邪竜の影が消え、本当の意味でイシュガルドの変革、そして竜と人との交流が始まってまだ数日。政治的な事では役に立たないだろうとは言え、何かしら手伝える雑用でもありはしないかと、ドラヴァニア雲海から戻った後ハルドメルは皆に訊ねて回った。しかしながら『いいから休んでなさい!』の大合唱を受け、こうして大人しくしている次第だ。ドラゴンヘッドで脳震盪になった時のことを思い出して密かに笑う。
そんな折、物思いに耽っていたフォルタン家の執事に何気なく声をかけた。
『過去は未来への道標』
時には過去を振り返ってみては、と言った執事は、ハルドメル達をフォルタン邸に迎えた日のことを思い出していたらしい。
朝早くに目覚めてしまったハルドメルはその時のことをぼんやりと振り返りながら、一人ふらふらと宝杖通りにやってきた。
「あれ、ハルドメル様」
「オノロワくん? ソレットさんも。朝早くから買い物?」
「ええ、今朝のお食事に使う調味料を切らしてしまったそうで、急遽買い出しです、はい。最後の仕上げに使うらしいので、皆さまにお出しするまでに間に合えばいいのですが」
「わ、私は新入りなので、お勉強させてもらってます」
「ついでに頼まれた物とかあるんじゃない? 重い物なら手伝うよ」
「……ふふ、ハルドメル様に声をかけられても全て断れ、と旦那様の言いつけです、はい」
「うぅ……身体なんともないのに……」
何もさせてもらえないとそわそわしてくる性分だ。だが一緒に見て回るくらいはいいだろうと、ハルドメルは二人の買い物について歩く。
オルシュファンとここに来た時にホットココアを飲んだことを思い出す。その時の店は変わらずそこにあった。ついこの前の出来事だったはずなのに、胸が締め付けられる程に、遠い日のようにも感じる。
青果店を通る時、りんごの山が目についた。今日の目玉商品らしく、かなりの量があるようだ。ハルドメルはその中からあまり綺麗でない見た目のものを選び取って購入する。
「ソレットさん、帰ったら料理長さんに、お昼の後厨房を借りられないか訊いてきてくれないかな?」
「は、はい! 私でよければ喜んで!」
憧れの英雄であるハルドメルに頼み事をされ、新入り女中のソレットは天にも昇るような気持ちでそれを受けた。そのやり取りを見ていたオノロワは、懐かしむような目をして訊ねる。
「……アップルタルトを作るのですか?」
「えっ! あ、あれ……どうして?」
りんごを買っただけなのに何故その意図がわかったのか。疑問符を浮かべるハルドメルに、オノロワは微笑んで答えた。
「前に……オルシュファン様がいらっしゃった時、お話されていたんです、はい。それはもう、神々に捧げるべく作られたかのような美味しさだったと」
「……ほんとに大仰なんだから……」
嬉しさと呆れが入り交じる苦笑で返せば、オノロワも笑う。でもそれは少し寂しそうで。
「僕はフォルタン家の従者に取り立てていただいて数年ですが……実はオルシュファン様とは、数えるくらいしかお会いしたことがなかったんです、はい」
フォルタン家へ戻る道すがら、オノロワは語る。彼の知るオルシュファンは、真面目で誠実な騎士――ふとした会話から生まれのことを知るまでは、ただそれだけの印象だったと。
「でもハルドメル様がいらっしゃってから……オルシュファン様は頻繁に顔を出されるようになりました。それこそ、あなたがいないとわかっていても、です、はい」
「……家族と話してた?」
「えぇ。ふふ、話題の大半はハルドメル様のことでした、はい。僕達みたいな従者にもたくさん話しかけてくださって……あぁ、こんなによく笑う方だったんだ、と……」
ふとオノロワは言葉を詰まらせた。慌てて目元を拭って笑って見せる。
「す、すみません、ハルドメル様の前で……」
「……私のことなんて、気にしないで」
「そんなわけにいはいきません! 『一族の盟友』は、常に家族同然……アルトアレール様が仰っておられました。一番お辛い想いをされている家族を差し置いて従者が泣くなんて。それに後輩にも示しがつかないのです、はい」
先ほどまでの湿っぽさは既になく、明るく笑って見せるオノロワをハルドメルは眩しそうに見た。
「いやはや……話には聞いていたが、調理師としての腕を実際に披露していただけるとは。料理長も唸っておりましたぞ」
「皆さんに良くしてもらった分には、到底足りませんけど……」
「……国一つ救った方が何を仰る。謙虚も行き過ぎれば嫌味に取られかねませんぞ」
言葉を返せずにいると、エドモン・ド・フォルタン――前伯爵は苦笑して首を振った。
「貴殿をよく知らぬ者にはそう映るかもしれないというだけのこと……年寄りのお節介な忠言だと思ってくれればいい」
「……はい」
苦笑いするハルドメルにエドモンは頷く。何事も謙虚に、誠実に取り組む彼女の姿勢を皆好いているが、そうでないものも世の中にはいるものだ。
「でも本当に数が全然足りなくて……こんなにたくさんいらっしゃったんだなって改めて思いました」
彼女の作ったアップルタルトは、この家にいる人間すべてに与えられる程には多くなかった。故にエドモンは年若い従者や女中達から食べるように伝えたのだ。憧れの英雄手ずから作ったアップルタルトとあって皆喜んだ。その中で、何も言わずとも数少ないそれを分け合う優しさを皆が見せたことが、この国の将来に希望を抱かせてくれた。
「……少しだけ、旅をしてこようと思うんです」
「フフ、やはり狭い国の中に閉じ込められては息がつまりますかな、冒険者というものは」
「いえ、そういうわけでは……ちょっとだけ、ありますけど」
お互いに笑う。
振り返る旅をしたいのだ、とハルドメルは説明した。冒険者になってから――正確に言えば、暁の血盟に入ってから、激動の毎日だった。振り返る暇もなく、ただ必死に前に進もうとしていたから。
「一週間くらい……でしょうか。そんなに長く空けるつもりはないんですけど」
「うむ、貴殿には休息の時間が必要だ。ゆっくり、自分のやりたいようにするとイイ。……息子もきっと、そう言うことだろう。イシュガルドは貴殿に救われたが、ここから新たな国造りをしていくのは我々のやることだ。心配はいらない」
「……はい」
手元のカップに視線を落とす。ゆっくりと口元に運んで、戦慄きそうな唇を誤魔化した。紅茶からは、ローズマリーの香りがした。
「余程緊急の連絡以外はしないから、ゆっくりしておいで」
「ありがとうアルフィノ。タタルも、アルフィノのことよろしくね」
「お任せくださっい! 行方不明の皆さんの情報も、しっかりキャッチしておきまっす!」
二人に見送られ、明け方にそっと旅立った。朝の空気は冷えて澄んでいる。エオルゼア同盟に復帰し、再び飛空艇が行き交うようになったイシュガルドランディングからまず向かったのは、旅の最初に訪れた砂の都ウルダハだ。すぐ着替えられるようにと内側には薄手の装備をしていたものの、クルザスの豪雪地帯を離れれば、すっかり寒さに慣れてしまった身体は早々に音を上げそうだった。
「あ……っついー……!」
追憶の旅とは言え、さすがに豪雪地帯から灼熱の砂漠へ向かうのは無理があっただろうか? 自問自答しながら、ハルドメルは歩きなれた通りを抜け――と言っても、祝賀会以降表通りは来ておらず、懐かしさすらあるのだが――酒場クイックサンドにやってきた。
「いらっしゃ……あら! ハルドメル! やっと来てくれたのね!」
「モモディさん! お久しぶりです」
いつも笑顔で迎えてくれるウルダハ冒険者ギルドの顔役は、今日もいつも通りの笑顔で歓迎してくれた。
「……ご心配をおかけしました」
「本当よ! 心配したんだから……暁のことも、あなたのことも」
旅立ったばかりの頃のハルドメルにとって、モモディは母のような存在だった。ついつい甘えそうになる自分を叱咤しつつ、ハルドメルは久しぶりの注文をした。
「……クランペット、ください!」
出来立てのクランペットは、とろけるバターの香りがたまらない。以前と変わらぬ味にほっとする。表情を綻ばせる冒険者に、モモディもまた頬を緩めた。
「ナナモ陛下が回復されてから、ウルダハも少しずつ変わり始めているわ。ちょっと前までは青制服達が警備だなんだって幅を利かせててね。表向きはそうだったんでしょうけど……物々しい空気に市民は怯えていたの」
「……大事になっちゃいましたね」
「あら、自分のせいだなんて思ってないでしょうね? あなた達はウルダハの策謀に巻き込まれた方よ。嫌疑も晴れたのだから、堂々と表を歩くといいわ」
「うん……ありがとう、モモディさん」
旅の理由を聴いたモモディは、以前と同じながらもどこか寂しさを織り交ぜたハルドメルの雰囲気を感じ取り、その道筋の苦難を思わずにはいられない。彼女の行動が一つの国を救い、千年続く戦争を終わらせたという驚くべき功績は、エオルゼア中に広まっている。けれど輝かしい英雄譚の中にある個人の感情は、それを間近で見た者か、本人でしか知りえない。
彼女の雰囲気に引き寄せられるように、少し湿っぽくなった自身の感情を切り替えながら、モモディは努めて明るく言った。
「なんでも抱え込んじゃだめよ? まぁ前にも言ったけれど……おばちゃんは人生相談には乗れないの。でも恋愛相談はいつでもオーケーよ!」
「……ふふ、残念だけど、そういう話は全然なくて。でも……」
ハルドメルは目を細めた。小さな海色の瞳が、誰かを想っている。モモディはそれに気付いたが、何も言わずに微笑む彼女の話を聴いた。
「大切な友達は、たくさんできました」
「よ、救国の英雄」
「……わかってて言ってるでしょ、ウ・ザル」
「イシュガルドの方はもう大丈夫なのか?」
「私がやれること今ないみたいだから……アレンヴァルド、こっちは変わりない?」
砂の家へ足を運べば、何人かの暁メンバーがいた。タタルと連絡を取り合い、祝賀会の時に行方知れずとなった仲間を探すための拠点だからだ。二人で行動していることの多いウ・ザルとアレンヴァルドはそちらが主ではなく、定期的な蛮族周辺の警戒、見回りに来ているようだった。
「こっちはこれでも心配してたんだぞ。タタルからの連絡で様子は聴いてたけどさ」
「……ごめんね。色々、あったから」
その瞳が、憂いの色を帯びていることにウ・ザルは密かに眉を顰めた。タタルやアルフィノから送られた報告書で、イシュガルドにおける活動の顛末は粗方承知している。親友だという、一人の騎士を目の前で失ったこともまた。
色々あった、という言葉の中には、彼らの知らない喜びも、悲しみも、数えきれないくらいたくさんあっただろう。その多くを、彼女は今、一つ一つ丁寧に振り返る旅をしている。
「……無理すんなって言っても無駄だろうから言わないけど……これからまた一緒に行動できることも増えるだろ。ちゃんと頼れよ」
「――友達だから、な。ウ・ザル」
「省いたとこを言うなよ……」
照れたように顔を顰めたウ・ザルにアレンヴァルドが笑う。
最近どうも、ウ・ザルのそういうところがわかってきたらしいアレンヴァルドはちょくちょく口を挟む……否、ウ・ザルの言葉に補足をしてくるようになった。ウ・ザルからして見ればハルドメルと同じくらい人のいいアレンヴァルドだが、その逆もまた然り。バランスの取れた二人だった。ウ・ザルが考えていても実行しないことをアレンヴァルドは言葉や行動にできたし、アレンヴァルドの優しさが時折見せる迷いを、ウ・ザルの冷静な判断が導くこともあった。だから今もまたお互いに、言葉にはしなくてもわかることがあった。
「ハル」
二人のやり取りに頬を緩めていたハルドメルに、アレンヴァルドは徐にハグをした。
「え、わっ、アレンヴァルド?」
しょうがないと言うかのように、あるいは照れ隠しのように肩を竦めて、ウ・ザルもまたそれに倣う。突然のことにハルドメルは驚くばかりで、その手は宙を彷徨った。
「……いつも見つけたら真っ先に飛びついてくるくせに、馬鹿だな」
「ハルがそんなんだと、こっちも調子狂うよ」
いつも全身で友との再会を喜ぶ彼女が、今日は軽く挨拶しただけだった。何がそうさせているのか、考えて二人は歯痒い思いをする。
共にいられなかった間にまた歴史に残る偉業を為し、そして深く傷ついただろう友人は、本当は失うことを誰よりも恐れる人だ。それこそ、子供のころからずっと。それは以前、彼女自身が話してくれたことだった。
進まなければという、強い意志でそれを押しのけて進めてしまうだけの人だ。そして今は、自身がやらなければいけないことがふとなくなって、恐れや悲しみと戦っている。別離への恐怖から友達が作れなかったような彼女が、目の前で親友を失った。それがどれ程の痛みか。無意識であろうと、大切な人達から一歩距離を置こうとするのは想像に難くない。
悲しみを消すことはできなくても、せめて寄り添うくらうはできる。湿っぽいのは柄ではないけれど、彼女が自分達を友だと、言葉や行動で示してくれるのと同じくらいに、二人もまた彼女のことを大事な友人だと思っていた。
「……ありがと」
ふにゃりと表情を崩したハルドメルは、そっと二人を抱き返した。
三国を回る中で、立ち寄った場所はいくつもある。
低地ラノシアのレッドルースター農場。グランドカンパニーが運営する新人冒険者のための訓練施設。シルフ達の仮宿。それから――。
「ムーンブリダさんがいなかったら、きっと私達は勝てなかったよ……ありがとう」
彼女が残した白聖石。それが無ければ、アシエン・イゲオルムを消滅させることはできなかっただろう。
アシエン・ラハブレアを破ることができたのは、もどかしいことに蛮神ナイツ・オブ・ラウンドがいたから、ではあるが。
彼女が好きだったというメネフィナマーガレットをサリャクの秘石の前に供える。ここだけではない、東ザナラーンにある『最後の祈祷』。そこに祀られたアーゼマの秘石にも足を運んだ。志半ばで散ってしまった仲間達の元へ漸く、再び祈りを捧げられた。
殺すことに、慣れたくない。別れることにも、慣れたくない。あの日想った事は今でも覚えている。けれど前に進めば進むほど。多くのことを経験するほど。時間が経つほどに、どんな想いであっても擦り減って、いつか消えてしまうのではないか。殺すのも失うのも動じない、ただ道を切り開く、英雄然とした何かになってしまうのではないか。そんな恐れも、抱いていた。
「……全然、慣れそうにないや」
眉根を寄せて、苦笑する。その恐れを抱いたままで良いのかはわからない。けれど、恐れを抱ける自分に、どこか安堵もしていた。ハルドメル・バルドバルウィンは、英雄になりたいわけではないのだから。
遠く、輝くクリスタルタワーと、黙約の塔を仰ぎ見る。そこで眠る赤毛のミコッテと、意識だけは共にある原初の龍は、どんな夢を見ているのだろうか――。
『ただあるのは、すべての死を悼む心だけ……』
病室でエスティニアンが言った言葉を、ずっと忘れられないでいる。再び雪国へと舞い戻ったハルドメルは、クルザス、そしてドラヴァニアの各地へ足を運んだ。
マーチオブアルコンズの時も、竜詩戦争でも、終わらせるために必要だと思ったから戦った。それでもやりきれない想いは、常に影のように付き纏う。自分達も死にたくなかったし、できれば殺したくなかった。最後にあるのは結果だけで、過程にあった犠牲や想いなど、歴史には残らないかもしれないけれど。
(……ううん、違うな)
殺したくて、殺そうとした者達は、いた。親友の命を奪った男の、幻体とは言え、心臓を貫いた。止めを刺すことができなかっただけで。
すぅ、と冷えた空気を肺に送り込む。吐き出す息は白く、そして消えていく。
彼らにも家族はあって、自分の考えがあったはずで。だがその魂はエーテル放射で焼かれ、教皇の望むまま動くよう、テンパードにされていた。教皇もまた手段こそ間違っていたが、イシュガルドを救いたいと思っていたのは本当だった。
あれだけ憎んだはずなのに、終わってみれば、ただ失ったものの多さに途方に暮れるばかりだ。多くを奪ったし、失った。そんな自分でも誰かの死を悼むのは、許されるのだろうか。
「過去から教訓を学ばないのは、愚かだが、過去ばかりに引きずられるのもまた、愚かってものさね」
相変わらず的確な言葉ばかり言う人だと、年老いた魔女を前にしてハルドメルは笑う。それは自らの意志を貫く、人に流されない強さの証左であるようだった。――ヤ・シュトラに言わせればそれは、『頑固者』の一言になるらしいが。
「忘れないように振り返りたいんです。旅の話を伝えたい、友達もいるから」
「……ふん、人の記憶なんて、そう簡単に忘れられるもんじゃないよ。お前みたいに若いなら尚のことさ。忘れたいというのなら話は別だがね」
「でも、」
「くどい子だね、前を見る覚悟はもう決まってるんだろう。こんな年寄りにかまけてないでさっさと行きな! おちおち紅茶も飲めやしない!」
「ふふ……はい」
マトーヤはハルドメルの周りにいなかった性質の人だった。厳しいことも言う人だが、彼女のことを苦手だと思ったこともない。寧ろ好いてすらいる。言葉は強くても、そこに思いやる心がある人だから。――強くあるために、大切なものをホウキに預けた人だから。
魔女に別れを告げた後も、旅は続いた。だがこの旅にも、果てはある。
最後に訪れる場所は、決まっている。
キャンプ・ドラゴンヘッドには少し顔を見せた。皆相変わらずで、時には支え合い、主を失った悲しみを抱きながらも、笑って過ごしていた。
きっと喜ばれます。そう言って送り出され、丘の上を目指していた。たどり着いたその先に若草色を見つけて、ハルドメルの足は速まる。
「……フランセル」
「ハル……なんとなく、君が来るような気がしてね」
二人で並んで、親友の慰霊碑に祈る。思えばこうして顔を揃えるのは、ハルドメルが邪竜討伐に行く前以来だった。
「すごく、久しぶりな感じ」
「そうだね……アートボルグ砦群の周辺もドラゴン族との小競り合いはあって、なかなか離れられなくて……フォルタン家にも何度か足を運んだけれど、君はいつも不在だったから」
片膝をついたフランセルの表情は、ハルドメルからは伺い知れない。
肩が震えるのは、寒さのせいだけではない。
「……ごめん、フランセル」
「……何がだい」
「私は……もっと、早く……あなたに会うべきだった」
「……そうだね」
ぐ、と声が震えそうになるのを堪える。彼と顔を合わせることから、逃げてきたから。泣くのはもう、ここで終わりにしたいから。
「――私が、死なせた」
「……うん」
「私が、ころした……」
「…………そうだね」
「わたし、の」
「そうだよ」
ひゅ、と喉が鳴る。
「――全部、君のせいだ」
零れた吐息は、後悔で、安堵で――感謝だ。
ここにくれば謝ってばかりで、きっと親友は呆れているだろう。そう思いながら。
「ごめんなさい……」
「どうして、助けられなかったんだ……っ」
「ごめん、なさい……っ」
「君ほど強い人が、どうして……ッ !!」
「ッ……」
言葉は全て涙に変わる。突き刺すような言葉は、全部、彼女が欲しがったものだ。
フランセルはゆっくりと立ち上がると、泣きじゃくる子供のような友を抱きしめた。自分自身も、嗚咽を零しながら。
「……ぼくの、親友を……返して、くれ……ッ」
「ぅ……ぅ……」
――誰も、責めて、くれなかった。
彼を知る街の人も。彼を敬愛する部下達も。肉親ですらも。
誰もかれもが言った。真綿で首を絞めるような優しさで。
『あなたのせいじゃない』
違う。違う。違う。
全部、自分のせいだったのに。
気付くのが遅かったから。弱かったから。
なのに、どうして。
どうして。
誰か、
『――全部、お前のせいだ』
だから、あの時。
あの女性が言った言葉に、安堵、してしまった。
偶然かもしれない。運がよかっただけかもしれない。
行く先々で与えられたのは、感謝と賞賛ばかりで。
違う、違うのに。
だから、あの騒ぎを起こした人達を、責めることなどできなかった。
彼らは、責めてくれたから。何が英雄か、と。
「……、いで……わ、わたし、を……ゆるさ、ないで、フランセル……っ」
「うん……っ……うん、許さない……僕は、ゆるさないよ……、だから」
だから、どうか、もう。
「自分を、傷つけるのは、やめてくれ……」
泣いている。
一人の少女が泣いている。
「君も僕の……大事な、親友なんだから……」
戦う力がないことを悔やんだ。二人について行けない自分が情けなくて。
自分自身の、彼女自身の、傷に向き合うのが怖くて。
――もっと早く会いにくるべきは、自分だったのに。
「……ひとりに、して……ごめん……ハル……ッ」
きっと誰も、責められない。目の前で親友を失った人を、どうして責められよう。
オルシュファンの親友で、ハルドメルの親友であるからこそ。
彼女の望みを理解でき、望む言葉を与えることこそ。
戦う力のなかったフランセルが、この戦争でできる、唯一無二の役割だった。
「一人で、平気かい?」
「うん。ありがとう、フランセル」
もう、何度目かわからない感謝の言葉。泣きはらした目で、それでも優しく微笑んだ友に頷いて、フランセルはそっとその場から離れた。
冷たい風が、今は少し心地いい。
晴れた空の下では、イシュガルドの姿がよく見える。ハルドメルは一度目を閉じて、友の微笑みを思い浮かべた。
「私が今、ここにいるのは……あなたが命をくれたから」
貫かれた痕が生々しく残る盾。きっと見るたびに、あの日の痛みを思い出すだろう。
「だから……この心臓は、あなたの心臓」
胸に手を当てれば、鼓動を感じる。ここには、二人分の命がある。
「この目で見ることも、この耳で聞いたことも、肌で感じたことも――全部、私のもので、あなたのもの」
だから世界を見てくるよ、と彼女は言う。あなたの代わりに全部、見て、聞いて、感じたものを持って帰るから。
「――前に話した、絵本の話。覚えてる?」
答えが返ることはない。それでもハルドメルは、彼が微笑んで、頷いたような気がした。
「海の話以外にね、もう一つ印象に残ってる言葉があるんだ」
内緒話をするように、少し声を潜める。くすりと笑った顔は、でも、少しだけ寂しい。
「……『思い出は優しいから、甘えちゃだめなの』」
ハルドメルは膝をつく。その碑に触れて、額を付けた。
「だからちょっとだけ、置いていくね。連れて行くと、また泣いちゃいそう」
それはただの、おまじないのようなものだ。マトーヤから何かを習ったわけでもない、そうしたいと思っただけのことだ。
けれど立ち上がった時、少しだけ、軽くなったような気がした。
「ここに戻って来た時は、思い出させて。ここにいる時は――ただの、あなたの友だから。……めそめそするのは、これでおしまいっ」
ね、と笑う表情は、オルシュファンが愛してやまない友のそれだ。オルシュファンが願ったのは友の笑顔で、ハルドメルの願いもまた、友と、その大事な人達の笑顔だから。
「いってきますっ」
黒羽のチョコボに軽やかに飛び乗って。その姿は、あっという間に見えなくなるのだった。