※『元凶は何処に』の続きっぽいもの
「んだよこりゃあ……」
「あはは、おやじが二人に見えるー」
試合の後、友人達と遊びに行くと言って夜の街に繰り出していった息子。
ジェクトはジェクトで仲間と飲みに行っていたのだが、珍しく息子より早くに帰ってきていた。
帰りの遅い息子に悶々としながら大して面白くもないバラエティー番組をぼんやり見てたところに、やけに上機嫌な声とともに扉が開く音がした。
扉の音はしたが自分の部屋へ行く気配もこちらへ歩いてくる足音もせず、様子を見に行けば玄関で寝転がっているのを見つけて呆れたようにため息をついたのがつい今しがただ。
「ばぁか。キングはオレ様一人で充分なんだよ」
「ったりめーだー、おやじみたいなのが二人もいるとか勘弁ッスー」
けらけらと笑うティーダはどこをどう見てもただの酔っ払いだ。
いつもはこんなになるまで飲んだりはしないので珍しいと思いながら手を貸す。
「ったく、この前と逆だなこれじゃ……」
ふと以前、ジェクトが酔って帰ってきた時のことを思い出す。
あの時、酔っていたジェクトは事もあろうに自分の息子に――。
「チッ」
あまりいい思い出ではないそれが蘇ってきて胸にもやもやとしたものが広がる。あの日のことは、できるだけ考えないようにしていたというのに。
あの後暫らくはぎくしゃくしたが、ようやく普通に戻ってきているのだ。そうだ、忘れてしまえと記憶を無理矢理奥底へと押し込みながらティーダの頬をぺちぺちと叩いた。
「オラ起きろ。お子様はベッドで寝ろベッドで」
「んー……」
とりあえずと上半身を起して座らせると、赤ら顔の息子がにこにこしながらしなだれかかってくる。
いつもこうなら一層可愛いというのに、なんて思いながらも、結局は怒った顔すらもジェクトにとっては可愛く愛しいものなのだから手に負えない親馬鹿ぶりだ。
「立てって言ってんだろ、ほら」
「やだ」
「ああ?」
「部屋まで連れてけ~」
「ガキかよ……」
ジェクトの首に腕を回して抱きつき、肩を揺らして笑う姿は、普段のティーダからは考えられないものだった。
家事はなんでもそつなくこなすし、当然朝は自分で起きる。十年も一人暮らししていたのだから、ティーダがジェクトに手を借りることなど殆どない。
かつてのように憎まれているわけではないが、もう十七という年齢や本人が意地っ張りなのもあるからだろう。
だから、こんな風にティーダがジェクトに甘えてくるのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。
ツンツンした息子もジェクトにとっては可愛いものだが、こう、急に素直になられるとむずむずと落ち着かない。
「しょーがねぇな……」
「わーっ」
首に抱きつかせたままひょいと身体を抱きかかえると、ティーダが歓喜の声をあげた。
ふふふと耳元で笑われ吐息がくすぐったい。
先ほどからもやもやむずむずと得体の知れない感覚が消えてくれない。大して距離もないはずのティーダの部屋までの道のりがやけに長く感じた。
「ほらよ、これでいいかお坊ちゃま」
「えへへ、ありがと」
そっとベッドに下ろしてやれば、さらりとそんなことを言うものだから柄にもなく顔が熱くなった。
役目は終わったとばかりに出て行こうとすると、何かにひっかかったように服が引っ張られる。
なにやら嫌な予感を感じながら振り返ると、先ほどまでとは打って変わって不満そうな顔がそこにあった。
「まだ何かあんのかよ……」
「ちゅー」
考えること数十秒。
しかし考えるまでもなくその単語はそういう意味しかなくてジェクトを戸惑わせた。
「おやすみのー、ちゅー」
ご丁寧に自分の唇まで指差してくれる。
「……っとにガキかよ。早く寝ろつってんだろ」
「ちゅーしてくんないと寝ない」
完全に目が据わっている。
これだけ酔っているのだから放っておけば勝手に寝そうなものだが、ティーダはジェクトから目を離さなかったし、掴んだままの服も離してくれそうにない。
ついこの前あんな事をされて、あれだけ怖がっていたくせにとジェクトの内に僅かな苛立ちのようなものすら滲んでくる。
「……嫌、なのかよ」
トドメと言わんばかりにしゅんとする姿に結局折れたのはジェクトの方だった。
愁いを帯びた表情はジェクトですらどきりとする。
ティーダの顔の脇に手をつくと、重みを受けてベッドがぎしりと軋んだ。
――ああもう、明日になって、酔いが抜けた後で騒いだって知るものか。
軽く触れるだけのキスを落とす。
――頬に。
(っああ! くそっ、できるわけねぇだろ馬鹿息子)
以前の、あの時の光景が脳裏に蘇る。震える身体と怯えた表情は、今でもジェクトの胸をちくちくと苛む。
今、ティーダが言っていたのは明らかに唇へのキスだった。でも、できるわけない。もうあんな――
「っ」
不意に首に手が回された。
ぐい、と引き寄せられて。
「んっ……」
ちゅ、ちゅ、と何度も啄ばむようなそれに、無意識に唇が緩んだ。
「ん……ふ……っ」
ぬるりとしたものが入り込んでくる。
ガキの癖にどこで覚えやがった――そんなことを思う程度には、それは慣れた動きで。
――先ほどの、もやもやむずむずとした感覚がまた蘇ってくる。
ぬるつく舌が口内で動き、じんと頭が痺れるようだった。
ジェクトは抵抗できるはずだった。否、本当は抵抗しなければいけなかった。
たかが酔っ払いの力なんて、ジェクトの力なら簡単に振りほどけるはずだった。
でも、ジェクトはそれをできなかった。振りほどくことを、しなかった。
振りほどきたく、なかった。
鼻に抜ける甘い声が耳朶を打つ。
ぎしりと軋む音を響かせて、ジェクトの体がベッドに乗り上げる。
ティーダに合わせるようにゆるゆると舌を絡ませた。
「は……」
惜しむように一度唇を食んでから離れて一つ息を吐いた。
顔が見たくて少しだけ身体を離そうとしたが、首に回された腕を解くのはなんだか惜しく、動ける範囲で離れてみた。
「……すー……」
「って寝るのかよ!」
目を閉じ安らかな寝息を立てる息子に思わず突っ込んでしまい、はっと口を噤んだが起きる気配はなかった。
「…………はああああああ……」
盛大にため息をつく。
ちゅーしてくんないと寝ないと言った息子は、キスしたら本当に寝てしまった。
……いやいや何を期待しているのかと自分で突っ込むが、最早ジェクトには言い逃れようがなかった。
「くそ……」
中途半端に身体を起しているのも疲れたので、ジェクトは何もかもを諦めてティーダの隣に身体を横たえた。
ついでとばかりにティーダの身体も横にし、互いに向き合うように寝転がる。
首に回された腕はそのままに、ジェクトもティーダの身体を抱きしめた。
酷く、離れがたい。
腕の中の温もりを感じながら、果たしてこれからどうするべきかと考えているうちに、ジェクトもまた眠りに落ちていった。
翌朝目覚めたティーダに蹴り落とされて目覚めることになるとは知らずに。