海は何色に見えるか

「「あ」」

 ばったり。そんな音が実によく似合う再会だった。
「あ、んた」
「あー……あん時の。元気?」
「へ? あ、うん……? うん……」

 傍から見ればそれは敵同士の会話には見えなかっただろう。少年も突然そう問われて戸惑っていたが、ヴァンという少年は基本そういったことを気にしない性格であった。
 そう、敵同士なのだ。カオスとコスモスに別れている彼らだが、ヴァンも少年も互いに全く戦意を抱かない。互いに仲間がいればそれは盛大に突っ込まれただろう。
 偶然の再会にまじまじと少年を見ながら、ヴァンは数日前のことを思い出す。彼と初めて出会った日。
「……あれ?」
「な、何スか」

『……住人じゃない、カオスに呼ばれて来てるんだ』
「? おーい?」

 数日前の彼は、どこかぼんやりとした瞳で、知らない場所に放り出された子供のようだった。
 元気がなくて暗い奴だと思っていた。
 けれど今目の前にいる彼は、しっかりと生気を宿した瞳をしている。表情も暗いものではなく、よくよく見れば本当は表情豊かな人物なのだと、筋肉の動きでぼんやりと察する。

「お前、本当はそんなやつなんだな」
「……??? 何のことだよ?」
 いきなり何だと目を白黒させる少年にくすりと笑みがこぼれた。
「この前元気なかっただろ。でも本当は、そんな顔出来る奴なんだなって」
「……あぁ。あの時はさ、自分の記憶が全然なくてちょっとな」
「あー、だから戦ったのか」
「そうそう」

 他愛のない会話の中でもころころと表情が変わる。ばつが悪そうに頭をかく仕草は何故かジェクトに似ていた。
 カオスの者は大抵暗い奴か、上から目線でよく分からないことを喋り高笑いをするような奴ら、とかなり偏った見方をしていたがどうやら考えを改める必要がありそうだ。
 まだどこか影を背負っているような気がしたが、それでも本来の彼はきっと明るいのだと確信した。暗い時の彼よりも、今の彼の方がいい。

「記憶思い出したいなら手伝おうか? あんま本気出されても困るけど」
「……いや、いいよ。この前聞いたけどさ、ジェクトって奴いるんだろ。そいつを探してるんだ。どこにいるか知ってるか?」
 そう話す彼は再び出会った時のような雰囲気になる。どうやらジェクトと因縁があるようだが深く追求する気はなかった。
 だが彼に見えるのは怒りと……それ以外にも、あった。ただ戦いたがっているわけじゃない。

「んー多分メルモンド辺りに行くって言ってた気がするけど……まさか戦うのか?」
「……うん、オレはあいつを倒さなくちゃいけないんだ。……止める?」
「ジェクトは強いからな。簡単にやられたりしないし、お前こそ返り討ちにされないように気をつけろよ」
「……敵の心配? ははっ、変なやつ」

 ――笑った顔は、この短い時間で見た表情のどれよりも彼に似合っていた。
 呆れも入ったそれが、いつか本当の笑顔になったら、それはとても眩しくて綺麗な気がして目を細める。

「……やっぱその方がいいよ」
「何が?」
「おまえ、笑ってるほうがいいよ」
「……へ? ……え、あ、いや、何言ってんスかあんた!」
 瞬時に赤くなる顔が面白くて思わず笑うと怒ってしまったのか、「もう行く!」と言って踵を返してしまった。
 しかし数歩歩くと何故か足を止めて振り返った。まだ少し赤い顔のまま、照れたように笑った。

「……ありがとな!」

――――――

「にしても……変わった奴だよなー」
 はぐれてしまった仲間を探しながらそう呟く。誰に聞かれることもないそれは空しく拡散していく。

「……あ、また名前聞き損ねた」
 以前ユウナに話した時は暗い奴だったと話したが、もしかしたら本当は、ユウナが言っていた通りの「明るくていつも笑っている」人物なのかもしれない。
 ジェクトのことも知っていたから、やっぱり知り合いなのかもしれない。また会う機会があれば、今度こそ聞いてみようと心に決めて岩場を飛び越えようとした。

「待て」
「んあ?」

 間抜けな声が出てしまったが殺気を感じてさっと身構える。そこには金髪のつんつん頭がいた。
「チョコボみたいな頭だな」
「……」
 何故か押し黙ってしまった男には見覚えがあった。戦ったことはないが、カオス側にいる男だ。
「何か用? 戦うのか?」
「……あんた、ティーダに会ったのか」
「ティーダ……? 誰?」
「……お前と同じ年くらいの、金髪で……」
「あぁ、あいつティーダって言うのか」

 ぽんと手を打ってその名前を記憶する。ティーダ。ティーダ。

「おい」
「で、なんだっけ?」

 チョコボ男はため息をつくともう一度聞きなおす。
「ティーダに会ったのか。何を話した」
「会ったよ。何って言っても……世間話? あージェクトの居場所聞かれたから教えてやった」
「……! ティーダはそこに行ったのか」
「多分な」

 男の表情が険しく、纏う雰囲気は更に刺々しいものになったが理由がよく分からない。何かまずいことをしたのだろうか?
 そろそろ仲間を探すのに戻りたいのだが男は通してくれそうにない。頭の後ろで手を組み、どうしたものかと目の前の男を眺めた。

「……ティーダがジェクトを倒そうとしていることは知っているのか? 知っていて教えたのか? ジェクトはあんたの味方だろう」
「ジェクトは簡単にやられたりしない。それに何でかは知らないけど、あいつは戦いたいってよりとりあえず会いたがってる感じだったし。だから教えた」
 無表情な中でも訝しげな顔をする男をみて疑問を抱く。彼と、自分との間には何か違いがあるのだろうか。

「……おまえ、あいつが戦いたがってるだけと思ってるのか?」
「……ティーダはまだ戦うべきじゃない。だから止めに行く」
「なんだよそれ。あいつの意思は無視すんのか?」
「あんたには関係ない」

 む、と眉間に皺が寄った。この男は自分の考えだけで彼を止めようとしている。何だか無性に腹が立った。
「ジェクトに会って、どうするかはあいつの意思だろ。お前が邪魔していいことじゃない」
「たった少し言葉を交わしただけのあんたに何がわかる」
「回数じゃないだろ。オレはあいつがジェクトに会いたがってるの知ってるし、笑った顔がすごく似合うってのも知ってる」

 ぴくり、と男の眉が動く。刺々しかった雰囲気は殺気すら滲んできて、正直おっかない。
 ――それがきっかけだったのか、ぽんと思いつく。なるほど、そういうことなのか。

「お前、あいつが好きなのか?」
「…………」

 黙ってしまった。図星なのかそうじゃないのかよく分からない。殺気はまだ引っ込みきれていないが、少なくとも武器を出す気はなさそうだ。
「あいつが大事なら、あいつの考えも大事にしろよ。本気で命が危ないなら別だけどさ、ただ会いに行っただけなんだから」
「敵に説教か?」
「そんなつもりじゃないけど」
「……あんた達はこの世界の事を知らない。まだまだ時間はあるんだ……だからティーダは、ちゃんと全部思い出して行動したほうがいい。戦った後で記憶を取り戻して、後悔してほしくない」

 時間がまだまだあるとはどういうことだろう。近頃はイミテーションだとかいうものが現れてコスモスの戦士達は苦戦している。
 油断すればあっという間に決着がつきそうなくらいに戦力差があるのだ。だから時間があるという男の発言はひっかかった。

「――だから、あんた達は勝てないんだ」
「おい――」

 黒い闇に飲まれるように男は姿を消した。きっとあの少年――ティーダを追ったのだろう。
 今日はカオスの戦士に二人も会ったが、結局どちらも戦うことなく終わってしまった。一人で挑むのは危険だし、避けられたことは喜ばしいが、ティーダのことは気がかりだった。
 最初に戦った時も、互いに本気ではなかったとは言えティーダの戦闘技術は未熟だった。ジェクトのような体格の良すぎる怪力男に挑むのは少々心配だ。

「……敵の心配してたらライトニング辺りにどやされそうだなー」
 そうぼやく口元には笑みが浮かんでいた。

――――――

 ようやくティーダを見つけた時、コスモスの戦士は数を減らし始めていた。
「ティーダ、帰るぞ」
「クラウド……? 帰るって、なんで」
「もうじきこの戦いも終わる……お前にはまだ考える時間が必要だ。ジェクトと戦うのは次の……」
「終わっちまったら意味ないだろ! オレはオヤジに会わなきゃいけないんだ!」

 激昂するティーダを見て言葉に詰まる。ティーダは、自分の名前以外の記憶をほぼ失っていて、不安定な、ぼんやりした状態が多かった。
 この強い意志は、彼が父親という倒すべき敵の記憶を思い出したからなのか。憎しみの色があるとは言え、その強い輝きに目が奪われた。

「……違う、違うんだティーダ。この戦いは」
「それにイミテーションって奴らが出てきてるんだ。あいつらに倒される前にオヤジを見つけないと……そうだ、さっきコスモスの一人が仲間を襲ってたんだ。 あいつもそのうちオヤジを倒しにいく……ごめんクラウド! オレ行くから!」
「ティーダ!!」

 風のように駆けていったティーダを追うことはできなかった。戦闘技術はまだ未熟なティーダだったが、スピードはこの世界に呼ばれた者の中でもトップクラスだ。
 パワータイプの自分では追いつけない。手を掴みそこない、宙に浮いた腕を下ろす。目を閉じ、先ほどのティーダの言葉でひっかかったことを思い出す。

(コスモスの戦士が味方を襲っている? コスモスは戦士にクリスタルの力を与えたと聞いた……それを次の戦いに持ち越すためか……?)
 今まで戦士を召喚するだけだったコスモスが取ったイレギュラーな行動。そしてイミテーションの出現、仲間を倒し保護する戦士。

 確実に今回の戦いは、変わり始めている。同じことを繰り返していた輪廻の輪が、少しずつ狂い始めている。
 現に自分は戦いを放棄していたのに、セフィロスに襲われそうになっていた幼馴染を助けてしまった。
 最早、いつまでも戦いを放棄し傍観していることはできない。ティーダも、ティファも、大切なもの全てを守りたい。このふざけた輪廻を、終わらせなければいけない。

「カオス……」
 混沌の神が勝ち続ける限りこの輪廻は終わらないならば。

 友から受け継いだ剣を担ぐと、カオスのいる玉座へと歩き出した。

――――――

あとがき。
 ツイッターにてよく遊んでいただいてるハナムラさんに捧げます!
 クラティダとのことだったのですがいつもヴァンティダ!( ゚∀゚)o彡°とも叫びあう仲なのでその要素も入れさせていただきました……
 その結果どっちともCP未満な中途半端なものに……申し訳ありません!。゚(゚´Д`゚)゚。
 012のオフィシャルクエストであった話を織り交ぜつつにしてみました……ヴァンはKYだけど何かこう直感で感じる子だと思います!何となく!
 ハナムラさん、いつもありがとうございます!お気に召さなければまた別のを書きますので言ってくださいませ~!

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