10祭り2012:一日だけ延長戦

例えばの話さ

 カーテン越しの柔らかい光で意識が浮上する。
 「もうちょっと寝てたら?」 という布団の誘惑を断ち切り、ゆっくりと体を起した。
「ふあぁぁぁ……」
 大きく伸びをすると全身に力が行き渡っていく。さあ、今日も頑張ろう。

「おーやーじー! 起きろー!」
「あ゛ー……うるせーまだ寝かせろ……」
「朝だっつーの! あ! さ! 今日は試合だろ!」
「朝がなんだよ、試合は夜だろーが……」
「ちゃんと体動かせっての! つーかミーティングもあるだろ! おりゃ!」
「どわっ! わーったわーった起きるって」
 力任せに布団を引っぺがして床に転がすと、ようやく起き上がる。手のかかる父親である。
「あら、ジェクト起きたの?」
「起こしたの!」
 ほぼ同時刻に起きた母が朝食を作りながらくすくすと笑っている。今のうちに顔を洗ったり着替えたり、やることは色々だ。

「いってきまーす! オヤジ! 今日負けたら罰として新しいシューズ買えよ~」
「誰が負けるかってんだ! つかシューズくらい……行っちまった」

 通いなれた道を歩く。今日は朝練がないからちょっとのんびりだ。
「相変わらず早いな小僧」
「おはよーっス! ガ……ガ……ガンダルヴァ!」
「ガーランドだ! いい加減わざと間違えるのをやめろ!」
「あはは、ジョーダンだって! いってきまーす!」
「ふん、車には気をつけろ」
 近所に住んでるガーランドはちょっと怒りっぽいけど、なんだかんだでいい人だ。お隣のWOLとは不思議な関係で、ガーランドは断ち切れぬ縁だとか戦いの輪廻がどうとか 言って、つまり腐れ縁ってことだと思うけど、結構仲よさそう。WOLは同じ学校の先輩だった人で、今は社会人としてバリバリ働いてる。
「おはよ、ティーダ」
「ユウナ! はよーッス!」
「今日は朝練なし?」
「おう! 一緒にいこ!」
 幼馴染のユウナは親同士仲がいいのもあって、いつも一緒だ。たまに付き合ってるのかと人に聞かれるけれど、そういうわけではない。
「よーうお二人さん! 今日も仲がいいねぇ」
「ジタンおはよーッス! ガーネットは学校違うから残念ッスね~」
「ま、途中まで一緒なんだけどな~。さっき別れたとこ」
「お兄さんは元気?」
「元気も元気。今朝も寝癖がなかなか直らないってキーキー言ってたぜ」
 わいわいと賑やかに登校するいつもの風景。途中でティナとオニオンも合流した。二人は姉弟で、いつも仲良し。
「ティーダまた赤点取りそうになったって? 僕が教えてあげようか?」
「ぐぬぬ……飛び級の余裕……!」
「ふふ、ティーダ、もうプロのチームに入ってるから忙しいよね。分からない所があったら、私も力になるよ」
「ありがとッス!」
 校門前ではエクスデスが立って生徒達に挨拶している。元気よく挨拶すると「ファファファ」と機嫌よさげに笑った。

「おーっすのばらー」
「だからのばらはやめろって……おはよう」
 教室へ行く前に花壇の手入れをしているフリオニールのところへ寄っていく。廃部寸前の園芸部を立て直し、今は部長になっている。
「今度の文化祭、派手なのやるんだろ~。力仕事ならうちの部員総出で手伝うからな!」
「はは、助かるよ。そのときはよろしくな」
 教室へ行くと、すでにちらほらと人がいる。まっすぐ自分の席に向かうと後ろの席に座る男に挨拶した。
「おはよスコール」
「あぁ」
 相変わらず素っ気無い返事だけどいつものことなので気にしない。親しい人ほどこんな感じだ。
「早いっスね~委員会?」
「まあな。お前も早いが……一時限目は皇帝の授業だぞ、宿題」
「あーー忘れてたッス! スコール見」
「ダメだ」
「ケチ!」
 仕方ないので、時計を見てまだ余裕があるのを確かめると教科書を取り出した。
「……分からない所があれば教えてやる」
「さっすがスコール!」
 相変わらずつんでれってやつだ。
「オレも教えてやろうか?」
「あ、ヴァンおはよッス。って、ヴァンはむしろオレと同類だろ! 数学苦手だろ!」
「まあなんとかなるって。なぁスコール、宿題」
「ダメだ」
「ケチ!」
「あはは、ヴァン断られてやんの~」
「お前もだろ!」
(いいからお前ら早くやれ……)

 昼休みは、皆と昼ごはんを食べた後に保健室に行った。
「ミーシャいるー?」
「先生をつけなさいといつも言っているでしょうに」
「あ、いたいた。はいこれ、この前のお菓子のお礼な!」
「あら、手作りクッキーですか。相変わらず料理が好きですね……ありがとうございます」
「二つあるから、雲にもあげといてな!」
「もう行くのですか? お茶くらいだしますよ」
「うー、また今度!」
 風のように保健室を飛び出す。さっきケフカに捕まって、次の授業の準備を手伝えと言われたのだ。
 ケフカの授業は面白いけど、あまり危ない実験はしないでほしいかなぁ。

「あれ、ティーダ帰らねーの?」
「ちょっと大学よってくるッス!」
 放課後、部活を終えた後に近くの大学による。うちの高校から進学する人が多いので、顔見知りがちらほらいる中目的のチョコボ頭を見つけた。
「クラウド!」
「ティーダ」
「あ、久しぶりだねティーダ」
「元気にしていたか」
 目的の人物クラウドと一緒に、同じく大学に通っているセシルとカインの姿もあった。
「ごるび……兄ちゃんも元気ッスか?」
「うん、元気だよ。最近は研究が忙しいみたいだけどね」
 途中で言い換えたのをセシルとカインの二人に笑われた。小さい頃は家が近くて時々遊んでもらっていたから、今でも昔の呼び方をしてしまう。
 色々と話したいこともあるけど、用事が先だと鞄を探ってクラウドに頼まれていたものを取り出す。
「はいこれ、来週の試合のチケット! いちばんよく見える場所だから期待していいッスよ~」
「ありがとう、マリンやティファもよろこぶ」
 そう言ってクラウドは柔らかく笑った。いつもこういう顔してたら今よりさらにモテるだろう。
「あの試合、見に行きたいと言っていたからチケットを取ろうとしたんだが、すぐ売り切れたからな……助かる」
「そういう時はいつでも言ってくれよ! あ、多めに取ったから、カイン達にもあげるッスよ~」
「いいのか?」
「使わないほうが勿体無いッスよ! この前ライトも見たいって言ってたから、一緒に来て欲しいッス」
「わかった、伝えておく」
「そういえばセフィ」
「しっ! ダメだよティーダ」
 同じく大学生で、クラウドの先輩であるセフィロスのことも聞こうとしたのだがセシルに止められる。昔から色々と因縁があるらしくあまり仲はよくないらしい。 何があったのか、カインまで忍び笑いをしている。
「この前の剣道の試合で色々あってな、あまり触ってやるな」
「りょーかいっス~」
「おい、なにをこそこそ話してるんだ」
「なんでもないッスよ!」

 クラウド達と別れた後、少しだけ敷地内をうろうろしていたら後ろから急に飛びつかれた。
「おーっすティーダ! 久しぶりだなー!」
「バッツ! おどかさないで欲しいッス……」
「まぁまぁ」
 クラウド達と同じく大学生のバッツだけど、時々旅に行くといってはふらりといなくなる。風みたいな人だ。
「あ、バッツにもあげるッスよ、試合のチケット」
「おお、マジで! つーかなんで持ってんだ?」
「かくかくしかじかッス!」
「なるほどわからん! でもさんきゅー。この試合見たかったんだよなぁ。あ、お代は?」
「今度旅の話聞かせてほしいッス! あとは旅先で覚えた料理とか!」
「ふっふっふ、いくらでも教えてやるぞー可愛い後輩のためだ!」
 頭をわしゃわしゃ撫でられじゃれ合う。相変わらず成人してるとは思えないはしゃぎっぷりだけど、それがバッツの魅力だった。
「あら、へっぽこ君じゃありませんか」
「あ、博士だー。久しぶりッス!」
 博士――シャントットは大学教授だけど、時々きまぐれにスポーツ用品やサプリなんかを開発してはオヤジを実験台にしているので昔から知っている。年齢は聞いてはいけない。
「ええとそちらは……バ……バカ……いえ、バッシュでしたかしら?」
「バッツだよ! 旅には出るけど講義もちゃんと出てるだろ! 覚えてくれよ~」
 バカの部分には突っ込まないあたり、さすがバッツだ。ちなみにこう見えて学年三位の男である。神様って理不尽だ。
「プリッシュとガブラスは?」
「ちょっと研究室が汚れてしまったので、片付けをさせていますわ」
 また何か変な実験でもしたんだろうか。プリッシュは助手だからまだしも、ガブラスは全然関係ないのに。これも腐れ縁というやつかもしれない。ガブラスはちょっと強面だけど面倒見はいいから、なんだかんだ付き合ってあげてるのかも。
「この前送ってきたやつ、オヤジがイマイチって言ってたッスよ」
「あらそうですか。改良が必要ですわね、感想文を書いてもらってくださいな。原稿用紙四枚ほど」
「あはは、オヤジ文書くの苦手なのに」
「いずれあなたでもテストすると思いますわ。今のうちに覚悟しておきなさいな」
「げっ」
 薮蛇だった。

 大学を出て、少し暗くなってきた道を帰る。
 じわじわと藍色に染まる空から視線を落とすと、見慣れた黒髪を見つけた。
「あれ、スコール?」
「今帰りか」
 途中スコールに出会って一緒の道を行く。今朝はスコールが先に来ていたけれど、本当は家が同じ方向だから朝もよく一緒に行くのだ。
「ラグナともしばらく会ってないッスね~」
「もうすぐ出張から帰るとは聞いているがな……そういえばこの前、変なやつが来たらしい」
「変な奴?」
「ギルガメッシュとかいう、古今東西の武器を扱っている武器商人……だそうだ」
 しばらく他愛のない話をしながら歩いて、ふと何故か、笑みがこぼれた。
「……どうした?」
「ん、や、なんか幸せだなーって思ったッス」
「……それは、いい事じゃないか」
「うん、いいコトッス!」
 たくさんの知り合いがいて、友達がいて、両親もいて、いつも通りの日常を送る。
 そんな何気ないことが、とても幸せだと。
「へへ、普通にしてて幸せだなーって思うんだから、オレ毎日幸せなんスね」
「お前がそうなら、皆もそうなんだろうな」
「あれ、『お気楽なやつだ』とか言われるかと思ったッス」
 スコールは少し黙って、それからちょっと笑った。それが随分と優しげだったから、雨でも降るのかと空を見たけど雲ひとつない。視線を戻したら、もういつも通りのスコールだった。
「きっと、ご褒美だ」
「ご褒美?」
「いつかのお前が頑張ったから、今のお前が幸せ……ということだ」
「……よ、よくわかんないッス」
 真剣な顔で悩んでいたら、今度こそスコールがはっきりと笑った。
「所謂、前世とか、ああいうやつだ」
「……スコールってそういうの信じないタイプと思ってたけど」
「信じてはいない……が、そうかもしれないという話だ」
「ふーん」
 前の人生。あるいはもっともっと前の自分が頑張ったから、今があるのかもしれない。うん、なかなかロマンチック。
「前のオレ、ありがとうー!」
「……突然なんだ」
「今のオレが幸せだからお礼ッス! オレよく頑張った!」
「……自分で自分に礼を言うのか」
「あ、何だよそのアホを見るような目はー!」
「してない」
「うそつけ! こらー笑うな!」
 自分も笑いながらスコールを追いかける。帰ったら、オヤジの試合を中継で見よう。下手なプレイしたらダメだししてやるんだ。
 寝て、起きて、また学校に行って。
 きっとこれからもずっと、平凡で幸せな日々は続くのだ。

――――――

 例えばの、未来。

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