大嫌い=大好き

「わぁーーーーーーーーッ!!」

 空は晴天。絶好の洗濯日和な今日、晴れ渡った空にティーダの叫びが木霊した。
 いつもの事なので慣れている。皆思い思いに過ごしているとしばらくしてティーダが屋敷を飛び出していった。
「くそオヤジーーー!!」

 ずっとお互い素直になれないまますれ違い続けた親子が、ようやく分かり合えたとコスモス勢が知った数日後。
 もはやカオスとコスモスの戦い、という意味も薄れてきて久しい今日、またティーダがジェクトの元に怒鳴り込んでいったようだ。
 はて今日は何かあっただろうかとフリオニールが記憶を探っている中聞こえたティーダの台詞は、ストプガ以上の力をもって全員の体と思考を凍りつかせてしまった。

「好きだぁぁぁぁぁ!!」

 ――ティーダのその叫びはコスモス勢のみならず、カオス勢までをも止めてしまった。
 当の本人はと言うと、先ほど熱烈な告白をした相手に飛びついてぐりぐりと頭を押し付けている。

「……あ゙? ……あ、……あー……おめぇ何言ってんだ?」
 体も思考もストップした状態で飛びつかれた為、ティーダごと地面に倒れていたジェクトがようやく我に返る。
 他の者達も徐々に思考を取り戻し、何だ何だと――主にコスモス勢が――集まってきた。
 しかしそんなもの関係なし! とでも言わんばかりにティーダはがばりと体を起してジェクトを熱い視線で見つめた。

「だから! オレはオヤジが好きだったんだ! 小さい頃は母さんとられてるみたいで嫌いだと思ってたけどさ……本当はっ……本当はオヤジがオレを構ってくれなかったから嫌いだったんだよ!」
「「「な、なんだってー!!」」」
「だからッ……好きだぁー!!」
「とりあえず落ち着けティーダぁぁ!!」

――間。

「……まぁ……いいんじゃないか」
「うん。やっと親子が分かり合えたんだからね。ティーダも自分の気持ちに素直に向き合えたみたいだし」
「あぁ。だが……アレはなんと言うか……」
「くすくす、十年分の甘えが一気に出ちゃったのかな?」
「元々寂しがりだからな……しばらくしたら落ち着くんじゃないか」

 とりあえずあの場を治め、親子水入らずで話させてやろうということでコスモス、カオス共に屋敷に戻った後。
 こっそりと二人の様子を伺っているのは、よくティーダと行動を共にするクラウド、セシル、フリオニールの三人。
 邪魔をする気は毛頭無く、ただ純粋にティーダのことが心配なだけだ。
 三人とも普段から弟のように可愛がっているティーダが、ようやく父親と向き合えるようになり素直になったのは喜ばしいことだが、少し寂しくもある。

「おやじ~」
「なんだよ」
「好き~」

 座っているジェクトに正面から抱きついたままのティーダは、今までアレだけ嫌いだと言っていたのが嘘のように幸せそうだ。
「まぁ……ティーダが幸せそうなら、いいか」
「だね。僕らもそろそろ行こう」

 クラウドも頷く。結局三人とも、ティーダにはとことん甘いのだ。

 三人が去った後もティーダはジェクトにべったりとくっついて離れない。
 ジェクトも呆れたように苦笑し、ぐしゃぐしゃとティーダの頭を撫でているが、内心ではかなり喜んでいる。
 『だいっきらい』からこの変貌ぶりは流石に驚いたが、十年もの間寂しい思いをさせてしまっていたのなら当然のこととも言えるだろう。
 表には出さないが、元々寂しがりやで、けれど甘え下手なティーダがここまで素直になったのならそれを受け止めてやらなければ。

「ったく、ジェクトさんちのおぼっちゃまはそんなにオレ様のことが好きかぁ?」
「うん、だいすき」

 即答された。
 正直、いやかなり、嬉しいが照れくさい。今までが今までだっただけに余計そう感じるのかもしれない。

「あ、好きつっても、家族としてもだけど恋愛対象としてもだからな!」
 うんうんそうかとティーダの話を聞いていたジェクトもこれには流石に噴出した。今ティーダはなんと言った?

「だからー言ってんだろ! オレはオヤジが好きだったんだってー!」
 照れているのか怒っているのか、僅かに顔を赤くしたティーダに睨まれる。いやまさか、そう来るとは思わなかった。
 そういえば、まだ嫌われる前の、本当に小さい頃だったか。ティーダが、

『おっきくなったらね、おやじのおよめさんになる!』

 なんて言い出したことがあったことをふと思い出す。その後妻に「男の子はお嫁さんになれないのよ」と言われて大泣きしたことも。
 まさかこんな年の息子にそれを言われるとは思わなかったが、それだけ好かれているというのは別段悪い気はしない。

「そりゃ嬉しいねぇ……今でもお父様と結婚したいーとか思ってんのか?」
「当然! オヤジはオレの嫁!」

 なにやら立場が変わっている気がするが面倒なのでそのままスルー。
 ぎゅうぎゅうと抱きついてくるティーダの頭を撫でながら片手を後ろについて天を見た。

(あ゙ーうー……でもおめぇ息子だからなぁ)
 ただでさえ男同士で、そのうえ親子なのだ。社会的に、道徳的に許されるはずも無い。
 そこではたと気づく。ティーダは多分、本気でこう言っているのだろう。
 では、自分は? ティーダを、息子を恋愛対象として見ることができるのか? できたら、どうする?

「……あのさぁオヤジ」
 ぐるぐると考えているうちにティーダがぽつりと呟いた。そちらに顔を向けると先ほどとはうって変わって至極まじめと言うか、気まずそうな顔をしている。

「別にオレ、本当に恋人になれとか言ってんじゃないぞ? マジにとるなよ?」
「あ? ……あぁ」

 何だかいきなり水でもかけられて思考を中断させられたような気分で何か腑に落ちない。何よりティーダの表情が、
「今のまま、親子として仲良くやってければそれでいいんだし、難しく考えんなよ」

 その笑顔が何だか、泣き出す前の子供みたいだったから。
(……あー……息子、だからなぁ……)

「おら、ガキ」
「へ……?」

 しょーがねーなーと笑って呟いて、ちゅ、と触れるだけのキスをした。
「泣くなよ」

 人間、混乱したときは喋れなくなるんだなと思った。

「っ、っ、っ」

 真っ赤になって、嬉しいのか笑いそうになった顔は、くしゃりと歪んで。

「――――馬鹿!!!」
 そう叫んで立ち上がると、ぼろぼろと大粒の涙が零れて、それを拭うこともせず走っていってしまった。
「……あー……」

 頭をかく。多分、答えは最初から出ている。

――――――

 小さい頃から、ずっとずっと嫌いだって思い込んでた。
 でも本当は構って欲しくて、でもオヤジはブリッツのスター選手で忙しくて。
 ブリッツをしてるオヤジはかっこよくて、それを邪魔したくないから我慢してた。だからオヤジが休日の時は遊んでもらいたかったのに、オヤジの傍にはいつも母さんがいて。

 逆、だった。二人でいる時、母さんがオレを見てくれないから、じゃなくて、オヤジがオレを見てくれないから、嫌だったんだ。
 きっと、母さんに嫉妬したのだ。いつもオヤジの傍にいたから、それを邪魔したくていつも母さんを呼んだ。それがいつからか――何故変わってしまったんだろう。

 この世界でオヤジと分かり合えて、改めて昔のことを思い出して、考えるうちに本当のことに気がついた。思い出した。
 ずっとダイッキライだと言いつづけてきたから最初は信じられなくて、でも考えれば考えるほどそれが自分の本心なんだと分かってしまって、

 そう分かってしまったら、何だかすっごく恥ずかしくて嬉しかった。

 気づいてしまった時、叫んでみたけれど全然落ち着かなくて、その高揚感のままオヤジのとこに駆け込んで、それから、それから。

 ……色々言っちゃったけどさぁ、ただの親子でも十分だったのに、なんで。

「……きす、すんだ、よ……馬、鹿……っ」

 零れる涙を止められなくてぐずぐずと鼻をすする。

 何をされたのか一瞬分からなくて、分かった途端頭に血がカーって上った。何すんだよって言おうとしたのに、嬉しいって気持ちがぶわぁって膨らんでさ。
 あぁ、オレ本当にオヤジ好きなんだぁって思ったら、もっと欲しくなった。『親子』でいいのに、もっと欲しくてたまらなくなった。でもそれはダメなんだ、『親子』だから。

 「オラ捕まえたぞ!」
「っ!?」

 後ろからひょいと抱き上げられる。誰なのかなんて丸分かりだから暴れた。今はやだ。

「離せよ馬鹿オヤジ!」
「なんだぁ? さっきまでの甘えんぼはどうなった?」
「うっさい! 馬鹿! も……っ……やだ……」
「……泣くなっつっただろーに」
「あんたのせいだろばかーーーー!!!」

 もう隠しもせずにぴーぴー泣く。抱き上げる腕が心地よくてこのままがいいなんて思ったり。

「……ティーダ」
「何だよッ………………っ、」

 あ、れ?

「っ、……ふ…………ッ!?」

 オレ……キ、ス……され……て……

「んんッ……!」
 ぬるりと肉厚な舌が入ってきて、口内どころか思考までぐちゃぐちゃにかき回される。
 押し返したいのにできない。体が本能的に求めてしまうから。社会的にも道徳的にも許されなかったとしても、どんなに我慢しても、本能が欲しがっている。
 そろりと口内を撫でられてぞくぞくと背筋に震えが走る。甘い誘惑に身を任せてしまえば、もっと、と自分から抱きついた。

「……っぁ……お、やじ…………!」
「ったく、甘えんぼだなぁジェクト様のガキは」

 ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返される。そんなんじゃ足りない。十年分、埋めるくらいもっと。

「なぁティーダ……」
「ふ…………?」

 顔を両手で固定されて、視線を合わせられる。それはいつもの野性味を帯びたものじゃなくて、優しいものだった。

「オレはよ、最初に思ったんだ。『でもおめぇ息子だからなぁ』ってな
「…………?」
「……わかんねぇか? 『でも』なんだよ。迷ったんだよオレは」

 つまりそれは、『息子』じゃなければ、良かったってこと?

「『親子』っつーのは確かに周りから見たら在りえないし許されないことなんだろうけどよ、要はオレ様がどうしたいかだ」
「……どう、したい?」
「おう。オレはもう答え出したぜ。オメェは、どうしたい」

 質問に質問で返すなよ、とか言いたかったけど、もう滅茶苦茶嬉しくて、嬉しすぎて、どうしたらいいかわかんないんだ。

「おーおー泣き虫だな相変わらず」
「……っる、さ……」
「へいへい。で? 答えは?」

「――決まってんだろっ」

 次の日から、今まで以上に仲睦まじい親子の姿が見られるようになった。

(オヤジー! ちゅー!)

――――――

あとがき

 長らくお待たせしてしまいました;申し訳ありません!
ネタの泉より、『ティーダが親父好き好きで親父は「あーうーおめぇ息子だからなー」と迷いつつもちゅうくらいはしてやってる的な親子』を書かせていただきました!はこさんありがとうございましたー!
何だかあまりネタに添えていないような気もします……力不足ですね……精進します!
というかもうティーダがオヤジ好き好きすぎてすみませんって感じです。最早別人……orz
ギャグなのかシリアスなのか甘々なのかよくわからないものになってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!

微妙に裏に続きを書く……つもりだったり……

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