ガーさんの場合
普段から協調性やら仲間意識やらが皆無で(そもそもそんなものは必要としてないが)自分勝手、自由気ままにコスモス達との闘争を楽しんでいるカオス軍ではあるが、今回のことには 流石のガーランドも頭を抱えざるを得ないらしい。
「なにがどうしてこうなった……」
「私とケフカの魔法がぶつかりあって止めに入ろうとしたゴルベーザの力で明後日の方向へ飛んで行きたまたまそこにいたエクスデスが反射したものが彼にぶつかった結果です」
「そんな淡々とした説明など聞いとらんわ! どうして貴様らはこうわざわざ面倒ごとを起すのだ!」
「まぁ、魔力が切れれば元に戻るでしょう」
「わーい髪長ーい!」
「おいやめろ引っ張るな」
「まったくねぇ、ここは託児所じゃないんだよ?」
「小僧、いくつだ」
「んー多分七歳くらいっす!」
「流石ぼくちん! 魔女さんとの共同開発ですンばらしい魔法ができちゃいましたー!」
「おい私は子供が嫌いなのだ、近づけるな!」
「私としたことが……」
「ファファファ……」
カオスの神殿に集まった面々はどうしたものかと、あるいは面倒だとため息をついた。
その中心には、本来17歳であるはずの少年が、10年ほど若返った姿ではしゃいでいた。
「とりあえず誰か面倒を見ろ! 原因を作ったそこの貴様ら!」
「もう行ったぞ」
ぐぬぬ、と唸るガーランドがこちらを見る前に自分もさっさと退散する。……のだが、他の連中も彼がどうするのかと興味津々な様子でどこからか覗いているらしい。 まったく、こういう時だけ結束力の強い奴らである。ちなみにそこそこに責任を感じているらしいゴルベーザはクジャに引っ張られていった。
皆がこっそり見ていることが余計にガーランドを苛立たせるらしく、哀れ中間管理職の大変さに思いを馳せた。絶対になりたくはない。
「なーなーガ……ガー……ガーゴイル!」
「ガーランドだ! いい加減名前を覚えろ小僧!」
どこぞでケフカが噴き出している声がうっすらと聞こえる。子供というのは傍から見ている分にはいいが相手をするのは大変だ。
「遊んでほしーっす!」
「やめろ、ワシは忙しい! ええいまとわりつくな!」
足元をうろちょろと走り回り、皆どこへ行ったのかだの、マントでけぇだの好き勝手騒いでいる。見るだけならいいな、見るだけなら。
「頭! 頭取って欲しいっす!」
「貴様ワシをなんだと……」
「ちっがーう! ヨロイ! かぶと! 顔が見えないっす!」
そういえば彼の素顔は見たことが無い。と言うよりも鎧組は基本的に素顔を知らないのだが。
「ごるびーと先生は見せてくれたっすよ!」
ごるびー……ゴルベーザのことだろうか。彼はまだ人に近いとして、先生……エクスデスはどうだったのだろうか。なかなか怖いもの知らずの少年である。
「……ワシの顔なんぞ見てどうする。貴様のような小僧が見たら小便を漏らすかもしれんぞ」
「顔見てお話したいっす!」
きらきらと輝く笑顔。17歳の彼もそうだが、幼いと無邪気さに拍車が掛かる。ちなみに、一応記憶は17歳時のものである……らしい。ただ、やはり思考や言動等全体的に幼くなってはいるが。
深いため息が聞こえると、あのガーランドが兜を取った。残念ながらガーランドの後ろ側から見ている為素顔は見えない。惜しいことをした。
「これで満足か、小僧」
「おおー!」
目を輝かせながら見上げる少年は、ちっとも怖がる素振りを見せない。案外と恐ろしい外見ではないのかもしれない。
「カオスに似てるっすね!」
「……だろうな」
待て、カオスに似ているなら子供はかなり怖がるのではないだろうか。胆の据わった子供である。
「遊んでくれないんすか?」
「……カオスに報告があるからな。取り合えず他の者たちに遊んでもらえ」
さっさと兜を付け直し、子供の頭を撫でながらぎろりと周りを見回す。
「今度はヨロイも脱いでほしいっす! 肩たたきしてあげるっす!」
なるほど、おじいちゃんポジションなのか。あるいは頑固者親父か。肩たたき券なるものを渡されてすっかり絆されてしまったのか、ガーランドはなにやらごそごそと取り出して少年に一つの包みを渡す。そして 何か思いついたかのように適当な紙にメモ書きをするとそれも一緒に渡していた。
「また今度だ。今はそいつで我慢しろ」
「ありがとーっす!」
少年の手には飴玉が10個ほど入った包みがあった。何故彼があんなものを持っていたのだろう。カオスからの配給品にあったのだろうか。
上機嫌な少年は鼻歌を歌いながら次の獲物を探し始めたらしい。こうしてはいられないと周りで見ていたやつらも散り散りにどこかへ行ってしまう。自分もさっさと逃げてしまおう。皇帝ではないが、子供は苦手なのだ。
――――――
(そうそう、見ていて分かったのですが、どうやら遊ぶと魔力を消耗するようです。早く元に戻したいなら遊んであげるように)
(やだよ子守なんて!)
~甘くておいしい~
英雄さんの場合
ついてない。
あの後、ガーランドを除くカオスの面々は一時的に七歳児となってしまった少年の子守から逃れるべく散り散りになった。
当の本人は子供になってしまったのをさして気にした様子もなく、遊び相手を探して……よくよく考えたら普段とあまり変わらない行動をしていた。
あえてもう一度言う。ついてない。
こともあろうに、一番最初に捕まってしまった。
流石にここまではこないだろうと、カオスの神殿から離れた星の体内でアイテムの確認をしているところに奴は来た。背後に気配を感じて振り返ると、そこには眩しいほどの笑顔。
どうする。逃げるか。そうだ逃げてしまおう。もしかしたらたまたまここにやって来てたまたま自分を見つけて立ち止まっただけかもしれない。
そんなわずかな望みを抱きつつすたすたと歩き始めた。――が。
「~~♪」
ついてくる。トコトコと、鼻歌なんぞ歌いながら追いかけてくる。取り合えず星の体内から外に出てみる。相変わらず原野しかない光景だ。
「ばさーっ!!」
謎の効果音とともにコートがふわりと浮き上がる感覚。振り返ると、万歳の格好をした少年が楽しそうに笑っていた。
「……何をしている」
「スカート捲り!」
馬鹿を言え、これはスカートではない。いちいち突っ込むのも面倒なのでまた歩き始める。やはり少年もついてくる。
「えいっ」
ぴんっ、とコートが引っ張られる。大方裾でも掴んだのだろう。気にせずに歩くとずるずるとそのまま引き摺られる格好になる。掴まれるのが髪でなくてよかった。
「わーい!」
何が楽しいのか裾を掴んだままの少年は汚れるのも気にせず引き摺られる。
――不意に小さな悲鳴が聞こえ、急に重さが無くなったかと思うと、掴んでいた手が離れてしまったらしい。ころりと地面に転がる少年はやっぱり楽しそうに笑った。よし今のうちに逃げよう。
「あっ、セフィロスが逃げたっす! まてー!」
走り出すと途端に起き上がって追ってくる。なかなかにしつこい。こうなったら最早根競べか。
平野を走る。
「まてー!」
森を走る。
「まてまてー!」
とにかく走る。途中でコスモスの奴らやカオスの者もいた気がするが構わず走る。
「まーてー! セフィロース! わぶっ」
走り続けて、海岸までやってきたところで足を止めると勢い余って少年がぶつかった。しりもちをついたが痛がる様子もなく、相変わらず笑っている。おのれ、楽しそうで何よりだ。
「へっへっへー、セフィロス捕まえたっす!」
足に抱きつかれてもうどうにでもなれと匙を投げた。これくらい走ったところで人間離れした体力では息切れもしないが、結局、根負けしたのは自分のほうだった。それに、海辺では何故か勝てる気がしなかった。
「……何をしている」
「かくれんぼっす!」
コートの内側にもぐりこんで足にしがみついてくる。もういい、疲れた。体がではなく、気分的に。
「結局何がしたかったんだ、お前は」
「セフィロスと遊んでたっす!」
質問と答えが微妙に噛み合っていないが、つまりはそういうことだ。結局子守……というか遊びに付き合ってしまった。何がどうしてこうなった。
「セフィロスー」
「なんだ?」
「はい!」
少年に手渡されたのは、見覚えのある包み。それは、数時間前にガーランドに貰っていた飴玉だった。
「遊んでくれたから、お礼にあげる!」
「…………」
相変わらず、憎らしいくらいに眩しく愛らしい笑顔だ。甘いものはあまり好きではないのだが、まあ貰っておこう。
「……ティーダ」
「うん?」
「これをやろう」
別に楽しかったとかそういうわけではない。ただ、子供に物を与えられるというのも何か癪なので、これで交換ということにしておく。
「おおー、きれいっすね! ありがと!」
かがやくトンボ玉を握り締めて波打ち際に走るティーダを眺めながら、砂浜に腰を下ろした。
甘いもの……お菓子なんていつ以来だろう。子供でいられる期間が短かったから、こういうものを食べた記憶はあまりない。
一粒口に放り込んだ。
「……甘い」
ちょいちょいとティーダを手招きすると、彼の口にも一粒放り込んでおいた。まだ中身の残る包みを眺めていると、小さな紙切れがはみ出しているのに気付いた。
そういえばガーランドが何か書いて渡していたことを思い出し、嫌な予感がしつつも紙を開いてみる。
『これを最初に読んだ者。どうせ小僧が最初に行くのは一番懐いているか一番暇な奴だから貴様がしばらく面倒を見ろ。放置して厄介事を増やしたら……わかるな?』
「…………何が『わかるな?』だ」
「なになにー?」
「暫らくお前を監視することになった」
「カンシ?」
「…………」
あぁついてない。全くもってついてない。でも何故だろう、口の端が釣りあがるのを感じた。
「お前と一緒にいることになってしまった」
「ほんと? やったー!」
ぴょんと抱きつくティーダの頭をわしわしと撫でながら天を仰いだ。
「……どっちだろうな」
懐いているか、暇なやつか。
「……両方か?」
とりあえず、付き添うだけ付き添って、遊ぶのは他の奴らに任せればいい。カオスの奴らめ、今日の苦労を思い知れ。
――――――
5(……あやつ、本気で走っておらぬな)
3(つんどら、と言うやつか)
4(いや……違うと思うぞ)
~いつでもピカピカ~
ガブさんの場合
「次はどこ行くー?」
「知らん。お前の好きにしろ」
「好きにするっす!」
上機嫌であっちこっちへ走り回りながら当ての無い散歩を開始するティーダ。……に、ついていく自分は傍から見ればどう映るのだろう。保護者か。
ガーランドのメモ書きを見なかったことにして放っておいてもいいが、何かあった時後々面倒なことになるのでとりあえず無茶をしないよう見張ることにした。
きらきらと光るトンボ玉を見ながら歩いていたティーダがふと顔を上げて走り出した。ああまったく。
「誰かいるっすー!」
だからといって急に走らないで欲しいが、人がいるなら好都合だ。ティーダのおもちゃにしよう。
先を行くティーダに追いつくと、武器を持った鎧がいた。ここから見ると今にも襲い掛かりそうな光景である。
「おっさん誰?」
「……貴様こそ誰だ。というかなぜ子供が戦場に」
「……久しいなガブラス。番犬業は廃止したのか」
その男は随分前に、無限に繰り返す神々の闘争に絶望して戦場を去った男だ。地獄の番犬をしていると聞いていたが、何故こんな所にいるのだろうか。
「なんだ貴様かセフィロス。何、カオスの力でいきなりこの場所に転移させられてな……よくわからんがイミテーションとやらを刈ってアイテムを集めていたところだ」
成る程、流石混沌の神カオス。この場をさらに混乱させるため、あるいはティーダのおもちゃとなる人間をわざわざ呼び戻してくれた訳か。ありがたい。
「おいティーダ、こいつで遊んでいいぞ」
「まじでー! わーい!」
「おいちょっと待てどういう」
「なぁなぁ頭重くないんすか?」
「やめろよじ登るなおいセフィロ」
「ふんっ! ふんーっ!」
「こら外そうとするな小僧! だから説明を」
「おーもーいー!」
「話を聞」
「あ、オレはティーダっす! おっさんは?」
あぁ実にいい。相手をするのは大変だがこうして誰かをおもちゃにしているのを眺めるのはとても愉快だ。近くにあった岩場に腰を下ろして飴玉を口に放り込み、傍観に徹する。これなら監視も悪くない。
「じゃあEXモードになれないとたたかえないじゃないっすか!」
「まあな……不便ではあるが、一度なってしまえば負けはせんぞ」
数十分後、そこにはすっかり仲良くなった二人がいた。何故だ。
「オレもEXになったら強いっすよ~。ばびゅっと行ってずばずばっと!」
ガーランドもだが、ガブラスも軍人……ジャッジとか言っただろうか。そういうお堅い役職だったようで、根は真面目らしい。肩車なんぞしている所を見ると子供好きなのかはたまた色々と諦め気味なのか。
先のガーランドに引き続きガブラスの兜も外させることに成功したようだ。と言ってもガブラスは基本的にEX時以外は脱いでいるが……ついでだから皇帝やアルティミシアの角も取ってみてもらいたいものである。
「そーだガブラス、これあげるっす!」
「これは……かがやくトンボ玉ではないか。俺にはありがたいが、いいのか?」
「これでEXになりやすくなるっすね!」
普段は地獄……というか、次元の挟間で脱落者の相手ばかりしているため、人の温かみに触れる機会がないのだろう。なにやら感慨深げな様子でトンボ玉を受け取ると代わりに何かを取り出した。
「これ何すか?」
「スタンドバイミー、というものだ。俺には縁のない装備でな……お前にやろう」
アシスト向けのそれは確かにガブラスには必要の無いものだろう。ティーダは喜んでそれを受け取る。トンボ玉は自分が渡したものだが……まあいい、あれはもうティーダのものだ。どうしようと彼の勝手である。
「ありがとーっすガブラス! また遊んでな!」
「機会があればな」
ガブラスと別れるとティーダはまた歩き出す。何か目的が決まったらしい。
「皆と遊ぶっす!」
カオスの連中はどこまで逃げても無駄のようだ。彼のしつこさは自分がよく知っている。
この飴玉がなくなる頃には、全員と遊んで、彼も元の姿に戻るだろうか。そんなことを考えながら次なる獲物を探すティーダの後を追いかけた。
――――――
6(ええー? 負け犬ちゃん来てたんですかァ?)
2(小僧に遊ばれたようだな)
8(相変わらず苦労人ですね)
~形のないもの~
ゴルビーの場合
親族が敵側にいる、というのは何かとやりづらいものなのだろうかと、彼らを見ていて時々思う。自分などはあの男が敵側にいれば嬉々として殺しに行きそうである。
「今日はセシルのとこに行かないんすかー?」
「うむ……ちょっとな」
今日は、というだけあり彼らはよくコスモス側に遊び……いや、ここは偵察と言っておこう……に行っているのだが、珍しくゴルベーザが渋っている。最近ではコスモス側に行く口実としてティーダに付き添って弟に会いに行っているようだが周りにはばればれだ。
「何かあったのか」
「……お主、すっかり保護者が板についたな」
ふん、放っておけ。
「あれあれぇ~? ごるびーちゃん今日は弟君に会いに行かないんですかぁぁ?」
「あら、今日はまだ行ってないのですね」
通りすぎ様にいちいちそんな言葉をかけてくる奴らは絶対楽しんでいる。自分が言えた義理ではないが性根の腐った奴らめ。
「……実は先日、セシルと喧嘩をしてしまってな……些細なことだったし、もうなんとも思っていないのだが、行きづらいのだ」
「そーなんすか……オレとオヤジなんかしょっちゅう喧嘩してるっすよ!」
まあお前達はそれでいいんだろうが、彼ら兄弟はなかなかどうしてめんどくさ……いやいや気難しい。仲直りという手順を踏まずに常に喧嘩しているティーダ達とは勝手が違うのだ。
「仲直りするっすよー……そうだ、これあげるから、ファイトっす!」
「これは……」
「スタンドバイミーっていうらしいっす! アシスト用の装備だから、これで仲直りするっすよ!」
ティーダは多分、言葉の意味は知らない。ただアシスト用装備だから、これを渡すなり装備するだけで仲直りしたいという意図が伝えられると考えたのだろう。
だが、例えアシスト装備でなかったとしても、この名前を見ればきっと意図は伝わる。ゴルベーザもそれを知っているからか、鎧で顔は見えなくとも柔らかい表情をしているのが分かる。
「すまぬなティーダ……ありがとう。お前のお陰で仲直りできそうだ」
「へへ、今日は邪魔しないようにお留守番してるっす!」
頭を撫でられて上機嫌なティーダに、ゴルベーザが何かを渡す。
「礼にこれを。これは月でしか採れない宝石でな、かなり珍しいものだ」
「ありがとっす! レアだーレア!」
ぴょんぴょんと兎のように跳ねながら宝石と踊るティーダにもう一度礼を言うと、ゴルベーザはコスモス達の本拠地に向けて歩きだした。
「まあ、健闘を祈る」
「お主にそんなことを言われるとはな」
肩を揺らして笑うゴルベーザの気配が遠ざかるのを感じながら、スタンドバイミー、と小さく呟いた。
スタンドバイミー。
(私のそばにいてください)
―――――
9(ふふん、子供にしては詩的じゃないか)
12(一歩間違えるとプロポーズのようだがな……)
~のみこまれそうな、深い輝き~
金ぴかの場合
自分が子供の遊びというものをよく知らないから、何をしてやればいいのかもよくわからない。
幼児化の魔法の力は少しずつ弱まってはいるらしいが、まだ先は長そうである。そんなわけで今日はティーダが一人でも遊べそうなアスレチックに連れてきてみた。
「貴様、私の城をアスレチック呼ばわりとはいい度胸だな……」
「うおあー! なにこれすげー!」
「おい勝手に動くな! 罠が発動す」
「ぎゃー!」
「うわああああ!」
ティーダの目の前の床から棘が飛び出てあわや大惨事となるところだった。が、ティーダの回避能力は並大抵ではないので放っておいても大丈夫だろう。
しかしせっせと設置した罠を次々と発動させられるわ、一応とは言え見た目が子供のティーダに当たりそうになるわで皇帝はさっきから叫びっぱなしだ。憐れ。
「金ぴかのお城楽しいっす! あ、ボタンがある!」
「止めろ! 押すな馬鹿者!」
「わあああああはははは 」
「止めんか!」
しかしまあ、よくこんなに仕掛けたものだと感心するほどパンデモニウム城の中は罠だらけだった。これだけあればコスモスの連中も苦労したかもしれないが、それらは今ティーダの手によって無に還されている。
「あばばばば」
「だから言ったであろう虫けらめが!」
ティーダがとうとう皇帝お得意の雷の紋章に引っ掛かってしまったらしい。これ自体はさほどダメージを与えるものではないからいいが、意外と痺れたらしくティーダは解放されるとぱたりと床に倒れこんだ。
「うー……体びりびりするっすー」
「生きてるか」
「よゆーっす!」
顔を覗くとゾンビのようにがばりと起き上がる。相変わらず体だけは頑丈な子供だ。
「大体セフィロス! 貴様もこんな子供連れてくるな! 気が休まらんだろうが!」
「なんだ、もしかして心配してるのか」
「愚か者が! 私の仕掛けた罠を台無しにされるのが気に食わんと言っている!」
所謂ツンデレというやつかと思ったがやはり皇帝は皇帝だった。
幼児化してからというもの、箍が外れたように遊びまわっていて周りのことはあまり気にしていないティーダは皇帝の怒りも特に気にならないようだ。
「なー金ぴかー、もう仕掛け無いんすか?」
「貴様が全部発動させただろうが! というか私のことを金ぴかと呼ぶな!」
まあここまで取り乱す皇帝というのは珍しいのでこれはこれで面白い。
さすがにこれ以上は本気で怒りかねないので然り気無く『行くぞ』とティーダを諭すと皇帝の方へとことこと近付いていく。やれやれ、またか。
「まだ何か用か小僧……」
「遊んでくれたから、金ぴかにこれあげるっす!」
「……!? こ、これは!」
怒りのオーラが滲み出ていた皇帝の表情が一瞬で変わる。見ただけであれの価値が分かるとは、あの金ぴか装備や無駄に金のかかっていそうな宝飾コレクションは伊達ではないらしい。
「月の宝石……な、何故貴様がこんな稀少な物を!」
「へっへっへー、ないしょっす!」
「……ふ、ふん……貴様にしてはよくできた貢物だな。罠を滅茶苦茶にしてくれたことは許してやってもいい」
相変わらずどこまでも尊大な男だ。……が、意外なことにあの皇帝が何かを取り出してティーダに渡した。
「流石にあの罠とこれでは釣り合いが取れんからな。釣銭だ、ありがたく受けとるがいい」
「エリクサーだー! ありがとっすよー!」
ふふんと鼻を鳴らすと皇帝は早速罠の再設置を始めた。もうコスモスがどうこうと言うより趣味と化している。
「皇帝、私からも一つ」
「なんだ」
皇帝の手を掴んでそっとその一粒を手のひらに置いた。
「…………」
金平糖。
「帰れ!!」
皇帝が大きく振りかぶって投げた金平糖を口でキャッチすると、ティーダを脇に抱えてすたこらと逃げ出した。
「なーいすこんとろーる!」
―――――
1(……皇帝、今日は機嫌がいいようだな)
3(稀少な石を手にいれたそうだ)
9(結構単純だよねぇ)
~きっとなんでも治しちゃう~
先生の場合
行きたいところがある、と言うティーダについていくと、そこはカオスが支配する領域の中でも特に異質で、不思議な場所だった。
カオスの玉座のさらに奥、コスモスの戦士達では辿り着けないし、恐らく存在すら知らないであろう場所。
「あー、先生も来てたんすね!」
「む、お主らか」
ぽっかりと、そこだけが荒れ果てた世界から切り取られているような空間。そこには暖かな日差しと色取り取りの花が咲き乱れている。
「未だに信じられんな。ここがカオスの領域などと」
「そうっすかー? カオスは優しーとこもあるんすよ!」
くるくると回りながら花畑を走り回るティーダは子犬のようだ。ああ、なんというメルヘン空間。頭がやられそうだ。
「あの姿になる前から、小僧はよくここへ来ていてな」
「……お前もよく来るのか」
「ここは植物にとってとてもいい環境なのでな。回復も早まる」
成る程、エクスデスはもともと大樹に邪念が集まって生まれた存在だというから、ここが居心地がいいというのは頷ける。似合わないが。
「前はもっとさびしかったっすよね~」
ティーダが言うには、以前はもっと花が少なく、元気もなかったらしい。そこで半ば強制的にティーダに連れてこられたエクスデスが手入れを行ったところ、今のような状態になったのだと。
「もともと気候はよかったのでな。少し手を加えればすぐに花をつけ始めたわ」
そう話すエクスデスはどこか楽しそうだ。全てを無に還すなどと言いながら、案外寂しがりなのかもしれない。
ちなみにティーダが彼のことを『先生』と呼ぶのは、よく鍛錬に付き合ってもらうかららしい。守りが堅く、回復も早いエクスデスは確かに技の練習相手に適している。今度自分も付き合ってもらおうか。
「せんせーせんせー、あっちの花が元気ないっす!」
エクスデスを見上げてマントをくいくいと引っ張るティーダ。やかましいし暴れまわるし人の体によじ登ってくるしスカート捲りされるしで散々な目にあっているが、こういう所を見ると可愛いと思わなくもない。
ティーダを小脇に抱えてふよふよと飛んでいくエクスデスについていくと、確かに元気のない花がいくつかあった。
「ふむ……病気になりかかっておるな。このくらいならポーションやエリクサーの一滴でもかけてやればすぐに治るのだが……」
「あ、エリクサーもってるっすよ!」
じゃーんと得意げに取り出したエリクサーをエクスデスに渡すと、彼はそれを器用に一滴ずつ垂らしていく。それ以外にも小さな魔力を使って何か施している。普段の彼からは想像もできないが、こんな風になったのはティーダが原因……なのかもしれない。
「そのエリクサーは先生にあげるっす! 手入れに使ってくれよ!」
「うむ」
みるみる元気を取り戻していく花を満足げに眺めるティーダに、エクスデスは花畑のなかでも一際美しく咲いた薔薇を一輪差し出した。
「持っていくがいい。私が手入れした中でも一番の花だ」
「わーい! ありがとー先生!」
棘を取った茎をティーダの髪に差し込むと、プリン頭に一輪の薔薇が咲いた。
「セフィロスー、先生ー、ここでお昼寝していくっす!」
「私は別に眠くないのだが」
「とりゃー!」
ぼふんと花の海に飛び込んでティーダの姿が花で隠れる。小さな双葉のようなアホ毛と、大輪の花だけが草花の隙間から覗いていた。
「きもちいーっすよ~」
「ファファファ」
「……ふう」
一つため息をつくとティーダに習って、花の海に身を投げた。
カオス軍は今日も平和だ。
――――――
6(メルヘンすぎて僕ちんついて行けないんですけどぉ!)
2(平和だな)
1(うむ……平和だな)
~うっとりするほど鮮やかな~
ミーシャの場合
まいった。
何がまいったのかというと、今のこの状況が、である。
「……おい、泣くな」
「泣いてねーっす!」
「じゃあ拗ねるな」
「拗ねてねーっす! セフィロスのあほ!」
誰があほだ。今にも泣きそうな顔をしているくせに、それを大事そうに抱えたまま動こうとしない。
「……私も悪かった。だから機嫌をなおせ」
事故だったとは言え、すぐに謝罪しなかったのは悪かったと思っている。
ティーダが走っていた。それを追いかけていて、不意に頭につけていた花が落ちたのだ。予想していなかったその事態に一瞬反応が遅れて――。 完全に踏み潰したわけではない。寸での所で踏みとどまり、花が少し歪んだ程度だが、花を大事にしていたティーダにとっては「その程度」では済まない。
「あら……何かあったのですか?」
「っ……ミーシャぁぁぁ」
花を抱えたままティーダがアルティミシアに駆け寄る。ちなみにミーシャとはティーダが彼女のことを呼ぶ時の愛称であり、他の者がミーシャと 呼ぼうものなら幼児化どころではない恐ろしい魔法が飛んでくるので絶対に口にはしない。
「花つぶれちゃったっす~」
「あらあら……」
踏んだ時に落ちてしまった花びらまで集めて持っているのを見て魔女が苦笑する。余程気に入っていたのだろう。こちらを見る視線が痛い。これでも罪悪感は感じているのだが。
「ミーシャの魔法でなおせないんすか……?」
「そうですね……ん、」
ふわりと指先に魔力を集めて花に触れると、映像を逆再生しているかのように、花びらや茎が元に戻っていく。
「わ、すごいっす! ありが……」
「ティーダ、よく見なさい」
言葉を遮って花に視線を戻すと、花は再び落ち、踏まれた後の姿に戻ってしまった。
「今やったのは、ほんの少し花の時を巻き戻しただけです。時が来れば、また元の姿に戻ってしまいます。一度摘んでしまった花ならいずれ枯れますし、壊れたらそう簡単には戻らないのですよ」
「お前がそんな教えを説くとは、妙なものでも食べたか」
「あなたも子供にしてあげましょうか」
「すまないと思っている」
笑顔のまま青筋を浮かべているアルティミシアにとりあえず心無い謝罪を述べておいた。
「そーっすか……」
彼女の話を聞いてしょんぼりと肩を落とすティーダの頭を撫でると、魔女は花を手にとって角度を調整しながら自分の髪に差し込んだ。
「ほら、こうすれば潰れた部分は目立ちません。よければ、私にくれませんか?」
「! うん、ミーシャにあげるっす! かわいいっす!」
魔女と呼ばれ、恐れられた者の姿はそこにはない。ただ子供と戯れる女性がいるだけだ。
薔薇の花はジャムや紅茶にもなるらしい。アルティミシアの話を聞きながらティーダが目を輝かせるので、近いうちにエクスデス庭園は農園になってしまうのかもしれない。
「そうそう、先日これを手に入れたのですよ。あなたにあげようと思って」
「スーパーリボンだー! ありがとっす!」
早速それを髪にちょこんと結んでもらって嬉しそうに「似合う? 似合う?」とくるくる回るティーダを見ながらアルティミシアはうっとりと呟いた。
「あぁ、可愛い……」
こいつも手遅れか。
「何か言いましたか?」
「すまないと思っている」
残り少なくなった飴玉を取り出して、自分とティーダの口に一つずつ放り込んだ。
――――――
9(ソワソワ……)
3(クジャはどうしたのじゃ)
5(大方出番が来なくて焦っておるのだろう)
1(……ケフカが伸びているのは何故だ)
4(女性に向かって年齢の話はするなとあれほど……)
~何結びにしようか~
クジャの場合
「信じられないよせっかくこの僕が、この僕が子供のお遊びに付き合ってあげてもいいと思ってたのにこんな後回しにされるなんてね! まあ確かに普段から音楽なんかを嗜む僕 では子供の遊びなんて付き合ってられないと思うのもしょうがないことだけど」
「…………」
尚も御託を並べ続けるクジャをきょとんとしながら見上げるティーダ。まあ、多分、要するにだ。
「お前も遊びたかったのか」
「誰が遊びたいなんて言ったんだい!」
どっちだ。
……あぁ、「付き合ってあげてもいい」と言ったのだったか。どちらにせよこんな態度ではティーダが自分の所になかなか来なくて寂しかったと言っているようなものだ。
「んーと、クジャも遊んでくれるんすか?」
期待に満ちた眼差しで見つめられるとクジャはぷいとそっぽを向いた。相変わらず天邪鬼な男である。
「ふん、仕方がないね。今日だけだよ」
「やったー! なーしっぽ見せてしっぽ!」
「っていきなり……こら服を捲らないでくれるかい!」
「がんばれ」
早々に洗礼を受けているクジャにやる気のない激励を送りつつ傍から観察。この行動もすっかり板についてきてしまった。
まあクジャもティーダが自分の所になかなか来なくて拗ねていたくらいだからある程度のことは許し
「いい加減にしなよ! 次元城の天辺から突き落としてあげようか!?」
「わーいおんぶしてー! 飛んでー!」
……前言撤回、単に自分が後回しにされたのが腹立たしかっただけのようだ。
「まったく、これだから子供はさ……」
ぶつくさ文句を言いながらもクジャは肩にしがみついたままのティーダと共にふわりと宙に浮き上がった。追いかけるために仕方なく片翼を出して飛んだ。
「っていうか、飛ぶだけなら暗闇の雲とかそこのセフィロスでもできるだろうに」
「セフィロスは普段からあんま飛ばないんすよ~。それにクジャと飛ぶほうが気持ちよさそうだったし!」
ふん、悪かったな。
しかし、飛ぶことに関してはクジャが一番長けているしスピードも速い。暗闇の雲やエクスデスなんかは飛ぶというより歩くかわりに浮いていると言ったほうが正しいから、ティーダもクジャを選んだのだろう。
自分が選ばれたという点については満足いったらしく、少しだけ機嫌をよくしたクジャは少し高度を上げてスピードも速くした。追いかける身にもなってほしいのだが。
「どこか行きたい場所でもあるのかい?」
「んーん、空飛んでみたかっただけっす!」
「やれやれ……っあ」
「あー! おちちゃったっす!」
不意にクジャの頭から、髪飾りのようなものが光を反射しながら地上に落ちていってしまった。ティーダは拾わないとーなどと言っているが本人はさして気にしていないようだ。
「金具が緩んでいたのかな……いいよ、お気に入りってわけでもないし、本拠地に代わりのやつも……? 何してるんだい」
「オレのスーパーリボン結んでるっす! 髪飾り、さっきオレが触ったから落ちたのかもしれないし!」
「いいよ別に……というか手を離したら危ないから後で……」
「できたー! ……あ?」
「ちょっとッ……!」
「っティーダ!」
リボンを結び終えたティーダが気を抜いた瞬間強い風が吹いて、小さな体がふわりと宙に浮いた。
「わああああああ!?」
クジャと共に急降下するが、この速さと距離では間に合わない。
「っこの!」
クジャの体から魔力を感じると、ティーダの周りに水が現れて体を包み込んだ。水中で長く活動できるティーダならあれでも大丈夫だろう。
安堵の息を漏らしつつも慎重にティーダを降ろすクジャ。普段はフレアやアルテマなどの派手な魔法ばかり使っているから、こういう魔法も使えるとは思わなかった。やはり彼も一流の魔法使いなのだ。
地上に降り、ぱしゃんと水の玉が消えるとびしょ濡れのティーダが出てくる。余程驚いたのか少し呆けている。
「あのねぇ……君は飛べないんだから、ちゃんと気をつけてよ」
先ほどとは打って変わって言い聞かせるような口調のクジャにティーダもハッと我に返って、見る見るうちに目尻に涙がたまっていく。
「く、クジャぁぁぁぁ」
「ちょ! 泣かないでよ面倒くさいんだから!」
「ごめんなさいぃぃぃ」
「ああもうほら、服が濡れるだろう!」
ぱちんと指を弾くと魔法の熱を利用したのか、ティーダの服や髪も一瞬で乾く。ついでに涙も蒸発してしまって、驚いたティーダは涙がひっこんでしまったようだ。
「やっぱクジャは、すごい、っすね……くしゅっ!」
「風邪なんかひかないでよ。ほら、これでも被って」
クジャはねこみみフードのついたケープをティーダの体に被せる。幼児化しているティーダの小さな体はそれですっぽり覆われてしまった。
「大体君もねぇ、何のための保護者なのさ。しっかりしてよね」
正直ぐぅの音も出ない。流石に反省した。
「クジャ、ごめん、ありがとっす」
「もういいよ……はぁ」
ぎゅうと抱きつくティーダの体を抱っこするクジャには、「子守って大変だねぇ」なんてちょっと同情の目を向けられた。
「……案外そうでもないぞ」
「そうかい。スーパーリボンじゃ割に合わないけど、仕方ないからもうちょっと付き合ってあげるよ」
「お前、本当に天邪鬼だな」
「君は一言多い」
なんだかんだでちょっと楽しそうなクジャは、早々に復活を果たしたティーダがねこみみフードを被って喜んでいるのを眺めていた。少しいびつに結ばれたリボンは、後でティーダが結びなおしていた。
――――――
2(なぜクジャはあんなものを持っているのだ)
8(自分でねこみみフードを改造したんでしょう)
1(……あやつの趣味か?)
3(なるほど、ああいうのがつんでれか)
4(あぁ……多分今度は正しい)
~被ると案外暖かかった~
雲さんの場合
「くーもー」
少年が呼んでいるくも、というのは別に足や目が八つある生き物のことではないし、空に浮かんでいるあれでもない。いや、意味的には後者が近いのだろうが、 彼が探しているのはそれらではなく、『暗闇の雲』という名のモンスターである。
「お主か……わしに、何か用か」
「くもにも遊んでほしーっす!」
「子供の遊びなんぞ知らんが、それでいいのなら、構わんぞ」
「やったー!」
嬉しそうに足元に抱きつくティーダだが、元の姿でそれをやるとどうなるのだろう。まぁ、見た目は女性体とは言え性別という概念はないようだから、彼女(?)自身は気にしないのかもしれない。
ティーダが動くのと同時に頭に被ったフードのねこみみが揺れる。物珍しそうにねこみみを指先で摘む暗闇の雲に対し、ティーダは得意げに胸をそらした。
「へへー、マントみたいでかっこいいだろー!」
「ふむ……どちらかというと、愛らしいというのではないか」
人間の感覚はよくわからんと言う暗闇の雲だが、まあ可愛いの方が妥当ではあるだろう。ティーダ自身はかっこいいと思っているようだが。体を覆うケープが魔道士の服のようで、普段しない格好にテンションが上がっているのだろう。傍から見れば小さなてるてる坊主と言ったところか。
「で、何をするのだ。わしには分からぬから、教えてくれなければと遊べぬぞ」
「んー、じゃあ、その触手で持ち上げてほしいっす!」
「ほう……これでか」
彼女が従える二本の触手をティーダの顔に近づけると、ティーダはにこりと笑って頭を撫でた。触手には一応感情があるらしく、まんざらでもない様子だ。
「ほれ、持ち上げるぞ」
「おう! ってうわあああああ」
しゅるりと、何故か片足に触手を巻きつけて逆さづりに持ち上げる。何故そうしたと突っ込みたいがティーダは楽しんでいるようなのでスルーした。
「あははははは、セフィロス逆さまー!」
「お前がな」
「これで楽しいものなのか……人間というのは不思議な生き物だな」
暗闇の雲もティーダを逆さにしたままくるりと逆さに浮く。なかなかシュールな光景だ。
「楽しいか」
「もっと動かしてほしいっす!」
「こうか」
「わーーーーー!」
触手で持ち上げられたままぶんぶん振り回されているのに実に楽しそうだ。そのうちクジャの背中から落ちても平気になってしまうんじゃないだろうな。
「た、楽しいけど目が回るっす~」
「……降ろしてやってくれ」
「やはり人間は脆いか」
ぶら下げられたティーダを受け取ると触手が離れる。ぷるぷると頭を振るともう復活だ。ひょっとして子供になっているほうが回復が早いんじゃないだろうか。
しばらくそうやって目を回しては復活したり、ピンと張った触手の上を歩こうとしたりと無茶なことをやっていたが、暗闇の雲は途中で飽きることなく付き合っていた。
「なかなか忍耐強いな。子供が好きか」
「いや、興味深いと思ってな」
皇帝やエクスデスなどと違い、『全てを無に還す』ために現れる、云わば自然現象のような存在である彼女に善悪はない。故に神々の戦いについても然程興味はないらしく、どちらかというと 戦士達のそれぞれの動向を観察するのが趣味のようだった。
「楽しかったっす! ありがとー!」
「日も傾いてきたし、帰るか」
「なあ、くもはいっつも服着なくて寒くないんすかー?」
おい、話を聞け。
「うむ、魔力で補っておるから温度は気にならん」
「でも寒そうに見えるっす! 女の子が冷やしたらダメっす!」
流石に「女の子」は無理が……いやなんでもない。
ティーダは羽織っていたねこみみフード付のケープを脱ぐと、暗闇の雲に被せた。ティーダは体が小さいから足元ほどまであったが、彼女がつけると上半身が隠れるかどうか程度で視覚的にはあまりよろしくない。
「どうっすか?」
「ふむ、少し短いな」
ぱちんと指を鳴らすとケープが伸びて暗闇の雲の体を覆った。一応とはいえ妙齢の女性の姿をした者がねこみみフード付のケープを羽織っているのを見るのはとなんとも言えないが、やはり本人は気にしていないようだ。
「悪くないな」
「かわいいっすよ!」
「そうか」
暗闇の雲がティーダの頭を撫でると、その手に何かを出した。少し大きめの箱は意外に重いらしく、受け取ったティーダが少しふらついた。
「お主、皆と色々交換しておるだろう。このケープをくれると言うのなら、わしもそれをお前にやろう」
「交換? そーだっけ。でもありがとーっす!」
気付いていなかったのか。肩たたき券に始まり今に至るまで何かしらの形で皆と交換しあっているというのに。ちなみに肩たたき券は昨日無事に使用されたようである。
「……粘土?」
「最近、イミテーションとやらを見つけただろう。あれと、同じようなものを作れぬかと思ってな。泥人形で試したが、上手くはいかん。子供の遊具にはちょうどよかろう」
そういえばそんな物を見つけていたなと他人事のように思う。ティーダのことで手一杯で、最近のカオス軍はろくに働いていない。
「じゃあ明日は、これで遊ぶっす! くもも、またあそぼーな!」
「うむ。やはり人間とは、なかなか興味深い」
ケープと言うよりマントになったそれで体を包みこみながら、暗闇の雲は珍しく柔らかい笑みを見せるのだった。
――――――
9(どうでもいいけどあれ、前開けたら痴女だよね……)
8(カオス軍の中でも飛びぬけて露出の多い人ですからね)
2(お前達に言われたくないと思うが)
4(今日はガーランドの機嫌がいいようだな)
5(肩たたき券とやらの力か……ファファファ)
~たくさんこねて、たくさん作って~
ケフカさんの場合
「びっくりですねぇ! ぼくちんと遊ぶ? 遊んじゃう!? なァにをして遊びますかぁ? やっぱりハカイがいいですねぇ!」
彼のテンションがおかしいのはいつものことだが、今日はよりいっそうやかましい。しかしそこは少々のことでは物怖じしないティーダのことだ。 ハカイハカイと騒ぐケフカにずいと箱を差し出した。
「今日は粘土で遊ぶっす! ケフカはいっつも壊してばっかだから、たまには作るほうもやるっすよ!」
「えぇ、作るゥ? ツマンナーイ! 壊したほうが楽しいですよ?」
「完成したら好きなだけ壊せばいいっす!」
偶然なのかなんなのか、まるでケフカの破壊癖を直そうとでもしているかのような遊びを提示する。
ケフカの手癖の悪さには少々困っているので、『自分で作ったものを壊す』という小規模な遊びを覚えてくれればこちらとしても助かるのだが。
「うぅーん、しょうがいなですねェ……今日はそれで我慢しましょう」
魔法も破壊も派手なほうが好きな男だからてっきり断るかと思っていたのに、意外だ。無意味な破壊を繰り返し、いつか壊れるなら何かを生み出すことなど無意味とまで言った彼が。
「どーーーん!」
「わ、危ないっす!」
粘土の塊を上から叩き落としたりばらばらに引きちぎってみたりとかなり無茶苦茶だ。作るというより壊しているだけだが、大人しくしているに越したことはない。
「何を作っているんですかねぇ」
「金ぴかのお城とか~皆の武器とか~」
「それも壊していい? いい?」
「終わったらいいっすよ!」
もう今にも壊したくてうずうずしているらしいケフカもなんだかんだで手を動かし、……なんだかよく分からないものを作っている。
「んー? ケフカのは壊れた町っすか?」
「大! 正! 解!」
なぜ分かる。
ぼーっと眺めていたら、持っていた粘土は全て形になっていた。満足そうなティーダと、やっぱり壊したくてうずうずしているらしいケフカ。壊れた町とやらも完成している……らしい。
「壊していい? 壊してイイ!?」
「いいっすよ~でも」
「フォーフォフォフォ! 危ないですヨ~!」
「うわっ」
ケフカが魔法を放つ前にティーダを確保して離れる。案の定作ったもの……というか、暗闇の雲にもらった粘土すべて吹っ飛んでしまった。残ったのは黒くこげた塊だけだ。
「んん~やっぱりこんなちっちゃな物を壊してもツマラナイですねぇ」
ぽりぽりと尻をかくケフカにティーダが近づいていく。物怖じしなさすぎるというのも考えものだ。
「ケフカーっ! そこに正座っす!」
「え、何故?」
「いーから正座ー!」
半ば強制的に正座させられるケフカだが、実は体を微妙に浮かせているのであまり意味はない。
「壊してもいいって言ったけど、もう遊べないくらい壊すなんてひどいっすー!」
「ハイ」
「何度も遊べるのが粘土のいいとこなのにー!」
「ハイ」
「もーケフカには貸してあげないっす!」
「スイマセン」
口調や態度はまったく反省の色が見えないが、ぷんすか怒るティーダを見る目は、いつもよりほんの少しだけ穏やかのように見えた。まだ魔導の力を注入される前の、 精神崩壊を起す前の彼を垣間見たような気がした。
「破壊は私の生きがいでしてねェ。壊すのも芸術の一種っていうデショ?」
「しょーがないっすね~。でももうこれじゃ遊べないっすね」
黒こげの物体を見ながらティーダが肩を落とすと、ケフカが大げさにぽんと手を叩き、懐から何かを取り出した。
「黒こげくんは僕が貰って分子レベルまでハカイして楽しむので、お子様にはこっちをドウゾー!」
「何すかこれ」
「そこの保護者ぶったキミにはぁ、これをあげちゃいマース!」
「……説明書?」
ティーダが貰った大きなリング状のアイテムと、自分が貰った紙切れを見比べつつ、二人で首をかしげた。
「ん誰に使うのかなぁ~? せいぜい楽しませてほしいじょ! ぼくちんも見てますからね!」
黒こげ粘土を拾い集めると、ケフカは不気味な笑い声を残して消えた。
残されたティーダと顔を見合わせ、もう一度説明書に目を落とした。
――成る程。
説明を一通り読み、アイテムの効果を教えるとティーダは面白そうに目を輝かせるのだった。
「……誰に使う気だ?」
「決まってるっす!」
――――――
1(あのアイテムは……)
2(使うのはやはり……)
3(奴か)
4(奴だろうな)
5(奴だな)
8(ですね)
9(やれやれ)
~手を伸ばそう、今だけだから~
オヤジの場合
この一連の出来事は、果たして偶然のことだったのだろうか。
そんな疑念を抱かせるほどに、それぞれの事象がうまくかみ合い、不思議な結果をもたらしていた。
「たのもー!!」
威勢よく声を上げると、コスモスの戦士達の拠点からなんだなんだと人が現れる。
「おーティーダじゃん、小さくなったって本当だったんだな!」
「げ! セフィロスもいんじゃん! どうするよ?」
「ボコる」
何故かキレているクラウドが武器を構えてガンを飛ばしてくる。まあ自分の行いのせいとは言え随分と嫌われたものだ。
「今日はただの付き添いだ。戦う気はない」
他のコスモス達にどうどうと諌められているクラウドの後ろからティーダのお目当ての人物が現れる。のしのしという音が付きそうな歩き方をする大柄の男が小さな子供の前に立った。
「おぉ? なんだぁこのちんちくりんはよぉ。ジェクト様のおぼっちゃまじゃありませんか?」
「出たなオヤジ!」
挑発するようなからかい言葉は相変わらずだ。が、なんだかんだで小さくなった息子の姿を見て幾分か表情が柔らかい。所謂デレというやつだ。口は悪いが、彼は親馬鹿なのだ。
「まさかそんなカッコで俺様と勝負しようってか? やめとけやめとけ、おめぇにゃ無理だ」
そういう発言が嫌われる元だと、この男はいつになったら気付くのだろうか。気付いていても、急には変えられないということか。
しかし秘密兵器を持ってきたティーダはその言葉に噛み付くことなく、にっこりと笑った。
「オヤジーちょっと屈んで」
ちょいちょいと手招きするティーダに無用心に近づくジェクト。相変わらず眩しすぎる笑顔だが、事情を知っていると小悪魔の笑みにしか見えない。
「なんだなんだぁ?」
「へへー。えい」
がちゃん。
「ん? おぉ?」
「ふはははー! かかったなオヤジ! 跪けー!」
「何言ってやお゛わ゛ああ!」
どごん! とすごい音がしてジェクトがティーダの前に膝をついた。周りのコスモス勢も驚く中で、唯一「あ」と声をあげたのはティナという少女だった。
「ティーダ、それってあやつりの輪?」
「そうっす! これで今日一日オヤジはオレにふくじゅーっす!」
そう、ケフカに渡されたのはあやつりの輪……Liteらしい。どうも製作時に失敗したらしく、一日しか効果のないもの……要するに失敗作を渡されたわけだが、ジェクトを従えてティーダはご満悦である。
「てめぇ珍しく愛想がいいと思ったらコレかよ! くそー外せ!」
「ごめんなさいティーダ様ーとか言えば考えるっす!」
「誰が言うか!」
「んー? 言葉はあやつれないっすか?」
「……使用者の魔力に応じたレベルのことしかできないらしい。まぁ体を操るくらいならできるようだな」
説明書を読み、ジェクトに視線を移すと何とか立ち上がろうともがいていた。相変わらずの馬鹿力だが、失敗作といってもケフカ作のアイテムだ。そう簡単には抗えまい。
「無駄っす! 四つん這いになれー!」
「うおおおおおちくしょおおお」
見事に四つん這いになったジェクトの背中にティーダが飛び乗った。
「なんだ、楽しそうだなティーダ」
「俺様は楽しくねぇんだよコラ助けろのばら!」
「……特に問題はなさそうだな。我々は歪の調査に行くので後は任せたぞジェクト」
「問題あるだろリーダぁぁぁぁ!」
「えーオレらも一緒に遊ぼうおおっ!? スコール!?」
(空気を読め)
結局一人残されたジェクトはがくりと肩を落とす。上に乗るティーダはそんなこと気にも留めず前方を指差した。
「ほらオヤジー走るっすよ!」
「うおおお覚えてやがれ!」
四つん這いのまま走るジェクトと上に乗ったまま楽しそうにはしゃぐティーダ。所謂お馬さんごっこというやつだ。
「あ、立ってもいいっすよ」
「それを先に言えよ!」
「んじゃ、全速力で海岸にゴー!」
「うおおおおお!」
「あはははは、オヤジあんま速くない!」
「すばしっこい、だけの、おめーと、一緒にすんなぁあぁぁぁ!」
文句を言いながらも走るジェクトの体力は恐ろしい。疲れるので飛んで追いかけているが、今日は本当に追いかけるこちらも体力を消耗しそうだ。
あっという間に海岸に辿り着くと準備体操をさせられているジェクトと目が合ったので「がんばれ」と言っておいた。
「よーし、次はあの島まで泳ぐっす!」
「少しは休ませろよ!」
「わーい!」
ジェクトの首につかまった足をばたつかせるティーダは、今までで一番楽しそうな顔をしていた。
「島についたら木の実取るっす!」
「皆からもらったお菓子も食べるっす」
「ちょっとお昼寝~」
「あそこの洞窟に探検に行くっす!」
「オレのシュート見てろよ~」
「あとはー……」
楽しい時間はあっという間だというが、ティーダもそうだったのだろうか。
気が付けば日が落ちはじめ、空は赤く染まっている。
「はー……疲れたぜ、ったくよー」
「いっぱい遊んだっす~」
ジェクトにおんぶされ、疲れたのかうとうとし始めている。首に回した腕に力をこめると、ティーダはもう一つ命令を下す。
「オヤジー、カオスのとこまで……つれて、行くっすー……」
それを最後に、ティーダは夢の世界へと旅立ってしまった。
がちゃん。
「あ?」
「……効果が切れたようだな」
足元に落ちたあやつりの輪を見て、ジェクトは小さくため息をついた。
それと同時にティーダの体が光に包まれ、元の、十七歳の体に戻っていった。あやつりの輪で存分に魔力を消耗したからだろう。まったく、よくできた話だ。
幸せそうに眠る顔をつつくとむにゃむにゃと何言か呟いている。ここ数日、まるで幼い頃にできなかった事を全部やろうとしているかのように、ティーダはわき目も振らず遊んでいた。 今日遊んだ分だけで、実際子供だった頃に遊んだ量のどのくらいに相当するのか。
「ったく、でかくなりやがって。にしても軽いなぁ。ちゃんと食ってんのか?」
「安心しろ、三食昼寝におやつもついている」
「いいご身分なこって」
苦笑するとジェクトはティーダの体を背負いなおして再び歩き始めた。
「……輪の効果はもうないから、私に預けて帰ってもいいんだぞ」
「けっ! 誰がてめぇみたいなのに任せるかよ」
やれやれ、不器用な親子だ。
雲ひとつない茜色の空を見上げながら、雨がふりそうだな、と思った。
目が覚めると、自分のベッドの上にいた。
「……ふぁ……」
大きくあくびを一つ。なんだか体は疲れているけど、とても――そう、とても楽しい夢を見ていた気がする。
窓の外に目をやると、もう他のカオスの皆は活動を開始しているみたいだった。
「……ん」
枕元には二つのものが置いてあった。
飴玉一つと、ブリッツボール。
「……持ってるっつーの」
最後の飴玉を口に放り込むと、ボールを投げて頭で受けとめた。
――――――
(サインなんか書いてんじゃねーよバカオヤジ!)
(だっ! いってーなコラやんのかぁ!)
(上等だコラぁ!)
(何故サインが不満なのだ)
(使えないからだろう)
(ああ、成る程)
(素直じゃないね)
(二人とも、な)
~楽園の終焉~
でも、悲しくはないよ。