たまには

 きらきらと光を受けながら舞う水飛沫。その中心には金の髪と健康的に焼けた肌を持つ少年の姿。
「っは……」
 魚のように高く飛び上がり、くるりと弧を描いて水中に戻っていく姿は、誰もが魅了されることだろう。
 横でいつもの暑苦しい上着を脱いで、素足を水に浸している少年もそれを眩しそうに見つめていた。
 ふとこちらの視線に気付き、少しだけ不機嫌そうに顔を背ける。どうやら苦手に思われているらしい。
 泳いでいる少年……ティーダの兄のようなポジションにいて、やたらと甘やかしている自分達――達、というのはセシルとフリオニールも含まれるからだ――が気にくわないだろうことは普段の態度からも見てとれる。ティーダ自身が信頼しなついてくれているから、余計にだろう。
 スコールは元より戦いのプロだ。それがティーダのようなろくに戦ったことのなかった、一般人と呼べるレベルの人間が戦場に立つのをあまり快く思ってはいない。
 ティーダを戦場に立たせるのを快く思わないのは自分達も一緒だが……理由はそれぞれに違う。しかし最近ではスコールも徐々にティーダの腕の向上を認めてきていて、だからこそ自分達が未だティーダを甘やかしていることが気に食わないのだ。
 甘やかしているというつもりは、あまりないのだけれど。

「おーいクラウドー! スコールー!」
 楽しそうに手をぶんぶん振っているティーダに軽く手を上げて返す。「二人も泳げばいいのにー」と少し不満そうだが、また水中へと戻っていく。
「お前もたまには一緒に泳いできたらどうだ」
「……別に」
「泳いでいるティーダを間近で見るとすごいぞ」
 あんたは見たことあるのか、と不満げな瞳が訴えていて、見た目に反して存外子どもっぽい彼に少し得意気に頷いてやった。
「一緒に行動することも多いからな」
 途端に感じる嫉妬混じりの空気に笑いそうになるのを堪える。実際のところ、スコールはスコール自身が考えるよりもずっとティーダを気にしている。
 同い年という共通点を持ちながらも正反対な存在。あの屈託の無い笑顔を見るたびにスコールは眩しそうにしているし、スコールの強さを見るたびにティーダは羨望と悔しさの入り混じった視線を向ける。
 そんな二人の、似ているようで似ていない部分が微笑ましく、ティーダと同じようにスコールも構ってやりたいなんて思うくらいで。
 それはそれで気にさわるだろうから伝えはしないが。

 しばらくすると気がすんだのか、ティーダが岸へと戻ってくる。嬉しそうに、だがそれと気取られないようにいつもの無表情を取り繕ったスコールが手を差し出せばティーダも嬉しそうにその手を取った。
 ぼたぼたと雫を落としながら岸に上がったティーダの体を大きな布で覆って拭いてやる。いくら水中競技用の特殊な服は乾きが速いとは言え、体を冷やしてはいけない。
 スコールはやはり不満そうだったが、一つ息をつくと自身も水に浸けた足を引こうとし。

「っく!?」
 スコールの体が水中に引きずり込まれるように岸から滑り落ちた。
 ざぶんという音がするよりも速くティーダは飛び出し、湖へと飛び込み、自分もそれに倣った。
 ゴーグルなどはないためぼやけて見えるものの、澄んだ水中はスコールがどこにいるかはっきりと確認することができた。
 スコールの足を掴み底へと引きずり込もうとしているのはやはりティーダを模したイミテーションで、その手から逃れようとスコールがもがいていた。
 しかし次の瞬間にはきらりと光が閃き、スコールの体が浮かんでくる。
 その体を受け止めて水面へと連れていくと、息を乱しながらスコールが辺りを見回した。
「げほっ……あいつ、はっ……!」
「心配するな」
 水中を指差してやれば止める間もなく息を吸い込んでスコールが潜る。いくらティーダが泳ぎが得意で、戦いも強くなってきているとは言え心配なのだろう。
 自分も後を追いかけると、少し潜ったところでスコールがその光景を前に固まっているのが見えた。

 その視線の先には、水の抵抗などまるで感じさせないようにすいすいと泳ぐティーダと、泡沫の夢想の姿。
 腕を使って剣を振るうのではなく、泳ぐスピードそのままの勢いを剣に乗せすれ違い様に切りつける。
 腕の力で振るっても重さを感じさせないティーダの剣がそもそも水中戦に向いている素材なのかもしれないが、誰もが同じことをできるわけではないだろう。
 陸上より空中より、ティーダが最も力を発揮できるであろう水中での戦い。
 水中で戦う機会などほとんどないから、ティーダは役に立てないなんて拗ねていたけれど。
 普段戦う時ですらあの大きなブリッツボールの一撃は速く重いというのに、水中でもその勢いが衰えることは無い。
 敵の攻撃をくるりとかわし、舞うように斬りつける姿にスコールはただ目を離せない。その気持ちは嫌というほどよくわかる。
 ぎゅう、と胸の上で握られた拳。その下ではきっと心臓が早鐘を打っていることだろう。僅かに頬を紅潮させ、一瞬でも見逃すまいと見つめている。

 そして敵がよろめいた所にティーダの渾身の蹴りが繰り出され、軽々と吹き飛ばされたイミテーションは岩にぶつかり砕け散った。
 ティーダがこちらに向かって泳いでくると、周囲を一周して、くるりと宙返りして見せた。
 水の中でも、ティーダの笑顔はしっかりとスコールに見えたことだろう。

「危ないとこだったッスね~」
 岸に上がってぶるぶると犬のように体を震わせながらティーダが笑った。結局三人ともずぶ濡れになってしまったけれど、ティーダの水中戦を見られたし悪い気はしなかった。

「ティーダ」
「ん?」
 スコールが話しかけるとティーダが髪を拭きながら首をかしげた。危険な目にはあったものの、やはりスコールもティーダの新たな一面を見られたことは、嬉しいと思っているのかもしれない。
「……さっきは、助かった」
「大したことないッスよあんなの」
 ひらひらと手を振りながら笑うティーダは本当になんでもないことのように言う。ただスコールに礼を言われたのは嬉しいようで、心なしか表情が緩い。
「お前の泳ぎ……すごかったな」
「え!? まじッスか? スコールってばオレに惚れ直しちゃったー?」
「……さっきのは、見惚れた」
 ちょっとした冗談のつもりだったのだろうが、ストレートなスコールの言葉に思わず固まり、じんわりと顔が赤くなるティーダ。
 普段言葉少ななスコールだからこそ、余計に効果があるというものだ。
「……あ、いや……あはは……スコールに褒められるとなんか照れるッスー」
 へへ、と照れくさそうに笑うティーダと、それにつられてスコールも照れたようにそっぽを向いて。
「……たまには泳ぐのも、いいかもな」
「おお! じゃあ次は絶対スコールも泳ぐッスよ! 約束な!」

(案外いいコンビかもな……)
 そんな二人のやり取りを見ながら、自分も自然と頬が緩むのだった。

――――――

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ティーダとうたかたの夢想の水中戦をハラハラしつつも見とれてしまうクラウド又はスコール

 ポンズ様、ありがとうございました!

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