Don’t touch!

「ヴァンくん」
「ん? 何?」
「TPOって知ってる?」
「えーーっと、時と場所と場合に応じてなんとかかんとか」
「知ってんなら弁えろっつってんだろバカー!!」
「……お前らうるさい」

 現在、ティーダ達のいる場所は学校、時は昼休み。放送部が流している陽気な音楽の中、それぞれが食事をしたり、早々に食べ終えたものは遊んだりと思い思いに過ごしている。
 ティーダ、スコール、ヴァンの三人はいつものように一緒に食事をしていた。食べ終わった者は読書を始めるなりゲームを始めるなりするのだが、最近はずっとこんな調子である。
「痛い……」
「自業自得!」
「抱きついてただけだろー」
「学校でやるなって! 学校っていうか人前っつーか……」
「なんで?」
「恥ずかしいから!」
(今までも散々やってたくせに……)
 三人はよく一緒に行動する。と言っても、ヴァンとティーダの二人がスコールを巻き込んでいるのがしょっちゅうなのだが。もちろんスコールもそれが嫌なわけではなく、むしろ口数の少ない自分に気を使いすぎず、居心地がいい空間だった。
 それが数日前からこれである。
「……急にどうしたティーダ」
「だからそれはー……」
「オレがティーダに告白したらこうなった」
「………………!?」
「ばっ……! だからヴァンはストレートに言いすぎだっつの!」
 あまりに衝撃的な発言に思わずむせる。そんなことはお構いなしにわーわーと騒ぐティーダと、いつも通りどこか飄々としているヴァンを見てスコールは軽くこめかみを押さえた。
(……つまり……ああ……うん……なんとなく把握した)
 二人の様子からするに冗談ではない。いや、そもそもヴァンはこの手の冗談を言わないだろうから当然だ。
 ちらりとティーダの様子を伺うと、にこにこと楽しそうなヴァンに頭を撫でられながらすがるような目でスコールを見ている。相当に気まずいというか、恥ずかしいらしい。これも当然と言えば当然だ。ヴァンが「好き」だなんて言い出す前まではただの友人だったのだから。
「……俺は男同士とかに偏見はないからお前達が付き合おうと気にしないが……ティーダは返事をしたのか?」
「なんか保留されてる」
「だからっ……ヴァンはいつも急すぎるんスよ! ちょっとくらい時間くれよ!」
「うやむやにされたらヤだし」
「うううう……」
 前からスキンシップの多い二人ではあったが、そんな話を聞かされるとそういえばいつも以上にヴァンが接触したがっているようにも見える。が、一応二人ともスコールの大事な友人である以上、この状態を放置するのは落ち着かない。
「……ヴァン、ちょっとバッツ達のところにでも行ってろ。ティーダに話がある」
「お? 何、スコールもティーダ狙いだった?」
「さっさと行け」
 ぐしゃ、と空になった紙パックを握りつぶしながらジュース一本買える硬貨を投げつけると軽々とキャッチし、少し肩をすくめて教室を出ていった。

「…………で」
「…………」
 机に突っ伏したまま動かないティーダに声をかけると小さく肩を揺らした。彼にしては珍しい、ハの字眉の情けない顔を見て笑ってしまいそうになるのを堪えた。
「……どうせ答えはもう出ているんだろう。うだうだするのはお前らしくない」
「女々しいって思ってるだろ」
「いや……意外だな、と思った。割となんでも即決するタイプだと思ってるからな」
 実際、ティーダは思いついたら即行動する。そういう点はヴァンと同じで、だから二人は仲が良かった。故に、こんなに悩んでいるのは珍しい。否、悩んでいるというよりは。
「戸惑っている……というのが正しいか?」
「……うん、多分。でもありがと、スコール。ちょっとでいいからオレ、時間が欲しかったんだ。多分もう大丈夫、ッス」
「そうか」

 ようやく笑ったティーダに頷く。その数分後、戻ってきたヴァンに「話があるから帰りにお前の家に寄るそうだ」と言うとティーダに軽くはたかれるスコールの姿があった。

――――――

「で、話って?」
「うー……」
 放課後、部活が終わった途端に確保され連れてこられたヴァンの家。昔から何度も遊びに来ているし慣れた場所なのに、ティーダは少しそわそわして落ち着かない。
 そもそも話があるというのもスコールが勝手に言ったことなのだが、答えを出すと決めたのだからいつまでもうだうだしているわけにはいかないのだ。
「ヴァンはオレが好き……なんだよな」
「友情の方じゃないぞ。あ、友情としての好きもあるけど」
「うん。オレは……」
 じーっと見てくるヴァンの空色の瞳から目を逸らせない。きっとお互いに答えは分かっているはずなのに、とティーダは羞恥で顔を赤くした。
「オレは…………オレも、ヴァンがす」
 き、と言い切る前にヴァンが飛びつき、受け止めきれずに床に倒れる。ドッドッと跳ねる心臓と同じくティーダものしかかるヴァンを退けようと暴れた。
「ちょ、ヴァン!」
「やーーーっと答えたなティーダ! もう触ってもいいだろ、ずっと我慢してたし」
「ヴァンっ、だから……!!」
 ヴァンがあまりに嬉しそうに笑うから、一瞬ティーダも抵抗を弱めてしまった。これ幸いとがっちり体をホールドして擦り寄ったヴァンにとうとう悲鳴に近い声を上げる。
「だからヴァン……!! 離れろってば! さわんな馬鹿!!」
 言ってしまった方も言われた方もぴたりと動きを止めて顔を見合わせた。顔を赤くしたまま焦るティーダから少し体を離すと、不満げに唇を尖らせたヴァンがじとりと睨んでくる。
「……だからさー、何でなんだよ? 好きなのに触っちゃだめなのか? これでも結構傷ついてんだけど」
「だからッ……ヴァンはいつもいきなりすぎるんだよ……!」
 感情が昂って涙腺まで刺激されたのか、涙の滲む瞳を腕で隠すとティーダは唇を震わせた。
「オレ変なんだよ……ッ……あの日ヴァンがいきなり、好きとかオレのこと欲しいとか言い出して! そしたらオレも、友情だと思ってたのが、なんか変わってきちゃって、だから」
 こくりと上下する喉。ヴァンの兄はバイトに出ていて誰もいない家の中、二人だけの呼吸がやけに大きく聞こえた。
「自覚したらもうオレッ……ヴァンに抱きつかれたり、触られたりしたら……もっと触りたくなって、触ってほしくて、我慢できなくなりそうで……ッ」
「ティーダ」
 とうとう本音を言ってしまったティーダの頬にヴァンがそっと触れる。腕を退けさせると、困ったような、戸惑ったような表情が覗く。
「それってさ……人前でも我慢できなくなっちゃいそうなくらい、俺が好きってこと?」
「……」
 赤みを増す肌と、僅かに伝わる心音の速さが如実にそれを伝えてくる。それにつられるように、ヴァンも自分の顔が熱くなるのを感じた。
「わ……うわーどうしよ、すっげー嬉しい」
 嬉しいということをストレートにあらわす、その無邪気な笑顔がティーダは好きだった。
「ヴァ、ヴァン……さっきは……つーか、今までごめん、触るなとか言って」
「いいって。今すっげー嬉しいんだ。でも、触れないの嫌だから、早く慣れようぜ」
「……はい?」
 笑顔のヴァンは未だティーダに馬乗りになったまま。しかも、実は腕力だけならヴァンの方が強い。
「触られるのが嫌なんじゃなくて、触りたくてしょうがないんだろ? だったらティーダがもう嫌だーってくらいスキンシップして慣れちゃえば、外で我慢できなくなることもないだろ」
「そ、それはそうだけど……っ、ん」
 唇が重なる。それはヴァンが突然に告白してきたあの日以来だったけれど、想いが通じた今それはまったく異なる触れ合いだ。
「ッ……は……ヴァ、……んっ」
 触れるだけだったキスから、そろりと舌を這わせるものへ。僅かに開いた唇から侵入し、舌を絡めるとティーダの体がひくりと震えた。
 やがて観念したのか我慢できなくなったのか、ティーダがヴァンの首へ腕を回すのにそう時間はかからなかった。

――――――

(床じゃ痛いなー。ベッド行く?)
(…………馬鹿)

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