14.幕間:英雄になれない者達

「へぇ、ついに完成したのか」
『あぁ、今ウリエンジェが試してるけど、大丈夫みたいだ。どういう仕組みなのか俺にはさっぱりだけど』
「そんなの俺もだよ……」
 光の戦士の再来と謳われるハルドメルが数々の蛮神を討伐したことにより、最近は蛮族達の動きは大人しい。それでも蛮神召喚の兆候がないかと、ウ・ザルやアレンヴァルドは度々調査に駆り出されていた。
 暁のメンバーは強いとは言え、全員が超える力を持っているわけではない。テンパード化を免れる彼らが主にこの役目を担うのは必然だ。だがやることはそればかりでもなく、今回はウ・ザルが単身調査に、アレンヴァルドは砂の家で特殊な結界の術式作製を進めているウリエンジェの護衛に回っていた。
『この作業が終わったら俺も一旦石の家に戻るよ。ウ・ザルも今向かってるんだろ?』
「おー。今レヴナンツトールに、……?」
 ミコッテ族であるウ・ザルの耳は、石の家の方向から普段とは違うざわめきを感知する。今日はタタルとフ・ラミンは買い出しに行くと言っていたし、他のメンバーも多くは出払っているはずだ。
 セブンスヘブンで日も落ちないうちから酔っ払いが暴れでもしているのかと、深く考えずに近づいた。
 中からは見知った青色の制服姿が数人出てくる。最近出来た、あのアルフィノが代表を務めるという先行統一組織のものだ。事前に素性や素養を見定められる暁とは違い、傭兵崩れや出所したばかりのような人間でも志さえあれば入れるあの組織を、ウ・ザルは最初から胡乱な目で見ていた。
「……おい」
「あぁ、あいつだ」
 ウ・ザルは自分に気づいた制服の男達が小声でそう言っているのが聞こえて、ぎくりと身体を強張らせる。――直感。これは、不味い。
『ウ・ザル?』
「……来るな」
『え……』
「来るなアレンヴァルド!」
 言うが早いか、ウ・ザルは素早く身を翻した。青制服達もすぐさま追いかけてくる。
(不味い……不味い……!)
 何が不味いのかはわからない。だがあの組織のことを最初から良く思っていなかったウ・ザルは、ここ数日リオルが忙しなく活動していることにも気づいていた。
 だから、恐らく、この直感は正しい。
(良くないことが起きた……あるいは、これから起きる)
 リンクパールからアレンヴァルドの声がしていたが、ウ・ザルは構わずそれを耳から外す。近くの岩場から飛び降りるのと同時に地面に叩きつけ、ついでと言わんばかりにその上に着地して破壊した。砂の家の結界はほぼ完成したなら、あそこにいる人達はこれで大丈夫だ。
「うっ…… !?」
 風を切る音と共に足に痛みが走る。直撃こそしなかったものの、ボウガンから放たれた矢が足を掠めて血が流れた。
(殺す気かよ……!)
 直感が正しいと確信するのと同時に、想像以上に事は深刻だと理解する。英雄として扱われるハルドメルの功績が大きいとは言え、暁の血盟はエオルゼアを救った組織だ。その構成員をまして、仲間であるはずの組織が堂々と襲ってくるなどただ事ではない。
「……っ…… !?」
 再び走り出したウ・ザルは、先ほど傷を受けた足がじん、と痺れるように熱くなるのを感じた。何某かの毒が塗られていたのか、走れば走るほど痺れは酷くなり、全身を蝕んでいく。
(くそッ……くそッ……!)
 ついには膝をついてしまったウ・ザルを、瞬く間に青制服達が取り押さえる。一体何の毒なのか、思考力にまで浸食してきたそれに抗うこともできない。
 ウ・ザルの意識はそのままゆっくりと闇に呑まれていった。


 真っ暗だった。
 狭くて苦しいその中で、泣き叫ぶ女の声と、下卑た男の笑い声、耳を塞いでも入り込んでくる酷い音が聞こえていた。
 やがて、静かになった。
 狭くて暗いその場所から恐る恐る抜け出せば、母だった女性の身体だけが、残されていた。

「お、気が付いた」
「……」
「やぁウ・ザル・ティアくん。状況説明してほしい?」
「……よろしく」
「ははっ、君意外とノリがいいんだね」
 ちゃり、と壁から伸びた鎖が音を立てる。膝をついた状態で磔よろしく両腕を開かれ、その鎖で拘束されていた。上半身の衣服は取り去られている。下があるのは慈悲か、なんて下らないことを考えながら周囲を盗み見た。
 壁や床に使われている石材はウルダハの建造物でよく見られるもの。不滅隊が使う独房だろうか。目の前には二人の男。片方は青い制服を、片方は銅刃団の制服を身に着けている。
(最悪だ……)
 深刻だとは思ったが、最早ウ・ザルが考えうる状況から逸脱し、予想がつかない。状況説明してくれるというのなら喜んで聞きたいところだと青い制服の男を見上げた。
「……あんた……ローレンティス、だっけ」
「……『超える力』持ちが僕みたいな末端を知ってくれてるなんて、嬉しいね」
 ちっとも嬉しそうではないローレンティスはしかし、言葉通り今起こっていることを教えてくれた。

「――というわけで女王暗殺の犯人である英雄様を探してるんだよね。君、友達だろ? 行きそうな場所を教えてくれると助かるんだけどなぁ」
「……はぁ……あいつがそんなことするわけないだろ。マジで何言っ……ッぐ!」
「事実起こってるから聞いてるんだよね。ほら、得意の過去視とかでもいいからさ、居場所わかるだろ? 教えてよ」
「いや……そんな便利なもんじゃねぇって……ッ!」
 呆れ半分で答えるウ・ザルの腹を、ローレンティスは苛立たしげに蹴る。内臓やったらどうしてくれると思いながら、ウ・ザルは自分の置かれた状況を理解する。
(アルフィノ……マジで……何やってくれてんだ)
 出会った時からあの尊大な態度が鼻についていたが、エオルゼアのためにと大義を掲げた自分の組織に足元を掬われるなど笑えない。
 女王暗殺? 反逆者? そんな馬鹿な話を実現できるほどに、あの組織は敵対者に抱き込まれていたというわけだ。
(ハル……大丈夫かな……アレンヴァルドも……)
「話聞いてんのかよっ」
「がッ……!」
「おい、ここは僕がやる。あんたは他の奴らを」
 銅刃団の兵士が鉄格子の向こうへ消えると、ローレンティスはその手に鞭を持ってウ・ザルの後ろに立った。
(……長丁場になりそうだ)
 気づかれないようにため息をついて、ウ・ザルは襲い来るだろう痛みを覚悟した。


「はぁ……はぁ……い、いい加減口を、割れよ」
「っ……あんたも、しつこい、な……知らないって、言ってる、だろ……」
 鞭を振るうのにもコツがいる。尋問なんてしたことはないのだろうローレンティスはウ・ザルに負けないくらい息を荒らげていた。
「大体あんた、さ……ダメ、なんだよ……尋問、てのは……相手が死なない、程度に……痛めつけないと」
「はぁ……な、なに言ってるんだ……君……」
「さ、きみたいに……頭とか……腹とか……加減とか間違うと……普通に、死ぬって……捕虜殺したら、あんただって困る……だろ」
「そ、それは……確かに……で、でも言っておくけど、君が情報吐くまでは解放しないように言われてるんだからな!」
 妙に冷静なウ・ザルの言葉につい頷いたローレンティスは、さすがに疲労したのかそう吐き捨てると一度牢屋を出て行った。足音が遠ざかるのを確認すると、深く、長い息を吐く。
「いっ……てぇ……」
 荒事に慣れているとは言っても、きついものはきつい。ただ、ローレンティスという男については、少しだけ光明が見えた気がする。
(あいつ多分……ちょろい)

 ――どれくらい時間が経ったのだろうか。窓もないこの場所では、今が昼か夜かもわからない。ただ、ひやりとした空気を感じて、夜かなぁと思う程度だ。
 気を失っていた時間を考えると、捕まってから少なくとも一日以上は経っている気がした。
「おい、食事だぞ」
「……くれるんだ」
「一応ね」
 雑に置かれたトレイにはパンが一つと水の入った器がある。だが手は鎖に繋がれたまま。
「……食えないんだけど」
「チッ」
 舌打ちするローレンティスがレバーを操作すると、鎖が伸びた。それでもまだ地面に届くような距離ではない。しかしながら顔は届く程度にはされていて。
(尊厳!)
 最悪ではあるが、背に腹は代えられない。食べられる時に食べておかねばと身を乗り出してかぶりつく。当然だが古いパンだった。咀嚼して水で無理矢理流し込む。あっという間に食べ終わるが、最後の欠片を銜えた時、その下に虫がいるのに気付いた。
(お、ラッキー)
 砂漠で暮らしていたウ・ザル――ウ族にとって、虫は大切なタンパク質であり、日常的に食すものだった。パンの下に隠れていた虫もまた、食べられる種類の虫である。調理したほうが美味いのだが、まあいいかとパンを飲み込んだ後にそれを。
「うわーーーーっ !?」
「ふぁ?」
「きっ、き、君っ! 君! 何、何を、うわあああ見せるなあああ!」
「ふぁんふぁよ……」
 ばりむしゃとパンと同じように咀嚼して飲み込む。ドン引きしているローレンティスは少し面白かった。
「あー……砂漠じゃ普通に食うからさ。でも美味いんだぞ。調理した方がいいけど」
「へ、へぇ……さ、砂漠って大変なんだね……?」
「あんたグリダニア出身だっけ。あっちのほうが虫の種類多そうなのに、食わないのか?」
「食わないよ !!」
 心臓を落ち着かせるようにローレンティスは深呼吸している。三度ほど繰り返した後、再びレバーを操作して鎖を元の長さに戻した。
「あれ、そういえばよく僕がグリダニア出身だなんて知ってたね」
「……あぁ、確か元鬼哭隊って話を聞いた気がするから、そうかなって」
 ハルドメルから少しだけ聞いたことのある話。――それから、先ほど『視てしまった』過去の光景。ウ・ザルは乾いた唇を少しだけ舐めた。
「そうそう、憎らしいことに英雄殿を公に指名手配できないことになってね……エオルゼアを救った暁の皆様も……まあ捕まえてたのは下っ端ばっかりだけど、英雄を指名手配できないんじゃ急に活動しなくなるのは民衆が怪しむだろうって、監視付きで一時釈放だってさ」
「へぇ、そりゃいい情報だ。さっさと解放してくれよ」
 そうなるわけがないとは思ったが、あえて鎖をちゃりちゃりと鳴らす。ローレンティスは首を竦めると近くにおいてある椅子にどっかりと腰を下ろした。
「君はね、『超える力』持ちだろ。あの英雄と一緒に蛮神も倒すほどの実力……情報を吐かないなら当分このままだろうね」
「あ、そ……」
 ウ・ザルは残念そうな素振りを見せつつ、思考を巡らせる。
 憐憫、同情、共感。酒の席でサンクレッドやリオルに聞きかじっただけの知識を思い出す。
「なぁ、鬼哭隊だったんだろ。鬼哭隊ってどんなことするんだ?」
「どんなって……まぁグリダニア領内の治安維持とか、そういうのさ。他の国にも似たような隊はあるだろ?」
「銅刃団みたいなもんか」
「あんな金で動くだけの傭兵集団と一緒にしないでほしいね!」
 むっとしてそう言ったローレンティスはしかし、何か思い出したのか表情を陰らせた。そう、ハルドメルの話で確かに聞いた、と手ごたえを感じる。
「……でも最初から金で動くってだけのほうが、潔いのかもしれないな……はは……」
「……なんかあったのか?」
 少し俯いたローレンティスを、下からのぞき込むように見上げる。
 彼は鬼哭隊で行われていた不正や賄賂の情報を、よく上官に報告していたと語った。そのせいで周りからは疎んじられ、孤立していったのだと。
「不正を糺そうとしたんだろ? なんだ、案外まともだなあんた」
「今より若いころの話さ……結局僕も、帝国から提示された金に目がくらんで、情報を横流ししてた。結局、金さえあれば楽に生きられるんだ……一人だけ真面目に頑張るなんて、馬鹿らしくなったのさ」
 鬱屈とした様子の男に、ウ・ザルは少し――少しだけ、苛立った。この会話は彼を懐柔させるためのものなのに、つい、口を出してしまった。
「……でもハルは……あんたの嫌いな英雄は、あんたがクリスタルブレイブに入ったって話をしてた時、喜んでた。あんたが、今度こそ正義のために戦いたいって言ったんだって」
 ローレンティスの瞳が僅かに揺れ動いた。だがそれは一瞬のことで、自嘲するように笑う。
「これだから『特別な力』を持ってる奴らは嫌なんだ……君達みたいな人と違って、普通の人間が頑張ったところで、何にもならないんだよ……何にも……! 正義? 為したかったさ。でもあんな大金積まれちゃ、そんなこと考えてられなくなるんだよ、僕達みたいに弱い人間は! どうせ英雄になんてなれないんだから!」
 捲し立て、そんな自分に苛立ったように、ローレンティスは額に手を当てて深い深い息を吐く。ウ・ザルは軽率に口を出してしまったことを後悔した。このままでは不味いと、もう一度筋道を考える。
「……悪かったよ、変なこと言って……でも、そうだな、確かにあいつはなんでも持ってる……特別な力も、仲間も……両親も」
 できるだけしおらしく聞こえるように。そして耳と尻尾も力なく下げる。あぁ、こんなところを暁の仲間達に見られたら、笑われるに違いないと思いながら。
 ローレンティスは姿勢はそのままでも、ぴくりと肩を震わせる。彼の親のことはもう『視て』いるから、あとはうまく言葉に乗せるだけ。
「……君、親なしか」
「珍しいことでもないだろ。……でも両方身内に殺されたってやつは、なかなかいないのかもな。直接見たわけじゃないけど……」
 驚いた様子のローレンティスは、まさかという顔をした。彼は弱く、流されやすいのだろうが、本来は察しのいい男なのかもしれない。
「『超える力』……?」
「……そうだよ、過去視で視たんだ。この力がなきゃ知ることもなかったんだろうけど……あってよかったと思ったことはあまりないんだよな。あんたには、気にくわないことかもしれないけどさ」
「……」
 超える力については、正直本心だ。ただ、最近になって漸く、あってよかったと思えることがあったのだが。
「……僕の親はさ、父親は顔も知らなくて……母はならず者に殺された。目の前でね」
(……ああ、知ってるよ)
「今でも思うよ。力さえあれば……僕がもっと大きければ、守れたんじゃないかって……だから鬼哭隊に……あんな悪党をのさばらせたくないって……なのに……」
(……だけど)

「……ッ……い、」
「……お、おい、どうした」
「腕、が」
 鎖に繋がれた腕は、もう随分と長い間拘束されている。手首を覆っている枷はきつく、腕が心臓より上にあげられていることもあってか血の巡りは悪い。うっ血している状態に気づき、ローレンティスは鍵を取り出した。
「……」
 彼は僅かに逡巡したが、ウ・ザルの右手の枷を外す。
「死んだりしたら困るから……少しだけだぞ」
「……あぁ、悪い」

 鈍い音と共に男の身体がくずおれた。その手から鍵を奪い取り、左手の枷も外す。
「あいてて……」
 長時間の拘束で強張った身体を動かす。だが悠長なことはしていられない。ローレンティスの青い制服を奪うと、素早くそれを身に着ける。耳をすませても辺りはしんとしていて、暁のメンバーの一時釈放の話も恐らく本当なのだろうと思った。
「……」
 気絶しているローレンティスを一瞥する。
 詳しいことは戻らないとわからないが、クリスタルブレイブにしても、暁にしても、多数の犠牲者が出ているはずだ。理由がなんであれ、彼がやったことは裏切りだ。許されることではないし、許すつもりも毛頭ない。――ただ、ほんの少しだけ、憐れんだ。
「……英雄には、なれないのかもしれないけどさ」
 顔を見られないように帽子を目深にかぶって、ウ・ザルは牢屋を出る。
「悪党にも向いてないよ、あんた」

「ウ・ザル! よかった、本当に……すまない、何もできなくて」
「ぎゃ! やーめーろ! お前はハルか!」
 ウ・ザルは砂の家にたどり着くなりどこかの英雄のようにハグをしてきた友人を引き剥がし、けれどお互い、無事を喜んだ。


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