大人って

 正直なところ、もうどんなことが起こっても、皆多少のことでは驚かなくなっていた。
「どうしたものか……」
「むしろ戦力的にはアップじゃないッスか?」
 とは言え、予想外の事態であることに変わりはなくリーダーは眉根を寄せた。けれどティーダの気楽な言葉で他のメンバーも「まあ確かに」と頷いた。
「……あのさ……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど」
「なーに照れてんだよオニオン! イケメンになりやがってこのっこのっ」
「痛! ちょ、身長抜かされたからって八つ当たりしないでくれる!?」
「しかし……」
「立派になったなー!」
「そこも! 一時的なものなんだからそういう事しみじみと言わないでよ!」
 コスモスの戦士達の視線を一身に浴びる青年は、つい数刻前まで少年と呼べる年だった。
(アルティミシア……子供化して戦力にならないようにするならともかく、大人にしてどういうつもりだ?)
「ま、なんとかも木から落ちるってやつじゃねーの?」
「お、ジタンが言うと説得力あるな!」
「どーいう意味だよバッツ!」
 騒ぐ周りをよそに、当の本人はため息をつくばかりだった。

――――――

「戦士として呼ばれた以上、子ども扱いはしない。一人の騎士として、コスモスのために力を貸して欲しい」
 この世界にやってきた時に、リーダーの男はそう言った。もちろん、一番年下という中で、一人の戦士として認めてもらえたことは嬉しかったし、実力だってちゃんと認められた。
 時にはまだ子供だなんて冗談交じりに言われるけれど、不快だとか嫌だとかは思わない。
 でもやっぱり、一人だけ大きく年が離れているというのは、少々悔しいものなのだ。
 だから、常に心の奥底では思っていたのかもしれない。「早く大人になりたい」と。
「でもまさか、本当にこうなっちゃうなんてね……」
「どうしたの? 早く元に戻りたい?」
「ティナ……いや……うん、どうだろ、よくわかんないや」
「そう。でも不思議だね。いつもは見下ろしてるのに」
 くすりと柔和に笑いながらティナが見上げてくる。こっちだって不思議な気持ちだ。ティナを見下ろすことなんて、ずっと先のことのはずだったのに。 ――まあ、その時には一緒にはいないのだろうけど。
「オニオン! ここにいたんスか!」
「何か用?」
 部屋にやってきたティーダが手を引いた。体を動かすより先に説明が欲しい。
「もともとは子供だけど、やっぱその見た目の男女が一緒の部屋はよくないーってリーダーが」
 あぁなるほど。リーダーの言いそうなことだし、自分自身としてもその方がいいだろうと思っていたところだ。
「つーわけで、しばらくはオレと二人部屋ッスよ~!」
「えぇっ!? なんでティーダと!?」
「む、なんだよその反応。オレとじゃ不満ッスか?」
「そ、いうわけじゃないよ。驚いただけ」
「ならよーし!」
 上機嫌で手を引くティーダに大人しくついていくが、内心はそれどころじゃなかった。
(どうしよう……)
 青年と呼べる体になってしまった弊害。まだ誰にも気付かれていないと思うし、絶対に悟られたくない。特に、ティーダには。

 体が大きくなった。周りから見ればそれだけだ。でも、本当は中身にも変化があった。
(くっそ~……いきなりこんな状態なんて……)
 体も、そして心もそれに引き摺られるように成長を見せていた。元の子供の姿の時でも徐々に成長しつつあったそれが急激に己の中で巨大化し、まだ戸惑ってばかりだ。
 所謂、第二次性徴だとか、思春期だとかいう、アレだ。
(なんでよりによって……)
 成長した欲求の対象が、ティナだとかコスモスだとか、まあ敵だけどアルティミシアや暗闇の雲ならまだよかった。女性だ。それは当然の、正常な欲求である。
 でもティナは自分が守ると決めた存在であり、コスモスも神様で自分達の主。アルティミシア達も敵。もちろん、女性の胸や柔らかそうな体を見るとどきどきするけれど、それとはまた別の。
「やー、一応二人部屋なのに一人しかいないって結構寂しかったんスよ~」
 使っていなかったベッドに干してきたシーツを敷いたりと楽しげに準備をするティーダに視線を向けないようにしながら用意された部屋着に着替える。
(なんで……)
 子供の体だった時から、憧れに近い感情は持っていた。けれどそれはクラウドやリーダーに対しても感じていたものだ。それが、こうして一時的とは言え成長してしまった今、自覚せずにはいられなかった。
(……っ、違う違う! 恋愛感情じゃないってば!)
 いや、恋愛感情抜きにして性的な欲求だけならなお悪いのだが。
 とにもかくにも、自分は体と精神が成長したことによって、ティーダに対して、そういう欲求を持っていることに気付いてしまったのだ。
「ん? ティナと一緒じゃなくて寂しいッスか? なんなら一緒のベッドで寝てあげるッスよ~」
「いらないよ!」

――――――

(最悪だ……)
 大人の姿になってから数日、未だにもどる気配はない。
 ただでさえティーダのことが気になって仕方ないというのに、一緒の部屋で探索のチームも一緒で、部屋に戻れば一緒に風呂に入ろうかだの寝ようかだの、こっちの身にもなって欲しい。
 いや、ティーダなりに気遣ってくれているのは勿論分かるのだが、如何せん今の状態でそういうのは、まずい。
「ぷはっ! おーいオニオーン」
「気が済んだ?」
「うッス! 見張りありがとな~」
 今日の探索はティーダと二人だけ。大人の姿になったことによって元の素早さを生かした攻撃スタイルは少々やり辛くなったものの、力や魔力も成長しているため探索程度なら二人でも大丈夫と判断されたのだ。
 だからこうして、泳ぎたそうにうずうずしていたティーダを泉に放り込んで一人で見張りしていても問題はなかった。
 ぶるぶると犬みたいに体を振って水を飛ばすのを離れて避けると、タオルを投げ渡した。
「はいタオル」
「さんきゅ~」
 水も滴る、なんて言葉もあるけど、泳いでいる時のティーダは活き活きしてるし、本当に綺麗だと思う。
「…………」
 頬に張り付いた髪から伝う雫が首筋から胸元に落ちるまでを視線で追ってしまって慌てて目を逸らした。こういうのが嫌なら泳がせなければいいのだけど、つい許してしまう。
「ん?」
「な、なに?」
 タオルで頭を覆ったままティーダが近づいてきて下から見上げてくる。そう、今はティーダよりも少し背が高いのだ。上目遣いっていいよな~なんてジタン達が話していたのを聞いた時は何がいいのかよく分からなかったけど、今ならその気持ちがよくわかる気がした。
「ちょっと顔赤くない? 大丈夫ッスか?」
「へ、平気だよっ! なんでもないから!」
 額に触れようとするのを止めるとティーダは不服そうに口を尖らせた。健康的に焼けた肌のしっとりと濡れてる感じだとか睫毛の長さだとか、距離が近づくことで普段見えないものが見えてしまって鼓動が速まる。
「なーんか避けられてる気がするッス……オレなんかした?」
「避けてないし、何もしてないっ」
「むー……」
 納得いかない様子のまま、再び髪や体を拭く。そういう所も可愛い、だなんて思ってしまっているんだから重症だ。
「……まあ確かに僕のこと構いすぎとは思ってるけど、嫌なわけじゃないよ」
 ぽつりとそう言えばしっかりと聞いていたらしいティーダはにこりと笑顔になった。それは多分、弟に対するようなものだ。体は大きくなっても、彼にとってはやっぱり自分は年下で。
 対等に見て欲しいと思ってしまう。同じ目線に立って、同じものを見て、もっと近づきたいと思ってしまう。
 ――もう正直に認めよう。確かにこれは恋愛感情だ。だから、ティーダにも弟だとか仲間だとか、そういう親愛じゃなくて。
(もうちょっとちゃんと、見て欲しいよ)

「……!」
 ぴりっとした空気に自分もティーダも一瞬で表情を変える。気配からして然程強い感じはしない。ティーダはまだ水からあがったばかりだから、自分が出なければ。
「ティーダはここに……え、」
「うおりゃあああああああ!」
「ちょ……っと!」
 ろくに装備もつけてない上半身をさらした姿で、ティーダは武器だけを手にあっという間に敵に突っ込んでいってしまった。せめて援護しなければと走りながら詠唱する。
 軽やかにティーダが敵の攻撃を避けるのと同時に魔法を放つ。やはり敵のレベルはたいしたことはなく、すぐに片付いた。――が。
「ティーダ後ろッ!」
「え」
 潜んでいたイミテーションがティーダの後ろから襲い掛かる。一瞬のうちにジョブチェンジして振り上げた剣目掛けて手裏剣を投げつけた。
 キィン! という甲高い音と共にイミテーションの剣が弾かれ、すかさず体勢を整えたティーダが切り伏せる。
「っ、っと……危なかったー。さんきゅーなオニオン!」
「…………」
 つかつかと歩み寄ると怒っていると思ったのか一歩後ずさったティーダの肩を掴んで抱き寄せた。わたわたと慌てる体をしっかりと抱きしめると思わず安堵の息が漏れた。
(よかった……)
 心底ほっとする。敵の剣が迫った時も、心臓が止まるかと思った。自信があるとは言え、もし自分の投げた手裏剣がティーダに当たったらと思うと手も震えた。実際に顔の横ぎりぎりを飛んでいったのを見た時だってもう。
「……なんで飛び出していっちゃうのさ。あんなの僕一人で倒せたのに」
「ご、ごめん……いつものクセっつーか……」
 ティナも含めた三人で探索に行く時も、ティーダはいつも前衛だ。援護するこちらに被害が来ないように真っ先に敵に向かい、敵を撹乱する。
 他のメンバーと組む時も切り込み役はティーダが進んでやるというから、確かにそれはもうクセのようなものなんだろうけれど。
「今の僕はいつもより力も魔力もあるんだよ」
「う、うん」
「守ってくれなくても大丈夫だから」
 それを言うと、抱きしめたティーダはちょっとだけしゅんと肩を落とした。違う、そうじゃなくて。

「……たまには、守らせてよ」
「……え? あ……、……あ……うん」
 全身は火照っているし、抱きしめるティーダの体もなんだか熱いような気がするし、ああここからどうしよう、と心の中で頭を抱えた。

 ――後日、無事に子供の姿に戻ることができたし、ティーダに抱いていた悶々とした思いも鳴りを潜めたけれど、一度自覚してしまった以上完全に気にならなくなったとも言えなくて。
(でも……大人になるのは、まだ先でいいや……)
 自分の気持ちを整理しながらじっくり成長したいと、そう思うようになったのだった。

――――――

 大人って案外、大変だ。

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