「バッツ、ちょっといいか」
「おー、どした?」
「この前行った歪の件なんだが」
「…………むー」
「どうした? そんな顔して。腹でも減ったのか?」
椅子に逆向きに座り、背もたれの上に顎を置いて何やら不満げな表情をしているティーダ。拗ねた子供のようなそれにフリオニールが苦笑しながら視線の先を追うと、歪のことで話し込んでいるスコールとバッツの姿があった。
「あの二人がどうかしたのか?」
「どーもこーもないッス!」
怒っているのかなんなのか、椅子をがたがたと揺らしながらティーダは隣に立つフリオニールを見上げた。
「二人……ってかスコールっすよスコール!」
少し離れているとはいえ、聞こえないようにやや声を落としながらティーダが訴える。が、フリオニールはいまいちピンとこない。
「スコールがどうした?」
「態度ッスよ! 皆には普通なのにさぁ、オレにだけ素っ気無いと思わない?」
ふむ、と顎に手を当てて回想してみる。
例えばフリオニールの場合……。
『さっきは助かったよ、ありがとうスコール』
『たいした事じゃない。……それと、ナイフ片方刃こぼれしてるぞ』
……ティーダの場合……。
『スコールさんきゅーな! 助かったッスー』
『……あんたは前に出すぎだ。もう少し距離をとって戦え』
「……そうか?」
「フリオのあほー! もういいッス!」
回想してみてもやはりピンとこないらしいフリオニールにティーダはますますもどかしさを募らせる。
フリオニールにしてみれば、スコールは普段から簡潔な物言いで、戦いに関することについてはよく気がつく……という印象だ。そういう態度が素っ気無いのだとティーダが言う気持ちは分からなくもないが、ティーダだけに、と言われるとやはり首を捻るところなのだ。
ティーダ自身、スコールがそういう性分なのは分かっている。分かっているのだが、ふとした瞬間に感じる雰囲気だとか、避けているような態度がどうしても気になる。
皆でアイテムを分けている時に、すっと逸らされる視線。
スコールが一人でいる時に近づこうとすると、ふいと離れてしまう。
――ような、気がする。
「オレ……嫌われてんのかなぁ」
しょぼんと俯くティーダの頭をくしゃりと撫でると、フリオニールは顔をあげた。
――――――
(……あいつの声は小さくしても聞こえるな……)
「どしたースコール。そんなにティーダが気になっちゃう?」
「別に……」
気付けば話は上の空で、ティーダとフリオニールの会話に耳を傾けていた。笑うバッツに指摘されてぷいとそっぽを向いた。
ティーダの言うとおり、スコールはティーダに対してだけ少し素っ気無い態度を取ってしまう。そう思われても仕方ないことをしている。
「スコールはちょっとびびりすぎだって。話してみたら案外簡単なもんだ」
「…………」
「あーあーあんなふくれっ面して可愛いなー俺がもらっちゃおうかなー」
「バッツ」
「冗談だって! でもティーダは皆の人気者だから、さっさと手出さないと盗られちゃうぞ?」
からからと笑うバッツの言葉が本気なのか冗談なのか、スコールは時々分からなくなる。けれど言う事はもっともで、いつまでも前に進めないスコールを叱咤する。
「おーいスコール、バッツ」
その時、ティーダと話していたフリオニールに呼ばれて顔をあげる。それにはティーダも驚いたようで、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「どした? 旅の相談ならバッツさんに任せなさい!」
「ああ、そのことなんだが」
今度はスコールも驚きで目を丸くする。バッツに旅の相談をすると大抵少々危険な――バッツ曰く『冒険』だそうだが――コースになるため、あまり当てにしないほうがいいと知らないのだろうか。
そう思っているとふとティーダと視線があってしまい反射的に逸らしてしまう。視界の端にいるティーダが明らかに不満そうなのが分かって気まずい。
だってしょうがない。あの海色の瞳を見ると、どうしていいのか分からなくなってしまうから。
「――そういうわけで、次の探索は俺とティーダ、スコールとジタンで行きたいんだが」
「えっ」
「な……」
少し意識が逸れていた間にそんな話になっていて思わず声を上げそうになる。バッツは相変わらず横でにこにこして何を考えているのかわからない。
「お、いいぞ。年が近い者同士ってわけだな! でもあいつらが許すか?」
あいつら、とは言わずもがな、クラウドとセシルのことである。二人はティーダやフリオニールに対し……否、ティーダに対して異常なほどに過保護だ。
フリオニールもティーダに対して甘いところがあるが、あの二人ほどではない。その二人がティーダを目の届かない所に行かせるだろうか、と思ってしまうのは当然のことだ。
「二人には俺から話しておくさ。いつも同じメンバーだと、いざという時上手く連携できなくて困るだろ? たまには、な」
朗らかに笑うフリオニールは恐らく、ティーダとスコールが少しでも打ち解ければと思っているのだろう。――やはりフリオニールもあの二人に負けず劣らず、ティーダには甘いようだった。
――――――
「たまにはいいもんだなーメンバー変わるのも! いつも流れでメンバー固定だったし」
「そっスね! あ、ジタン! あそこの宝箱まで競争ッスよ!」
「望むところだー!」
「おいお前ら! 罠があるかもしれないから気をつけろよ!」
「いいじゃないッスかー!」
「タダだし?」
はしゃぎながら駆けていく二人に苦笑すると、フリオニールは隣を歩くスコールを見た。
「なあスコール、お節介だと思ってるか?」
「……別に……」
「お前だって本気でティーダを疎んじてるわけじゃないんだろう? あいつあれで寂しがりだからな、よかったらもうちょっと相手をしてやってくれ」
「……ああ」
そう言って笑うフリオニールは正に好青年と呼ぶにふさわしい。そんな彼はいつもティーダと同じチームで、年も近くて親しくて、ティーダもよく懐いている。
スコールは眩しそうに目を細めた。――眩しい。そして羨ましい。スコールがやりたいことを、彼は簡単にこなしている。
自分が上手く対応できないだけで、チャンスは何回だってあったのだ。
ティーダが近づいてきてくれても、話すことが思い浮かばない。緊張して思考が纏まらなくなる。だからつい避けてしまう。バッツたちと話している時に飛びつかれたことがあっても、思考が纏まらないどころか爆発しそうで、素っ気無く体を離してしまう。
本当に、どうしようもなく人付き合いが苦手な自分が嫌になる。
悩める年下の仲間を見て、フリオニールはふと笑う。――年下と言っても一つ違いなだけだが。
普段はティーダの相手をしているせいか、自身の『子ども』な部分がつい引き出されてしまうのだが、年長組がいないとどうも自分が世話を焼きたくなるのだ。
世話焼きついでにもう一つやっておくか、とフリオニールはジタンを呼んだ。
――――――
(……本当にお節介だ)
「スコールの武器って手入れ大変そうッスよね! オレも武器の手入れは教えてもらったけど、あんま刃こぼれとかしないんだよなー。見た目も変わってるし、何の素材なんスかね?」
「……さあな」
水を切り取って作ったような不思議な剣を見ながら、そんな返事しかできなくて歯噛みする。
フリオニールの計らいで、夜の最初の見張りはジタンとフリオニールが、残った二人は先にテントで休むことになった。つまりティーダとスコール、である。
「……! おい触るなっ」
「あっ……ごめん」
「ッ……危ない、から」
部品を触ろうとしたティーダについ声を上げてしまう。傷ついたような顔を見てまた自己嫌悪。そんなことが言いたいわけでは、ない。
「……早く寝るぞ、見張りの交代までに休んでおかないと……」
「……なあ」
慣れた手つきで手早くガンブレードを組み立てて、ティーダに背を向けて横になる。またチャンスをみすみす逃すのかと思いながらも、きつい物言いをしてしまって合わせる顔がない。
それなのにティーダは声をかけてきた。いつもの明るいものではなく、少し沈んだ悲しげなもの。そうさせているのが自分なのだと思うと、自己嫌悪と共に僅かな、本当に僅かな暗い悦びを感じてしまいそうで強く手を握り締めた。
「……なんだ」
「スコールは、さ」
少し躊躇うように間を置いた後、ティーダは意を決したように顔をあげた。
「何でスコールは俺にだけ冷たいんスか……?」
「……それは、……」
(そんなの……)
いつからか、気付いてしまったこの気持ち。
こんな世界で、しかも同性同士で、不毛だと分かっているのに止められないこの気持ち。
周りの――バッツやジタンや、ティーダの保護者的存在の彼らには気付かれている節があるのに、当の本人は全く気付いていないこの気持ち。
(好きだから、なんて……言えるわけないだろ……)
好きだから、特別意識してしまうから、上手く話せない。緊張する。好きというのはもちろん、恋愛対象という意味だ。
同性にそんなこと言われたって、流石のティーダも簡単には受け入れられないだろう。
もし言っても、今まで散々突き放しておいて何を今更、と思われるのかもしれない。
けれど、少なくとも今はまだ、ティーダはスコールに近づこうとしてくれている。スコールは一度だって、それに返せたことがない。
今逃せばもう二度とチャンスが訪れないような気がして、ゆっくりと息を吐いて相変わらず纏まらない思考を巡らせた。
「……スコールは、オレのこと……」
「違う」
ティーダの声が、泣きそうに上擦った気がして。スコールは反射的に言葉を口にしていた。嫌っているのではないと、そう思いをこめて語気を強めた。
「……俺は……あまり話し上手じゃないし、お前みたいに明るくもない」
「……でも……でも皆とは普通に……」
「お前は、」
言葉と言うのは不思議なもので、あれだけ考えても出てこなかったものが、一度話してしまえばぽろりと自然にこぼれていく。否、本来なら頭を使いながら会話することなんて、あまりないはずなのだ。
本当に、ティーダを前にすると調子が狂ってしまうのだと、スコールは一人苦笑いした。
「……お前は、特別、なんだ」
「特別……?」
「同い年なのに、俺とお前は正反対ってくらいに違って……お前は明るくて、誰とでも仲良くなって、お喋りで、眩しくて」
「す、スコールっ?」
一度堰を切って溢れた言葉は止められなくなって、何を言っているのか自分でも分からないスコールは背後でティーダが赤くなってうろたえているのにも気付かない。
「だけど、そんな正反対なお前が気になって、気付いたら特別になっていて……っ……でもお前を前にすると何を話していいのか分からなくなって……! だからっ、つまりその、俺が言いたいのは……」
じっとりと汗ばんだ手のひらで体を覆う掛け布を握り締める。気付けばティーダの気配がすぐ傍にまで近寄っていて。
「スコール……じゃあオレのこと、嫌いで避けてるわけじゃないんだよな……?」
「ああ……」
きゅ、と掛け布が引っ張られるような感触で、ティーダもその端を掴んでいるのだと知る。
嫌いじゃないという言葉に、ほっと吐いた息が僅かにうなじをくすぐった。
「オレと話すと、緊張する?」
「……ああ」
「あの、さ……上手く話そうとか、そいうの考えなくていいッス。スコールが嫌じゃなければ、オレの話聴いてるだけでもいいから」
「…………」
「オレにとってもスコールって、特別で気になるんスよ! 同い年なのに、すっげぇ強くて、かっこよくて……だからオレっ」
――もっと仲良くなりたいんだ――
――――――
「で、結局のところ、正反対の二人が望んだことは同じだったワケだ」
ごろりとテントに寝転がりながらジタンが笑う。その隣でフリオニールも体を横たえた。
「お互い打ち解けたみたいでよかった。話に夢中になって見張りが疎かにならなきゃいいが……」
「そんなこと言ってフリオニール、弟取られたみたいで寂しいんじゃねぇの~?」
「い、いやそんな事は……ほら! 明日……というかもう今日か……朝早いんだから寝るぞ!」
「照れんなって!」
明かりの消えたテントの外で、楽しそうな話し声が聞こえた。
――――――
■五万打企画リク■
10「何でスコールは俺にだけ冷たいんスか?」
8「(好きだから、なんて言えるわけないだろう…)」
陽菜乃様、ありがとうございました!