(……やっぱり、なんか……)
ウ・ザル・ティアは不思議だった。最初はとても、とても僅かな違和感ではあったのだが、それは今彼の中でほぼ確定事項になっている。
「いたいたウ・ザル。蛮神タイタンが召喚された話は聞いた? これから調査に行くんだけど……戦うことになったら手を貸してくれないかな」
「そうしたいけど、また帝国軍が領内に近づいてきたってシルフ達が怯えてるから、しばらく見張りと護衛をしてほしいって依頼受けてて……アレンヴァルドと一緒に」
「そっかぁ……ウ・ザルは目がいいからそういうのは引く手数多って感じだよね」
彼女は――ハルドメル・バルドバルウィンは少し残念そうに笑った。
蛮神イフリートを倒し――それまでも色々と話題にはなっていたらしいが――一躍して注目を浴びるようになった人。英雄だと持て囃す人々もいる中で、本人はどうも自身の功績に実感が伴わないようだった。曰く、困っている人達の依頼を受けていたらこうなってた、と。
「ちょっと前にシルフの調査に行ったばかりだろ。ほいほい受けてると身体がもたないぞ」
過酷な砂漠地帯で生きてきたウ・ザルにとって、必要な休息を取らないことは死につながるのだということが身体にも思考にも刻み込まれている。自分にできることならと、必要とあらばすぐ飛んでいってしまう彼女のやり方はあまり褒められたものではない。
「休みはちゃんと取ってるよ。心配してくれてありがと」
少し照れたように笑って、ウ・ザルの頭をくしゃりと撫でた。
「子供扱いやめてよ……」
「あ、ごめん、そんなつもりじゃ」
彼女は、行商人の両親と共にずっと旅をしながら暮らしていたと聞く。愛されて育ったのであろうことも、彼女の人柄を見れば明らかだ。だからこういった頭を撫でるようなことも、男女問わず躊躇なくハグをするのも、彼女にとってはごく自然な動作なのだ。
それはウ・ザルも頭ではわかっている。嫌、というわけではないのだが、温かな触れ合いにあまり馴染みがなかった彼にとっては、ただ単純に面映ゆかった。だから、こういうのは照れ隠しだ。
「あんまりやると敬語で話しますよハルさん?」
「うぅ……」
「ガキなのは事実だろ」
「アバは黙っててくださいね !?」
「ハル、男はいくつになってもガキで照れ屋なのよ。あまり気にしないこと」
「喧嘩売ってんのかオリ」
「あらぁ、ガナリ屋はガキの自覚があるってことね?」
バチバチと火花の音が聞こえそうなほど睨みあう二人を、年下の二人がまあまあと嗜める。
そんな光景に周りにいたメンバーも笑った。
ハルドメルがウ・ザルに視線を向け、もう一度小さく「ごめんね」と言った。ウ・ザルが苦笑して肩を竦めると、彼女も小さく笑う。それから。
(あ、また……)
ほんの僅かな違いが、ウ・ザルにちょっとした悩みを与えていた。
他の者と接している時にはない。ウ・ザルにだけ、時々ではあるが見え隠れするそれ。
嬉しそうな。眩しそうな。ウ・ザルを見てほんの少し、目を細める。そんな仕草が。
「なんだと思う?」
「俺に聞かれてもなぁ……」
暁の血盟の中でもウ・ザルと年が同じで、任務も度々一緒にこなすアレンヴァルドという青年は、唐突な質問に困ったように眉根を寄せる。彼らは同い年で話しやすいということもあったが、アレンヴァルドは剣を手に前へ、ウ・ザルは弓を手に後方から戦うため、任務でも相性が良かった。故に今回もシルフ領の護衛を共に任されている。
「まぁ……言われてみれば確かにそういう感じはある……かな」
「そうだろ? なんかすごい気になって……」
双蛇党の隊員と交代しシルフの仮宿へ休憩に来た二人は、近くに張らせてもらったテントの前で思案する。
「なんなんだろうな。うれしそうっていうか……なんと言うか……」
「……例えば、だけど……弟に似てる、とか……」
「……弟の話なんて聞いたことあるか?」
「ない。ご両親の話はちらっと耳にしたくらいだな」
「だよなぁ……でも雰囲気的にはそれが近いんだよな……」
「……うーん……恋人、とか」
「……なぁアレンヴァルド……俺今から失礼なこと言うけど絶対本人に言うなよ」
「何だよ……」
「ハルに恋人いると思う?」
「思わない」
「だよな」
アレンヴァルドでも即答する程度には、その認識は共通のようだった。
話題にしているハルドメル・バルドバルウィンという人は、成人した女性である。ルガディンらしい立派な体躯を持ち、危険な任務をこなす力もある。誰よりも前に立ち、敵の注意を引き付け味方を守る姿は頼もしく、男性から見ても『格好いい』と評せる人だ。そして好物は甘い物――特にアップルタルトを好んでいるという普段の勇ましさとはまた違う一面もある。――のだが。
「なんか……想像できないな」
「うん……」
彼女には不思議とそういった、誰かと交際するような気配が感じられなかった。正直なところ微塵も感じられなかった。英雄として名が知られてきて、街中で流行りもの好きな若い女性達から黄色い声を上げられているところを見たことはあるが、男性から声をかけられているところは少なくとも二人は見たことがない。然程付き合いが長くないと言えばそれもそうだが。
魅力のある人であることは間違いないのだ。ただ、なんというか。そう、例えて言うならば、男性陣がしょうもない下ネタで盛り上がっているところに彼女が来たら、なんだか申し訳ないことをしたような、罪悪感を抱いてしまうような――。
「……なぁ、なんの話してたっけ?」
アレンヴァルドの言葉にはっとする。すっかり話が逸れてしまった。
「ええと……だから俺を見る目が他となんか違うよなーっていう……」
「あぁ……そうだった」
この後も二人で考えてみたものの、結局しっくりくる答えは出てこなかった。
悪い出来事というのはいつだって、唐突にやってくる。
ウ・ザル・ティアという青年が、一族の大事な成人の儀式の最中に倒れてしまったのがそうだったように。
シルフ領の護衛任務から一旦帰還するため、ベスパーベイへつながる足跡の谷を歩いていたウ・ザルの耳は、砂の家の方向から異様な音を感知した。
「……アレンヴァルド」
「……どうした?」
「様子がおかしい」
いつでも戦えるようにと伝えると、アレンヴァルドの表情にも緊張が走る。
(……! また……!)
それは銃撃の音。戦闘の音。
アレンヴァルドと共に走る。腹の底がじりじりと焼け付くような焦燥感。まだ入って日が浅い身ではあったが、狭い集落の中でしか生きたことのなかったウ・ザルにとって、彼らは間違いなく寝食を共にし、多くのことを教えてくれた仲間だった。
砂の家の地下へ通じる扉の前に立てば、叫び声が聞こえて心臓が早鐘を打つ。すぐ傍に人の気配がないのを確認し、そっと扉を開けた。
「ッ……」
酷い光景だった。いつも警備をしていた人達が、あちらこちらに倒れている。
その先、暁の間に続く扉へと帝国兵達が入っていくのが見えた。
「あ……あいつら……!」
「待てアレンヴァルド……!」
怒りに――否、恐怖も入り交じりながら拳を震わせたアレンヴァルドを制止する。――と、いつも皆と過ごしていた部屋の方から小さな影が転がるように飛び出してきた。
「ハネコ・ブンネコ…… !?」
「あ、あんたらも今すぐ逃げろ!」
暁と取り引きをしてくれていた雑貨商人だった。死に物狂いといった様子で階段を駆け上がっていく。剣戟の音が、部屋から聞こえた。
「アバ……オリ……!」
居ても立ってもいられなくなったアレンヴァルドが中へ踏み込む。慌ててそれを追えば、開いた扉からまた一人が飛び出していった。
扉の近くでアバとオリが戦う様子。倒れた人影。少し奥の方に捕らえられた賢人達の姿が見えた。
「……!」
アバが気配に気づき、驚いたように二人の方を見た。そして勢いよくその扉を閉める。帝国兵をまだ行かせまいと、その前に立ちはだかる。
「あ、アバ……!」
「おーっと悪いな坊主共。こいつらは俺の獲物でね。邪魔しないでもらえるか!」
「あーあーもう、狭くて戦い辛いったらないわね!」
「オリ!」
ウ・ザルは理解する。こと戦闘においては、アレンヴァルドよりも彼の方が経験が上だ。だからわかる。ここで自分達が加勢したところで、無意味であると。
歯噛みする。彼らは今全力で、命を賭してまだ無事な者達を逃がした。ならば――今自分達にできることは一つしかなかった。
「……行こうアレンヴァルド……!」
「……、で、でも」
「ウ・ザル! あんま火遊びしすぎんなよ!」
「……ッ……肝に銘じます……!」
「アレンヴァルドもちょっとは遊び方を覚えなさいよ!」
「……っ」
ぐずぐずしていたら暁の間へ行った帝国兵達に気づかれてしまう。
自分より大きなアレンヴァルドを引きずるように引っ張る。決して後ろを振り返らないようにしながら。
「……さすがにカッコつけすぎたかぁ?」
「ガナリ屋にしてはよかったんじゃない? 最後の相手があんたなんてごめんだからあたしは生き残るつもりだけど」
「こっちだって願い下げだ。俺には可愛い嫁さんがいるんでな」
「何それ初耳。聞かせなさいよ」
「生きてたら教えてやるさ」
物騒な物音が収まり住人達が集まってくる前に、ちょうど出発直前だったリムサ・ロミンサ行きの船に飛び込んだ。
二人とも、何も言えなかった。本当にこれでよかったのか。何かできたのではないか。そんな考えばかりが頭を巡る。けれどあのままあそこにいて、アバとオリが守ろうとしたものを無駄にしたくもなかった。
「……くそっ」
ただ今は、生きるしかない。
リムサ・ロミンサについた二人は冒険者ギルドを頼った。顔役のバデロンとは暁を通じて繋がりがあったことが幸いし、しばらく『冒険者』として世話になることになった。
二人は暁に入ってまだ日が浅く、周囲にはあまり顔が知られていないことも大きかった。
砂の家が襲撃されたというセンセーショナルな話題は、一日とかからず瞬く間にエオルゼアに広まる。未だ解決しない蛮神問題を担ってくれていた組織が陥落したとあっては民衆が無関心なわけもなく、あることないこと様々な噂が飛び交っていた。真偽は不明であるが、一部の賢人や特別な力を持つものが帝国軍の基地へ連行された――という話もあった。
「こういう時にこそ発動しろって感じだよな……『超える力』……」
「本当に……」
唐突に見せられる過去視には二人ともあまりいい思い出はない。ウ・ザルにとっては人生が一変したと言っていいほど最悪のタイミングで発動したのだから、忌々しいことこの上なかった。必要な時に見せてくれないなら、なんのための力だというのだろうか。
「おい聞いたか? 暁の……英雄をクルザス方面で見た奴がいるってよ」
「英雄は生きてるのか !? なら蛮神問題にも少しは希望が……」
「いくら強いったって一人しかいないんでしょ? 暁は殆ど死んだか連れていかれたって話じゃない」
ギルドや酒場は様々な情報や噂話の宝庫だ。すぐ傍から聞こえてきた会話に二人は目を見合わせる。
「……アレンヴァルド、リンクパールはどうだ?」
「……まだ、つながらない」
エーテルの乱れなのか、ここ数日リンクパールはうまく機能してくれていなかった。『冒険者』としていくつか依頼を受けながら情報を集めていたが、なかなかこれといったものにも出会えず、通信手段も今は当てにならない。先の見えない不安は焦りを生む。帝国の動きはあれからない。追っ手がいないなら少しは動けそうだと判断し、ウ・ザルとアレンヴァルドは遠出の準備を始めた。
一度は戻ってきてしまったが、せめてもと手紙を出しに行く。まだ新米らしいモーグリは頑張るクポ! と息巻いている。そのモーグリが、ふと二人のつけたリンクパールを見て首を傾げた。
「クポ……それどうしたクポ?」
「どうしたって……何がだ?」
「シルフのおまじないがかけられてるクポ。それじゃ使えないクポ?」
「はぁ !?」
思わず素っ頓狂な声が上がる。この大事な時にシルフの悪戯なんて、本当に間が悪い。
「あ、あいつら恩を仇で返しやがって……」
「遊べって騒いでる時相手しなかったせいかな……」
「おいモーグリ、お前はそのまじないって解けるのか?」
「クポォ !? モグには無理クポ! できたとしても今度はモグが悪戯されちゃうクポ~ !!」
「あぁもう……! 行くぞアレンヴァルド!」
すぐさま黒衣森に向かう。シルフの仮宿に到着すると、見張りをしていた双蛇党隊員がぎょっとした顔で近づいてきた。
「き、君達無事だったのか! よかった……暁は英雄以外死んだか捕まったものかと……」
「すみません、本当は戻ってくる予定だったのに……」
「それどころじゃなかっただろう! あぁ、でもよかった。暁はまだ終わってはいないのだな……双蛇党本部に連絡しても !?」
「……いや、それはまだ……待ってください」
「下手に噂が広まったら、逃げられた奴らもまた帝国に狙われるかもしれないもんな……ハルの……英雄の話は何か知りませんか?」
少し興奮気味だった隊員は落ち着きを取り戻し、ふむと記憶を探るように顎に手を当てた。
「先走ってすまなかった。英雄殿かはわからないが……少し前にクルザスとの境目……北部森林で飛空艇の情報を探っている冒険者がいたと聞いた。もし英雄殿だったら、嵐神ガルーダに挑もうとしているのかもしれない。つい最近召喚の兆候ありと伝達があったからな」
ガルーダはエーテルを乱し、風が荒れ狂う嵐の中心にいるという。なるほどそれならば、そこに向かう手立てを探すのは理に適っていた。ならば尚のこと早く連絡を取らねばと、シルフ達の方を見る。――と。
「ご、ごめんなさいでふっち~」
二人が何故ここに来たのかをわかっているのか、泣きながら近づいてくるシルフがいた。
通常でも少々分かり辛いシルフ語で、嗚咽混じりで話すものだからいまいち要領を得なかったが、双蛇党隊員によれば砂の家にいたノラクシアというシルフが先の襲撃に巻き込まれて死んでしまったのだと。その亡骸を、冒険者がここへ連れてきたのだと。
「その日は私の担当ではなくて、直接会ったわけではないのだがな……」
「きっとわたぴがイタズラしたから、皆やられちゃったんでふっち。ノラクシアも……」
ウ・ザルもアレンヴァルドも顔を見合わせる。文句の一つでも言いたかったが、仲間を失って傷ついたのは、彼らもまた同じだった。仮にリンクパールが使えたとしても防げるような出来事ではなかったのは明らかで、さめざめと泣くシルフの頭をそっと撫でた。
「お前のせいってわけじゃない……けどこれがないと本当に困るんだ。直してくれるか?」
こくこくと頷くシルフは、二人のリンクパールに触れる。淡い光に包まれ、すぐに消えていく。
「ほんとうにごめんなさいでふっち……もうイタズラしないでふっち……だから……ノラクシアのかたきを取ってほしいでふっち!」
「……俺達も帝国には大事な用があるからな」
アレンヴァルドが拳を握りしめる。今すぐどうこうできるような相手ではないが、いずれは自分達も刃を交えることがあるだろう。そのためにも今は、なんとか暁のメンバーと連絡を取らなければならない。
「っうわ」
突然手の中にあったリンクパールが鳴り始めた。シルフのまじないが解けた途端これでは、今までも何度も鳴らされていたのだろうか。慌てて耳に近づけると、久しく聞いていなかった声が聞こえた。
『つながった !? もしもし !? ウ・ザルなの !?』
「ハル……! あぁ、ウ・ザル・ティアだ、アレンヴァルドも一緒だ!」
リンクパールの向こうから、ため息とも呻きとも取れるような、感極まった吐息が聞こえる。ウ・ザルはアレンヴァルドを見て笑って頷いた。アレンヴァルドも安堵したように頷き返す。
『よかった……二人は無事だったんだ……ほんとに……よかった……』
聞けば彼女は、タイタンを討伐して砂の家に戻った時、帝国軍が去った後の惨状を目の当たりにしたという。その上、一人で皆の埋葬まで手伝ったのだ。いくら強くあろうとも、不安だっただろうことは容易に想像がつく。まずはお互いの無事を喜び、現状の話をしようと思った、その矢先。
「ッ…… !!」
「お、おいウ・ザル……!」
『何! どうしたの!』
どくりと心臓が波打った。頭痛のような眩暈は覚えがある。二人の声が遠のく中で、やはり厄介な力だと悪態をつきたくなった。
――それは、ほんの一瞬の白昼夢。
「――――ッは」
「あぁ、俺達は大丈夫……ウ・ザルも気が付いたみたいだ。……ただの過去視、だと思う。……大丈夫だって」
仰向けに寝かされていたウ・ザルは、呆然と空を見上げた。アレンヴァルドの声も碌に耳に入らない。たった今『過去視』で見た光景を、反芻して。
(……なんで……)
生まれて間もない赤ん坊。まだ子供の兄二人が、それを水に投げ捨てようとして。
(……なんで、……)
女の子が。オアシスでは見ることのない、不思議な黒い肌をした女の子が、その赤ん坊を助けてくれて。
過去視は時に光景だけではなく、その時いた人物の感情や感覚までも共有することがある。
――息が止まりそうなほど、恐ろしく冷たかった。何もわからなくて、怖くて、怖くて、それでも必死で。
『――元気そうで、よかった』
ウ・ザルは震える吐息をそっと吐きだした。太陽が眩しくて、片手で目を覆った。
あの言葉の意味も、自分だけに向けられる眼差しの意味も。ばらばらだった欠片が、つながっていく。
(……言って、くれれば、いいのに)
私は命の恩人なんだぞと、胸を張って言ってくれたら。きっとタイタンとの戦いだって、何よりも優先して駆けつけたのに。
「……わかった。こっちは捕まった皆の情報を探ってみる」
「――アレンヴァルド」
「どうした?」
「代わってくれ」
ウ・ザルは寝転がったまま片手を伸ばす。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だから」
顔を覆う指の隙間から僅かに見えた目が少し赤いような気がして、アレンヴァルドは心配した。だが大丈夫だという友人の言葉を尊重し、後で話を聞こうと思いながらリンクパールを渡す。
『……ウ・ザル? 大丈夫? 過去視だった? 困るよねあれ、急に来るから……』
「ハル」
『うん?』
声が震えないように、一呼吸置いて。
「……俺は、大丈夫だよ」
『うん』
「俺は、元気だよ」
『うん、元気ならよかった!』
きっと彼女は笑っている。そしてまた、あの眼差しをしているのだろう。
言わないなら、こっちも言わない。これでお相子だ。もしいつか知った時、盛大に照れてしまえばいいんだ。ウ・ザルは心の中で小さく舌を出す。彼なりの、意趣返しだった。
「……ガルーダを討伐するんだろ」
「うん、もうすぐ飛空艇が見つかりそうだから、準備ができたら」
「その時は、絶対呼んでくれ」
蛮神と戦おうとすれば、普通の人間はテンパードになってしまう。けれど、ハルドメルやウ・ザルのような『超える力』を持った者は、それを免れられる。力を持たないが故に蛮神との戦いについて行けないと歯噛みする者もいる中で、ウ・ザルは彼女と並んで戦うことができる。
ウ・ザルにはこれといって人に自慢できるような特技はない。炊事や読み書きなど一通りはできるが、できるだけであって大したことはない。
そんな彼がハルドメルの役に立てるとしたら、『戦う』ことくらいだ。
人生を一変させてしまった、厄介で忌々しい力だと思っていた。
それでも彼女が向かう戦場について行くことができるのなら、この力も悪いことばかりではないのだと、そう思える気がした。
「絶対行く。足手纏いになんかならないから」
『……うん、ありがとう。頼りにしてるよ!』
通信を終えると、アレンヴァルドが隣に座った。
「……何視たんだ?」
「…………命の恩人」
アレンヴァルドはしばらく黙って思案していたが、何かに納得したように「そうか」と言った。
「……強くなりてー」
「……俺も」
同意してくれた友人に、ウ・ザルは漸く笑った。