祭りの日に

 誰よりも近くにいる。
 誰よりもよく知っている。
 なのに、あと一歩、踏み出すことができない。

「花火大会?」
 期末テスト前、補習に借り出されないために教科書と睨めっこをしていたティーダが顔を上げた。
「……あぁ、今年も行くだろう?」
「もっちろんッス!でも珍しいッスね、スコールから言ってくるなんて」
「お前の事だから、今年は日付が違うのを忘れてると思ってな」
「え?そうなんスか?」
「………………」
「……う~……何でもお見通しッスか……」
「まぁな」

 頬を緩めると「笑うなよ」と拗ねたように言ってくる。
 ティーダのほうこそ、僅かに口角を上げただけのスコールの表情を読み取るのだから大したものだ。

 お互いのことは、何でもわかる。
 ちょっとしたクセだとか、好き嫌いだとか。
 他人にはわからない、二人だけにしか分からないことだってある。
 二人は幼なじみだったから。

「ほら、また間違えてるぞ」
「うぐぐっ……………………、」
「……叫ぶなよ」
「うぅぅスコールぅぅ……」
 先手を打たれて机に突っ伏すティーダに苦笑しながら、解き方を教える。
 ティーダも眉間に皺をよせながら真面目に聞いている。貴重な夏休みを補習でつぶされないよう一生懸命だ。 普段からそうやって真面目に授業を受けておけばこんな苦労をせずにすむのだが。

「スコール、夏休みの予定ってある?」
「いや……特にない」
「そか。じゃあ今年も一緒に遊べるッスね!」
「あぁ、そうだな」

 ――お前のために空けている、なんて言ったら、笑われるだろうか。

「あ、花火大会皆も行くかなぁ」
「………………………」

――――――

 スコールとしてはやはりティーダと二人だけで来たかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
「あまり騒ぎすぎるな……ってこら!」
「バッツー!俺のたこ焼き取ったろ!」
「早いモン勝ちだってー。あ、おっちゃん焼きもろこし2本な!」
「クラウド何するんスか?」
「射撃」
 ため息が出そうになるのを堪える。まぁ、誘わなかった所で、祭りを回るうちに出会っていただろう。

「ごめんね、スコール」
「……セシル?」
「一応止めたんだけどね、邪魔しちゃ悪いって」
「……別に……」
「皆心配みたい。バッツなんかは『俺だってティーダと遊びたいんだってー!』とか言ってたよ」

 くすりと柔和に笑うセシルの視線をたどると射撃で盛り上がっている様子が見えた。
 ティーダが楽しそうなのでまぁいいかと思っている自分は少し丸くなったかもしれない。

「スコールー!見てみて!クラウドがぬいぐるみ取ったッスよ!」
 黄色い鳥のぬいぐるみを抱えて満面の笑みで駆け寄ってくるティーダをみて表情が緩む。
 クラウドのほうを見れば少し得意げな顔をしている。何だかんだ、友人達も皆ティーダの喜ぶ顔が好きなのだ。

「皆、そろそろ花火が始まるから移動するぞ」
 フリオニールがそういうと騒がしい二人も戻ってくる。
 人が多い。無意識のうちにティーダの手を取ると「わ」と間の抜けた声が聞こえた。
「へへ……なんか小さい頃みたいッスね」
 家族ぐるみの付き合いだったから、小さい頃も両親達に連れられて一緒に夜店をまわったものだ。
 そのときも、はぐれないようにと手をつないで歩いていた。
 自分より少し小さい手を握ると強く握り返してきて、どきりと心臓が跳ねる。
 人混みの熱気のせいか、微かに上気した頬。少し着崩れた浴衣からのぞく汗ばんだ肌。
「………………」
「スコール?」
「……なんでもない」

 最近、いつもこうだ。
 いつから、だったのだろう。そういう対象としてティーダを見るようになってしまったのは。
 やましい気持ちを悟られたくなくてさりげなく手を離そうとしてみたが、強く握られた手は離してくれそうもなく、諦めて歩き出した。

「うわ、すごい人混みだな……皆大丈夫か?」
 もうすぐ花火だからか、皆いい場所を取ろうと移動を開始している。はぐれないように手を強く握りなおそうと思った時だった。
「おい、あっちで花火の前にイベントがあるってさ」
「ゲストにレンが来てるって!」
「マジで!?」

「わっ、スコール……!」
「ティーダ!?」
 急に人の流れが変わり、ティーダが人とぶつかった拍子に手が離れてしまった。慌てて伸ばしても手は空を切っただけ。
「っティーダ!」
 叫んでも返事はなくて焦る。微かに人の波の中に、見慣れた金色が見えたがすぐに分からなくなってしまった。
「どしたスコール?」
「ティーダが人混みに流されて……見失った……っ」
「え!?ティーダが!?」
「……手分けして探すぞ」
 クラウドに肩を叩かれ、少し冷静さを取り戻す。
 電波が込み合っていて携帯が繋がりにくいため、集合場所を決めて分かれた。
(ティーダ……)
 突然の事で仕方なかったとはいえ、手を離してしまった自分を責める。

 大丈夫だろうか。ああ見えて寂しがりやな幼なじみは、一人になって泣いていないだろうか。

――――――

「っ、はぁ―――」
 ようやく人の波から抜け出せたティーダは深く息を吐いた。
 元いた場所から随分遠くへ来てしまったようで、戻ろうにも依然人は多い。
 少し歩いて人混みのない静かな場所に来た。先程人の波に飲まれた時に鼻緒が切れてしまい、歩きづらかったので仕方なく片方は脱いだ。
 先程までつないでいた手に視線を落とす。握っていた感触が残っているのに、今彼はそばに居ない。
「すこーる……」
 いつだって一緒にいてくれる幼なじみの名前を呟けば、急に目頭が熱くなってぷるぷると頭を振った。

 そう言えば、小さい頃もこんな風にはぐれた事があったっけ――

 思い出したら、足は自然とそこへと向かっていた。

――――――

 祭りの喧騒から少しだけ外れたところで、長い階段を上る。全て上りきると開けた場所にでる。そこには小さな神社があった。
 その神社の傍で、17年間一緒に過ごしてきた幼なじみの姿を見つけて、ほっと安堵の息を吐いた。
「ティーダ」
「スコー、ル……?」
 俯いていた顔を上げてスコールの姿を確認するや、駆け出して腕の中に飛び込む。
「スコール!」
 色々と溢れそうな気持ちを押さえつけて、頭を撫でた。
「やっぱり、ここにいたな」
「スコールも、覚えてたんスか?」
「覚えてるさ」

 幼い頃、二人で決めた約束。

 はぐれてしまったら、ここで待ってること。
「あの時も、迎えにきたら泣いてたな」
「な、泣いてないッスよ!今は!」
「どうだか」

 抱きついていた体を離して髪をかき上げてやると、微かに目が潤んでいた。

『おれがそばにいるから』
『だから、なくな』

 幼い頃の、懐かしい記憶。また泣かせてしまったな、と苦笑するとティーダは不思議そうな顔をしたが、くすりと笑った。

「よかった」
「……?」
「いつものスコールだったッス」
 意味が分からず見つめているとティーダは体を離してくるりと背を向けた。

「最近さ、ちょっと……素っ気無かったっていうか……余所余所しいっていうか、さ……」
「……」
「勉強とかは見てくれたけど、もしかして、嫌われたかな、とか……思って……いつもならスコールの考えてることわかるのに、最近全然わかんなくて……」
「嫌いになるわけない」
 ティーダが少し驚いたように振り返った。目の淵に溜まった水を親指の腹でぬぐってやる。
「お前を嫌うわけ、ないだろう……」
「スコール……」
 ざぁ、と風に吹かれた木々が音をたてる。
 雰囲気に呑まれるとはこういう事なのだろうか。言うつもりのなかった言葉が勝手に口から零れて。

「俺は、お前が――――」

ヒューーーー…………ドォン

「あ…………始まっちゃった、ッスね……」
「………………………あぁ」

「ティーダぁーー!やっと見つけたー!!」
「え?わぁっバッツ!?」
 横からティーダに抱きついてきたバッツに続いてぞろぞろと他のメンバーもやってくる。
「よかった、一緒にいたんだね」
「あ、あぁ……」
「お邪魔だった、かな?」
「………………いや」

 小さくため息をつくと、ここで花火を見ようというバッツを押し退けて、ティーダの隣に陣取った。

――――――

「花火きれいだったッスねー」
「あぁ……足は平気か?」
「だーいじょうぶっス!」
「無理はするな」
 ひょこひょこと片足で歩くティーダに手を貸しながら帰り道をゆっくりと歩く。ティーダに合わせているというのもあるけれど、 少しでも一緒にいられる時間が欲しかった。
(祭りでは邪魔されたからな……花火にまで)
 普段の行いでも悪かったのだろうか。いや問題を起こすバッツ達はともかく自分はずいぶんとまともな学生生活を送っている。
(まぁ……言う機会はまたあるだろう……多分)
 今日の失敗を思い出し悶々としていると、いつのまにかティーダの家の前まで来ていて、ぴょんっと彼が離れた。

「今日はありがとな、スコール!……おやすみっ」
「……あぁ、おやすみ」

 微かにティーダの頬が赤らんだような気がしたが、そのまま家に向かって歩き出す。

「スコールっ」

 走る音がしたかと思うと背中にとんっと軽い衝撃が走った。
 後ろを見ようとしたが、ティーダがぎゅう、と浴衣を掴んでそれを拒否した。
 そのまま時間が経ち、焦れて口を開こうとしたその時、ようやくティーダが喋る。ぐ、とおでこを背中に押し付けられた。

「…………、聞こえた、から」

 何が、と問おうとして。音を発さないまま口は動きを止めた。
 あの言葉は、花火の音に綺麗にかき消されてしまったのに。

「……ちゃんと……聞こえたから」
 指先までぴくりとも動かない代わりに心臓が馬鹿みたいに早鐘を打つ。
 浴衣を掴んだティーダの指先が、震えるのを感じた。
「……だからっ……!!」

 たたた、と逃げるように家に入ってしまったティーダを追う事もできず、スコールはその場に立ち尽くしていた。
 体が燃えるみたいに熱くて、頭の中がぐるぐるする。
 半ば自棄気味に叫ばれた言葉を反芻しては、顔が赤くなるのを自覚する。

『俺も……好き、だからっ……!!』

 明日、いつものように朝、迎えに来ることができるだろうか。

 近くのコンビニまで買い物に行こうとしていた父親に見つけられるまで、ただただそこに立ち尽くしていた。

(頭の中が、君でいっぱいです)

――――――

実は両想いだったよっていう!
色々と分かりづらかったり読みづらい書きかたですみません……もっと上手く書けるようになりたいです。
810の日ということで一本!&ネタの泉でいただいたネタに発狂しかけたので書いてみました。
いただいたのは『学パロ 同級生 幼馴染』お好きなCPはスコティというものでした~。幼なじみとかっておいしいですよね!
投稿してくださったかた、ありがとうございましたvv

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