22.今の自分にできること

「貴様も、気付いているのだろう! 暁やエオルゼア各国は、貴様の『特異な力』を利用した! クリスタルブレイブに至っては知名度までもな!」
 その言葉は、当事者たるアルフィノの内側に鋭く突き刺さる。動揺を隠し、なんとかイルベルド達の猛攻を抑えたものの、結果的には取り逃がしてしまった。胸の内に残された棘は、じくじくと痛みを与えてくる。
「アルフィノ、怪我はない?」
「怪我をしたのは君の方だろう……無茶をする」
「あ痛っ……あはは……ありがと」
 ハルドメルの腕に触れ、治癒魔法をかける。彼女やユウギリよりも身体能力の低いアルフィノは執拗に狙われ、それを全てハルドメルが防ぎ、庇った。クリスタルブレイブを裏切ったイルベルド達は、本気でこちらを殺しにかかっていた。その攻撃を、アルフィノを守りながら凌ぎきったのだ。深手を負っていないのが不思議なくらい、彼女は平然としていた。
「ラウバーン局長、無事で本当に良かったね」
「あぁ、本当に……」
 治癒を続けながら、アルフィノは苦い想いを飲み下す。――ハルドメル・バルドバルウィンという人は、強かった。本当に、眩い程に。
 英雄と呼ばれるだけのその強さに、いつしか自分は甘えてしまっていたのだと自覚する。
 初めてその力を間近に見たのは、蛮神ガルーダを制した時だ。きっとその時から既に、彼女の力にも、その人の良さにも魅せられていた。彼女さえいれば、どんな局面でも乗り越えられる、乗り越えてくれると思った。それは信頼ではなく甘えだったのだと、今ならわかる。事実、アルフィノはクリスタルブレイブが設立して間もない頃、賢人達の手を借りまいとしていたにも関わらず、彼女にだけは頼った。それだけ彼女のことを特別視していたのだ。傲慢にも程があるというものだろう。
「……アルフィノ?」
 心配そうなハルドメルの声にハッとする。魔法を使用している時に考え事をして集中を欠くなど危険極まりないと、手元に意識を戻す。
 ――取り返しのつかない失敗を犯した。だがまだ自分は立ち上がることができる。支えてくれる仲間もいる。そう思ってアルフィノは自身を奮い立たせた。
 怪我の様子を見ながら治療を終えると、彼女は再び礼を言った。その声に僅かに覇気がないことに、この時のアルフィノはまだ気付けなかった。

 ――とある使者からのいざないで砂の家に集まったハルドメル達は、砂蠍衆の一人大司教デュララによって、ウルダハの女王ナナモ・ウル・ナモが生存していることを明かされた。裏で糸を引いていたロロリトのこともまた。
 この度の騒動は、ただクリスタルブレイブに隙があったというだけではない。ナナモ女王の思惑。それに気付き女王すげ替えを企てたテレジ・アデレジと、逆にその策を利用して彼を排除しようと暗躍したロロリト。そして故郷アラミゴを解放するため牙を剥いたイルベルド。それぞれの思惑が絡み合い、事態はより複雑化していた。
 ――暁、そして英雄たるハルドメルに嫌疑がかけられたのは完全にとばっちりだ。アルフィノ自身の傲慢と甘さだけが招いた結果ではないとは言え、体よく利用されたのが現実だ。いくら反省しても、謝罪しても足りなかった。
「ウ・ザル! アレンヴァルドも! 皆無事でよかった……!」
「は、ハル! ウ・ザルは今怪我してるからその……」
「あっ! ご、ごめん……怪我大丈夫? ……クリスタルブレイブにやられたの?」
 砂の家には、残された暁のメンバーが集まって密かに活動をしていた。いつものようにハグしようとしたハルドメルをアレンヴァルドが先に制す。
「このくらいすぐ治る。ローレンティス覚えてるだろ? あいつらに捕まっていじめられた。ぶん殴って逃げてきたけどさ」
 ウ・ザルは少しおどけて言ってみせたが、案の定ハルドメルは辛そうな表情を隠さない。これで詳細――『英雄』と親密だから情報を握っていると思われて捕まった――まで語っていたらどうなっていたか。ウ・ザルは『英雄』をやるには少々優しすぎる、この年上の友達のことを心配していた。
「……ごめんね」
「言うと思った……あいつは自分の意思でここに来たし、自分の意思で裏切ったんだぞ。俺が捕まったのもドジっただけだし」
「でもローレンティスさんは……」
 ウ・ザルを捕まえ尋問したローレンティスは、ハルドメル自らが勧誘した男だ。帝国に金を積まれ、情報を売っていたところを捕まった男であることは、ハルドメルも知っている。捕まえたのは彼女だったから当然だ。
 それでも、『今度こそ正義を成したい』と言った彼の言葉をハルドメルは信じた。その信頼をローレンティスは裏切ったのだ。であるのに、彼女はウ・ザルに怪我を負わせたことも、ローレンティスが敵になってしまったことにも心を痛めている。その優しさがあればこそ、彼女は英雄と呼ばれるのかもしれないが。
 ラウバーン救出の際にもローレンティスはいたという。ウ・ザルもアレンヴァルドも、ハルドメルの様子を見てすぐわかった。大方『英雄になんてなれない』と、彼の燻る怒りをぶつけられたのだろう。彼女のことだ、アルフィノがいる手前明るく振る舞ってはいるが、内心傷ついているはずだ。アルフィノがそのことに気付いていないのも、ウ・ザルを苛つかせる原因の一つだった。
「……俺としてはもういなくなった奴より、自分の組織に足元掬われた総帥様がのこのこ顔出したことのほうが気になるけど」
「ッ……ウ・ザル!」
「本当のことだろ」
 怒るのも、悲しむのも容易に想像はできたが、今回ばかりはウ・ザルも言わずにはいられない。お陰で暁は散り散りな上、ハルドメルは汚名を着せられたし、ウ・ザル自身は無駄に痛めつけられた。
 当のアルフィノはと言えば、苦々しい表情ではあったが、その目には小さくても未だ消えぬ火が灯っているように見える。やや睨むようなウ・ザルの視線を、アルフィノは真っ向から受けた。
「いいんだハルドメル、彼の言う通りだ」
 アルフィノ本人の言葉に、ハルドメルも口を噤む。彼女とてアルフィノが犯した過ちは理解しているつもりだ。その上で、ハルドメルはその重さに打ちひしがれ、それでも再起しようと立ち上がるアルフィノの力になりたいと思っている。であれば、ウ・ザルの言葉をハルドメルが遮ってはいけない。受け止めるのは、アルフィノ自身であるべきだ。頭ではわかっているが、ハルドメルは内心はらはらしながら二人を見守った。
「……ハル」
「アレンヴァルド……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、多分……あの二人は」
「……うん」
 アレンヴァルドがこそりと耳打ちして、ハルドメルの腕に軽く拳をぶつけた。ウ・ザルもアルフィノも、アレンヴァルドも、ハルドメルにとって良き友人達だ。その友を信じようと、少しだけ後ろに身を引いた。
「今ここで私が言葉を尽くしたところで、許されることも、信頼してもらうこともできないだろう」
「それくらいはわかるんだな」
 受け止めるべき言葉だと、アルフィノは痛みに立ち向かう。雪の家にたどり着いて今日まで、誰もアルフィノに非難の言葉を投げかけなかった。あまつさえアルフィノの立場を思いやり、奮い立たせるように励ましてくれた。本来であればイルベルドや目の前にいるウ・ザル・ティアのように、過ちを突き付けられ、報いを受けろと言われても仕方なかったのに。
 支えてくれた人達に、アルフィノが目指したことを信じてくれた人達に応えるために、今は一人で立ち上がろうとアルフィノは静かに息を吐く。
「……信じてくれなどとは、口が裂けても言えないよ。だが、自分の不始末にはケリをつける。起こったことは覆せないが……これから私が何を為すかくらいは、見ていてほしい」
「……」
 ウ・ザルは僅かに瞠目した。その理由にアレンヴァルドはいち早く気付いたが、何も言わずに二人を見守る。
「……早いとこハルが大手を振って外歩けるようにしろよ、総帥様」
「……あぁ、承知した。ウ・ザル・ティア」
 アルフィノは、この時初めてウ・ザルの瞳が左右で僅かに色が違うことを知った。その視線から、最後まで目を逸らさなかった。

 アルフィノとハルドメルは、イシュガルドでドラゴン族再来の気配があるという報を受け、急ぎ戻っていく。行方が分からない仲間の探索のため、自分達で装備の手入れをしながら、アレンヴァルドはふと微笑んだ。
「……ウ・ザル、厳しいようで優しいよな」
「あ?」
 やや不機嫌そうに尻尾をぴんと伸ばしたウ・ザルに、アレンヴァルドは懐かしくも寂しい想いで、二人の冒険者を思い浮かべた。
「……『反省も結構だが、失敗した時大事なのはこれから何をするか、だ』……だろ?」
「……」
「『人は戦いの中でこそ成長するのよ』……やっぱり、アバとオリはすごいな」
 アルフィノの言葉に、大切な――自分達の命を救ってくれた、戦友のことを思い出した。それはウ・ザルもアレンヴァルドも同じだった。あの二人を想起させられた時点で、ウ・ザルはそれ以上アルフィノを責める言葉が出てこなくなってしまったのだ。
「……もっと言ってやるつもりだったのにな」
「やっぱり優しいよ、ウ・ザル」
「うっせ」
 照れ隠しのようにパンチされた腕が思いのほか痛くて、アレンヴァルドはまた笑った。


 ドラゴン族再来に備え、イシュガルドに緊張した空気が張り詰める中で、ハルドメル達はその侵攻を食い止めるための旅に出た。ハルドメルにとってはイシュガルドという国よりも、自分を信じてくれる大切な友人達のために、というのが理由だ。心配しながらも送り出してくれた友は、一段と強くなるであろうハルドメルに大いに期待して瞳を輝かせていた。思い出して頬が緩む。
 異端者の頭目『氷の巫女』、イゼルと手を組むことに成功したハルドメル達は、高地ドラヴァニアへと足を踏み入れる。そこは見たこともない、天を遮るほどの大樹がいくつも聳え立つ地だった。アバラシア雲海に初めて降り立った時と同じように、そんな場合ではないと思いながらも、その光景に見惚れてほう、と息をつく。隣でアルフィノが同じように圧倒されている様子に、ハルドメルは笑みを深めた。
「七天樹すごいよね、アルフィノ。私も初めて見た」
「あぁ、本の知識と実際に目で見るのとは全く印象が違うものだね。ふふ、世界は広いな」
「アルフィノも旅したくなった?」
「君が冒険者になった理由を聞いた時は正直、とても無邪気なものだと思ったが……うん、今ならわかる気がするよ」
 テイルフェザーで支度をし、霊峰ソーム・アルを目指して歩きながら話す。イゼルとエスティニアンは相変わらず互いを忌み嫌い、警戒し合っているようであったが。
「……知らないことばかりだと、つくづく思い知らされるよ、君との旅路は。仲間のことすら、私は何もわかっていなかった」
 『暁の血盟』メンバーのことは、名前はもちろん特徴やプロフィールもすべて頭に入っていた。それでわかった気になっていた。実際はどうだ。ウ・ザル・ティアの瞳の色が僅かに違うことも、ああやって面と向かって非難してくれる人物だということも知らなかった。クリスタルブレイブも同じだ。アルフィノ本人が全員の面接をしたわけでもなく、書類上の情報と『すべてはエオルゼアのために』という志があれば引き入れていたのだ。急ぎ人員を確保したかったとは言え、あまりにも無謀だった。
「これから知っていこうよ、アルフィノ。私もアルフィノのこと、全然知らないから」
 ね、と笑いかけるハルドメルは、自然とアルフィノの頭を撫でた。子供扱いしているわけではない。彼女の両親がいつもそうしてくれたように、いつのまにか身についた動作だ。
 恥ずかし気に「よしてくれ」と言うアルフィノはしかし、その手の温かさに安らぎを覚える。母のような、姉のようなハルドメルの存在は、いつもアルフィノを支えてくれていた。
「……!」
 道中、グナース族と呼ばれる蛮族に襲われても、彼女はすぐさま武器を手に戦闘態勢に入る。その勇ましさもまた、アルフィノを勇気づけてくれる。だからこそ、なのか。またしてもアルフィノは無意識のうちに、その存在に甘えてしまった。

「言うは易しだなアルフィノ……蛮神討伐となれば『光の戦士』に頼るほかあるまい?」
 エスティニアンのその言葉で、アルフィノは再び己が傲慢を恥じることになる。ヴィゾーヴニルに霊峰への道を開けてもらうための蛮神討伐。先に進むための解決策を考えるあまり、手段も、何が必要なのかにも考えが至っていない。戦う力はないくせに考えることばかりは一丁前。無意識のうちに、ハルドメルが蛮神討伐を成し遂げてくれることを当然のように思っている。反省したはずなのに、思い直したはずなのに、甘えが抜けきらない自分が恥ずかしいと俯く。
「……すまないハルドメル……私は、また……」
「できる人がやる、でいいんだよ、アルフィノ。私はテンパードにならないし、戦う力も一応あるし……アルフィノは私より賢いんだから、考えるの担当、私は戦うの担当! 今はそれでいいでしょう? エスティニアンさん」
「お優しいことだな、光の戦士様は。言っておくが竜の眼の力も、蛮神の祝福の前では役に立たない。戦うとなればお前達に任せるしかできん……悪いな」
「うん、大丈夫。エスティニアンさんがいてくれたら、こっちに何かあっても邪竜と戦うことはできるだろうし……」
 その言葉に改めてアルフィノは身を震わせた。彼女はいつも蛮神に打ち勝って帰ってきた。だがもし負けてしまったら――? そんな当たり前のことも、彼女の強さの前に見えなくなっていたのかもしれない。
 大切な仲間を失うかもしれない恐怖と焦り。それらを無理矢理底に押し込めて、アルフィノは顔を上げた。
「本当にすまない、ハルドメル……だが何かいい方法がないか作戦を考えることくらい、私にも手伝わせてくれ」
「もちろん! 頼りにしてるよ、アルフィノ!」
 笑いかけるハルドメルに、アルフィノも少しぎこちないながらも笑顔を返す。ふんと鼻を鳴らしたエスティニアンはその様子に微かに頬を緩めた。

 イゼルと共にグナースの塚を出発する前、アルフィノは二人に防護魔法をかける。無いよりマシと言う程度の微かな力ではあったが、ハルドメルもイゼルも大いに感謝した。
「エスティニアン殿の言葉で、改めて自分の傲慢さを思い知らされた。本当に、君に甘えてばかりだったんだな……どうか、無事の帰りを待っているよ、ハルドメル」
「……ねぇ、アルフィノ」
 ハルドメルは跪き、アルフィノと視線を合わせる。初めて会った時は、その鋭さに少々驚いたものだった。だが目付きが悪いと評されがちなその瞳が穏やかな海のようだと、今のアルフィノは思う。
「私ね、利用されたなんて、思ってないよ」
「……っ」
 イルベルドが言い放った言葉。それは今もなお、棘のように刺さったまま。そんなつもりではなかったなどと言えない。アルフィノだけではない、暁の血盟や同盟国が犯した罪。特異な力を持つ一人を祀り上げ、自分達は安全な場所から依頼するだけで、あらゆる困難に立ち向かわせた。
「結果的に……人から見たら、そうなのかもしれないけど……でも私は、自分で選んでここまで来たよ」
 正直嫌なこともあった。やりたくないこともあった。英雄と呼ばれることが分不相応で、重く感じることもあった。初めて語ってくれた言葉に、アルフィノは唇を噛んだ。それでも、と彼女は続ける。
「困ってる人とか、仲間の――友達のために、何とかしたいって思って戦った。だから、今もそう」
 放っておけば、今現在脅かされているドラゴン族だけでなく、人里にも被害が及ぶ。そして、無事を祈り、帰りを待ってくれる『友』がいるから。
「本当はね、いつも……本当はちょっとだけ、怖いんだけど……私にできることだから行ってくるよ」
 弱さを見せ、少し照れたように笑う彼女の優しさに、また寄りかかってしまいそうな自身をアルフィノは叱咤する。拳を痛いくらい握りしめて、しっかりとその目と向き合った。
「……私は、私に、今できることをやっておく……だから……倒せなくてもいい、どうか無事で帰ってきてくれ……ハルドメル」
「うん、ありがとうアルフィノ」
 自身の身長の半分程度しかないアルフィノの身体を優しく抱きしめてから、ハルドメルは立ち上がる。少し離れたところで待っていたイゼルの元に向かおうとして、振り返ってはにかんだ。
「……アルフィノにも、そろそろハルって呼んでほしいな」
 友達だから。そう言われて、アルフィノは少しだけ目が熱くなるのを感じながら、笑った。
「あぁ、どうか気を付けて、ハル」
「うん、いってきます! アルフィノ!」

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