ずっと一緒に

 一目見たその瞬間から、『欲しい』と、そう思っていた。

「見つかったか!?」
「いや……こっちも……」
「くそっ……どこに行ったんだ……!!」

 慌しい聖域内。その理由は、一人の仲間が忽然と姿を消したからだ。
「いつもの泉にも……草原にもいなかった……来た痕跡もなかった」
「やっぱり……カオスの者に……?」
「だが……ずっと俺が見張りをしてたんだ……! カオスの気配なんて……!」
「フリオニール、君のせいではない。少し落ち着け」
 リーダーはともかく、クラウド、セシル、フリオニールの三人は今にもカオスの本拠地に殴りこんででも探しに行きそうな様子だ。
 それもそのはず。いなくなったのは、いつも笑顔で皆を励ます少年、ティーダだからだ。
 とりわけこの三人は、ティーダを弟のように可愛がっていたから取り乱すのも無理はない。
「落ち着けって。もしかしたら用足しに抜け出したのかもしれないし、敵に襲われてどっかに隠れてるだけかもしれないしさ」
「だったら尚のこと早く見つけないと……」
 ざわめくコスモスのメンバーを見ながら、内心笑いを噛み殺すのに必死だった。

 あぁ、馬鹿だなぁ皆。
 敵は、目の前にいるのに。

――――――

 ティーダを探すフリをして聖域を抜け出し、脇目も振らずにやってきた部屋。
 その中で椅子に逆向きに座り、背もたれに寄りかかりながら先ほどのやり取りを思い出していた。
 目の前のベッドには、彼らが血眼になって探している少年が穏やかな寝息をたてている。

 手に入れた。
 ずっと考えてきた事を、ようやく今実現できた。
 緩む頬を隠すことなく、焦がれ続けてきた存在へと手を伸ばす。
 少し傷んだ金糸の髪を梳くと、僅かに睫毛が揺れ、ゆっくりと瞼が持ち上がる。
 その様子を愛しげに見ながら、口角を上げた。

――――――

 体が、重い。
 最初に感じたことはそれだった。
 ぼんやりとした意識のまま、寝起きだから当然かと思いながらも、寝起きの時以上に気だるく力の入らない体に疑問を抱いた。
 体と同じく重く感じる瞼をのろのろと開けると、見慣れた男と、見知らぬ部屋が見えて意識が覚醒してくる。
「…………ばっつ……?」
「起きたかーティーダ」
 いつもと変わらぬ明朗さで話しかけてくるバッツ。けれど漂う雰囲気にどこか違和感を感じつつ、体を起そうとして僅かな痛みに顔をしかめた。
「……っ……え……?」
「あんま暴れないほうがいいぞ、布つっても擦れたりするからなぁ」
「バッツ……?」
 ベッドの上に仰向けで転がされた体は、両腕を後ろ手に縛られていた。縛られた部分が、痛い。自分の体重で腕が圧迫されて、痛い。意識はあるものの頭がくらくらして酔ったみたいに気持ち悪い。
 クスリ強すぎたかなぁとひとりごちるバッツはやはり普段通りなのに、まるで知らない人間のような気がして無意識に体を震わせた。
「ここ……どこ……」
「んー? カオス側にあるおれの部屋だけど」
「……っ、……は……?」
「だからさー」

 ベッドの脇にしゃがみ、視線を合わせたバッツは無邪気に笑った。
「おれ、カオスの戦士なんだよ」
 気付かなかった? と、からから笑うバッツを凝視する。何か言わなければ、と思うのに、喉からは擦れた音が出ただけだった。
「ものまねの応用でさ、カオスの戦士だけど、コスモスの戦士風ーな感じになるように頑張ったんだぜ? おかげでカオスの気配は殆ど消せてただろ?」
「……ッツ……」
「ほんとさぁ、だーれも気付かないのな。もうおれ可笑しくって、前の時は自分でバラしてみたりしたけど」
「バッツ……っ」
「ん? どした?」
 頭を撫でてくる手の温度は、いつものバッツなのに。
「……な、んで……こんな……」
 目に見えぬ何かが恐怖を駆り立てる。知らず震えた声にバッツが可笑しそうにまた笑う。
「皇帝に言われたんだよ、コスモス側に潜入しろってさ。ま、面白そうだったし、付き合ってたんだよ。実際色々と楽しめたし……そしたら、今回の戦いでお前に会っちゃったんだよなぁ」
「お、れ?」
「うん」
 頭を撫でていた手はつい、と頬を撫で、指先で輪郭を辿っていく。
「お前に会っちゃった。一目ぼれってやつ? 一瞬だった。おれだけのモノにしたいって、その時からずっと思ってたんだ」
 その瞬間、バッツの目に見たこともない深い闇を見て「ひっ」と思わず声を引き攣らせた。
 反射的に距離を取ろうともがくが、両腕を拘束されているから虫のように体をよじらせ這うことしかできない。それもすぐに捕まってしまう。
「やっ……いやだ……! バッツ! いやだっ!」
「そんなに怯えんなよ。取って食おうってわけじゃないんだしさ。あ、性的な意味で食うつもりは満々だけど」
 にっこりと笑って馬乗りになったバッツの動きに合わせてベッドが小さく悲鳴を上げた。早鐘を打つ心臓と共に呼吸も浅く、速くなる。

 怖い。

 口調も、頭を撫でる手つきもいつものバッツそのものなのに、この底知れぬ闇を思わせる目が、気配が、あまりにもアンバランスすぎる。
 恐ろしい。
 いつだって、成人しているとは思えない奔放さで仲間に悪戯をする、けれど大事な時には大人の顔を見せる、頼れる兄のような男だと思っていたのに。
「なーティーダ、そこまでビビられるとさすがに傷ついちゃうぞ? だーいじょうぶだって」
 身動きができないのは、蛇に睨まれた蛙のように竦み上がっているからか。それとも未だに、普段の楽しくて優しいバッツの面影を見ているからなのか。
「っ」
 髪を指で梳くように撫でながらバッツの唇が重ねられた。反射的に震えた体にバッツがくっと笑ったのを感じた。
 恋人にするように甘く緩やかな愛撫でも心が揺れることはなく、むしろ恐怖と困惑で塗りつぶされて堪らずその唇に歯を立てた。
「っ……痛ぇー」
 ほぼ無意識にやったこととは言え、自分をこのように拘束している男がどんな報復をしてくるかわからない。伸びてきた手に反射的に目を瞑り痛みを覚悟したが、訪れたのは優しく頭を撫でる感触だけだった。
「駄目だろティーダ、キスの時に歯立てたら。ま、そんなとこも好きなんだけどな」
 まるで気にした様子もなく、飼い犬が手を甘噛みしてきた時のような暢気さでバッツは笑った。唇に僅かに滲んだ血をぺろりと舐めとり、そのまま今度は触れるだけのキスを繰り返す。僅かに香る鉄錆の匂いに思考を奪われる。

「このまま次の戦いになれば、皆お前がいたことを忘れる。あいつらのことは心配しなくても大丈夫だぞ」
「っ」
「カオスに頼んで転生させてもらってもいいけど、おれは今のままのティーダが好きだからさ」
 魔術の類か、薬によるものなのか、――あるいは、逆らってはいけないと本能が感じたからか。もう抵抗する力も意思も、自分の中には残っていなかった。
「何かあっても、おれが守ってやるからな」
 普段と何一つ変わらぬ笑顔で、しかし内なる深淵を隠しもせずに、バッツは幸福そうに抵抗できない体を抱きしめた。
「ずっと一緒にいような!」

(世界で一番、誰よりも、愛してる)

――――――

■五万打企画リク■

・カップリングは510
・カオス側に召喚された事を隠してコスモス側に潜入していたヤンデレバッツさんが、ティーダを好きになって、ティーダを連れ去る話。
・出来ればキスとか有り

 ひるねこ様、ありがとうございました!

タイトルとURLをコピーしました