ぱち、と木の爆ぜる音が夜の静寂に吸い込まれる。
クラウドと交代して見張りをしながら、セシルは空に浮かぶ月を見た。
――あれからしばらく経ったが、あの時のようにティーダが不眠に悩まされることはなくなったようだった。
セフィロスと出会ってからあの日までの記憶、さらにはセフィロスという人物の記憶全てを失ったティーダは、特に変わりない。
ティーダを利用しようとしたあの男が何故記憶を消したのかは分からないが、 彼らが出会う少し前から度々浮かない顔をしていたのが嘘のように、ティーダは明るくなっていた。
二人の間に何があったのか自分達に知る術はないのだから、考えても仕方のないことではあるけれど。
「セシル……」
「ティーダ……どうしたの? まさかまた……」
「ち、ちがうッス」
他の二人を起こさないためか、蚊の鳴くようなか細い声で喋るティーダが、ごそごそとテントから這い出てきた。
いい? と首を傾げたので、頷いて少し横にずれると隣にちょこんと座る。ぎゅ、と幼子のように膝を抱えて座るティーダの瞳は戸惑うような色を見せていた。
「……何かあった?」
「ん…………」
ちら、とテントの方を気にしたティーダの意図に気付くと安心させるように笑う。
「大丈夫だよ。さっき交代して、もう寝ちゃったみたいだから暫くは起きない」
「うん……」
ティーダとセフィロスの件について、つい神経質になりがちなクラウドにはあまり聞かれたくはないらしい。
実際寝たかだなんて確認していないが、聞いていたとしてもさすがにいきなり怒鳴り込んでくるということはないだろう。
それに今は、ティーダの話を聞いてやるのが大事だ。
「……ん、と……」
常に明るく前向きなところを見せるティーダだが、その実内面はとても繊細だ。しかし言葉にするのが苦手ゆえに、精神的なことを整理して口にするのには少し時間がかかる。
焚き火の音を聞きながら、ティーダが口を開くのを待った。もしこれがクラウドだったら、少し急かしてしまうのかもしれない。
「……ないんだ」
「……何が、無いんだい?」
努めて優しく話しかける。僅かに揺れる瞳は、不安と戸惑いを隠しきれない子供のようだった。
「ここ」
そう言ってティーダは自分の胸にトンと手を当てる。もどかしげに、引っ掻くかのように指先に力が篭る。
「……からっぽなんだ」
「それは……ここしばらくの、無くなった記憶……ってことかな」
「…………」
抱えた膝をさらに抱き込んで、顔を埋める。半分ほど伏せた目は、目の前の焚き火ではなくどこか遠くを見ていた。
「それも、だけど」
自分の心を探るように、言葉を選ぶように一度目を閉じ、また開く。
「ちょっと前までさ、多分、あの日まではさ、ここがいっぱいいっぱいだったんだ。それは、覚えてないけど、分かる」
「……うん」
「たくさん詰まってたんだ。溢れそうなくらい、いっぱい、……でも」
ぎゅうっ、と苦しげに服を握り締める。安心させるように、隣に寄り添って頭を撫でた。
「なくなっちゃったんだ。いきなり、たくさん」
「うん」
「それは多分、記憶とかなんだけど」
「……うん」
「ッ……もっと、」
思いがけず大きい声が出てしまった事に驚いたティーダがびくっと身を震わせた。大丈夫、と頭を撫でると一度大きく深呼吸した。
「…………もっと、大事なものが、あったはずなんだ」
「――それが何かは、わからないんだね」
こくり、と頷く。
―すごく、大事なものだったはずなのに―
―確かに、ここにあったはずなのに―
「からっぽで、穴が開いたみたいで」
「ティ、」
「なんでなくなっちゃったんだろ……何で、」
「……」
セシルの腕に優しく抱きしめられて、ティーダは自分が泣いていることに気付いた。
いつものような、込み上げるようなものではなくて、ただ静かに流れ落ちていく涙を、ぼんやりと拭った。
「何が、なくなっちゃったんだろ…………何で、こんなに」
―何で、こんなに寂しいんだろう―
全てを見ていたはずの月は、何一つ教えてはくれなかった。