理性と欲望と。

 欲望なんて、自分で御することができる。
 食欲であれ性欲であれ、理性があれば。
 ――そう思っていたのに。

――――――

 彼とこの世界で出会った時、何て眩しい少年だろうと思った。――彼に言わせれば私の方が眩しいらしいが。
 どんな状況でもめげず、笑顔で仲間の背中を押す姿は正に太陽のようだ。
 始めこそ戦い慣れしていない彼を何故コスモスが召喚したのだろうかと思っていたが……もはや彼なしのコスモス陣など考えられない程、自分達には必要な存在となっている。

『ライトー!』
 私の事をそう読んで走りよってくる姿。
『ライトはさ、難しく考えすぎッスよ!』
 けろりと言ってのける笑顔に何度救われただろう。
 いつしか無意識にその姿を目で追うようになっていた。時々一人で敵陣に突っ込もうとする事もあり、危なっかしくて――というのも理由の一つだが、何か、もっと大きな理由があるのだと思う。 ただ、それが何なのか自分でもはっきりとは分からないでいた。

 それが分かったのは、ティーダを敵の攻撃から庇った時だった。
『ライト!』
 一瞬の事で、反射的に動いていた。思ったよりもダメージが大きく、私は気絶したらしい。気が付けば秩序の館のベッドに寝かされていた。
 横を見るとティーダが椅子に座っている。俯いたまま私の手を握っていて、そっと握り返すと弾かれたように顔を上げた。
『ら……らいと……』
 見る見るうちに涙が盛り上がってきて戸惑う。肩を震わせて俯いてしまった彼に何を言うべきかと思いながら体を起こす。
『だ、駄目ッスよ! まだ寝てなきゃ……』
 ぽろぽろと零れる涙を指先でぬぐってやると、どうして泣いているのかと問う。すると急に俯いて黙り込んでしまったのでこちらとしても下手なことができない。
 仲間達に「ブレない」などと言われてはいるが、戦いに関する事意外のこういった対人関係には戸惑うことが多い。それは、自分の過去の記憶がないせいなのかもしれない。
『………………が……』
 小さな声が聞こえて顔を近づけると、耳を劈くような大声で。
『俺はっライトの事が好きだから! だから、お、俺のせいでライトがッ……!』
 そのまま声は萎んでいき嗚咽に変わる。
『ライトが……怪我、するの……っ……いやっす……ッ』

 すとん、と。
 心に落ちてきた『理由』はあまりに単純明快で。やはり自分はこういう所に疎いらしい。
 自分の気持ちにようやく納得がいったという所で、ティーダは未だ涙を止めないでいた。いや、それどころか顔を、耳までも真っ赤にして俯いてしまっている。
 ――恥ずかしい、のだと思う。しかし恥ずかしがる事はないではないか。こうして自分の気持ちを伝えるという事は褒められるべき事で、恥じることなどない。
 ティーダの頭に触れ、顔をこちらに向けさせる。涙を湛えた海色の瞳がこちらへと向けられた。

『私も、お前が好きだ』
 驚きに見開かれた瞳。更に赤みが増した顔で動揺している。
『っ……う、うそだぁ……』
『私が嘘を言うと思うのか?』
『………………ほん、と……に?』
『だから』
 最初からそう言っているだろう、と言う前にティーダが飛びついてきた。そのままの勢いでベッドへと沈む。
『ライトぉーー!! 好きッス! 大好きッスーーー!!』

 ――こうしてティーダと、交際することになった。
 交際、である。普通ならば男女のそれを男同士で、しかもコスモス、カオスという勢力に分かれ戦っている最中に。
 普通ならば、まずありえない。ありえないと思うのだが。
『お、マジで? やっと? おめっとさん!』
 などと皆軽く受け入れるものだからこういうものなのか、と納得した。
 ただし、戦いの最中はいつもどおりの関係。公私はきちんと分けるようにとティーダにも言い聞かせた。
 不服そうではあったが、ただでさえスキンシップの多い彼の事なのであまり変わらないかとも思う。

 ――そうして、一週間ほど過ぎた。
 ティーダとの関係は相変わらず続いている。――しかし。

「ライトぉ~」
「ティーダ?」
 食後、それぞれの部屋に戻った後(部屋割りはティナ以外特に決まっていないが最近はやたらティーダと一緒の部屋にされる)、ティーダが甘えるように寄ってくる。
 こうして恋人でいられる時間は少ない。夜になると話にきたり、一緒に寝ようなどと子供のような可愛らしい要求をしてくるが、昼間はちゃんといつもどおりに戦っているので何も言わない。
 頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。以前バッツ達に飼い主と犬のようだとからかわれた事があるが、確かにそう見えるかもしれない。
「………………」
「ライト……?」
「どうしたティーダ」
 下から覗き込んでくるティーダ。何か疑われているような気がするのは気のせいだろうか。
「なーんか、最近変ッスよ」
「変、か?」
「また何か考え込んでるって感じッス。時々難しい顔して俺の方見てるしさぁ」
 ――大したことではない。本当に、大したことではない。これは自分の問題だ。
「大したことではない。お前が気にすることはない」
「む……あんま考え込んじゃダメッスよ? 何かあったらさ、俺に相談してよ」
 俺だってライトの役に立ちたいッス!と笑顔で言うティーダにキスをした。

 ――…………。

 また、だ。
 それを気取られぬように、そっと唇を離して寝かしつける。まだ何か言いたいようだったが、しばらく頭を撫でていれば規則正しい寝息が聞こえてきて、静かに息を吐き出した。

――――――

 朝早く起き、そっとテントを抜け出す。まだ誰も起きていないようだ。
 朝の澄んだ空気の中ではイミテーションが殆ど現れない。少しの間気を落ち着けようと近くの泉まで散歩をする。
 ――ティーダの事は好きだ。これは揺るがない想い。だが、だがしかし。これは一体どういう事なのか。
 頭を抱えたくなる。そもそもは二人の気持ちが通じ合ったあの日。

「いきなりヤっちゃったのが原因だなぁリーダー」
「っ」
 突然後ろから声をかけられ心臓が跳ねる。誰かが近付いていることに気付かないほど、自分は考え込んでいたらしい。まったく情けないことだ。
「バッツ……君がこんな時間に起きているのも珍しいな。そして人の思考を読まないでくれるか、というか何故知っている」
「いやー、トイレに行こうと思って起きたら丁度リーダーが外で歩いてるのが見えてさ。好奇心で目が覚めちゃって。つか、あれは分かるだろ。壁薄いし」
 そもそもティーダの大告白で目が覚めちゃってたからなーと言うバッツ。本当に自分の浅はかさを呪いたくなった。
 部屋が端で本当に良かったと思う。両隣に部屋があったらそれこそ大問題だ。
「ま、この事に関しちゃ俺とジタンしか知らないから安心しな」
 安心していいのか、一番の問題児達に知られてしまった気がするがもう仕方のない事だろう。
 ――そう、二人の気持ちが通じ合ったあの日。

――――――

『ラ、ライト……?』
 自分でもおかしいと思った。たった今、自分の気持ちの正体が分かったばかりだというのに、ティーダを抱きしめていたら急に体が欲求を訴え始めたのだ。
 これにはティーダも驚いたようで、顔を赤くさせチラリと上目遣いでこちらを見てくる。
『……す、すまない……』
 自分も顔が熱くなってくる。何とか欲求を抑え込もうとしてみるが、ティーダを抱きしめている限りそれは無理な話だった。
『あの、さ…………いいよ……』
 私の胸に顔を埋めながらティーダが呟いた。それは、いやしかし、たった今想いを
『もーっ! また難しく考えてるッスね! こーいうのはお互いがいいんだったらするの! つか俺だって恥ずかしいのにこんな事言わせんなよなッ!』
 半ば自棄になったティーダが唇を重ねてきた。歯がぶつかって痛んだが、それ以上に唇の柔らかな感触に酔った。
『んむッ!?』
 堪らずティーダの頭を抱えると深く唇を合わせた。驚きで開かれた口の隙間から舌を差し込んで味わう。
『っん……ふぁ……』
 ようやく唇を離したとき、とろんとした目で息を荒げるティーダがこう言った。
『今、夜中で、皆……はぁ……寝てる、っすよ……』
 熱に浮かされたような、ふわふわとした感覚。体の奥から湧き上がってくる熱に抗えないまま、ティーダを押し倒した。

――――――

「で、そっからはもう流れ込んじゃった感じ?」
「……あの時はどうかしていた……いきなりあんな事をするなど……」
「何がいけないんだよ? ティーダだって望んでたんだろー?」
 いくら同意だったとはいえ、やはり順序というものがあるだろう。そう思うのだがバッツは笑ったまま普通だって!などと言う。
 そして今。やはり私はあの日から少しおかしくなってしまったのだ。

 あれ以来、ティーダを見るたびにあの日の光景が蘇る。
 普段より何倍も甘い声。潤んだ瞳。快楽に身悶えるその仕草。
 何もかもが鮮明に思い出され、体が熱くなる。
 戦いの最中、見回り中はまだいい。だが、夜二人きりになるともう駄目なのだ。擦り寄って甘えられて、何度誘惑に負けそうになったことか。
「もっと欲求無いとか、理性で耐えられると思ってた?」
「……あぁ」
「あーあリーダー分かってないなぁ」
「……?」
「あのなぁ、好きな子目の前にして平気な男なんてそうそういないぞー? それが普通なんだって。おかしくもなんともない。いっつもティーダに言われてるだろ? 難しく考えすぎだって」
 そういう、ものなのだろうか。正直これ以上耐えられるのか最近不安でならない。
「我慢して、いつか爆発しちゃって、そんでティーダに嫌われるなんて嫌だろ?」
「………………」
「きっとティーダ、アンタが求めてくれるって知ったら喜ぶと思うぜ? まぁ恥ずかしがる方が先だろうけど」
 初めて体を繋げた時を思い出した。痛みに耐えながら、それでも私を受け入れてくれた。
 終わった後に、ふにゃりと幸せそうな笑顔を見せてくれた。
「……バッツ」
「んー?」
「……ありがとう」
「いやいやー気にすんなって!」
「君は意外と、物事をよく知っている」
「意外って何だよ!」
 後ろから来るバッツの文句を聞きながら、秩序の館へ戻るために歩き出した。

――――――

「ライトっ」
 今日もまた同じ部屋で、ティーダが傍に寄ってくる。どうもティーダは、甘えるのが好きらしい。
『好きな子目の前にして平気な男なんていない』
 バッツに言われた言葉を思い出す。成る程、確かにそうなのかもしれない。
 ベッドの端に座った私の隣に腰掛け、体を預けてくる。洗い立ての濡れた髪から香る匂いにまた体の奥がざわつく。
「ティーダ、話がある」
「?」
 改まった様子に疑問符を浮かべるティーダ。しかしいざ話そうとしてもなかなかよい言葉が見つからない。
「お前は…………っ?」
 その先の言葉は続かなかった。
 触れた場所から熱が伝わる。それは全身へと伝わり、あっという間に欲望に火をつける。
「ティーダ……!」
「……やっぱり、難しく考えてたッスね」
 呆気に取られているとティーダがもう一度触れるだけのキスをする。
「恋人の時間……少ないんだから、有効に使えよなッ……!」
 拗ねたように口を尖らせるティーダに愛しさがこみ上げる。お返しとばかりに深く口付けると腕が背にまわされてそのままベッドへと押し倒した。
「ん、ふぅッ……ん、ちゅ……」
 くちゅり、と濡れた音がして、飲みきれなかった唾液が口の端から伝い落ちる。それを舐め取るともう一度口付ける。
 服の上から胸へと手を這わせるとぴくん、と体が震えた。彼も期待をしていたのだろうか。そんな都合のいい考えを振り払い、首筋へと舌を這わせていく。
 鎖骨を辿り、くぼみに舌を這わせて吸い上げると一際大きく体が跳ねた。
「やッ……んん……そこ……だ、だめ……っす……!」
 眉根を寄せ、頬を赤く染めて震えるティーダ。声を抑えようと口元に持っていかれた手を掴むとそこにもキスを一つ。
 もっと声が聞きたい。顔を見たい。触って、体の奥まで感じたい。
 ――次から次へと溢れてくる欲求に、よく今まで耐えてこられたものだと思う。と同時に、あのまま耐え続けていたら、バッツの言ったようにいつか爆発させティーダに酷い事をしていたかもしれない、とぞっとする。
「ライ、ト……ッひゃぅ……!」

 耳朶を甘く食んで、下肢へと手を伸ばした時、廊下から足音が聞こえて部屋の前でピタリと止まる。
 控えめなノックの後に柔らかな声が聞こえた。
「ライト? ちょっといいかな。明日の事で話し合いたいことがあるんだけど……」
「セシルか…………」
 そっとティーダの様子を伺うと、顔を紅潮させたまま苦笑した。
 何か言おうとした私の唇に人差し指を当てると、顔を寄せ耳元で囁いた。

「あぁライト、ごめんね夜に……って、大丈夫……かな?」
「何がだ」
「顔、真っ赤だよ……?」
 お預けを食らってしまった私の脳内では、先程囁かれた言葉がずっと繰り返されていた。

『続きは後で……ッスよ?』

――――――

ライトさんのむっつりー←
恋愛ごとには疎くてニブチンでブレまくりなライトさんです。駄目すぎる。主に私が^p^
ネタの泉にていただいた『ライティで微エロ』でした~vありがとうございました!設定は何でも良いとのことでしたが普通に異説世界で。
学パロとかでも良かったのですがね……もしくは社会人×高校生……はぁはぁ。
裏を作ったのでむしろガッツリ書いてみたいかなーと思いつつ寸止めもおいしいよねという事でv
バッツさんはフラグクラッシャーですが何か他人の恋愛事には普通にアドバイスしてくれそうなイメージです。ジタンでも良かったと思うのですがバッツさんにちょっと大人なところを見せてほしかったんです(笑
ちなみに最後のライトさん、いつもの真顔で顔真っ赤にしてます。

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