、その手を握って歩き出した。緩く握り返してくれる手に胸が疼く。
守らなければと強く思った。もうティーダを傷つけるものなどあってはならないと。
それ以来、学校から帰る時はできるだけ信頼の置ける友達と、ブリッツの帰りは必ずジェクトと帰るようにし、一人で街中を歩かせないようにした。
寄り道なども出来なくなって少し不満そうではあったが、ジェクトに珍しく懇願されればティーダも頷くしかなかった。
――――――
「んじゃ改めて、優勝おめでとー!」
リーグ戦の決勝が終わり、祝勝会やら取材やらが落ち着いた数日後、ジェクトの家ではささやかなパーティーが行われていた。
アーロンやブラスカ、その妻も招いて、普段は二人だけの家が賑やかになる。
「でも残念だったね、ティーダ君は試合に出られなくて。次のシーズンには復帰できるといいね」
「うーんどうッスかね~」
「何言ってんだよ、もう大分動けてるくせによぉ」
「親子共演ともなればちょっとした祭りになるかもな」
和やかな雰囲気の中、ジェクトはふと思うことがある。
ティーダの記憶がなくなったなんて、何かの悪い冗談だったのではないかと。
実際こうして、スクールにも行き、ブリッツの練習にも参加し、ジェクトと親子として普通に暮らしている。何の問題もない。
酔いが回り、思考が緩くなってくる。気づけば宴は終わり、アーロン達は帰った後だった。
「改めてオイワイなんかしなくてもいいっつったのによぉ」
「いいじゃん、あんたの復帰祝いできなかったから、それも兼ねてたんだし」
食器を片付け終えたティーダをちょいちょいと手招きする。隣に座らせると使っていなかったグラスを渡して度数の低い酒を注いだ。
「ちょっと付き合えよ、明日はスクールも休みなんだろ?」
スピラではどうだったか忘れてしまったが、ザナルカンドでは十六を越えれば飲酒が許される。アーロン曰くそこそこに飲めるということで、いつかこうして一緒に飲んでみたいと思っていたのだ。
「んー……まあちょっとだけ」
少しはにかむと、受け取ったグラスを掲げる。軽くあわせれば、キンと澄んだ音が鳴った。
「あ、おいしい」
「お子ちゃまにはそんぐらいがちょうどいいだろ」
けらけらと上機嫌に笑えばむっとした顔でジェクトのグラスを奪い取り琥珀色の液体を喉に流し込んだ。かなりきついはずだが、喉を嚥下させると一度深い息を吐いてにやりと笑った。
「よゆー、だっての」
「おーおー無理しやがって」
「んなことない!」
「あ、そういやお父様と間接キスだなぁ?」
「子供かアンタは!」
しばらくそうして騒ぎながら飲んでいたが、ティーダも酔いが回ってきたのか肌が少し紅潮し始めた所でジェクトはグラスを取り上げた。
「何で取るんだよ、まだ飲める!」
「子供はもう寝る時間だっての。……あ、の前に風呂だな。よし、一緒に入るかあ」
「なっ……」
酒が入って赤くなった肌がまた一段と赤くなる。それが可笑しくて逃げられる前にひょいと体を担ぎ上げてしまえば抗議の声が上がった。
「ちょ、風呂くらい一人で入れるって!」
「いいじゃねぇか。男同士だし、親子なんだしよ。そういや一緒に入るなんておめえがガキの頃以来かなぁ」
程よく酔いの回った体は心地いい。ふわふわした思考はいつも以上にジェクトを饒舌にさせる。
諦めたのか大人しくなったティーダを抱えたまま、上機嫌に浴室へと向かうのだった。
――――――
「ちゃんと目ぇ瞑ってろよー。あ、シャンプーハットつけたほうがよかったか」
「そんなガキじゃねーっての!」
風呂場だからかティーダの声がわんわんと響いている。気にすることもなくティーダの頭にシャワーを向けて泡を洗い流した。
お礼に背中を流してもらったとき、不覚にも目が熱くなったのは酒のせいだと思いたい。
ジェクトのような大柄な男が入っても余裕のある浴槽は、ティーダも一緒に入ると流石に狭く感じる。
向かい合って入るが、遠慮せず脚を伸ばして座るジェクトとは対照的に、ティーダはその邪魔にならないよう膝を抱えて縮こまる。
「あー極楽極楽」
「オッサン……」
「ちゃんと百数えろよー」
「だからガキじゃねーって……」
減らず口を叩きつつも心地いいのか眠たげな目でうとうとしているティーダに笑みがこぼれる。ジェクトにとってはいつまで経ってもティーダは子供であるが、 火照った肌に半開きの唇はなかなかどうして色気を漂わせてきていて驚いた。
「きもちいーのは分かるけど寝んなよ? まあ溺れやしねぇだろうが上せちまう」
頬に張り付いた濡れた髪を指で払い、伝い落ちた雫を追うように指を滑らせるとぴくんと体を震わせてティーダが目を開けた。
「っ……わ、わかってるって」
そっぽを向いてしまったティーダの肌はますます赤みを増したような気がして、これでは本当に上せてしまうんじゃないかと少し心配になる。そうなる前にと立ち上がり、ティーダにも出るように促した。
「ほら、もう上がるぞ」
「…………先に出ていいよ。おれもうちょっと……」
「何言ってんだ。それ以上浸かってると上せんぞ」
膝を抱えたまま俯いてごにょごにょと口ごもるティーダを不思議に思い、腕を掴んで強引に立たせようとした。
「っうわ! やっ……いいから先行けってば!」
「うおっ暴れんなよ滑るだろーが」
頑なに出ようとしないティーダに今更恥ずかしいもあるまいと、自慢の腕力でその体を引きずり上げた。
「んあ?」
「ッ――!!」
湯の伝うその体の下、その中心に揺れるものが目に止まりジェクトは間の抜けた声を上げる。途端にティーダは手を跳ね除けて湯船の中に戻ってしまった。
「もうっ! わかっただろ早く出てけよバカ!」
熟れたりんごのようになって叫ぶティーダにジェクトはにやりと口の端を吊り上げた。
「あー酔うとなることあるよなぁ。若い時は特に」
「聞けよバカおやじ!」
怒りなのか羞恥なのか最早分からないが、これ以上苛めるとそろそろ泣きそうだ。――そう分かっていてもジェクトはそこを動かなかった。
酔いの回った思考はいつもより抑制が効かない。ざわざわと胸の内で騒ぐ何かがジェクトの体を突き動かした。
「うわあ!!」
「それこそ治まるまで待ってたら上せるだろーが。こんなもんは早く出しちまえばいいんだよ」
今度は腕ではなく胴を掴み引きずり出した。床に腰を下ろし、逃げようともがく体を背後から抱えるようにして抱きしめる。
「やだっ……何すんだ離せよ……っ!」
「なーに恥ずかしがってんだ。男なら友達同士で擦り合いっこしたりすんだろ」
「知るか……ッ……!」
ティーダが抵抗する理由。脚の間でゆるく勃ちあがったそれをきゅ、と握れば腕の中の体が竦みあがった。
「ほら、とっとと終わらせて出るぞ」
「……っざけんな酔っ払……ッ」
しゅ、と軽く上下に擦れば次第に抵抗も弱くなる。ジェクトの手の中のそれは質量を増し、若さを主張するように天を向きながらぴくんと震えた。
「や……、はな……て……っ」
「お前はいつ覚えたんだろうなぁ……」
言いながらジェクトはティーダの肩に顎を乗せ、立ち上がったそれに視線を注いだ。きっと昔はジェクトの小指ほどもなかっただろうそれが、立派に男として成長している。
「こういうのってよ、本で読んだりとか、友達から教えられたりとかするもんだけどよ。お前はどうだったんだろうな。ひょっとしたら、アーロンに教えてもらってたりしてな……」
「んぅ……ッ」
知らないというように首が横に振られる。記憶がないのだから当然そうなのだろうが、ということは今のティーダにとってはこうして他人に触れられるのはジェクトが初めてということになる。
そう考えて何故か、ジェクトは体が熱くなるのを感じた。思考すら熱を帯び、ふわふわとした気持ちのまま手だけはしっかりと目的を果たすべく動いた。
下から上へ撫で上げ、くびれた箇所を優しく擦ればジェクトの体に頭を押し付けるようにして背を逸らす。
こんな風に誰かに触らせたことがあるのだろうか。童貞ではないだろうから当然そうなのだろうが、それは無性にジェクトに焦燥を与えた。
「……ッ……ん……く……」
忙しなく呼吸を繰り返し、嫌だと言うように弱々しく首を振る。ジェクトの動きを止めようと腕を掴むが殆ど力の入っていないそれは意味を成さない。遠慮なく動かし続ければくちりと濡れた音が室内に響いた。
せめて声を聞かれないようにと自身の指に噛み付くティーダをあやす様に、肩へ胸へと空いた手を滑らせれば鼻にかかった甘い息が漏れる。
それがまた親を求めて鳴く子犬のようで、ジェクトの嗜虐心を煽った。
「ぁ……あ……、や……」
未だ弱々しく抵抗するが、身体はもうジェクトの手中に落ちている。
次第に速く短くなる呼吸にジェクトも手の動きを速めた。
ジェクトの腕を掴むティーダの手に力が入る。縋られるのが心地よく、充足感のようなものをジェクトに与える。
仰け反る喉に誘われるように、ジェクトは湧き上がる衝動のまま首筋に軽く歯を立てた。
「……ぁっ…………ェク、ト……ッ!!」
びくびくと腕の中で震えるのと同時に、快楽の証が放たれる。
荒い呼吸とそれにあわせて上下する身体に手を回したまま、一瞬で酔いが覚めたジェクトはティーダと同じようにしばらく呆然としていた。
やがて呼吸が落ち着くと、途端にジェクトの手は振り払われ、ふらふらと立ち上がったティーダはジェクトの方に振り向きもしなかった。
「バカ……っ! 変態おやじ! すけべおやじ!!」
ジェクトを罵りながら扉を開け、タオルと着替えを引っ掴むと、身体を拭きもせずにティーダは逃げていった。
残されたジェクトは、その後も暫らく動くことができなかった。
心地よかった、幸福だった気持ちは嘘のように立ち消え、ただ戸惑いと後悔だけが残っていた。