そうだね……それはとても魅力的で、甘美……
一度その味を知ってしまったらきっと……やめられなくなるよ?
「………………うぬぬ」
「お、どしたティーダ? 珍しくスコールばりに眉間にシワ寄せて」
「ははっ、スコールみたいに老けても知らねーぞー」
「…………」
「うっわ冗談だってぎゃーー!!」
「……馬鹿バッツ」
最早日常的な風景と化したスコールとバッツの追いかけっこを眺めながらジタンが呆れたようにため息をついた。
金の毛並みの尻尾をゆらりと揺らしてティーダのほうに振り返ると、先ほどと変わらず難しい顔をしてうんうん唸っている。二人の追いかけっこに気づいてすらいないかもしれない。
「……おーいティーダ?」
「…………ううう」
「……てぃ・い・だ!!」
「ううああっ!?」
飛び上がって大声を上げたティーダはやはりジタンに気づいていなかったようで、余程驚いたのかバクバクと鳴る心臓を押さえながら涙目で見上げてきた。
「な……何スか?」
「いや、何か考え込んでるみたいだからさー」
そこにバッツのHPを1にして満足したのかスコールが戻ってきた。少し遅れてバッツも。
「いっててて……そうそう、オレも気になってたんだけど」
(俺は別に……)
「はーいスコール君逃げない逃げない」
「……逃げようとはしていないんだが」
興味なさそうにはしているが根は面倒見のいいスコール。何だかんだで三人に話を聞かせなければいけない状況になりティーダは少し恥ずかしそうに俯く。
『笑わない?』と確認するような上目遣いは同姓であるにも関わらず何だか可愛く見える。
うんうんと頷き頭を撫でるバッツに少し疑わしい視線を向けながらも、ティーダはおずおずと口を開いた。
「…………セフィロスが……ちゅーしてくんない……ッス」
数分後、ぼこぼこにされながらも腹を抱えて笑うバッツの姿があった。
「オレ……オレさぁ…………その、キスとか、そーいうことするイコール恋人……とか、思ってるわけじゃないッスけど……」
動物なら確実に耳と尻尾が垂れ下がっていそうな様子で話すティーダ。どうにも年上に見えないその様子に、ティーダの保護者役とも言うべき三人の気持ちが分かった気がするとジタンは苦笑した。
「やっぱ好きだから……くっつきたい、とか……キス……とか……思うッスよ! ……セフィロスは、思わないんスかね……」
オレに魅力ないとか……と珍しくネガティブなティーダの発言にスコールも小さく笑った。くしゃりと頭を撫でるときょとんとした瞳とかち合う。
「そう思うことは別におかしくはないだろう……と思うが。あいつがそういう事をしてこないのは、何か理由があるから、かもしれないな」
「理由……ッスか……」
「ははっ、意外と手順踏むタイプとか? じゃあ本当はすっげー我慢してるのかもしんないぜ?」
「うーん……なんつーか……」
どうにも煮え切らない様子のティーダを励ますようにジタンが背中を叩いた。
「じゃあさ……」
内緒話をするようにジタンが声を潜めて顔を近づける。
――――――
「セフィロスー!」
「ティーダ」
主人を見つけた犬よろしく大急ぎで駆けてくるティーダの姿を見つけ、セフィロスが表情を緩ませる。
飛びついてきた体を受け止めるとぐりぐりと頭を押し付けられてくすぐったい。
しかし、常ならもう体を離して自分の手を引きながらしゃべり始める所なのだが、今日はやけに離れようとしない。
「??」
『要はセフィロスがキスしたくなるように仕向ければいいんだろ?』
『まぁ……。オレからするのは簡単なんスけどね……手繋ぐのとか抱きつくのとかもいっつもオレだからなぁ……』
『じゃあまずはこんな風に』
『作戦その一、いつも以上にスキンシップする』
「……ティーダ?」
「なーんスか?」
「今日はどこへ行く……と言っても、そんなに行く場所もないが」
「んー……後で泉行くけど、特に決めてないッス」
抱きついたまま上目遣いで話すティーダにどきりと心臓が跳ねる。自分を落ち着かせるように、少し痛んだ金色の髪をくしゃりとかき混ぜた。
「……なぁ、セフィロス……」
「なんだ?」
じい、と抱きついたまま見上げられて心臓がスピードをあげていく。どうしたというのだろうか、今日のティーダはいつもと違うような気がする。
『作戦その二、視線で訴えかけてみる』
「……?」
「…………ん……なんでもない…… ほら、行くッスよ!」
「あぁ」
僅かな違和感を持ちつつもティーダに手を引かれて歩き始める。ほんの少し、怒っているように感じたのは気のせいだろうか。
けれど、繋いだ手の温かさにほっとする。
数日前に初めて自分が手を引いた。ただそれだけの事で鼓動が速まっていくのが何だか変な感じで。
「でさぁ、その時オレが……」
今もまた、そっと握り返すだけで僅かに体温が上がる。けれど、たったそれだけの事でティーダははにかんで嬉しそうに笑うから、自分もまた嬉しくなる。
こんな感情知らなかった。こんな気持ちは知らなかった。――あるいは、思い出したのかもしれない。
だから、この感情を、温もりを与えてくれた彼が何よりも。
「セフィロス?」
「なんだ……?」
「なーんか嬉しそうッスね」
「あぁ……お前といるからな」
「……ぅえっ!? あ、え、あ……あぁうん、オレもうれし……っす、よ」
ぼっと顔を赤くさせたティーダは恥ずかしそうにそっぽを向いて頬をかいた。
――――――
「…………ティーダ」
「ん?」
「……寒いのか?」
泉につくと岸辺に腰掛けてティーダが泳ぐ様を眺めたりするのが常なのだが。
「別に寒いってわけじゃないんスけど……」
そう言ったティーダは隣に座ってぴったりと体を寄せてくる。話す時もいつもより顔が近い気がする。
『作戦その三、いつも以上に顔を近づける』
「あ、もしかして暑い?」
「いや、そういうわけではない」
とくとくと脈打つ心臓の音が気取られはしないかと思いながらも、そっと腕をまわしてみる。
すると嬉しかったのかぎゅうと抱きついてくる。見上げてくる瞳に何かいつもと違うものを感じて心臓が跳ねた。
――本当に、どうしたというのだろうか、今日は。
いつもよりももっと彼の温もりが近くにあって、海のような青の瞳が自分を映して。
日差しは暖かくて、気持ちのいい風が吹いているというのにじわりと汗をかく。
気持ちがふわふわと浮き足立っているように落ち着かない。もっと傍にいたくて、でもどうしたらいいかよく分からなくて、抱きしめる腕に力をこめた。
「あいたた、セフィロスちょっと強いッス!」
「あ……すまない」
苦しそうにもがくティーダの体から腕を離すと、やはり何かを訴えるような視線でこちらを見てくる。
『作戦その四、もう何か念じてみろ』(byスコール)
「…………」
「………………んあー! 泳ぐッ!」
何だかよく分からないまま、体をほぐすようにうんと伸びをすると澄んだ水面へ飛び込んでしまった。
ぴしゃりと水しぶきが顔にかかる。その冷たさに少しだけ落ち着いた。
水の中に潜ったままのティーダはまるで抵抗など無いかのように自由に泳ぎまわる。しなやかに動く体は水の動きを完全に捕らえているようで美しさすら感じるほどだ。
「はっ……あ……」
水面から顔を出してこちらへ泳いでくる。しっとりと濡れた髪に手を伸ばす。濡れた瞳にまた心臓がうるさくなる。
『作戦その五、水でしっとりお色気アップ☆☆☆』(byバッツ)
「セフィロスもたまには泳げばいいのに」
「いや、私は……泳ぎは得意というわけではないし、髪も邪魔だからな」
「んー結んだらなんとかなんないかなぁ。でもセフィロスの髪って絡まなさそうなイメージッスね」
濡れた手を伸ばして髪に触れるティーダ。濡れた肌を見ていると何だかまた
「…………?」
また、心が浮き足立つような。
――もっと触れたい。
そんな思いだけがただただ蓄積していくばかりだった。
――――――
「(ずぅーん)」
帰ってくるなりベッドにダイブしたティーダはどうやら落ち込んでいるようで、あのアドバイスでも上手くいかなかったのかとバッツは眉間にシワを寄せた。
「くっそーアレで手を出さないとは……やるなセフィロス!」
(いやお前の作戦はどうかと)
「何だよスコールも人のこと言えねーだろ」
「あっちゃー……アレはしばらくそっとしといたほうがいいな」
「つーかセフィロスって手早そうなイメージだったんだけど」
(それは俺も思った)
「まぁ、もうちょい様子見たほうがいいのかも……な」
「まったくー……ティーダぁそんなにちゅーしたいなら俺が」
「やめんかい馬鹿バッツ!」
――――――
「…………」
「ん、珍しいね……何か用かい?」
珍しい――といってもカオス側の人間は積極的に他人と関わろうとする者などほとんどいないのだが。
もうすぐ日付が変わろうというころにやってきた男にクジャは驚きを隠せずにいた。
「あぁ、聞きたいことがあってな」
「……ふうん?」
少し前から随分と丸くなったものだとは思っていたが、その原因がコスモス側のあの少年だと知った時妙に納得したものだ。
まぁたまには悪くないか、とセフィロスの話に耳を傾けたのだが。
「……という訳なんだが……自分でもどうしたいのかよく分からない」
「……………………」
彼らが付き合っていることは知っていた。惚気話でも聞かされるのかと思いもしたが……。
「ねぇ……こういう事を聞くのもなんだけど……」
「なんだ」
それを尋ねるのは少し躊躇われた。彼らが交際し始めてから最低でも一ヶ月はたっているはずだ。
そんな馬鹿なと思いながらもクジャは口を開いた。
「…………夜伽はまだいいとして……キスくらいはしたことあるよねぇ……?」
「……………………」
沈黙がおりる。その沈黙の意味を図りかねてクジャが違う質問にしようかとした時。
「……口付けは、結婚してからではないのか」
「…………はい?」
――しばらくお待ち下さい――
「いやだからさ、キスは別に恋人同士でやっても何の問題もないわけで」
「では今日のアレは…………」
「完ッ全に誘ってたんじゃないのかい……はぁ……子犬君も案外苦労するね」
「………………」
(…………あ)
クジャの目が驚きで僅かに見開かれる。あの、冷徹で残酷だと思っていた男が。
「……今からでも、行ってあげたほうがいいんじゃないのかい? きっと落ちこんでるだろうし」
「……クジャ」
「ん?」
「…………キス……というのは、どんな、感じなんだ」
破滅の死神はくすりと笑って、まるで詩を読むように優雅に、流暢にそれを口にした。
――――――
(……寝れない……)
早くにベッドに入ってうとうとしていたせいか、眠気が襲ってこず寝返りを打っていたティーダは窓を叩くような音で体を起こした。
――コン、コン。
明らかに人の手で叩かれているそれ。ここは二階。
まさか、と思いながらも慌ててベッドから降りるとカーテンを開けた。
月明かりに照らされた黒い片翼。流れるような銀の髪。
できれば、今は会いたくなかった。
「な……んスか? こんな時間に」
窓を開けるとふわりと降りてきて、目線の高さが同じになる。
「はは、オレに会いたくなっちゃったッスか~?」
からかったつもりだったのに、抱きしめられて戸惑う。どうしたのだろうかとティーダが疑問符を浮かべているとセフィロスのほうが口を開いた。
「……すまなかった」
「……え……?」
口付けのことを勘違いしていたこと、自分がどうしたいのかが分からなかったことも、――ティーダの気持ちに気づかなかったことも。
セフィロスが全て話し終える頃には、耳まで赤くしてセフィロスの胸に顔を埋めるティーダの姿があった。
「そ……れってつまり……その……」
「……嫌か?」
ぶんぶんと首を横に振るティーダ。そっと前髪をはらうと少し潤んだ瞳がセフィロスを見上げた。
「今日のこと……怒っているか」
「も、いいッス……」
くすくすと笑うティーダに愛しさがこみ上げる。最近ずっと感じていた気持ちを、今改めて理解する。
――もっと、触れたい。
――もっと、欲しい。
「ティーダ……」
「……っ…………」
少し不安げに伏せられた瞳。月明かりに照らされた頬をそっと撫でて。
『そうだね……それはとても魅力的で、甘美……
一度その味を知ってしまったらきっと……やめられなくなるよ?』
そっと、触れるだけのキス。
間近に感じる相手の香りに、意外と柔らかなその感触に、体中の血が沸騰したように熱くなっていく。
「ん……、……セ、フィ……」
「ティーダ……っ……」
「んっ……」
唇を離せば熱い吐息が頬に触れた。それに誘われるようにまた、何度も何度も啄ばむようなキスを繰り返す。
心臓はもう壊れている。思考はチョコのように蕩けている。
それでもまだ、離れたくなかった。
「セフィ、ロス……すき……」
「私も……好きだ……ティーダ」
キスの合間に何度も伝え合う言葉は、何よりも気持ちを昂らせた。
「上手くいったのかな、あの二人は……」
髪を夜風になびかせながら、クジャはコスモスの館の方向を見てつぶやいた。
「まぁ、珍しいものも見れたし、いいかな」
茹蛸のように赤い顔をしたセフィロスを思い出し、唇が弧を描いた。
――翌日。
「ふふ、昨日はどうだったんだい? そのまま熱く燃える夜を過ごしたのかい?」
「なんのことだ?」
「またまた……どうせそのまま夜伽になっちゃったんだろう?」
「……夜伽は結婚してからじゃないのか」
二人の関係は、まだまだ進展しない。
――――――
あとがき。
ひでおとめ。ひでおとめ。ひでおとめ。
なんというか、セフィロスが乙女すぎてすみませんってなりました……
『ハメツノカテドラル』のいろは様にリンク記念で捧げます!遅くなってしまって申し訳ありません!
リク内容は『ひでおとめなセフィティ』でした。いろは様、いかがでしたでしょうか……どきどき
キス=結婚してからみたいな考えだった乙女セフィーには「もっと触れたい」とかの思いとキスとが結びつかなかったようです←
最近自分でも乙女の定義がよく分からなくなってきています;でも書いていてとっても楽しかったです(笑
あ、分かりにくいかもしれませんがちゅー時はセフィが窓の外で浮いた状態でちゅっちゅしてます。うん、ACで浮いてますし問題ないですよね!
本当はバルコニーとかあったり外に連れ出したりさせてもよかったんですけどね(笑
ひでおとめ好きと言っていただけて嬉しかったですvいろは様、リンク&リクエストありがとうございました!