父親と別々のチームになってからというもの、最近はなかなか時間が合わずに一緒にいられる時間が少なくなっていた。
だから、というわけではない……と、思うのだけれど。
何気ないことだった。
遠征が終わり、久々に戻ってきた我が家。父のチームは明日に終わるはずだ。試合以外で会えるというのは久しぶりな気がして素直に嬉しかった。
――親子で、男同士で、恋人だなんて世間に公表できるような関係ではないけど。共に過ごすことのできなかった時間を埋めるような密な交わりは、とても幸せなものだった。
……また調子に乗るだろうから、彼には言わないのだが。
「掃除しとくか」
誰に言うでもなく、しばらく空けていた家の掃除をした。それが多分、まずかった。
「うおーふかふか!」
干した布団と清潔なシーツをベッドに設置し思わずダイブする。
柔らかい感触に包まれて表情を緩ませながら無駄に広いキングサイズのベッドを転がった。
(久々に会えるなー)
うつぶせになりながら指先でシーツを撫でる。
……と、不意に感じたあの男の匂いに――いや、ここは彼のベッドなのだから匂いがしても不思議ではないのだけれど――カァ、と体が熱くなる。
匂いというのは不思議なもので、それに関するいろいろな記憶を一瞬で連想させる。しかも場所が場所なだけに、思い出すことと言えば……。
(うわーうわー馬鹿! 思い出すな!)
ぎゅう、と自分の体を抱きしめるように腕を回して縮こまるけれど記憶の奔流は止まらなくて、ベッドを降りようと思い立った時には体の中心に熱が集まっていて。
(ちょっと、会えなかったくらいで……)
熱のこもった吐息を吐く。こういう時だけは体の若さが恨めしい。
ずくずくと疼くそこはすぐ治まってくれそうにはない。せめてトイレなり自分の部屋なりに戻ってから、と理性は言うのに。
(帰ってくるの……明日……、……)
熱に浮かされた思考はそろそろと手を下肢へと運んでしまったのだった。
「……っ……ん……」
横になって部屋着にしているハーフパンツをずらせば、熱く張り詰めたものが露になる。匂いで興奮するなんてどれだけ溜まってるんだとかオレ変態かとか、思考はぐるぐるしているのに手は勝手に動いていく。
「はっ……」
いつもこのベッドで事に及んでいるとは言え、こんな風に一人でなんて初めてで、帰ってくるのは明日だと分かっているのに後ろめたさや羞恥で頭はいっぱいだ。
それでも、快楽に素直な体は刺激を求めてゆるゆると手を動かす。先端や括れを指先でなぞると手の中のものが脈打った。
「……ぁ……」
(おやじ……の……)
少し顔を傾けてシーツに鼻先を埋めれば、先ほども感じた匂い。
すり、と頬を寄せればもっと強く感じられるような気がして、どきどきと心拍数が上がっていく。
(なんで……おれ……こんな……)
汗臭いだとかそんなのじゃなくて。大人の、男の匂いがする。
抱かれる時の力強い腕や熱い吐息、名前を呼ぶ、低い声まで脳裏を掠めて。
「ッ……ん、……ん……!」
普段一人でしたって声なんて出さないのに、ぞくぞくと走る快感に息は乱れっぱなしで堪らず空いた手でシーツを握り締めた。
「……っ……お、ゃ」
「……何やってんだ、おめぇ……」
「ひぇっ!?」
突然の事に思い切り間抜けな悲鳴を上げて目を見開けば、部屋の扉を開けて呆然と立っている男の姿が視界に映った。
「…………」
「ぁ……ぅ……あ」
頭が真っ白になるとはこのことで、思考が働かないままただ全身ゆでだこのように真っ赤にして口を開閉させることしかできない。人間、本気で混乱すると何もできないのだ。
先に回復したのは男の方で、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて部屋に入る。
そこで漸くハッと思考が回復して、慌てて両手で前を隠して体を縮こませたけれどもうあまり意味が無かった。
――がちゃ。
普段あまり聞く事の無い施錠音にびくりと体を震わせてそちらを見ると、遠征に持っていった荷物を放り投げた父親が後ろ手で鍵を閉めたところだった。
「な、」
「続けろよ。見ててやるから」
「は……?」
この男は何を言い出すのだと呆気に取られたまま、ラグの上にどっかりと座り込んだ男を呆然と見つめた。
こんな状況なのに……否、こんな状況だからこそなのだろうか。恋人である男に見られているという恥ずかしさで体の熱は到底治まりそうもなく、もう少しで上り詰めていたはずのそこはとろりとした蜜を滲ませているのがわかる。
それを隠すようにますます身を縮ませると床に座った男がふっと笑う気配を感じてかちんとくる。何が見ててやるだ、デリカシー0のおっさんめ。
さっさと吐き出してしまいたいが見られるのは嫌だし、前かがみのままあの横を通ろうとすれば捕まえられるに決まってる。
「んだよ、しねぇのか?」
「……あんたがいないとこでする……」
「ああ? じゃあ出てけってか? ココはオレ様の部屋だぜ?」
「っじゃあそこどけよ……!」
「やだ」
何が「やだ」だこのクソオヤジ! と言いたいのは山々だが、こうなった父親は頑として譲らない。いつだって自分が小さなため息と共に彼を許してしまうのが分かっているから、そこに座って動かないのだ。
(……さっさと終わらせよう……)
結局いつものように自分がそのわがままを受け入れてしまった。そもそもこんな所で始めてしまった自分も悪いのだと分かってはいるけれど、予告もなしに帰ってきた父親に悪態の一つ二つ言ったって罰は当たらないはずだ。
「……っ……んなの見て何が楽しいんだよ……ッ!」
「あー? 楽しいぜ、可愛いおぼっちゃまがちゃあんと一人で出来んのか確かめねぇとな」
「……ぁっ……ん、く……っそおやじ……へんたい……ッ」
「人のベッドでナニしてたやつに言われたくねぇなぁ」
ぐぅの音も出ない。もう手早く終わらせるしかないと目を閉じて行為に集中することにする。もうすぐ上り詰めるというところで邪魔されたそれは未だ熱と大きさを保ったまま震えていた。
「ん、ぁ」
くちゅ、と濡れた音が聞こえて、恥ずかしさで体中に熱が広がる。見られている、そこに人がいるのだと思うと上手くできないから意識の外に追いやっている、のに。
「へぇ、そこがイイのか?」
「ッ~~~~」
一々話しかけてくるのは絶対嫌がらせだと思う。目は閉じていて見えないけど、絶対にいやらしい笑いを浮かべているに違いないのだ。
腹が立つことこの上ないのに、この男が、今自分がやっているように触れてくれたら、と思うと。
「……ッ……! ぁ、あっ……! ……や、じ……ッ」
自分でも驚くほどあっさりと上り詰めて、小さく体を震わせながら吐き出されるそれをぼんやりと見た。
乱れた呼吸のまま、倦怠感に身を包まれていると急に肩を掴まれて仰向けにされた。驚いて目を開けるとそこには当然男の姿があるわけで。
「は……ぁ……なに……?」
「…………」
「……? おや、んッ」
唐突にキスされて、反射的に押し退けようとしたらやんわりと手首を掴まれてベッドに押さえられた。達したばかりで敏感な体は素直に反応を示して、堪らず背を撓らせる。口内をかき回す肉厚な舌がたまらなく気持ちいい。
「んっんッ……ふっ……ん、……んん」
手首を押さえていた片手はするりとTシャツの隙間から中へ侵入し、ついと肌を撫で上げながらやがて硬くなっている突起へと触れた。きゅ、と摘まれて体が跳ねる。その指先から与えられる快楽が、ぴりぴりと小さな電流のように体を這い、じんわりと熱を上げる。
尚も続く口付けで息は乱れ、ぼーっとした思考のままとろりと口の端から零れた唾液が首筋へ伝うのを感じた。
漸く解放された時には体はすっかり反応していて、さっさと終わらせて逃げようと思ってたのに何てことしてくれるんだ! と恨みがましい目で見上げ……ようとして体をうつ伏せにひっくり返された。
「っ……にすん……だ……よ、……ッ」
背後から覆いかぶさられて体が強張る。硬く張り詰めたものが腰のあたりに当たって顔が熱くなった。
耳元に熱っぽい吐息が当たったかと思うと食まれて背が撓る。興奮してるんだ、と全身で訴えられているようで、その雰囲気に引き摺られるように体の奥に熱が灯る。
これはもう抵抗するだけ無駄だと悟り、しょうがない、と諦めてため息を吐く。
――と、耳を食んでいた唇が離れて、体中に響くような低い声が鼓膜を震わせる。
「なぁ……おめぇいつもああなのか?」
「……な、に……? ……んッ……んー……」
ちゅ、と項をきつめに吸われて、ああ痕が残る面倒くさいと顔を顰める。痕を残したであろう場所を舌でぐりぐり弄ったり軽く歯を立てたりしていた男はくつりと小さく笑い。
「……いつもオレ様のこと呼びながらイってんのかってことだ」
「……っは!? な、なんだよいつもって! んなこと言ってないっつの!!」
「自覚ナシかよ……」
やれやれと呆れたような息をつきつつも、その顔は絶対いやらしい笑いを浮かべているに違いない。誓ってもいい。見えなくったって分かるのだ。
「だから言ってな……ッ……!」
「はあ……何でそうカワイイかね、ジェクトさんちのおぼっちゃまは」
止まっていた指が動きを再開する。硬く尖った突起を、そのごつい手からは想像も出来ないほど優しく、繊細に指の腹で擦り、摘み、転がす。
片手が一瞬離れたかと思うと指を口に突っ込まれ、そしてまたすぐに胸へと戻っていく。
「やっ! あ、あっおやじ……!」
唾液で塗れた指は、乾いた方とはまた別の快感をもたらす。ぬるぬると滑りのよくなったそこを何度も摺られて、再び雫を零し始めていた性器が切なげに揺れた。
「はッ……あ、ん……んん、んっ」
「濡れてる方が好きか? ん?」
両の突起を嬲られながら、耳も食まれて体が竦み上がる。耳も感じやすいのだと知ってしまったのはいつだったか。
答えられない状態なのは一番よく知っているくせに意地の悪いことだと、精一杯の力を込めて後ろにいる男を睨んでやったつもりなのに、そのペースは全くぶれない。
どころか不意に、きゅっと突起を同時に摘まれてあられもない声を上げてしまった。
「あぁあッ……! っぁ……ぁ、……っ……さ……いあく……ぅ」
「んだよ、今のでイっちまったのか?」
「……っるさ、い……」
折角干したばかりだったシーツはもう先走りと今放ったものでいくつも染みを作ってしまった。
どうせ汚すのだと分かっていても、こんなにも早いと勿体無い気分になってくる。腰を突き上げるような格好がつらくて、汚した場所を避けるようにベッドに体を預けた。と、男もそれに習うように後ろに横たわる。男の巨躯にベッドが少しだけ軋んだ。
「よっぽど溜まってたんだなぁ? 待ちきれずにお父様のベッドで一人でするくらいだもんな」
やけに嬉しそうな声が酷く癪だ。一人でしているところを見られただとか、しかもその最中に無意識に呼んでしまった、とか、胸と耳だけでイってしまった、とか。
「っ……ふ」
恥ずかしいやら情けないやら、調子に乗る男が腹立たしいやら。
色んな感情が溢れ出して、それと同時に涙までちょっぴり溢れて。
「な、なんだよ泣いてんのかよ……」
「っさい泣いてねぇよばか」
隠れるようにシーツに顔を埋めてしまうと、ちょっと……ほんのちょっとだけ、おろおろしてるのが分かって、なんだかもうそれだけで許してしまいそうになる。相変わらず、泣き顔には弱いらしい。
にやけそうになる顔をシーツに埋めたままにしていると、後ろから抱きしめられて、熱い体がぴったりとくっついた。
「……こんくらいで拗ねんなよ」
「拗ねてない」
ぴしゃりと言い返すと、ちょっとは効いているのかしょげたような気配がして、堪えきれずに肩を揺らしてしまった。そのことに抱きしめている男が気付かないわけもなく。
「おめぇ……」
「……するならさっさとすれば。オレ他にもやることっ……」
「オレ様をからかった罪は重いぞクソガキ。声枯れるまで啼かせてやっからな」
拗ねるなと言った男の方こそ、このくらいで拗ねないで欲しいと思いながら、後ろから回された手をそっと握った。
――――――
「ん、くっ……」
「おら……まだ入んぞ……っ」
「や、あ、あっ」
久しぶりに拓かれるそこは固く閉じられていて、念入りに、それこそしつこいくらいに慣らされた。
それでもやっぱり受け入れる痛みと苦しさは強くて、はっはと短い呼吸を繰り返しながらなんとかそれを受け入れようとした。
再び四つん這いにされ、後ろからの挿入。大きな手で腰を掴み、小さく揺するようにしながら進んでいた男は不意に体を起させて、あ、と思った時には。
「あ、あああぁあっ!!」
「っ」
四つん這いだった体を起され、座った男の上に降ろされる。所謂背面座位というやつで、自分の体重で男のものをずぶずぶと受け入れてしまう感触に悲鳴があがった。
「あ……ぁ、あ……は」
「悪ぃな……我慢できねぇ」
「おや、じ……っ……ひッ」
足を抱えられ緩やかに上下運動させられる。ベッドのスプリングの助けもあって、凶悪なくらいに猛ったものが最奥を突き上げた。
同時に片手で胸の突起を弄られて、びりびりと走る快感に泣きながらかぶりを振る。
「ひ、ぃ……っ! お、ゃじ……ぁあ、あっ……ん、く……!」
「……っ……なぁ……オレだってよぅ、おめぇが、いない間……っ」
久しぶりの、嵐のような激しさと快楽に意識が混濁としているのに、彼の言葉はなぜかはっきり聞き取れた。
「おめぇで……ふっ……ヌいたりしてんだぞっ……今更恥ずかしがるようなことかよっ」
「ん、あっ」
首筋に軽く噛み付いた男は本当に拗ねた子供みたいで。やっぱり、しょうがないなぁと頭の隅で思いながら少しだけ後ろを向いてキスをせがんだ。
少し驚いたみたいだったけど、すぐに熱く舌を絡めるキスで応えてくれる。キスしながらイくのが一番好きで、最高に気持ちいいと知っているから。
「ん、んっ……んんー……ッ……ぁ、おや、じ……おやじ……っ」
「ティー、ダ……っ」
「っあ――――!!」
思考が白に染め上げられる。がくがくと痙攣する体に、熱すぎるくらいの快楽の証を注ぎ込まれて、離れていた、会えなかった間の欲求が満たされていくような気がした。
くたりと弛緩した体が抱きしめられ、項に何度も唇が落とされる。
尾を引く余韻に体を震わせながら、とろんとした目で男を見上げた。
「……やじ……」
「大丈夫か……?」
「ん……」
自分からちゅ、と触れるだけのキスを送ると、自分を抱く手に手を重ねて。
「もっと……」
そこから後は覚えていない。
「けっきょく……」
「あん?」
次の日、気だるさに体もろくに起せないまま、宣言通りに枯れ果ててしまった声で訊ねる。
「……んで……はやかったの……」
予定より早く帰ってきた、そのことを訊いた。すると男はぽりぽりと頬をかきながらそっぽを向いた。
「試合とか練習とかは昨日で終わりだったんだよ。で、行ってた場所がちょうどリゾート地の近くだってんで折角だから一日はそこで休暇取れって言われてたんだ」
「じゃあ……」
その休暇を取らず、一人だけ早々に帰ってきたというのか。こちらがそう考えることも予想できたのか、ふんと照れくさそうに鼻を鳴らした。
「だから……決まってんだろぉが……おめぇに」
会いたかったからだと。そう言われて。
「オヤジ……そんなに……セックスしたかったんだ……」
「んだよ悪いかよ。つかおめぇだって人のこと言えねぇだろうが」
半ば呆然と、感心したように呟くと口を尖らせて拗ねるから、思わず笑いがこみ上げて。
「あ、おい何笑ってんだよ」
「ふ……ははっ……」
肩を揺らして笑いを堪えるのが気に入らないのか頬を弱くつまんでくる。
何だか無性に嬉しくて、幸せで、頬をつまむ手を離させると緩く握った。
「うん、オレも、したかった」