大人であるということ

 ふと、目が覚めた。
「……んー」
 何かに緊張しているとか催したとかそういうものではなく、自然と起きてしまった。
 窓から見える空はまだ暗いけど、星の位置から夜明けが近いことを知る。長く旅をしていたからか、空を見て時間を知る術は、記憶ではなく体に染み付いた習慣だった。
「……ま、いっか」
 隣のベッドで眠るジタンを起さないようにそっと部屋を出る。ちょっと散歩にでも行きたいところだが、見張りによりけりだ。例えばリーダーだと絶対に許してもらえないだろう。
「お?」
 入り口の所で誰かが話している。他にも起きた者がいたようだ。
「なー、ちょっとだけ! な?」
「そうは言ってもな……もうすぐ夜明けだし、待っていられないのか?」
「ムーリー! 今部屋に戻ったら絶対二度寝して起きれなくなるッス!」
「うーん……」
「よ、おはようさん二人とも」
「っ! び、びっくりした……バッツか……」
 見張りはフリオニールだったらしい。そしてフリオニールに外に行きたいと頼んでいたのはティーダ。
「あぁー!バッツ! ちょうどよかったッス! ほらフリオ、バッツと一緒ならいいだろ?」
「お、ティーダも散歩行きたいのか。よしよし。二人行動なら問題ないだろ、聖域からは出ないしさ」
 抱きつくティーダの頭を撫でてやるとフリオニールはやや渋い顔をしながらも頷いた。

――――――

「ちょうどよかったッスよー、フリオもセシルもクラウドもカホゴだよな」
「まあな~」
 特にティーダに関しては、という言葉は飲み込んだ。実際、ティーダがいなくてバッツ一人だったとしたらフリオニールは許可しただろう。ティーダのこととなると、あの三人は異様に過保護になる。気持ちはわからないでもないのだが。

「バッツも早く目が覚めたのか?」
「おう、そのまま寝るのもったいなくてな~」
 二人で目的地もなくぶらぶらと聖域の中を歩く。そのうち、足は自然とこの前行った場所へと向かっていた。
「うお、昼間もよかったけど、夜もいいなここ」
「星すげーっ!」
 二人で日向ぼっこをした草原は視界を遮る木々もなく、満点の星空を見渡せる。
 空を見上げていると、ふわりと飛ぶ光が視界の端に映った。
「あ……これ……えーと、幻光虫だっけ?」
「そ。オレの世界のものッス」
(あ、また……)
 あの日、ティーダとココで日向ぼっこして以来、ティーダの表情が気になるようになった。笑っているのに、寂しいような、懐かしむような、愛おしむような。

『バッツにだけ、オレの秘密を教えてあげるッス』
『オレはね、』

「……なぁティーダ」
「ん?」
「……」
 それを聞いてはいけないような気がした。あの日は結局ジタンに呼ばれて、その続きを聴く事はできなかった。ティーダが何でもないように笑ったから、大したことではないのかもしれないと気にしないでいた。気にしない振りをしていた。でも――。
「あの日さ、何を話そうとしたんだ?」
 我ながらストレートすぎると思いながらも、ティーダと同じように何でもない風を装って訊ねると困ったように頭をかいた。
「……うーん、やっぱ秘密のままにしとこうかなって思ってたんスけど」
 やはり、あまり話したくないという様子で笑うティーダ。バッツも笑って気にしてないとアピールして、でももう一歩だけ踏み込んでみる。
「ま、俺も今更無理に聞こうとは思ってないって。でも、ちょっと質問変えていいか?」
「何スか?」

「なんで、俺だったんだ?」
 さすがにその質問は予想していなかったらしく、海色の瞳が驚いたように見開かれた。
「……えーっと……」
 腕を組んで唸りながらティーダは天を仰ぐ。ちら、とこちらを伺うようにして視線をよこしたから、ん? と首を傾げて先を促す。
「……怒んない?」
 ……それはつまり、怒るかもしれないようなことなのだろうか? じわりと滲む嫌な予感を抑えつつ、ティーダの首に腕を回して引き寄せた。
「んんー? それは聞いてみないとわかんないなー。気にしないで言ってみろって。怒んないから! 多分!」
 いつもみたいに軽い調子で言えば、ティーダも釣られて笑う。立っているのもなんなので、柔らかい草の上に腰を下ろすとティーダはぽつりと言った。
「なんつーか、言葉にするの、難しいけど」
「ゆっくり考えていいぞ~。言いたくなければそれでもいいしな」
「うっす」
 ティーダが小さく唸りながら天を見上げる横で、視線を暗い草原に移す。気付けば周囲を舞う幻光虫の数が増えていた。蛍のようにふわふわと漂う光は幻想的で、どこか物悲しい。
「……バッツは、」
 唸り声はいつしか止んでいた。それでもまだ言葉を決めかねるように唇が開閉する。
「バッツが……ううん、バッツなら……冷静に聞いてくれると思った、からかな」
 まだ曖昧なそれに余計な口出しはしない。しかしバッツの心臓は僅かに鼓動を早めていた。それは、他の者は冷静でいられないような内容なのだろうかと。
「フリオとか……あとスコールとか、ああ見えて結構熱血だろ。リーダーとかセシルは真面目だし、ティナもオニオンもジタンも皆優しいし……あ、クラウドは冷静かなって思ったけど、こういうのは駄目そうかなぁって思って……。 だからさ、きっと話したら心配させるし、何とかしよう! って言うかもしれないし……オレのことで悩ませるのは嫌なんだ。……まあ、オレの自惚れかもしれないんスけど」
 くすりと笑うティーダの横で、そんなことはないと心の中で否定した。自惚れなんかではない。ティーダがその秘密とやらを話せば、秩序の戦士達は間違いなくそういう反応をするだろう。
「えーじゃあ俺は? ティーダのために悩んだり熱血しないで冷静でいられる冷たい男ってことか? 酷いぜ!」
 よよよ、と泣きまねをするとティーダは慌てて首を振った。分かっている。ティーダがそんなことを思ってないことも、自分が選ばれた理由も、多分。
「バッツはさ、普段はふざけてるっつーか、何事も全力で楽しむっつーか……いい意味で子供って感じなんだけどさ、本当は誰よりも大人なんだって、そんな気がしたから」
 ティーダは空気を読めないなんて言われることもあるが、人の本質を無意識に見抜くことに長けている。時にはあえて空気の読めていない質問をして場を和ませる。そういう点において、バッツとティーダはよく似ていた。
「ずーっと小さい頃から旅をしてきたんだろ? 色んなものとか人とか出来事も見てきてるから……しっかり受け止めて、感情に流されないかなぁって」
 深く暗い海を思わせる瞳は、かつて秘密を知った時の自分を思い出すように細められた。
「どうにもならないことを、どうにもならないって、納得してくれそうな気がしたんだ」
 そう言ったものの、自分で何を言ってるのか分からないと唸りながらティーダは草むらに背を預けて寝転んだ。
(よく見てるよ、ほんと)
 ティーダの言葉から冷静に推測をしてしまう己の思考回路に嫌気がさす。確かにティーダの言うとおり、バッツという男は大人で、冷静だった。
 秩序の戦士達が、心配したり、何とかしようと言い出すようなこと。
(やめろ)
 そしてそれは、バッツが冷静に受け入れられそうなほどに筋が通っていて、誰にもどうしようもできないことなのだ。
(よせって)
 ティーダはあの日、何と言っていた?

『オレにとっては異世界だった』
『でも、その世界のほうが、本物だったんだ』
『オレはね、』

「バッツ?」
 隣で寝転んだティーダが見上げてくる。いつも通りのティーダに見える、その心中はどうだ。深い深い泉の水底を見透かすようにじぃ、とその目を見た。
「ごめんな変なこと言って。オレ大丈夫だから。……本当は誰にも言わないつもりだったのに、駄目ッスね~。一人でもいいから聞いて欲しいかな、とか、弱すぎッス。こんなメンタルじゃエースなんて言えないよな。駄目駄目ッス」
「駄目じゃないだろ」
 ごまかすように笑うティーダにはっきりとそう告げると、驚いたように目を見開いた。人工的に染めたという金の髪をゆるく撫でる。
「一人で抱えるのって、誰だって苦しいだろ。いいんだよ、誰かに言ったって。お前が苦しいなら、俺が一緒に持ってやるから」
「バ……」
「でもティーダ、一つだけ読み違えたな!」
 ゆらゆらと揺らめく瞳に近づく。きっと舐めたら塩辛い味がするのだろうと思いながら、寝転ぶティーダの上に覆いかぶさってコツンと額を当てた。
「残念だけど俺、ティーダが期待するほど冷静じゃない。表面上はそうしていられるかもしれないけど、好きなやつが、どうしようもない運命に苦しんでるのを黙って見過ごすなんてできない」
 ゆるく開いた唇に触れるだけの、掠めるようなキスをすると面白い程に赤くなった。
「好きだぜ、ティーダ」
 どうしようもない運命を、何とかしようなんて気楽には言わない。でもこうして今、世界を飛び越えて出会えた奇跡があるんだから。
「……バカ」
 馬鹿で結構だ。
 泣きそうな顔で笑ったティーダに、今度は触れるだけじゃ済まないキスをしてやろうかと不埒なことを考えた矢先、探しに来た保護者組の攻撃が飛んできたのは言うまでもない。

――――――

 諦めの悪さには自信がある。

タイトルとURLをコピーしました