一番最初に違和感を感じたのは、バッツがティーダに抱きついた時だった。
その日、いつものようにイミテーションの退治を終え、拠点である秩序の聖域に戻る途中でスコール達と合流した。
相変わらずバッツとジタンとでスコールを振り回しているらしく、彼の顔にはいささか疲労の色が見える。
「おーっすジタン!そっちはどうだったッスか?」
「特に収穫なし。そっちもか?」
「あぁ、カオスの奴らが襲ってくる気配もなかったしな」
ジタンの質問にクラウドが答えた。不思議な蒼を帯びた眼でティーダをちらと見る。途端にティーダがうっと声を詰まらせたのは、 先程イミテーション相手に無鉄砲に突っ込んで行った事を咎められたからなのだろう。クラウドの視線に居心地悪そうに眼を泳がせるティーダは 後ろから近付く気配に気付かなかったようだった。
「ティーダぁ!どしたー?叱られた犬みたいになってんぞー!」
「うわっ!バッツ!?」
背後から抱きつかれ驚くティーダにはお構いなしでバッツは頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、バッツ離れろって!」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「バッツってば!!」
ティーダが必死にもがくのを見かねたのか、それまで黙っていたスコールがバッツの首根っこを掴んだ。
蛙がつぶれるみたいな声を上げてティーダから引き剥がされるバッツを横目で見ながら俺はティーダに近付いた。
「ははっ、大丈夫か?ティーダ」
「あ、全然へーきッスよフリオ!」
その時だった。
平気だと、そう言ったティーダが、まるで安心したように息をついたから。
その手が、かすかに震えているように見えたから。
(なんだ……?)
しかし問いただす前にティーダはクラウド達の方へ走っていってしまった。
誰とでも分け隔てなく付き合うことのできる、明るい少年。そう思っている。
けれど、抱きつかれた時のあの過剰な反応。離れた時の、安堵したような顔。
それが、頭に引っかかって。
それからというもの、ずっとティーダの行動が気になってしまって。クラウド達と話している時、バッツやジタン達とじゃれている時、ついティーダのほうへ目が向く。
そして、気付いたことがある。
「触れられるのが嫌い?ティーダが?」
信じられない、といった顔でセシルが俺の目を見た。仕方がない、俺も信じられなかったのだから。
「まぁ、まだ確証はないんだが……」
「……何故、そう思った?」
静かに問うクラウドも思う所があるのか、その眼は真剣だ。
俺は今まで見てきたこと、感じたことを二人に話した。
初めて感じた違和感、そしてその後ずっと見てきたティーダの行動。
自分からはよく人に近付くのに、人にはあまり触らせない……というより、触れてもすぐ離れようとする。触れる瞬間少しだけ身を固くする。
話していくうち、二人も覚えがあるのか黙り込む。注意してみなければ分からないほどの小さな反応。しかし気付いてしまえばティーダという人間に 似つかわしくない行動に沸きあがる違和感。
「スキンシップ不足……」
「……え?」
「聞いたことがある……子供の頃、親とのスキンシップが少ないとそういう事に敏感になる、と」
果たして、そうなのだろうか。戦争で親を亡くした自分はそういった事を感じたことはない。平和な世界に暮らしていたはずのティーダが?
「……関係者に聞くのが、いいかもね?」
セシルがそう言って立ち上がると背後から気配がした。
「そうだろう?ジェクト」
バツが悪そうに物陰からジェクトが現れる。その頭を掻く仕草はティーダと同じで、どんなに嫌いだと言っていても親子なのだと実感させる。
「よぅ……なーんか辛気臭ぇ話してやがると思ったら……アイツのことかよ……」
出て来づらかったじゃねぇか、と言うジェクトに俺たちの視線が集まる。
「………………」
彼は小さくため息をつくと、その場にどっかりと腰を下ろした。
「アイツ、触られんの、嫌いなのか?」
「さっき話したとおりだ。確証はないけどな」
「………………」
再び黙りこんでしまったジェクトの次の言葉を静かに待つ。時折あーうーと唸りながら言葉を探す姿も、どこかティーダを髣髴とさせた。 敵のはずなのにこうしていることを許してしまうのは、彼の心が光に近いからだろうか。
「……アイツが俺の事嫌ってたのは、チビの頃からなんだがよ。俺もどうしてやりゃあいいかわからねーし、ちょっと話したり……っつーかからかったら すぐむくれやがるし……だから、俺から触るってのは……なかったんだろうな。アイツから近付いてくるなんてことも、なかったしなぁ」
そこで一旦言葉を区切ると、昔を懐かしむように目を細め、どこか辛そうな表情を浮かべた。
「かみさんは俺の為に食事管理やら家事なんかもきちんとやってくれてた。アイツの事もちゃんと面倒見てた。でもそうだな……アイツが物心ついた頃から……」
『ティーダは一人でお風呂入れるよね?』
『母さん今忙しいから、一人で遊んでてね』
『ティーダは一人で何でも出来て偉いね』
「アイツは褒められたくて、手間かけさせねぇように、自分で何でもやるようになったんだ。 ……そんで俺は、アイツが7歳の時……まぁ話せば長くなるんだが……他の世界に飛ばされちまって、故郷では死んだことになってた。 かみさんも俺を追うみたいに、アイツを残して、逝っちまったらしいんだけどよ……」
そこまで話して、ジェクトは急に立ち上がった。驚いている俺たちを他所に後ろを向く。
「駄目だな!やーっぱ辛気臭ぇ話になっちまった。本当はアイツとちーっと戦ってやろうと思ってたんだけどよ!いねぇみてぇだし、帰るわ」
ガハハ、と豪快に笑うのとは裏腹にその背中には後悔と自責の色が見えた気がした。
「まぁ……よ……こんな事言うのもおかしいけどよ。
…………アイツを頼む……ははっ、泣き虫で淋しがりのクセに強がって、なーんも言わねぇからな」
振り向いた顔は息子を想う父親の顔で、俺たちは深く頷いた。
「フーリオっ!なーにしてるっすか?」
自分のテントで武器の手入れをしていると後ろからティーダが抱きついてきた。
(本当、自分からはくっついてくるくせに……)
「フリオ?」
黙ったままの俺を訝しんだのか前に回りこんでくるティーダ。小首を傾げる仕草が可愛らしい。
男相手に可愛いはないだろうとは思うが、そう思えてしまうのだから仕方がない。俺はティーダの事が
「うわっ!」
ティーダの手を引っ張り腕の中に閉じ込める。思ったとおり、ティーダは腕の中でもがき始める。
「ちょ……フリオニール!離せっ……てば!っ……」
「何でだ?」
「っ……苦しいだろっ、つかいきなり何スか!」
「お前だっていきなり来るだろ?それに苦しいって程でもないだろう」
「、離せ!!」
どんっと突き飛ばされる。突き飛ばしたのはティーダなのに、辛そうな顔で俯いた。
「あ……っごめん……びっくりしただけだか「嫌いなのか?」
ぴく、と小さく肩が震えた。あぁ、泣かせてしまうと思ったけれど、このままではいけないと思っているのも事実で。
「違……フリオが嫌いなわけじゃない……ッス……」
「違う、抱きしめられたりとか、触れられるのが、だ」
「………………」
沈黙は肯定。理由もきっと、クラウドが言ったもので合っている。
「何で……」
「お前をずっと見ていたからだ、ティーダ」
表情を緩める。少し迷ったが、手のひらでぽんぽんと頭を叩く。やはり身を固くしたけれど、そのままくしゃりと撫でる。
ほんの僅かな反応。それをずっと見ていた。だから気付けたのだと。
「すっげー告白っすね……」
「告っ……!?い、いや、俺は決してそんなつもりじゃ!?」
ようやく笑ったティーダに安堵しつつ、赤くなった顔を押さえる。笑い声が収まると、ティーダは目を細めてぽつりと言った。
「嫌いじゃない……苦手なんだ……」
「………………」
「自分からするのは平気なんだ。……うん、傍に誰かいると安心、する。でも……」
ふ、と息を吐き出して、自分の腕を掴んだ。
「触られるのは…………怖い……かも」
「怖い?」
こくりと頷く。少し涙の滲んだ目元を指で撫でるとぴくりと震えた。
「慣れてないっていうか……さ。不安、っていうのかな……おかしいよな!普通は安心するトコなんだろうけどさ」
泣き虫で淋しがり。ジェクトの言うとおりならば、本当に親と触れ合っていたのは赤ん坊の頃だけだ。俺たちの世界では孤児は珍しい事じゃなかったけれど、 平和な世界で暮らしていたティーダにとってそれはどのようなものだったのだろう。
普段は底抜けに明るく、皆の背中を押す、太陽のような存在。その内には一体何が秘められているのだろうかと、自分が何も知らないことに気付く。 まだ俺は、ティーダの事を何も知らない。
「ごめんなフリオ、突き飛ばしたりして。……あと、皆には黙ってて欲しいッス……触られるのは怖いけど、皆が近付いてくれなくなったら……」
「ティーダ」
「ん?」
「治さないか、それ」
「治すって……」
どうやって、と困ったように笑うティーダの頭を引き寄せる。
「っ」
そのままコツンと額をくっつける。目の前には相変わらず困った顔のティーダ。いや。
「顔赤いな」
「の、のばらこそっ!」
そこで沈黙が降り、二人同時に笑う。
「何なんすかーもう」
「こうやって、少しずつ慣らして行けばいい。お前から抱きつかれるのも嬉しいが……」
「が?」
分かっていない様子のティーダにクス、と思わず苦笑が零れた。
「淋しがりなお前を、ちゃんと抱きしめてやらないとな!」
「……はぁー!?誰が淋しがりッスか誰がっ!」
「お前だお前」
照れるティーダの頭を胸に押し付ける。もがくかと思ったが、大人しくしていた。
「…………俺も……」
「ん?」
「……ぎゅってされて、安心したい……っす」
「……あぁ」
俺も、お前の事をちゃんと抱きしめてやりたい。
抱きしめて、腕の中に閉じ込めて、色んな話を聞きたい。
お前の事を、もっと知りたい。
「フリオニール!特訓!よろしくな!」
顔を上げて、まぶしいほどの笑顔を見せたティーダが可愛くて。
思わず抱きしめて突き飛ばされたのは言うまでもない。
END
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かなり久々に文章を書いたら酷いことになって噴いた。
シリアスもどき甘オチでした^p^
文章はこんな感じでやっていくと思います。
特訓編も書くかも。