10祭り2012:祭りの終わり

永遠と終わり(祈り子)

「この世界は、どうだった?」
「楽しかったッスよ。すっげぇ楽しかった」
 最終決戦を目前に控えた夜。悲しいほどに澄み渡った泉に足をつけ、水面に写る月や星を揺らめかせるティーダは笑ってそう言った。
「……ごめんね」
「なんで?」
「……また、消える恐怖と悲しみを、君に与えてしまうから」
 神々の呼びかけに応えたのは無意識な彼の魂だが、自分達祈り子もそれに協力したのだ。夢の海で眠る彼に、思い出を与えたいと思った。闘争の世界だったとしても、再び体を、生を彼に与えたかった。
「うーん、そりゃ、消えるのはヤだけどさ……さっきも言っただろ。すっげー楽しかったって」
 そう言うと彼は本当に幸せそうに笑った。自分達のしたことは間違いじゃなかったと思わせてくれるような笑顔だった。他の祈り子達は幻光の力が足りなくて自らの像を結ぶこともできず、周りで見守っているだけだけれどきっと同じような気持ちだ。その姿が見えなくとも、ティーダはしっかりと彼らの存在を感じ取ってくれている。
「自分が夢って思い出した時は、やっぱ辛かったけど。でもその事思い出せたから、皆との時間を大事にできた気がするんだ」
 本当は、彼の記憶は戻らない予定だった。自分の運命を思い出さないまま、楽しかったことも苦しかったこともあわせて、沢山思い出を持って帰って欲しかった。結果的に彼は全てを受け入れ、仲間にも真実を伝えることなく終わろうとしている。
「本当に、強くなったね」
「全然! まだまだッス!」
 本当に、強くなった。そう望んだのは自分達なのに、見ているこっちが悲しくなるほど彼は強くなった。

 十七歳。まだ、十七歳なのだ。これからもっと、楽しいことも苦しいことも、沢山沢山あるはずだった。
 夢の世界にいればそれが叶ったはずなのに、それを引きずり出して過酷な運命に放り込んだのは、他ならぬ自分達だ。
「泣くなよバハムート。全部終わってからッス!」
「そう、だね」
 ティーダの手が触れる。同じ、幻光でできた体同士だからできる事だ。久しく忘れていた人の体温は、温かくて心地いい。
「ありがと、バハムート。それに皆も。皆のおかげでオレはここに来れたし、沢山の思い出もできたッス」
「お礼なんて……」
 本来であれば恨まれるべき存在だ。全てを終わらせて、解放してほしいと彼に全てを押し付けたのだから。そのせいで彼は、自分の父親を殺さなければいけなくなったのだから。
「まぁ、恨んでないって言えば嘘になるけどさ、感謝もしてるんスよ。あんまオレが可哀相みたいに見ないでくれよ。オレより辛い人だってきっといるし、辛いことばっかりってわけじゃなかったんだからさ!」
 彼の笑顔に、釣られて笑う。本当に、この笑顔でどれだけのものを救ってきたのだろう。
 祈り子達の気持ちはただの同情や憐憫なんかでは言い表せないものだけど、彼がそう言うのなら、望むなら、彼に習ってもっと明るい考え方をしよう。
「本当はオレ、この気持ちも全部偽物なのかなって思ったことあるんだ。オレがああして『シン』と戦うって決意したのは、祈り子達がそう夢見たからなのかなって」
「そんなことない、君は」
「うん、分かってるッスよ。もしそうだったら、オヤジが『シン』に触ってみようだなんてバカなこと思いつくわけないしさ」
 彼の気持ちは彼のものだ。造られたものなんかじゃない、本物の心だ。ティーダは日向を思わせるような暖かい笑顔を浮かべると、うんと伸びをして後ろに倒れた。
「祈り子達、前に言ってただろ。『終わりなんかない』って。オレはさ、『永遠なんてない』って思って戦ってた。死の螺旋もこの世界も、永遠に続く戦いなんてない、絶対に終わらせられるって。 でも、終わりがないっていうのもいいなぁって思ってさ。ムジュンしてるッスかね」
 永遠なんてない。でも、終わりもない。一見矛盾したそれは、ティーダの願望であるような気もした。
「オレの物語も永遠じゃないけど、どこかで、誰かの物語に続いてて、終わらなければいいなーって」
「……うん、大丈夫、きっと続くよ」
「ありがとな、皆」

 不意に、がさがさと葉の擦れる音がして、ティーダを呼ぶ声が聞こえた。
「んー? 何スかー?」
 どうやら帰りが遅い彼を迎えに来たらしい。コスモスの中でも特に彼と親しいその人は、ティーダの姿を見つけると首をかしげた。
「え? 話し声? やだなー何言ってるんスか」
 ティーダは立ち上がると両手を広げて笑った。

「ここには、誰もいないッスよ」

 それは、恨み言一つ口にしない、それでも恨んでいないというわけではないと言った彼の、精一杯の、針で突くような皮肉だったのかもしれない。

――――――

 君は、ちょっと優しすぎるよ。


ムゲンの可能性(淑女と忌子)

「あらあら、随分と無茶をしたようですわね。プリッシュ、いつものを持ってきてくださいな」
「はいよー!」
 ここは現実ではない世界。戦士達が眠りについている間に、体や魂のメンテナンスをするための世界。
 目を覚ました時、彼らはここで起こったことを覚えていない。むしろ、この世界でも寝ている状態、と言ったほうが正しい。
 まあそんな中にも、例外というのはいるわけで。
「そんな無茶したつもりないッスけどね~」
「へっぽこ君の体は特殊なのですから、調整も他のへっぽこ君達と比べると少し手間なのですわ」
「ふーん」
 この少年、ティーダだけは、この世界で起きていることができた。流石に目が覚めた後は思い出せないようだが、眠りにつき、この世界に来ればまた思い出せるようで、本当に特殊だった。
「オヤジもここのことは知らないんスか?」
「つーか、ジェクトは起きてすらいねぇぜ! いっつもいびきがうるせーんだコレが」
「あはは、プリッシュも格闘タイプだから気が合いそうッスよね」
 あなたも体育会系でしょうと頭の中で突っ込みつつ、プリッシュが持ってきた幻光虫を魔力で調整し、彼の体に送り込む。
 今、コスモスの残したクリスタルの力で戦士達の体は保っている。が、彼の体や魂は幻光虫も混ざり合ってできている。あまり無茶をすると、クリスタルの力が尽きるより早く、幻光の力を失って消滅する可能性があるのだ。
「ま、最終決戦が近いのでしたら無茶をするなというのも無理でしょうけれど、せいぜい気をつけなさいな」
「はーい」
 素直な返事、大変よろしい。調整はいつも彼が最後だ。片付けを始めると少年も立ち上がって伸びをする。
「なー博士。オレが元の世界に戻っても消えないようにする方法って、何かないんスかね」
「ありませんわ」
「だよなぁ」
 そのあっさりとしたやり取りと、答えを聞いて苦笑する少年にプリッシュは目を丸くし、そして少し怒ったらしい。片付けをする手を止めてつかつかと少年に近寄っていく。
「お前なー、簡単に諦めんなよ! いつもの熱気はどーした」
「んー、これでも簡単に諦めたわけじゃないんスけど」
 ぽりぽりと困ったように頬をかく。プリッシュが言うとおり、彼が元の世界で召喚士を守る道を必死に探したように、自分が消えない方法を探したのだろう。そして、その結果がこれだっただけだ。
「プリッシュ、ちょっとはお察しなさいな。この世界には、どう足掻こうとどうしようもないこともありますのよ」
「どーいうことだよ博士」
「オレが消えるのは、自然現象ってコト」
 所謂体育会系で、頭を使うことが苦手なへっぽこ君。その彼が自分の力でその答えに辿り着いたのだから、二重丸くらいはあげたいところだ。その覚悟も含めて、特別に花丸にしてあげてもいいくらいに。
「火は酸素がなければ燃えません。魔力がなければ魔法は使えないし、水がなければ草木は枯れる。あなたが、お腹がすいたら動けなくなるように、それは当然の、自然の理なのですわ」
「やっぱ博士は頭いーッスね」
「ホホホ、わたくしを誰だと思っていますの?」
 尚も納得いかない様子のプリッシュ。彼の存在が普通の人間とは違うということは知っていても、詳しい事情を知らないからだろう。
 ――彼の存在は、召喚獣と同義。永遠の楽園『夢のザナルカンド』の一部として召喚された身だ。現実の世界に渡り肉体を得ても、その存在が変わったわけではない。
 彼は、召喚士と旅をした。その中で世界の真実を知ってしまった。それでも彼は、世界を、父を救う道を選んだ。
 世界の願いは、『シン』が完全に消えること。『シン』を倒すということは、それを作り出したエボンを倒すということ。エボンを倒すということは、『夢のザナルカンド』の召喚者を倒すということ。 召喚士が消えれば召喚されたものは消える。それはもちろん、少年自身の存在も消えるということだ。
 つまり、過程がどうあれ、『シン』を倒すという最終目的がある限り、彼の消滅は免れ得ない『自然現象』なのだ。
「そんなのって……」
「理不尽だと思いますか? 仕方ありませんわよ、千年も放置しておいたツケが来たのですわ」
「博士はずばっと言うッスね~」
「……まぁ、わたくし程の力があれば? あなた一人を召喚するくらいのことはできるかもしれませんわね?」
「でも、ダメだろそれ」
「そうですわね。残念ながら、わたくしとあなたは別世界の存在ですわ。結局、どうしようもないことです」
 うん、と笑う彼は、もう覚悟を決めている。その根底に恐怖があろうが、消えたくないという叫びがあろうが、それを全て受け入れて笑う。
「…………ま、覚悟はともかく、諦めるというのはあなたらしくありませんわね」
「博士……」
「どうしようもないことがある。ならいっそ、あなた方の好きな『無限の可能性』とやらにでも賭けてみるのもいいんじゃなくて?」
「…………」
「おおー! 博士、たまにはいいこと言うなぁ! つか、らしくねーっつーか優しくて怖いっつーか」
「お仕置きが必要のようですわね?」
「わーっわーっ、もう言いません!」
 ぷ、と少年が噴出す。まったくどいつもこいつも失礼な者ばかりだ。
「わたくしだって、愛や友情なんかの不確かなものを信じていた頃がありますのよ」
「えー、一緒に信じてくんねぇの? 博士」
「そんな青臭いものはあなたにお似合いですわ」
 声を上げて笑う表情に、滲んでいた諦めの色は薄れていた。らしくないことを言ってしまったとは思うけれど、どうせ忘れてしまうのだから構わない。
「ありがと博士。オレ、頑張るよ」
「ほら、もう行きなさいな。夜が明けますわよ、ティーダ」
「痛ッ!」
 ぺしんと杖でお尻を叩くと少年は笑いながら消えていった。
「……まったく、ムゲンの可能性とはよく言ったものですわ」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味ですわ」
 無限。夢幻。どちらも曖昧で不確かな、けれどどこまでも広がり続けるもの。
 心配や気遣いなんてする必要はない。その中から一つの道を見つけ出すことなど、きっと彼らならできてしまうのだから。

――――――

 物語の主人公なら、それくらいやってくれないと。


夢の終わり(混沌と秩序)

「楽しかった、ですか」
 彼が祈り子達と話していた時のことを思い出す。
 全てが終わり、消えかかっている……元いた場所に還ろうとしている彼は、その言葉に頷くとにかっと笑った。
「コスモス側にいた時も、カオス側にいた時も、すっげー楽しかったッスよ。あ、カオス側にいたってことを思い出したのは今だけどさ」
「確かに、楽しそうであったな」
 カオスが喉の奥で笑う。自由奔放に、欲望の赴くままに活動する駒たちを、カオスはいつも愉快そうに眺めていた。
「二人とも、ありがとな。オレ、この世界にこれてよかったッス」
「また、消えることになってもですか?」
「コスモスもそれ聞くッスか~」
 眉をハの字に寄せて苦笑する少年は、祈り子達にも同じようなことを言われていた。答えは知っているのに、問うてみたくなる。
「普通の人間として生きてたってさ、同じだろ。出会った分だけいつか別れがくるんだ。そういうの気にしてうだうだしないでさ、一つ一つ大事にして、まっすぐ走ってたいんだ!」
 前向きな笑顔と言葉に、カオスはまた笑う。それは決して嘲りなどではなく、ひた向きに終わりへ向けて走り続けた夢を優しく見守るものだ。
「……お前は、自分の父親に対する憎しみで、私に召喚されたと思っているかも知れぬが……それは違う」
「え?」
 意外そうな顔をする少年の頭をカオスは静かに撫でた。最初に彼を召喚したのはカオスだった。その時を思い出すように目を閉じる。
「私が探すのは、憎しみや破壊衝動ではない。私の力は強い想い、純粋な願望に反応し、選ぶ。それが善であれ悪であれ、何かを成し遂げたいという強い意志を抱いたものをここへ呼ぶのだ」
「願望……」
「私の力に反応するほどの、お前の強い願いは……」
 ぷ、と少年が噴出した。やがて涙が滲むほどに肩を揺らして笑い声を上げる。
 目尻を拭いながら笑いを堪えると、まっすぐにカオスを、自分を見た。
「そっか。なんだ、やっぱ全然、諦め切れてないじゃん、オレ」
「そうだな」
「うん、やっぱオレ、諦めないよ。言われたんだ。ムゲンの可能性を信じろって」
 もうほとんど体は透け、輪郭もおぼろげになる中で、少年は笑ってみせた。強い願いと意志を湛える瞳が、力強く輝いた。
「また、二人みたいに、オレのこと見つけてくれる人がいるって信じるッス。オレも、寝てるだけじゃなくって、この想いなくさないように」
 いつかきっと。例え途方もなく永い時間眠り続けたとしても。
「あなたの道に、クリスタルの導きあらんことを……」
「夢の終わりの先を、見せてみるがいい」
「ありがと、コスモス、カオス」

――――――

 眠るあなたに、せめて祈りを。


夢見る夢

 とても長くて、とても短い旅でした。
 とても苦しくて、悲しくて、楽しくて、幸せな旅でした。
 たくさんの人に出会いました。
 たくさんの人と別れました。
 オレは皆が大好きで、皆もオレを好きになってくれました。

 優しい人がいた。
 強い人がいた。
 厳しい人がいた。
 頼れる人がいた。
 いじわるな人もいた。
 だいっきらいなやつもいた。
 特別な人も、いた。

 たくさんの思い出ができました。
 きっと、幸せな夢を見られます。
 オレは皆が大好きです。
 だから、皆ありがとう。

 でもオレは、諦めない。
 物語は終わったんじゃなく、きっと、本の間にしおりを挟んでいるんだ。
 いつかまた、続きを紡ぐことはできる。
 誰かが本を開いてくれる。
 自分ひとりでだって、こじ開けてみせる。

 だから、その時まで。

「おやすみ」

 遠くで、指笛の音がした。

――――――

さあ、新しいページを。

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