「なんか色々……恥ずかしいとこ見せちゃった」
「何を言う。お前の話を聞けて嬉しかったぞ」
今度こそホワイトブリムに向かおうと、ハルドメルは身支度を調える。ヤエルとコランティオも、オルシュファンと共に見送りについてきた。
「また来てね。いつでも歓迎するわ」
「ありがとうございます」
嬉しそうにはにかんだハルドメルにつられるように、三人もまた微笑んだ。レンタルチョコボに跨がると、その頭をひと撫でしてオルシュファンへ視線を向ける。
「じゃあ、今度こそもう行くね。オルシュファン……さん」
「む?」
「き、急に年上を呼び捨てはちょっと……難しい、かも。あはは……」
「フフフ、では次会う時を楽しみにするとしよう」
まだ少しぎこちないやり取り。もっと早く――子供のころにちゃんとできていればとは彼女も思うけれど。
「また来るね。…………」
シュファン、と。
小さく発した言葉にオルシュファンが反応するより早く、ハルドメルはチョコボを走らせる。その頬は朱に染まって、口元には笑みが浮かんでいた。
「……ふふ、なんというか」
「とても、微笑ましい方ですね」
「……そうだな」
走り去るチョコボと彼女の背を見つめる表情は、フランセルに対するそれとよく似ていた。
(恥ずかしい……)
チョコボを走らせながら、早鐘を打つ心臓を宥める。初めて友と呼んでくれた人。何も言っていないのに、ハル、と親しみを込めて呼んでくれた人。だから思い切って呼んでみた愛称。それはとても照れ臭くて、でも。
(……うれしい)
初めて友と呼んでくれた彼に答えを返せたことが、こんなにも嬉しくて、温かい気持ちで満たされる。暁の仲間達も、きっと友と呼べる存在なのだろう。ハルドメル自身が気付けなかっただけで。
皆と再会できた時は、改めてその名を呼ぼうと思った。今度はちゃんと、友達として。
――アルフィノには合流早々「遅いじゃないか!」と大層怒られてしまったけれど。
要塞ストーンヴィジルに眠っていた飛空艇は、五年もの間手入れをされなかったとは思えない状態だった。設計者たるシドがいるとは言え、手持ちの道具で少し整備をしただけで再びその身は大空へ舞う。それは彼が天才と呼ばれることの証左だった。
真っ白な雪に覆われたクルザスの大地を上から見下ろす。グリダニアに向かうためにキャンプ・ドラゴンヘッドの上は通らないものの。
(見えてるかな)
二人のおかげで見つかったよ、と思いながら景色を眺めていると、アートボルグ砦群のそばで若草色を見つけた。手を振ってみれば、振り返したように見えて口元が綻ぶ。
(……そっか)
フランセルに、もっと気楽にと言われた時のことを思い出す。友達になろうなんて言わなくても、人は勝手に絆を結んでいく。言わなくても、そこに信頼があるのなら。だから、フランセルもきっと。
誰のことをも友と呼べなかったのは、結局信頼できなかった、自分のせいだ。見た目で怖がられるだとかすぐお別れになるからなんてのは理由の一つにすぎなくて、自分から踏み出す勇気がなかっただけ。それがわかってしまえば、何だか気が抜けたような、肩が軽くなったような気にすらなる。
(ふふ、冒険に出るのは即決だったのにね……)
初めて友と呼んだ人には、この上なく情けなくて恥ずかしいところを見せてしまった。でも、だから多分大丈夫。
(次はいつ会えるかな。会えたら何を話そうか)
遠く離れていくクルザスから視線を外さないまま、思いを馳せる。もう親についていくだけの子供ではないから。自分の足で、会いに行けるから。
チョコボキャリッジから降りたウ・ザルとアレンヴァルドは、御者に礼を言ってグリダニアに入った。ウ・ザルにとっては冒険者になるために砂漠を飛び出て、最初に世話になった街でもある。砂の家襲撃からしばらくの間は帝国から身を隠すように過ごしていたため、日数以上に久しく感じた。
「カーラインカフェだったよな?」
「ああ、飛空艇もここのランディングに停めてるとか」
アレンヴァルドに促され、二人でグリダニア入り口すぐにあるカフェを目指す。ここの顔役、ミューヌにも随分世話になった。中に入れば早々に気づいたミューヌがカウンターから出てくる。
「ウ・ザル・ティア! 久しぶりだね……バデロンから話は聞いていたけど、こうして実際に会えるのは嬉しいよ。君達が無事でよかった」
「ありがとうございます、ご心配をおかけしました……色々あったけど、俺達はまだやれることがあるから」
「あぁ、聞いている。彼女と待ち合わせしているんだろう? そろそろ来ると思うが……」
「っ……ウ・ザル! アレンヴァルド!」
噂をすればと言うやつなのか、二人の姿を見つけた彼女が足早に駆け寄ってくる。蛮神や帝国との戦いで目覚ましい戦果を上げ、光の戦士の再来だなんて言われているその人――最も、本人はそんな大したことはしていないと思っているようなのだが――は、喜びを露わにして二人をまとめて抱きしめた。
「おわっ」
「むぐっ」
「よかった……! 二人とも無事でほんとによかった……!」
その人、ハルドメル・バルドバルウィンはルガディン族の女性である。大柄なその種族らしく身長は二ヤルムを優に超える。ハイランダーを親に持つアレンヴァルドもかなり背が高いのだが、その彼でも彼女の肩までしかなく。ミコッテ男性の平均身長よりも小柄なウ・ザルはさらに低く、彼女の胸元までしかない。
つまり、端的に言うと。
(柔……)
(でっ……か……)
ルガディン族は身長だけでなく、筋肉であったり他も色々と発育が良く――否、そんなことを考えている場合ではないのはわかっているのだ。だが健康な十九歳男性の二人にとって、彼女をそういう目で見たことがないにしても、その感触を意識するなというのは到底無理な話である。
「「……」」
二人は無言でチラとお互いに目を合わせた。そう、お互い無事を喜んでいるだけで、やましいことは決してない。多分。
先に口を開いたのはアレンヴァルドだった。
「ハル、あの、ちょっと苦しい……」
「あっ! ご、ごめんね……嬉しくてつい」
無自覚なのか無頓着なのか、気にした様子もなくアレンヴァルドの言葉を額面通りに受け取ったハルドメルはぱっと体を離した。柔らかな感触が離れた後に出た二人の吐息は安堵なのか惜しむ気持ちなのか。それはさておき、と気を取り直し、ウ・ザルは現状を確認する。
嵐神ガルーダは既に召喚されている。まだ大きな被害が出ていないのは不幸中の幸いだが、イクサル族は方々でクリスタルを狙い襲撃を繰り返している。ガルーダに捧げ、更なる力と暴虐の嵐を広げるためだ。
「そうなる前に大本を叩くってことだな」
「嵐神ガルーダはエオルゼアで知られている蛮神の中でも特に好戦的で凶暴だ。奴を倒せば他の蛮族達に与える影響も大きいだろう」
「……」
ウ・ザルはなぜか場を仕切っているアルフィノを一瞥し、こいつ誰……? という視線をアレンヴァルドに向けるが、アレンヴァルドも同じく困惑した顔で肩を竦めた。
「二人ともまだ面識なかったかな? アルフィノも暁のメンバーだよ。アルフィノ、二人は……」
「ウ・ザル・ティアとアレンヴァルド・レンティヌスだね。大丈夫、暁のメンバーの名前と特徴は把握しているさ」
「おぉ、さすが」
「「……」」
二人はアルフィノと呼ばれた少年になんとも、なんとも言えない微妙な気持ちを抱く。悪い人間でないのはわかるのだが、なんとも。
「アルフィノはいい人だよ! 賢すぎて私みたいな冒険者にはついていけないこともあるけど……」
「……それは、うん」
「なんとなくわかる……」
現状の再確認をし終えると、アルフィノは精霊評議会に話があるといってカーラインカフェから出て行った。アルフィノの雰囲気や身なりからも育ちがいいのは一目でわかり、出自が色々と複雑な二人にとっては苦手意識を抱いたとしても無理からぬことである。環境が違えば、価値観や物事の見え方も違ってくるものだ。
「でも二人のほうが年が近いし、話したら案外気が合うかも」
屈託なくそう言われて、ウ・ザルもアレンヴァルドも顔を見合わせて笑う。ハルドメルも二人からしてみれば十分に育ちがいいが、こうして親しくしているのだからその言は強ち間違いでもない、のかもしれない。
話も一段落し、シドの飛空艇の調整は明日で終わる見込み。決戦は明日だ、今日はゆっくりしよう! と言ったハルドメルは、カーラインカフェ特製のアップルタルトに舌鼓を打っていた。黒衣森で採れるりんごの甘酸っぱさは、ラノシアの柑橘系フルーツを食すことの多かった子供の頃の彼女にとって衝撃的な美味しさだったという。故に今でも、母が作ってくれたアップルタルトが一番の好物らしい。
「そんなに美味いのか?」
「美味しいよ! 二人も食べる?」
ほら、と自然に切り分けたものを差し出すあたりに彼女の性格がよく表れている。甘い物は得意じゃないと断ると、気にした風はなく彼女はアップルタルトに視線を戻した。
男二人はミューヌが入れてくれた薬効ハーブティーを飲んでいる。特にリラックスできる香りを選んだという彼女の言う通り、ふわりと広がる香りは心地よく、砂の家の襲撃以降緊張した日々を送っていたウ・ザル達も、漸く気を緩められた。
うるさいという程ではない、ざわざわとした人々の話声や気配。窓から入る暖かい陽射しと、水のせせらぎ。こんなに穏やかな時間を過ごすのはいつ以来だろうと、三人が同じことを考えた。
そういえば、とウ・ザルは再会してからずっと気になっていたことを口にする。
「……なんとなく、なんだけど、ハル」
「うん?」
「なんかちょっと、雰囲気変わったか?」
「……そう?」
はて、と首を傾げる彼女の斜め前の席で、アレンヴァルドも同意するように頷いた。
「……それは俺も、ちょっと思った」
「……そう?」
はて、と今度は逆方向に首を傾げる。一口に変わったと言ってもそれを言葉にするのは難しい、とウ・ザルもアレンヴァルドも考え込む。
「なんというか……今までもだったけど、前より柔らかくなったというか…………いやごめん、今のは失言だ、忘れてくれ……」
「?」
「アレンヴァルド……」
「言うなウ・ザル……」
「いや言いたいことはわかる……うーん……なんだろう、一回り大きくなったみたいな……待って俺も失言かもしんない、忘れて……」
「?」
疑問符を浮かべるばかりのハルドメルの前で、健康な十九歳男性二人はうっかり蘇ってきた先ほどの感触に頭を抱えた。
「……変わった……かはわからないけど」
煩悶する二人をよそに、ハルドメルは砂の家襲撃以降を振り返って、呟く。その口元は嬉しそうに緩く弧を描いていて、ウ・ザルもアレンヴァルドも顔を見合わせた。
「……クルザスでなにかあったのか?」
「えっとね……」
訊ねれば彼女は照れ臭そうに、否、見ている方が思わず照れてしまうくらい、幼げな表情で微笑んだ。
「『友達』が、できたんだ」
クルザスでの出来事を、ハルドメルはかいつまんで話した。フランセルのこと、異端者嫌疑のこと、そしてオルシュファンという騎士のこと。
「二人のおかげで飛空艇が見つかったんだよ。本当にいい人達だから、今度二人にも紹介するね!」
「イシュガルドってすごい国だな……色々と……」
「で、その騎士と友達になったのがそんなに嬉しかったってことか?」
「う、ん……まあそれもあるんだけど……」
急に歯切れが悪くなったので不思議に思っていると、彼女はぽつりと「学びがあったんだ」と言った。ハルドメルは眉尻を下げ、ばつが悪そうに笑った。
「ごめんね、二人とも」
「……え、なんで?」
「いろいろと。砂の家も、私を狙って襲撃されたし……あの後も全然、皆と連絡取れなかったし……それに……」
「そりゃ……ハルは別に悪くないだろ」
「飛空艇探すのも大変だったんだろ? 俺達のほうこそ手伝えなくて悪かったと思ってる」
「うん……ありがと」
ハルドメルは顔を上げて、改めて二人に向き直った。やっぱりなんかちょっと変わったよなぁ、と二人はその表情を見て思う。
「二人とも、ありがとう。私の仲間で……友達でいてくれて」
「……改まって言われると普通に照れるけど……」
「ちゃんと言わなきゃだめだなって、思ったんだ」
あんなことがあったから、と続いた言葉に、二人は言葉を失くした。アバとオリの最後の姿を思い出す。そしてハルドメルが変わったと感じる理由も、理解する。
あの襲撃は、決してあって欲しくはなかった出来事だ。しかし間違いなくあれは、あそこに関わる人間全員に変化を齎した。
「……ハル」
「うん」
「ガルーダ、絶対倒すぞ」
「……全員無事で、な」
「……うん!」
きっと大丈夫。強大な力を持つ神への戦いを前にして、恐れはあっても逃げ出すつもりなど毛頭ない。三人は笑って、拳を突き合わせた。
「……俺、友達ってはっきり言われたの、もしかしたら初めてかもしれない……」
「……実は俺も」
「……ふふっ」
実におかしそうに笑うハルドメルの声が、カーラインカフェの片隅に響いた。