いつかの未来で

「夢を見たんスよ」
「どんな夢だ?」

 椅子に逆向きに座り、背もたれに腕と顎を乗せながら話す少年の声を聞きながら、棚においてある二つのカップを取った。
 一つには紅茶を、一つにはココアを。
「んーっと、なんか戦争じゃないけど、剣とか魔法で戦うような世界でさー」
 手は動かしながらも、少年の言葉は聞き漏らさない。ふわりとカーテンが揺れて心地いい風が入ってくる。
「そこで俺たち出会うんだけどさ、敵同士なんスよ」
「……恋人ではなく?」
 くす、と軽く笑うと少し照れたような気配が伝わってくる。鍋にミルクを入れて火にかける。火といっても、クッキングヒーターなのだが。
「えっと、そんで! そんで……そう! 敵同士だけど、色々話して仲良くなるんだ。何話してたかは覚えてないけど」
「ほう」
「でも、なんでかわかんないけど離れなきゃいけなくなって、お互いのこと忘れなくちゃいけなくって」
「敵同士だから、ではないのか」
「……わかんないけど、でも、俺は忘れたくなかったッス」
 温まったミルクを、ココアの粉末が入ったカップに注ぐ。同時に準備していた紅茶も自分のカップに注げば、二つの香りが部屋に広がる。
「あ、さんきゅー」
「ん」

 嬉しそうに笑う少年のために、いつからかお湯ではなくミルクを使うようになった。ココアの粉末もいいものを買うようにした。
 意外と甘いものが好きなので、クッキーや飴も置くようになった。
 何も無かった殺風景な部屋に、いつしか馴染んでしまった光景。

「寝る前にロミオとジュリエットでも見たのか?」
「見てないッス! ……まあ結局二人ともお互いの事、忘れちゃったんスけどね」
「そうか」

 こくりとココアを飲み、ほわりと幸せそうに表情が緩む。それを見るのが堪らなく、幸福であると気付いたのはいつだったのか。
 夢の話はそれで終わりかと思えば、少年が顔を上げる。
「……最後に」
 ―約束なんかなくたって俺は―

 夢の中で、全てを忘れる前に、そんなことを言ったと。

「……お前が見たのはロミオとジュリエットでなく、LOVELESSのようだな」
「だから見てないんだってー!」
 普段から小説を読まないことを暗にからかわれていると思ったのか、不服そうに口を尖らせる。
 ――テーブルにカップを置いて、掠めるように軽く触れる。柔らかな感触と共に、彼の飲んだココアの香りが鼻腔を擽る。
「……夢では、こういうことはしなかったのか?」
「ッ、し、してな」
 言いかけて、徐々に赤みが強くなる頬を指の腹でするりと撫でた。ぴく、と条件反射で動く瞼にも一つキスを落とす。
 恥ずかしいのか唸る彼から離れて再びカップを手に取ると、イスの軋む音がした。
「…………」
 ぽすんと背中に触れるぬくもり。そっと腰に回された手からまだ少し中身が残っているカップを奪う。
「カップは置け。危ないだろう」
「……うー」
 尚もうなりながらぐりぐりと頭を背中に押し付けてくるのでくすぐったい。回された手を取り、悪戯にキスを繰り返す。
「セフィロスがかっこよすぎて腹立つッス」
「なんだそれは」
「褒めてんの!!」
「そうか」
 堪え切れなくて肩を震わせて笑うとキスをしていた手が離れてぺしりと腹を叩かれる。

「……夢でよかったッス」
「…………」
「なんか、変にリアルな夢でさ、怖かったんだ。ほら、悪い夢って人に話すといいって言うだろ? だからさ」
 果たしてキスの感触もリアルだったのだろうか。そう考えるとなんだかもやもやとする。以前にも感じたことのあるこのもやもやのことを話したら、それは嫉妬なんじゃないかとLOVELESSを愛読する友人が言っていた。
 それにしても、なんだか似た話をどこかで聞いたような、見たような――奇妙な既視感にとらわれる。

「……昔、似た夢を見た、ような気がするな」
「え、まじ」
 同じような、しかも悪い夢を見たという事に少し不安を感じたのか腕に僅かに力が入った。
 ふわふわと、霧の中を彷徨うような不確かな記憶だが、確かにティーダの話した夢と似ていた。
 その夢の自分は、どうしようもなく無知だった。己の抱く感情の名すら、つけることは出来なかった。
 彼を守るためだと思い込んで、その感情から目を逸らした。
 そうしなければ、戦えなくなりそうだった。私は、どうしようもなく、弱かった。
 けど、今は

「ティーダ」
「んー?」

「     」

 一度体を離し、正面から抱きしめて言葉を紡ぐと、髪の隙間から覗く耳が見る見る赤くなる。触れた体も瞬間湯沸かし器のごとく熱くなり、正直なことだとほくそ笑む。

「な、なん、スか改まって」
「夢の中では、伝えられなかったと思ってな」
「もー夢の話はいいってばっ」
 どうにも甘い雰囲気になると照れてしまう恋人の肩に顔を埋めて、その香りを吸った。暖かい、日向の匂いだ。

「次はいい夢だといいな」
「……へへ、夢じゃなくってさ」

 ―ちゃんと現実で満足させろよっ―

 まったく、そんな誘い方どこで覚えてきたのか。はにかんでそう言ったティーダの体を抱き上げる。
 所謂お姫様抱っこをすると楽しげに笑う顔にもう一度キスしてから、真っ白なシーツの海にダイブした。

 こんな平和な世界で、君と出会えた偶然と奇跡に、感謝を

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