38.火を分け合って

「碧甲羅の拠点に行くならまあ、舟か泳ぐかだな……あー今夜は月が出てなくて見え難いからなあ。お頭も一人二人不審者見逃しても許してくれるだろうなあ」

 紅玉海の海賊頭ラショウの言った通り、こちらが動く分には多少目を瞑ってくれるようだった。少々わざとらしいくらいの態度の海賊衆に感謝しつつ、ハルドメル達はベッコウ島を目指して泳いだ。

「ふう……二人とも大丈夫? 流石にこの距離だとちょっと疲れるね」
「そうね……少しだけ休憩してから、拠点を探してみましょうか」
「舟が使えたらよかったけど……海賊衆も物資不足みたいだからね……」

 リセ、アリゼー、ハルドメルは三人で浜に上がる。
 帝国に虐げられるイサリ村の村人達。そして彼らのために捕えられたゴウセツを助けたい。そのための手立てを探る三人は海賊衆の協力を得られなかったが――アリゼーの機転によってほんの少し、希望はつながっていた。帝国に与するコウジン族、『紅甲羅』を一手に引き受けることができれば、彼らもまた応えてくれるはずだ。

「しょうがないけど、乾いたらべとべとしそうで嫌ね……」
「あ、それなら私に任せて」
「そうそう! アリゼー、ハルの魔法すごいんだよ!」
「あはは、そんな大したものじゃないよ」
 そう言ってハルドメルは一粒のウォーターシャードを取り出した。手のひらでふわりと浮き上がったそれにハルドメルがエーテルを込める。
「二人とも、目閉じて」
 言われるまま二人が瞼を下ろすと、全身に霧吹きをかけられたような、冷たく細かい飛沫を感じた。
「ひゃっ!」
「う、やっぱり一粒で三人じゃちょっと足りないね……」
「十分だよハル! ありがとう!」
 水属性のエーテルを利用したシャワーのような水飛沫。限られた量から、可能な限り広範囲に行き渡るように浴びせられたそれは、ハルドメルがルガディンという大柄の種族故に使い慣れた旅の魔法だった。
「へぇ、器用なものね。私もエオルゼアでしばらく旅をしたけれど、こういうの習っておけばよかったわ」
「ふふ、他にも色々あるよ。落ち着いたら教えるね」
 言いながらハルドメルはウィンドシャードも取り出し、ぶわっと風を巻き起こす。これもまた、軽く水気を飛ばすために覚えたものだ。

 全身とまではいかないが軽く潮を落とせた三人は腰を下ろして一息ついた。夜の闇に閉ざされた浜辺で、魔物への警戒は解いてはいないけれど。
「そうだ、せっかく一息つけたし栄養補給しよう! はい、二人とも」
 取り出された小さな瓶には、よく乾燥されたレーズンが入っていた。ハルドメルから受け取ったそれを口に放り込めば、優しい甘みと酸味が舌に広がり、疲れた身体を癒やしてくれる。
「ん~おいしい!」
「もう、気が緩んじゃうわ……なんて、やっぱり休憩って大事ね。ありがとハル」
 ドラヴァニアでの旅もそうだった。事は一刻を争う、のんびりしている場合じゃない――そんな時でも、休息はとても大切だったし、焦ってもどうにもならない時は気を休めることもまた『必要』なことなのだ。張り詰めてばかりでは疲れもするから。
 束の間の穏やかな時間。レーズンを噛みしめながらハルドメルはオノコロ島でリセが言っていたことを思い出していた。

「……ね、リセ。ギラバニアに行く前、まだ未熟だからとか、私から何かを学びたいって、言ってくれてたけど……私のほうこそまだまだ未熟で……皆のこと、リセのことだって凄いって思って、尊敬してるよ」
 この島に来る前、交渉一つ自分ではできないと俯いていたリセ。他の賢人達と比べて何か詳しい学問があるわけでもない、戦闘が抜きん出て強いわけでもない、癒やしの術が使えるわけでもない。そんな自分がただ志だけで、祖国を解放したいと思う心だけでがむしゃらに藻掻いているのだと。落ち込むリセの姿を見てハルドメルは、どうしようもなく苦しくて、励ましたかった。決して、彼女は弱くなんてない。寧ろ。
 言われたリセの方はと言えば、急な褒めの言葉に嬉しさよりも戸惑いが大きいようだった。
「え、えっと……もう、ハルってば大げさだな! アタシは全然……わっ!」
 ハルドメルは隣に座るリセの身体を抱きしめる。海水で少し冷えてはいるけれど、身を寄せ合えば温かくて頬が緩んだ。
「前にも話したけど……私、故郷って思える場所がなかったから。『故郷のため』に戦うって、そのためになんでもするって言える程の強い想い、本当に凄いと思ってる」
「ハル……」
「皆に信頼してもらうために、困ってる人を助けようって迷い無く言えるところだってそう……私ね、前は『自分のため』に人に親切にしてるところもあるんだって、ちょっと後ろめたく思ってたから」
 オルシュファンが教えてくれたから、今はわかる。例え下心があったとしても、相手を助けたいと思う気持ちもまた本物で。そうして実際にやったことが真実だ。その積み重ねは信頼につながるのだと。そしてリセはもうとっくにそんなこと知っていて、前に進む強さを持っている。
「私は……個人的な理由でこの戦いに参加した。故郷の為に戦うリセとは覚悟も気持ちもきっと違って……でも、だからこそ、故郷を想うリセだから出来ることがあるって思ってる!」
 だから、どうか俯かないでほしい。前を向いてほしい。私の大好きなあなたは決して弱くなんかないのだ、と。――そう思ったところで、はたと気付く。
(……シュファンも、そうだったのかな)
 エオルゼアを追われてキャンプ・ドラゴンヘッドに転がり込んだ日。不安を吐露した雪の夜に、親友は沢山の言葉を重ね、温かな火を分けてくれた。前を向く力をくれた。
 オルシュファンが分けてくれたものを、今度は自分が誰かに分けられたら。そう思いながら、抱きしめる腕に力を込めた。
「……ありがとハル。へへ、やっぱりまだ未熟だけど……うん、大丈夫。やっちゃるよ私!」
 暁に入ったばかりでまだ周りに馴染めなかったとき、いつも彼女の明るさに助けられていた。笑顔から陰りが薄れ、ハルドメルもまた微笑み返す。

「完全に二人の世界の所悪いけど、休めたことだしそろそろ移動しましょ。碧甲羅の拠点を探さなくちゃ」
 肩を竦めるアリゼーに、ハルドメルとリセは顔を見合わせると笑って小さな身体に飛びついた。
「きゃっ! ちょっともう!」
「アリゼ~! 頼りにしてるんだから! 一番のしっかり者さん!」
「全部終わった後のタルトも楽しみだよ~!」
「わかったってば!」


 東方にも蛮神はいるのだと、冷静な自分が妙に感心するのをハルドメルは感じた。
「カッカッカ! 我が名はスサノオ! いざいざいざ、祭りであるッ!」
 その蛮神はドラヴァニアの地で会った武神ラーヴァナのように、敵対はしても敵意はないようだった。こちらが武を示せば相応の誠意でもって応えてくれる――そういう存在であると、言葉が、震える大気が伝えてくる。

「紅甲羅達を引きつけられれば、今は倒せなくてもいい……絶対に無理しないで、ハル」
「わかってるよ。アリゼー達も、絶対無事でいてね」
 対蛮神となれば、光の加護を持つハルドメルに頼るほかない。歯がゆそうな二人に、力強く頷いてみせる。今は、自分達ができることをやるしかないのだと。

「カッカ……ようやく来たかヒトの子よ! あまり待たせるようならここら一帯を滅すところであったぞ!」
 三種の神器が久方ぶりに揃えば神もお喜びになる。碧甲羅のブンチンはそう言っていたが、ハルドメルにはそれ以上に喜んでいるように見えた。
「ふむ、見れば見るほど感じるぞ! ひとたび繋げばより広く、遍く星々引き寄せる縁! 信ずる数が我ら神の力なれば、その縁如何様にヒトを強くするのか! さあ見せよ、舞え踊れよ! 武器を取れい!」
 ラーヴァナがそうであったように、豪神スサノオもまた戦いを、互いの武をぶつけ合うことを好んでいる。びり、と震える大気はしかし、どこか陽気で楽しげな雰囲気すらある、不思議な蛮神だった。
 ハルドメルは一度胸に手を当てる。心の奥底に触れるように、その熱に触れる。
 どくんどくんと脈打つ鼓動は、確かに高揚を感じている。だがそれは、決して。
(――違う)
 相手をねじ伏せ、蹂躙し、自分の愉しみのために殺すあの男とは違う。――違ってほしい。
 これは、闘志で、挑戦心で、その強さへの敬意だ。
「豪神スサノオ。私はあなたを打ち倒す」
 真っ直ぐにその姿を見据える。剣を抜けば、豪神の笑い声と共にエーテルが震える。
「私は負けない。負けられない。もう、負けたくない!」
「――カッカッカ! その意気や良し!」

 あの日の、ラールガーズリーチでの苦い敗北を打ち払うように、ハルドメルは荒波のように激しい剣戟に立ち向かった。

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