してくれないの?

 セフィロスには悩みがあった。
 人間であれば誰しも一つや二つ悩みは持っているし、セフィロスの悩みというのも、この年頃であれば当たり前の、ごく普通のものだ。
 ただ問題なのは。
「セフィロスー! はやくはやく!」
 相手がティーダだということだった。

 二人が恋人という関係になってから、早いもので半年が過ぎようとしていた。
 以前からずっと傍にいた二人だが、一つ壁を越えただけでこんなにも違うものなのかと驚くほど、毎日が充実している。
 同性同士であり、ティーダが幼いということもあって、ずっと自分の気持ちから目を逸らしていたセフィロスにとって、こうして何の気兼ねもなくティーダに触れられるというのは幸福以外の何物でもない。
 ――ただ、年齢の差とはかくも残酷なもので、思春期真っ盛りである年頃のセフィロスにとっては、毎日が理性との戦いだった。
「外食って久しぶりッスね~」
 休日に大きなショッピングモールに来た二人は、少し早めの昼食をとるためにレストランに入っていた。
 普段からどこかに行きたいなどねだることはないが、こうして連れて来てやれば素直に喜ぶティーダに頬が緩んでしまうのは仕方のないことだと思う。
 向かい合わせではなく隣に座るのは、その方が距離が近いし、ティーダがよくやりたがる所謂「あーん」や、口元を拭いてやる時に楽だからだ。

「ほらセフィロス! これおいしーッス!」
 頼んだデザートに目を輝かせながらスプーンですくった一口分をセフィロスに差し出す。
「ん……ああ、美味いな」
「へへ」
 口に広がる爽やかな酸味と甘みに舌鼓をうつ。ぺろりと平らげて満足げなティーダの顎に手をかけて上を向かせると、案の定クリームがついていた。
「ほら、汚れてるぞ」
「んー」
 ハンカチで口元を綺麗にしてやるとくすぐったそうに肩を震わせて笑う。温かくて湿った息が布越しに伝わってきて、常に隠している欲望がひそりと頭をもたげる。
 不埒な考えをこれ以上膨らませまいと手を離すと、きちんと拭けなかったのか、薄らと残る白に悪魔が囁く。

 舐めたら、どんな味がするだろう。きっと甘酸っぱくて柔らかくて、温かい。

 ふくりとした唇から無理矢理視線を引き剥がすと、そこをもう一度拭ってやった。

――――――

 ティーダには悩みがあった。
 それは年上の恋人、セフィロスのことである。
 というのも、最近妙に思いつめたような顔で、じぃ、と見つめてくることが多いからだ。
 何か悩んでいるのなら力になりたいけれど、もしもそれが、自分のことを面倒だと、重荷だと思い始めたことから来ているのだとしたら。そう考えると恐ろしくて、聞けないままでいる。
 かつての母親のように、相手をしてくれなくなるのでは。自分の傍から離れていってしまうのでは。
 大切な人がいなくなるという恐怖を知っているティーダは、ついネガティブな方へと考えてしまうのを止められない。
 そんな時に追い討ちをかけるように。

「ええ! ……とちゅーしたのー!?」
「しーっ! 内緒なんだからっ!」
「ご、ごめんね……! でもそれって口……だよね?」
「当たり前でしょっこいびとだもんっ」

 ざわつく教室内、比較的近くにいたとはいえ、その会話はティーダの耳に届いてしまった。
 恋に恋する、少し背伸びをしたいお年頃。ませた少女達はそのまま恋の話に花咲かせているが、会話を聞いてしまったティーダはその事実に愕然としていた。

(ちゅー……)
 まだ小学生で、恋よりはブリッツに夢中になっているティーダはこういう事に疎かった。だから知らなかったのだ。
(オレ、口にしてもらったこと、ない……)

 恋人は、口にキスするのだと。

――――――

「ただいま……?」
 家は隣同士だが、恋人になってからはほぼ同棲と言ってもいいくらい共に過ごす時間は長くなった。
 学校が終わるとセフィロスが真っ先に足を運ぶのはティーダの家で、時には泊まることもある。……とは言え、最近ではセフィロスの『悩み』のせいでそれも難しくなっているのだが。
(寝ているのか?)
 いつもなら飛び出てきて、あの眩しい笑顔で「おかえり」と抱きついてくるのに、とセフィロスは少し残念に思いながらリビングへと入った。
 どうやら料理をしていたらしいティーダは、キッチンで火にかけた鍋を眺めながら心ここにあらずといった様子でぼんやりとしていた。
「ティーダ」
「ぅえっ!? あ、あ、セフィロス……おか、えり」
「……?」
 どうも覇気がなく、笑顔も弱弱しい。具合でも悪いのかと問えば否定される。
 心配や迷惑をかけさせまいと、昔からティーダは何かあっても隠すことが多かった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてたッス! お風呂できてるから先に入って!」
 かと思えば、すぐいつものように笑うのだから困る。本当になんでもないのか、触れられたくなくて隠しているのか。長く一緒にいてもなかなか分からない事にセフィロスは歯噛みした。

 結局風呂に入っても一緒にご飯を食べてもティーダはいつも通りに振舞って、本当になんでもないのかと思い始めていた。
 すでに寝るためだけに存在する自分の家へ戻ろうと、玄関まで見送りに来たティーダの頬におやすみのキスをした、矢先。
「……っ、う……ぇ……」
「っ……ティーダ!?」
 暗がりでも分かるほどに瞳を潤ませ、くしゃりと顔を歪めたティーダに慌てると、腕で顔を隠してふるふると首を横に振る。
「……っんでもない……なんでも、な……から!」
「なんでもないわけないだろう……何があった?」
「っ……、……っ!」
 声を漏らそうとしないティーダの背をあやすように優しく撫でて抱きしめると、靴を脱いで再び家に上がった。

「ティーダ」
 ティーダの部屋へと連れて行きベッドに座らせる。落ち着くまで隣で背中を撫でていると、暫らくして漸くティーダが途切れ途切れに。
「せ、ふぃ……っは……オレ……きら、い……っ?」
「ティーダ……?」
 何を言っているんだと。そんな訳ないだろうと言おうとすると、ティーダがすがり付くようにセフィロスの服の端を握り締めた。
「こっ……恋人、同士は……お口にちゅーするって……ね、せふぃ……は、オレに……ちゅーしてくれない、の?」

 電気を点けずに入った部屋は月明かりだけで照らされて、紅潮した頬で、潤んだ瞳で見上げられて。
 今までにないくらいに理性が揺らいだのが分かった。もしもティーダが子供でなければ。自分と同じくらいの年だったなら、迷いなく押し倒していたのかもしれない。
 ぎりぎりのところで何とか持ち直したセフィロスはティーダの肩に手を置き、諭すように出来る限り優しく語りかけた。
「俺がお前を嫌うはずないだろう……? ……それに、口にしないのは、お前がまだ子供だからで……」
「やだっ!」
 珍しい、ティーダの強い拒否の言葉に面食らう。
 服を掴んでいた手が背に回され、ぎゅうとしがみつかれる。してくれるまで離さないと言わんばかりの強い力に、ぎりぎりでつなぎとめている理性が磨り減っていく。
「子供だけどっ……でも……ちゃんと、してほしいっす……」
 ぐす、としゃくり上げながら訴えるティーダの頬に指を滑らせ、涙の跡を拭う。指の動きにつられて顔を上げたティーダの頬をぺろりと舐めれば、海の味がした。
「俺だって……したかった……けど、ずっとずっと我慢してたんだ……それを」
 少しだけ、恨みがましい視線を向けると、きょとんとしていたティーダが首を振った。
「我慢しなくていいッス! オレもちゅーしたいし、オレはセフィロスのだから何したって」
「ティーダ」
 顎に手をかけると、流石に察したのかぽんっと赤くなるティーダに目を閉じろと言った。
 誘ったティーダが悪い、なんて思わない。けれど、我慢しないでいいなんて言われて、今まで欲望を耐え続けてきたセフィロスの磨耗した理性が保つわけもなく。

 海色の瞳が隠されて、紅潮した頬と震える睫毛に誘われるようにそっと近づいた。
「んっ……!」

 それは予想していたよりも遥かに柔らかくて、温かくて。
 一度触れてすぐ離れ、またすぐ啄ばむように何度も繰り返す。合間に漏れる吐息が顔をくすぐり、たまらず唇を舐めてやれば驚いて緩く開かれる。
「はっ……! んっ、んんー!?」
 その隙間からちろりと舌を侵入させれば、必死に鼻で呼吸するのが可愛らしくて、ますます口付けを深くしながらそっとベッドに押し倒した。
「っ……! はぁ……はぁ……せ、ふぃ……」
 長い口付けから解放すると、シーツの上に髪を散らし、全身を薄らと紅潮させながら苦しそうに見上げてくるティーダと視線が合う。
 まだ小学生なのにこの色気はなんだ、とくらくらしながらもこれで終わりだと体を離した。つもりだった。
 ティーダの手は再びセフィロスの服をしっかりと握っていて、少し上体を起すと上目遣いでおずおずと訊いてくる。
「あの、せふぃ……も、おしまい……?」

 その、まるで、『もっとして欲しい』と取れるような表情で、仕草で。

(ああ……)

 明日は土曜日だったなぁとぼんやり思いながら、セフィロスは再びティーダの上に覆いかぶさった。

――――――

■五万打企画リク■

現パロセフィティダで
ティーダ「恋人同士ってお口にちゅーするんだって。ね、せふぃはオレにちゅーしてくれないの…?」
鳩さん、ありがとうございました!

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