どこの世界も、理不尽なのは変わらないらしい。
それに気付いたのは、倒すべき相手のことを、記憶を取り戻した時で、思わず天を仰いでまだ会ったことのない神に舌打ちしたくなったものだ。
そしてこの世界の仕組みも、実に胸糞悪くなるようなものだ。まさか、元の世界を死の螺旋から解放した後に、別の世界の輪廻に囚われるなんて思いもしなかった。
「ほんっと……サイアク」
「何が最悪なんだ」
不意に後ろから聞こえた声に振り返ることもせず、『この世界が』と答えた。
声の主、クラウドが横に立ち、同じものに視線を落とす。
そこには、地に横たわるコスモスの戦士。――自分の父親、でもある。
「今回は、早かったな」
「たまたま会っちゃってさ……相変わらず何でここにいんだとか同じこと訊いてくるし」
ムカつく。
光の粒子となって消えていく父の体を見ながら吐き捨てるように呟くと大きく伸びをする。何度戦っても無傷で勝利することは難しく、それがまた腹立たしかった。
ふと、まだクラウドがいることに気付いて嘆息した。この世界に来てからというもの何かと関わってくる。記憶やこの世界の知識が無い間世話をしてくれたのは感謝しているが自分としてはあまり干渉しないでほしい。
「なんスか?」
「お前は……これでいいのか?」
相変わらず、クラウドは何を考えているのか分からない。ため息をつきながら「何が」と問いを重ねる。
特に今は、父の相手をした直後の苛立ちを抱えている今は相手をしたくない。
いつも、父と戦った後はこうだった。息苦しくて、胸が掻き毟られるような焦燥感。それが何なのか、そこまで深い憎しみを持っているのか。関係する記憶は未だ思い出せていないけれど。
「……俺は、本当はお前があちら側なんじゃないかと思っている」
「…………はぁ?」
不機嫌を隠しもせずにクラウドを見ればいたって真面目な顔で。
あちら側はアンタの方じゃないの、という言葉は飲み込んだ。
「ジェクトのことを思い出すまでのお前は本当にただの子供で」
「記憶がなかった時の話だろ。つか子供扱いすんなよ十七だっての」
「戦い方も知らずに、無邪気に笑ってすらいたんだ」
「だーかーら! 今の! オヤジをぶっ倒すって憎しみ抱えたオレが本当なの! 記憶がなかった時の話持ち出すなって!」
苛立ちは治まるどころか悪化の一途を辿る。それに臆することもなくクラウドは少し憂いた表情を浮かべて目を伏せた。
「……だが、記憶がなかった時のお前もまた、本当のはずだ。俺は、それを取り戻してやりたい。俺のいない間に皇帝に何か吹き込まれただろう……それは俺の責任でもある」
余計なお世話だ。ため息を飲み込んで鼻で笑い飛ばす。馬鹿馬鹿しい。今こうしているのは自分の意思だし、コスモス側なんてこっちから願い下げだ。
「何? じゃあオレを無邪気に笑わせたいって? オレの欲しいものでもくれんの? それとも望みを叶えてくれるって言うんスか?」
できるわけがない、と。嘲りを含んだからかいの言葉だった。のに。
「お前が望むなら」
静かに頷いたクラウドに、ずくりと胸が疼いた。身の内にある闇がじくじくとした痛みを伴いながら範囲を広げるような。
「ふ~ん。ま、アンタじゃ無理だと思うけど?」
「…………」
「悪いけどオレ誰も信用してないし。カオスも……もちろんアンタもな」
話は終わりだと片手を上げながらクラウドに背を向けて歩き出した。――はずだったが、反対の手を掴まれ歩みは止まる。手を振り払わなかったのは奇跡かもしれないと思うほど、今の気分は最悪だった。
「望みがあるのなら、教えてくれ」
「…………できることなら何でもする……ってか」
「そのつもりだ」
くく、と喉の奥で笑った。冷静な人間だと思っていたが、本当はただの馬鹿じゃないのだろうか。
(そーいう安請け合い……反吐がでる)
またずくり、と痛む胸を無視しながら掴まれた手を軽く払った。
「じゃあクラウドはさ……夢を現実にできる?」
「…………?」
僅かに困惑を見せる瞳を見逃さない。
できやしない。できるわけがない。ただの人間が、この存在を現実にするなんてできるわけがない。
思い出したのは、自分に帰る場所なんかなくて、この身が消滅することと、倒さなければと渇望するほどの父に対する憎しみだ。
それだけあれば後はもう、精々この繰り返す世界で魂が果てるまで、あの男に憎しみをぶつけるだけだから。
「分かんないなら、それが答えッスよ」
クラウドに背を向ける。早く早くここから立ち去ってしまおう。そう思うのに背中にかけられた言葉は。
「お前のいう夢が何なのかはわからない……が、俺は俺のやり方でそれを叶えてみせる」
――ふざけるな。
「……んな……っ……ざけんな! ふざけんなよ!! アンタに何が出来るってんだよ!! 別の世界の! ただの人間のくせに召喚士でもないくせにアンタがどうやって夢を現実にするってんだよ!」
世界は理不尽に出来ている。どんなに望んでも不可能なことがあるし、頼んでもいないのに勝手に物事が進んでいくこともある。
もうどうにもならないと知っていることを、できやしないと笑ってやったのに、この男は。
「そうやってさあ、できもしないくせに軽々しく返事されんのが一番腹立つんだよ!」
「やってみないと分からないだろう」
「分かるんだよ! 絶対にできないって! それを叶えるとかさぁ、物語の主人公にでもなったつもりかよ? 奇跡を起こせるとでも思ってんの?」
「ティーダ」
咎めるように、諭すように。カオス側に似つかわしくない優しい声で名前を呼ばれて肩が跳ねた。違う、違う、こんなのは。
「お前は自分の中に憎しみしかないと言うが……じゃあどうしてそんなことを望むんだ」
「別に望んでねぇよ! もういいだろ、あっち行けよ!」
「お前は自分の中に父に対する憎しみしかないと言うのに、どうして次の戦いに復活できないくらいに傷つけないんだ」
そんなの、あの憎たらしい男を何度も倒せるからだ。それ以外に意味なんて無い。
「この前会ったコスモスの少女も見逃していただろう」
父親以外を相手にする気がないだけだ。だからどうしたというのだ。
「ティーダ、俺はお前を」
「……っるさい!! あんたに関係ないだろ!」
半ば逃げ出すようにしてその場を走り去った。夢中だった。ただ、あれ以上彼の言葉を聞きたくなくて、離れたくて。
(違う……オレはオヤジを倒すんだ……倒せればそれで……)
どうせこの身は消滅する運命なのだ。どうしてなのかは思い出せないけれど、確かにそうだと記憶が訴える。ならば満足のいくまで戦ってから消えたっていいだろう。
自分はカオスの戦士として呼ばれた。そして父はコスモスの戦士だ。お互い戦うことに問題ないどころか、それが求められている役割だ。
確かに本来であれば親子で生死をかけた戦いなど許されないことかもしれない。でも自分達親子にそんなことは関係ない。最後はこうして戦う宿命、だった気がする。
(クラウドが変なんだ……カオス側のくせに……)
カオス側に呼ばれた人間は、少なからずその身に負の感情を宿していたり、世界に仇なす者ばかりだ。それは自分も同じで、正義の味方のコスモスのやつらとは正反対。向こう側に行けるはずなどない。
笑顔になろうが改心しようがカオス側からその身が動くことは無い。それはもう、この世界に呼び出された時から決まっていることだ。それこそ、自分の消滅と同じくらいにどうしようもないことなのだ。
「……ばっかじゃねぇの」
冷静になると笑いがこみ上げてきて肩が震える。そうだ、何もおかしいことなんてない。今まで通り、戦いがリセットされるたびに父を倒す。そうすればこの憎しみも少しは癒される。
笑いながら、次はどうやって父を倒してやろうかと思いを馳せる。次に会えるのが楽しみだとすら思うのに。
クラウドの表情と言葉が、頭から離れないのは何故だろう。
じくじくと疼き続ける胸の痛みは、しばらく治まりそうになかった。
――――――
■五万打企画リク■
混沌側で710もしくは7+10
10「へぇ、オレが欲しいものアンタがくれるんスか?」
7「お前が望むなら」
10「ふ~ん。けど、アンタじゃ無理だと思うけど?」
7「…………」
10「悪いけどオレ誰も信用してないし。カオスも……もちろんアンタもな」
nyanさん、ありがとうございました!